怒黒組の壊滅
行為に疲れ、そのままベッドで眠ってしまった羽多野をそのままにして、俺は……。
「羽多野さんとのお話は終わったの?」
「ああ。問題ない」
先ず、晴海先生に接触した。
「ふぅん……?」
「……なんだ? 顔に……何かついているか?」
「ふふ~ん♪ キスマーク……とか?」
「ん? そうか……?」
そんな痕になるほどのものを交した記憶もないが……俺は一応、顔をあたってみようとする。
「またまたぁ……なんでもないフリして。それはもう……イロイロなオハナシ、しちゃったんでしょ? イ・ロ・イ・ロ♪」
「ああ。取り急ぎ、まずは……」
「ちょ……! ナニをフツーに話し出そうとしてるのよっ!」
「うん? いや……羽多野との話の内容については、そう当たり障りもないとは思うが……」
「あ……そ、そうよねぇ。まさか、ナニをどうしたかって事を言おうとしてたんじゃないわよねぇ、いくらあなたでも……。いや、それでもちょっとは恥ずかしがれって話ではあるけど……」
「恥ずかしい? いや……必要があるのなら、別に行為に関しても詳らかにするに吝かではないが……」
「あ、あんたねぇ……! ちょっとは羞恥……っていうか、若さ相応の初々しさっていうのを……」
「何も恥ずべき行為をしたつもりもないが……」
初々しさ、なるものは些か意味を図りかねるとしても。
「あなたはともかく……羽多野さんが恥ずかしいでしょーに」
「いや……こと、恋愛……人として相応の営みや論においては……むしろ俺は羽多野に学ぶべきことが多い。羽多野は強い。もちろん、それは俺などと違う意味において」
「……わかってるわよ、そんなこと……。っていうか、相変わらず、整然としているようで根本的なところがズレまくってるわね、天道くんは……」
「それはそうだ。俺は……未熟だ」
羽多野との話で……俺はいつも、それを痛感させられる。
「はぁ……さいですか……」
「しかし……まぁ、確かに……羽多野ようのな娘は、そういったことを恥じらいとするのだろうな。ふむ……気をつけねばいかん……」
俺はそういった部分にしても……いまだ、椿芽との距離感を引きずっているままなのだなと痛感をする。
これも……未熟、か。
「ま、それはいいわ。あなたをちょっとでもからかおうとした先生が馬鹿でした」
「教師が自らを馬鹿などと蔑むのは、あまり宜しくないな」
「……ほんと、どこまで本気なんだか……。それより……ほら、私に何かあるんじゃなかったの?」
「ああ、そうだ。先生には聖徒会への牽制……いや、呼びかけか? そういったものを頼めればと思う」
「聖徒会? ちょっと待ってよ……私はあくまで一介の教師よ? それに……どうして先生がそこまで? そもそも何よ、牽制って……」
「動揺を繕うのに、饒舌になるのは感心しない」
「……かわいくないわねー……」
「少なくとも……あんたが『一介の』教師でないなどというのは……入学早々に体験済みだ」
それにこの教師は、これまでにも様々な局面で、俺たち……いや、俺に接近をしてきている。
「今まで指摘もしていなかったのは……必要もないと思っていたからだが」
「まぁ……そうねぇ。途中から私も、隠すつもりすらなかったけど」
「だろうな」
どうもこの先生は、俺を何らかの要注意人物と判じて、それを探っていたようにも思える。
ならば……。
「学園側か、それ以外であろうが……聖徒会へのアプローチも手段がないとは思えない」
「本ッ当……そういうところは抜け目がないのね」
「数少ない取り得のひとつだ」
「それで……どういうアプローチを望んでるわけ? 天道乱世くんは」
「乱獣に関して、だ」
「乱獣? それならわざわざアプローチとか……そういうのをしなくたって……」
「ああ。聖徒会もマークはしているだろう」
「でしょう?」
「しかし……あくまで、この学園における常識の範疇の内において、だ」
「頼成が……それ以上の企てをしてる……?」
先生の表情が変わった。
「ああ。グループレベルの悪巧み程度なら……椿芽を必要とすることもない」
そして椿芽も、わざわざ新たな巣に頼成を選ぶ必要もなかったはずだ。
「学園全体レベルでの何か……それを企てていると、俺は見ている」
「なるほどね」
「……ある程度、察していた、というような反応だな?」
「まぁね。察しの通り……一介の教師、じゃないから」
「なるほど」
「ただ……聖徒会のアプローチって、そうそう簡単じゃないわ。私の……本来の立場から言えば、ね」
「学園側では……ないのか」
やはり、というのは止しておいた。
「う~ん……そうねぇ……。天道くんへの疑念はほとんど晴れてはいるけど……果たしてそれを明かしていいのかは、ちょっと一存じゃ――」
刹那、先生のジャケット内側から携帯のコール音が鳴った。
「え……!? ごめんなさい……ちょっと……」
先生は、その着信音に対し、露骨すぎるほどに顔色をかえて……携帯を取る。
「もしもし……? え……? 秋津……? ちょ……なにが……?」
(秋津……?)
先生が……秋津、怒黒組とつながりが?
(いや……)
むしろ秋津も、この先生と同じ位置の人間だった……と見るべきなのか。
「ちょ……!? 秋津っ!? 秋津っ……」
「切れた、か……」
「……ええ」
苦虫を噛み潰した表情をして、携帯を仕舞う。
「確かに天道くん。あなたの言ったとおりかもしれないわね……」
「秋津が……どうかしたのか?」
先生は、こくりと黙したままに頷き……。
「……怒黒組が……壊滅したわ」
そう、言った。