85 喪失
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闇が消えて、王都の光景も消えた。
私は力が抜けてしまって座り込んでしまった。冷たい床の感触。
「エリーっ!大丈夫?」
ノアが駆け寄って来て支えてくれた。
「最後に見えた感じだと、王都は大丈夫みたいだね……」
「うん……」
大丈夫じゃなくても、もう力が出ない……。みんな無事かな……。
「やっぱりエリーは凄いよ……」
私は首を横に振った。ノアの体温を背中に感じる。あったかい。
「ああ、ここは忘れられた神殿の中だったのか……」
グラース様が辺りを見回している。
「忘れられた神殿……」
王都の北東にある神殿。グラース様が最後に訪れた場所。かなり寂れてボロボロになってはいるけれど、確かに神殿の中みたいだ。
崩れた屋根から光が差してる。グラース様の体がかなり透けて薄くなっていってるみたい。このまま消えてしまうの?
「ちょっと待ってよ!もうすぐフィル達が来るから」
ノアが慌てたように言う。
「……どう、やって?」
私はノアに驚いて尋ねた。
「僕はエリーを見つけてすぐに跳んできたけど、父上と一緒にエリーを探してたんだ。だから、父上がこの場所を分かってる。悪魔の闇の結界は消えてるから、もうみんなここに来られる」
そうか、黒の一族の人達が連れて来てくれるんだね。
「フィルフィリート……会えるのか。会ってもいいのだろうか……」
グラース様の顔が苦悩の表情を浮かべる。
「むしろ会わずに消えてしまう方が酷いでしょ?」
ノアが同意を求めるように私の顔を見た。私はなんとか頷いた。
「そう、ですよ。フィル様に、せめてお別れを……」
眠い……。なんだかとても眠いわ。ちょっと頑張りすぎたかも。でもフィル様とグラース様が会えるのを見届けたい。
ぼんやりとした意識の中で神殿の外がなんだか騒がしくなったのが分かった。
「良かった!みんな来てくれたみたいだ」
ノアの声が明るくなる。
「フィルフィリート……」
グラース様も神殿の入り口を見てる。
私は何気なく向かい合って立つグラース様の後ろを見た。
「闇が……?」
小さな闇が神殿の奥の扉に手をかけている……?
「待って!あの扉ってまさか!」
急激に意識がはっきりしたのと、ウォルク様、シオン様、ルーナ様、フィル様がディーアレン様と一緒に神殿に入って来たのはほぼ同時だった。
「ノアレーン!エリー!」
「エリーっ!!無事かっ?!」
「エリー様っ!」
「エリー!!……?…………貴方は……まさか……」
「久しぶりだね。フィルフィリート。大きくなったな」
「父上……なのですか?そんな、まさか……」
「ダメ……!誰か止めて!!」
立ち上がろうとして力が入らない。転んでしまって、扉に手が届かなかった。
「エリー、大丈夫?どうしたの?……?!」
皆が駆け寄って来てくれたけど、それどころではなかった。
「扉が!闇の扉が開いてしまう!」
「もう遅い。私の目的は果たされた。神の結界のせいで私は消えてしまう。でもきっと我が片割れが復讐を果たしてくれる。我が同胞も存分に暴れてくれる……キタレ、キタレ……」
私達を苦しめた悪魔は弱りながらも、望みの一つを叶えて消えていった。
開いた扉から、風が吹き出してくる。何か邪悪な気配を伴って。
「あんな扉すぐに閉じてしまえばいい!」
ウォルク様が駆けだそうとした。
「やめなさいっ」
グラース様が一喝した。
「生きている人間があれに触れてはいけないよ。私が行こう。なあに、もうとうに死んでいる身だ。問題ない」
グラース様はフィル様に笑いかけた。
「会えて嬉しかったよ。フィルフィリート。どうか幸せに」
白雪華晶のペンダントの光が闇を押し退けていく。グラース様は扉の向こうへ飛び込んだ。一度振り返ると私を見た。
「エリー、鍵を頼む。フィルの事もよろしくね」
私は泣きながら頷くことしかできなかった。
扉が閉まる。最後にグラース様の笑顔を残して。
「父上!」
フィル様の悲しげな声が聞こえて、とうとう私は意識を手放した。
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