毒舌蘭学者お龍と幻の薬草
九州の西端、異国情緒あふれる長崎の港町。唐船や阿蘭陀船が行き交い、石畳の道には様々な国の言葉が飛び交っている。桃色助平太一行は、その活気と、これまでの日本の町とは明らかに異なる空気に、それぞれの形で興奮を覚えていた。
「おおおおっ!あの阿蘭陀婦人の、豊満なる金髪!陽光を浴びて黄金色に輝き、まるで熟れた稲穂のよう!そして、あの深い碧眼!吸い込まれそうなその瞳の奥には、一体どのような『情熱の海』が広がっているのでござろうか!この助平太、今、猛烈に『国際交流』したくなってまいりましたぞ!」
助平太は、すれ違う異国の女性たち一人一人に熱視線を送り、その度にカゲリに脇腹を肘で突かれ、辰五郎に「テメェ、日本の恥だぞ!」と怒鳴られ、プルルンには「この世界共通のド変態め!」と罵られている。
一行は、白雪姫から託された古歌を解読できるという女流蘭学者「お龍」の情報を求めて、長崎の町を歩き回った。聞き込みの結果、お龍は「阿蘭陀お龍」と呼ばれ、出島にも顔が利くほどの知識人であり、類稀なる美貌の持ち主だが、性格は極度の皮肉屋で毒舌家、気に入らない相手はオランダ語で罵倒するという、なかなかの変わり者であることが判明した。
「毒舌クールビューティー!なんと!それはまた、新たな『美のフロンティア』!その冷たき視線に射抜かれ、その辛辣なるお言葉に鞭打たれ…想像しただけで、この助平太の『Mの魂』が疼きそうでござる!」
「お前、もう本当に何でもアリだな…」辰五郎が心底うんざりした顔で呟いた。
お龍の屋敷は、オランダ商館風の、洒落たレンガ造りの建物であった。庭には珍しい異国の草花が植えられ、窓からは珈琲の香ばしい香りが漂ってくる。門前で来意を告げると、しばらくして、メイド服のようなものを着た若い女中が現れ、冷ややかに告げた。
「お龍様は、ただいま研究でお忙しゅうございます。いかがわしいお侍様がお見えになったと申し上げましたら、『塩を撒いて追い返せ』とのことでございます」
「なんと!塩を撒いて!それはまた、手荒い歓迎でござるな!しかし、そのお言葉の裏には、『本当はもっと優しくしてほしいの…』という、乙女の恥じらいが隠されているに違いありませぬぞ!」
助平太が、門に向かって叫び返そうとしたその時、屋敷の二階の窓が開き、そこから涼やかな声が降ってきた。
「あらあら、何やら珍妙な鳴き声が聞こえると思えば…これはこれは、見世物小屋から逃げ出してきたお猿さんかしら?それとも、噂に名高い『桃色の変態』ご一行様ですこと?」
窓辺に立っていたのは、白いシャツに黒い長袴という、当時としては非常にモダンな服装に身を包んだ、知的な眼鏡の奥に冷たい光を宿す絶世の美女であった。髪はすっきりと結い上げられ、その手には羽ペンと書物が握られている。紛れもなく、彼女こそが阿蘭陀お龍であった。
「おおおおおっ!あのお姿!あの知的な眼鏡!そして、あの唇から紡ぎ出される、蜂蜜のように甘く、しかし刃のように鋭いお言葉!まさに、拙者が追い求めていた『知的なるお色気』の権化!お龍殿!この助平太、貴女様の『毒』に、身も心も痺れてみたいものでござる!」
「…ふむ。なるほど、噂通りの見事な変態ぶりですわね。少々興味が湧きましたわ。研究資料として、一度じっくり観察させていただきましょうか。ただし、私の研究室を汚したら、即座にホルマリン漬けにしますから、そのおつもりで」
お龍は、どこか面白がるような、しかし侮蔑を隠さない目で助平太を見下ろすと、一行を屋敷の中に招き入れた。
お龍の研究室は、天井まで届く書棚に無数の洋書が並び、机の上には顕微鏡や天球儀、奇妙な形のガラス器具などが所狭しと置かれている、まさに知の要塞であった。
「さて、その古臭い歌とやらを拝見しましょうか。もっとも、あなた方の脳みそのように単純な暗号なら、解読する価値もありませんけれど」
お龍は、白雪姫から託された古歌の写しを受け取ると、片眼鏡をかけ、素早く目を通し始めた。
「…ふむ、これは興味深い。古代大和の言霊と、西方の古い呪術言語…おそらくはフェニキアかカルタゴあたりのものが混交していますわね。これを解読するには、いくつかの稀少な文献と…そうね、最近長崎に入ってきたばかりの『月光草』という薬草が必要になりますわ」
お龍は、こともなげに言った。
「その月光草、夜間にのみ淡い光を放ち、特定のインクを炙り出す効果があるのです。ですが、残念なことに、その薬草は出島の阿蘭陀商館長が独占しており、気難しいあの男が、そう易々と手放すとは思えませんわね」
「つまり、その月光草を手に入れてくれば、この古歌を解読してくださる、ということでござるかな!?」
「あら、話が早くて助かりますわ、変態侍さん。もっとも、あなたのような方に、あの偏屈な商館長を説得できるとは思えませんけれど。せいぜい、その変態性で笑いものにされておしまいなさいな」
お龍は、美しい唇に嘲るような笑みを浮かべた。
かくして、助平太一行は、お龍からの依頼(という名の試練)で、「月光草」を手に入れるため、出島のオランダ商館へと向かうことになった。
出島は、厳重な警備が敷かれ、日本の役人とオランダ人商人たちが忙しそうに行き交っている。商館長は、髭をたくわえた恰幅の良いオランダ人で、いかにも頑固で金に汚そうな男であった。
「月光草?フン、あんなものは、ただの珍しい草だ。特別な客人にしか見せんよ。ましてや、お前たちのような胡散臭い浪人どもにくれてやる義理はないね」
商館長は、助平太たちの申し出を一蹴した。
「おお!その頑固さ!そして、その金銭への執着!実に、実に人間臭くて素晴らしい!しかし商館長殿、その月光草が、この世の『美』をさらに輝かせるために必要だと知れば、貴殿もきっとご協力くださるはず!例えば、その薬草を使えば、おなごの肌がさらに白く、そして透き通るように…」
助平太が、いつもの調子で商館長を口説き(?)始めたその時、商館の外から、けたたましい警鐘の音が鳴り響いた!
「大変だ!紅毛の盗賊団が出島を襲撃してきたぞ!」
「奴ら、商館の宝物を狙ってるらしい!」
見れば、海賊のような風貌の、屈強なオランダ人たちが、武器を手に商館へとなだれ込もうとしている!その混乱の中、血煙のお蝶と鉄仮面の玄蕃が、まるで漁夫の利を得んとばかりに、商館の奥へと忍び込もうとしている姿をカゲリが見つけた!
「あの二人…!月光草も狙っているのか!?」
「面白い!盗賊退治と薬草ゲット、一石二鳥でござるな!ついでに、あの紅毛の女海賊(いればの話だが)の『勇ましきお色気』も堪能させていただきましょうぞ!」
長崎出島を舞台に、助平太一行、紅毛の盗賊団、そして玉藻の前の刺客たちが入り乱れての、三つ巴ならぬ四つ巴(?)の大混戦が始まろうとしていた!お龍は、いつの間にか屋敷の屋根から、興味深そうにその様子を眺めている。その手には、何やら奇妙な筒のようなものが握られていた…。




