惨状
「ひどいな、これは……」
怒黒組の隠しアジトの中は、ざっと足を踏み入れただけでも、かなり手ひどくやられているのがわかる。
「既に死傷者は搬送されて聖徒会の現場検証も終わっているけど……状況はほぼ、襲撃後そのままのようね」
「………………」
内部のそこかしこには、襲撃……いや、一方的な駆逐の痕跡が生々しく残されている。
血痕がそこかしこに遺り、肉片やそれに類する人体の部品と思しきものすらも、まだ遺されていた。
「秋津や……爆山は、どうだ?」
「あの交信が最後のものだけど両名とも遺体は発見されていないわ」
「しかし……これではあまり希望的な状況は望めまい」
「さて、ね……。秋津に関しては死んではいないんじゃないかしら。頑丈だから、いろいろな意味で。夢枕爆山に関しては保障の限りではないけど……まぁ、個人的な意見としては、秋津が健在なら、彼も生きてはいるんじゃないかしら?」
「あれも頑丈さでは他にひけを取るものでもないだろうしな……。しかし……」
もう一度、ぐるりと状況を見渡す。
「あの怒黒組がこうも手ひどくやられるとはな……。よほど大人数を配してきたか……」
もちろん、このアジトに配されていた人数は、怒黒組の総数からすれば、ほんの一握りにも満たないものでもあろう。
しかし、それだけに実力的には精鋭に類する人員が配されていたのであろうことは当然のことだ。
いかに奇襲が成されたとしても、それを壊滅に至らせるものとは……。
「大人数……?」
晴海先生が怪訝そうな顔で俺を見た。
「……違うのか?」
「あなたでも、多少は動揺をするのかしらね? この痕跡を見て……そう言っている?」
「何だと……?」
言われ……俺はもう一度、周囲の状況を見遣る。
「………………!」
「……気付いた?」
確かに……。
この痕跡は『大人数による襲撃』にしては不自然な部分が大きく、ある。
気付かなかったのは、確かに俺もどこかそぞろな部分があったものか。
室内の状況はひどいものだ。
しかしそれほどの大人数が乱戦をしたものとすれば……逆に破壊の痕跡がおとなしすぎる。
「これは……少人数に、一方的な攻撃を受けた痕――いや、ちがう」
俺は足元に転がる、真っ二つにされたスチール製の事務机を見遣る。
その手前に存在したモノごと両断されたことを示すかのように、べっとりと赤い飛沫を浴びていた。
「一人の……仕業か」
「……そうね」
無論、斥候や援護、牽制を行う別働隊の存在がゼロであったなどとは思わない。
しかしこの襲撃――いや、虐殺そのものを行ったのは……事実上は一人だ。
(……椿芽……!)
そう判ってみれば、まるで、あいつがどんな所作でどんな風に相手を切り伏せていったか……。
そのひとつひとつまでもが、痕跡から判じられる。
「………………」
「まさかショック、とは言わないわね? かつての仲間がこういうことをした、ということに……」
「ああ……」
俺は頭の中で、その情景を再生しつつ……生返事を返したのかもしれない。
「事、そのものは問題ない。畢竟……あいつの手にしているものは、『こういうこと』をするための道具だ。立場こそ変われば……こうも、する。そのことに異を唱えたり心痛を感じたりするほど、博愛や平和主義ではない」
「……でしょうね」
武の道は、結局のところ戦の手段だ。
そういう意味ではその状況下でなまじに刃を返したり、手加減を労したりしない……する素振りも見せてはいない椿芽は道にあるものとして、純粋と言えよう。
むしろ――。
未だ俺はそういう椿芽の『筋』を、美しいと感じても、いる。
「俺が動揺をしているのは……あくまで個人的な理由に拠るものだ」
「………………」
先生は黙したまま、その言葉を受けた。
あのとき……病室での話を聞いていれば、聡明な彼女ならそれだけで気付いてもくれたろう。
俺は壁に残された血痕を指先に触れる。
(……いったい――)
その飛散したようす、そして壁に擦り付けられるように残る、斃れたあと……。
その血痕を残したものが満足な抵抗もないまま、ひと太刀に切り伏せられたことを容易に物語る。
(いったい……どれだけ『無刹』を用いれば……こんな有様を作れる……!?)
一手――二手――いや、もっとか……?
もしくは何度、一手か二手の短い読みを多用したのか……?
当然、工夫は用いることもできよう。
一手そのものを、自ら視界を狭め、浅く視ることで……精度を犠牲にしつつならば、何度か連続で用いることは不可能でない。
しかし……だ。
あのとき――。
俺は、自身の口で、無刹はあくまで奥義の入り口……。
身体に影響を及ぼすレベルはない――と、言った。
しかし無刹も、入り口とは雖も、奥義は奥義……。
脳や遺伝子に影響がゼロなどという保証は、俺にできるものではない。
こうも乱発をしてその影響が出ないとは……謂えぬものだ。
「先生……」
「…………」
「状況が変わった。こちらもそうそう、鷹揚には構えていられなくなった」
「……そのようね」
「そちらもそうだとは思うが……腹芸は無しだ。手札は残らず切ってもらいたい」
「……ええ。凡そ目的も等しくなりそうではあるし……」
先生は然して逡巡もなく、そう返してきた。
「私と秋津は、政府から派遣されてきた潜入工作員よ」
「政府……?」
問い返しつつも、そう不思議であったことでもない。
国や政治は実質、不可侵。そういう意味でも外界から悉く切り離されたこの天文学園ではあるが……。
いかな絶大な権威を持つ天文学園としても、そこまで政府に放置されているほど、平和な状況にもあるまい。
この先生が外部から派遣されているとするなら、恐らくはそういうことではないかという予想くらいはあった。
秋津がそこに繋がっていたのは、意外といえば意外ではあったが……。
「もちろん、各々目的は微妙に違ったのだけど」
「目的……か」
「秋津はこの学園の内部バランスを一定に保つために、数年前からここに派遣されていた」
「バランス……?」
「凡そ一般的に鑑みて、この学園の生徒らが持つ平均的な人間を遥に凌駕した戦闘能力、それは脅威よ。無論、そういった能力や才能を持った人間を管理するのがこの学園の存在理由でもあるけど……」
「まず、把握はしておきたいものだな? 政府としては」
「ええ。そしてその突出した戦闘能力が、一つに統括されることも……避けねばならない」
「判るがな……それも。だからバランスか」
「分かりやすいといえば分かりやすいでしょう?」
「まぁな。感心まではしないが……」
「かもね。そして私だけど……。私は、『停滞破壊者』を特定、調査することが任務」
「停滞……破壊者……?」
「ええ。秋津の働きでこの学園の中には、ある程度の拮抗したバランスが維持されてきていたわ、きちんとした管理、そして育成が成されているのなら、政府にとっても、この学園の意義は大きいの。いろいろな意味で……」
先生は、わずかに俺の顔を見遣って、言葉を切った。
「……いい。そこまで配慮されなくとも。それにいま異を唱えても仕方ないことを、俺は知っている」
「助かるわ」
苦笑するようにした先生は、いくらか安堵したろうか。
「しかしそれを良しとしないのが学園の内部の人間……学園長もしくは聖徒会。調査の限りでは、未だに姿を見せない学園長という予想が濃厚だけど……」
「停滞を良しとしない、か。しかし、それは……」
「ええ。私もここでしばらく教師をしていれば、多少はわかるわ。恐らく学園長――いいえ、この学園そのものはただ純粋に強さの研鑽を求める。誰よりも強く、誰よりも高みを目指す……。そういう純粋な学園の発祥の意思を、未だに守り続けていると」
「……………………」
「そういった純粋さはバランスや、管理などという安定を望まない。だからそれを破壊し得る可能性を持った若者を選出し、この学園に招き入れた」
「それが……停滞破壊者、か」
「学園の意思は純粋かもしれないけど、外の人間……ことにこの学園を畏れている偉いひとたちにはそういうことは脅威に思えるでしょう?」
「ああ……判るが」
「むしろ学園が、何らか……この国に対し、よからぬ方向に進もうとしている。そう勘ぐることだって、不自然じゃない。だから私はその調査を仰せつかった。そういうことね」
「調査だけ……かな?」
「……意地悪ね」
そのニュアンスの中には、ともすれば、その停滞破壊者が政府の恐れるような種類のものでもあれば――。
つまり、学園長だか聖徒会だかと結託し、学園を取りまとめ……『外』に対して何らかの荒事を起こそうとするようなものであれば……。
早急に『対処』……つまり、妨害から暗殺までを視野に入れた任務であったと考えるのも、それは自然だ。
「当初……わたしは天道くん、あなたがそうだと思っていたわ」
「俺が……?」
「ええ。事実あなたは、この学園の中にあっても、余りに型破りな方法で確実に実力と実績を上げてきた」
「………………」
心当たりがないということでもない。
確かに……。
そもそもこの学園に呼ばれた経緯も、だ。
記憶だけでなく……過去の情報全て……。
あの事故以前の全て……戸籍を始めとする、登録情報一切の全てを持たなかった俺がこの学園に呼ばれたということ、そのものが、だ。
鳳凰院椿芽のおまけ……としてでは理由になるまい。
「まだ、その疑惑は完全に晴れているわけではないけど……少なくとも、あなたにその自覚はないようね?」
「無論だ。そういう小細工ができるように見えるのなら……それは過大評価だな」
「でしょうね。まぁ……学園の意志とすれば、停滞破壊者にその自覚や意識がある必要はないのかもしれないけど……」
先生はそこで僅かに言葉を切る。
「……現状、むしろ停滞破壊者は鳳凰院さんと考えるのが妥当なところかもしれないわ」
「椿芽が、か……」
「病室でのあなたの話と、それにこの『実績』を見せ付けられてはね?」
「……まぁな」
「もしくはあなたと鳳凰院さん、二人が……なのか。どのみち事、ここに至っては、その真相そのものは意味をもたないことなのかもしれないわね」
「……賢明といえば、賢明な判断だ」
先生には、ここでそういう事実関連の調査だかいう本来の仕事をされていても困る。
「現実問題、この学園の拮抗は、たったいま崩れたわ。私は今後……それを含めたことへの対処をしなくてはならない。鳳凰院椿芽を現場判断として、暫定体に停滞破壊者とするのなら、それへの対処は吝かではないわ」
「……助かる」
つまりそれは……俺への協力が吝かでない、と……そういう意味合いだ。
もしも先生が検討している『対処』がさっき言った暗殺等の類であるのなら、そもそもこの話を俺にはすまい。
「ふふ……どうにも流されつつあるわね。私自身も、この学園の意志というものか……」
「……?」
「もしくは……天道乱世という存在そのものに」
「そんな大仰なものではないと……一応は謙遜をしておく」
「そうね。そういうときは謙虚なほうが可愛らしいわ」
「頼成の動向を聖徒会に注視させてもらえるか」
「……そうね。現状は彼が一番に危険な要素だわ。鳳凰院さんを擁していること以上に、その思想が……」
「ああ」
頼成の目的がこの学園でトップに上り詰めることであるのなら……。
それはまだ、純粋だ。
しかし……それならば、こういう手段を用いはすまい。
もし、その思惑に椿芽が利用されているのなら――。
(いや――)
むしろ椿芽自身が、その利用されている状況を理解しつつ、そこに居るのなら……。
『状況』は最悪だ。
(椿芽……!)
お前はいま……どこに居る……!




