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不可解な敗北

「ちぃっ……!」


 頼成の拳が頬を掠める。


「へへッ……」


 どうにか回避はしたものの、また距離を離されてしまった。


(やはり……五段フィフスまでのギアでは互角にもならんか……!)


 現状、こちらも有効打は浴びていないものの……。


 こちらからの打撃も、反射と体術だけで捌かれているのが現実。


 まだ手の内すら見せていないというところだな……。


「どうした、天道ッ! 交代するか!」


「好き勝手を言う……」


 拳を固めたまま、甲で口元の血を拭う。


「俺は構わねぇぜ? 二体一……いや三対一でもよ。そもそもその腹積もりだったんだからよォ。むしろ……」


 頼成は小馬鹿にした目つきで、ちらり、と我道らを見遣る。


「手間ァ、省けるぜ」


「なんだとォ……?」


 色めき立つ我道ではあるが……。


「………………」


「なんだ、会長ッ、ひっぱんな」


「………………」


「っせぇな、ダメってんだろ。わかってるよ」


「……ん」


「ちっ……調子狂うな、この女は……」


 意を汲んでくれているのか、それとも完全に観戦モードなのか、とりあえず聖徒会長は我道を引きとめてくれているようでは、ある。


「どうするよ、色男。助けを求めねェのかい?」


「我道には悪いが、そうもいかん」


 再び、構えをして頼成に向き直る。


算盤そろばんずくがありそうってツラだがな……」


「………………」


 読まれては、いるか。


 頼成が策や伏兵を残している可能性は否めない。


 そういう意味でも我道を温存しておきたいところではある。


(今の俺の立場……噛ませの位置が口惜しくないといえば嘘だが、我道は俺よりも強い)


 可能性は薄いが、いよいよを持って学園そのものの危機ともなれば牙鳴円も立ち上がるかもしれない。


「だが……それだけじゃねエなぁ?」


「……舌戦には乗らない。得手ではないからな」


 頼成は俺を無視して続ける。


「澄ましたツラぁして……血が登ってるんだろうさァ」


「……乗らんと言ったが」


 切捨てつつも……今のうちにアクセラのギアをある程度上げておく。


 その冷静さはある。


 大丈夫だ、天道乱世。


「あの女……鳳凰院椿芽、だっけな」


「……………………」


 二段セカンド――三段サード――。


 せめて、六段シックスまでで対処したいところだ。


「あの女は――」


「……………………」


 それ以上であれば、余力を残せない。


 椿芽を救えな――


「俺がいただいたぜ」


 頬を風が流れる。


「お、早ぁ…………?」


「あンの馬鹿ッ!?」


 気づけば――もう足は動いていた。


「……………………ッ!!」


「………………」


 七段セブンス領域の拳が頼成の腹筋を貫き、内蔵を揺るがす。


 そのまま――。


「………………」


「ぐっ……!」


 体を捻り、足を払う。


 次いで――。


「…………」


 頼成の頭を地面に縫いとめるように打ち下ろす、左の拳。


「……………………!」


 頼成は、頭の大半を俺の拳の下――地にめり込ませたまま、体を痙攣させた。


※        ※        ※


「なんて危なっかしい闘いかた、しやがる……」


「………………」


「しかし、こりゃ、結果……オーライ、か……?」


「ちがう」


「……そっか。だろうなぁ……」


※        ※        ※


「へ……へへ……」


「…………」


 頼成が……じわり、と地面にめり込んだ頭を浮かせる。


 俺は拳の力を緩めていない。


「やっぱりな。まぁ……判りやすいのは悪かねぇ」


「………………」


 俺の拳は……頼成の身を起こそうとする、首と腹筋の力だけで……じわじわと押し返されてきている。


「これでとにかく……一通りの手の内は見せてもらったってぇワケだ」


 既に頼成は俺の拳を頬に張り付かせたままに……半ば完全に身を起こし、俺を見据えている。


「なにやってんだ、天道ッ! 離れろ、馬鹿か!?」


「……………………」


「俺があの女を犯ッたとでも思ったか?」


「………………」


 拳に押され、わずかに頼成が後退する。


「へへ……。残念っつーべきか……安心っつーべきか? ともかく……それは無ぇな」


「………………」


「だがよ……」


 グッ……と、勢いこんで、頼成が完全に身を起こす。


「事態は……もっと深刻なんだぜ?」


「話す舌は持たんな」


「だろうよ。お前は……薄々、気付いちまってるんだろうから……なッ!」


 ザ――!


「………………!」


 頼成の蹴りで、また距離が離される。


「………………」


※        ※        ※


「おいッ! 天道……聞こえてんのかっ! ギアを落とせ! 本当に馬鹿かお前ぇはッ!」


「………………♪」


「笑ってる場合か、お前……」


「これは……死ぬ、のかな?」


「ちっ……。そっかよ。お前さんは……別に俺らの味方、じゃあなかったっけな……!」


※        ※        ※


「股なんか……おいおい、あの女が俺に惚れてから、じっくり開かせてやるよ」


「………………」


「問題はそこじゃねぇ。そういう意味での……『俺のモノ』ってことじゃねぇ。わかってきてるんだよな、うっすらぼんやりと」


「…………黙れ」


「……と!」


 やすやすと拳がかわされる。


 なぜだ。


 セブンスのスピードが、こうも簡単に。


「……そうか、まぐれか」


「とと……!」


 またか。


 解せん。


「おいおい……」


 また空を切る拳。


 何故だ。


「ハハっ! ショックで調子崩すにしちゃ……早すぎだろ?」


 まだ言うのか。


 俺は冷静だ。


 俺は。俺は。俺は――。


※        ※        ※


「ほれ見ろ……完全に見切られちまってる……」


「それだけじゃないね」


「……ああ。あいつ自身が気付いてねぇのがタチ悪いが……」


※        ※        ※


「そろそろ気付けよ……!」


 俺の拳は空を切り、代わりに頼成の拳が俺に当たる。


「……ぐ」


 馬鹿な。


 なんという重さの打撃だ。


 しかもセブンスの領域をこうもやすやすと――。


「悪いことは言わねぇ。自分でちゃんと判断してみなよ」


「………………」


「お前の『ギア』……いま、一体、何枚めだい?」


「な――――?」


※        ※        ※


「いくつめ……ってドコじゃねぇぜ。いまのあいつは……ギアもなんもしてねぇ、ノーマルの状態以下だ」


「………………♪」


「……楽しそう、だな……」


「楽しい」


「即答かよ。くそったれ……やっぱり俺がでるしか――」


「……だめ」


「はぁ? ダメってななんだ、ダメって――」


「だめ」


「な――ッ!? て、てめ……ぇ…………」


「だーめ♪」


※        ※        ※


 な――んだ――?


 我道が――あの、女に――斬られた――?


 いや――死んではない――。


 峰打ち――?


 あの女は――やはり、敵、か――?


 いや、それよりも俺は――?


 な、に、を――。


「起きてるかい? 色男」


「………………」


「それじゃ決定的なのをやってやろうか。いまのお前にゃ、過ぎた技だが……まぁ、サービスだ。昔の男にな」


 くる――?


 ならばアクセラのギアを上げ――。


 いや、ギアはいま、七番目――。


 いや――?


 世界があかくない――。


 じゃあ、俺はいま――?


 なにを――。


「へへ……」


 頼成の姿を一瞬、見失う。


(これは――縮地――!?)


「見えてるのかね、色男はよ……」


 目と鼻の先に、一瞬のうちに間合いを詰めた頼成の顔が――。


(椿芽――!?)


 何を、俺は……。


 縮地などは鳳凰院流に限らず、どんな流派にもある技術ではないか。


 なぜ、俺はそんな世迷言を思った――?


 こんな妄想を見た――?


 頼成に、椿芽の姿が被るなど――。


「こう……かいッ!」


 構えた頼成の拳が――消える。


 いや――これは――。


「NO.5……ジンライッ!!」



「…………ッ!」


 音を遥かに超える速度で――『居合の技で抜き放たれた』拳が、俺の首を凪ぎ払う――。


(つば――め――?)


 紛れもない――。


 紛れもない椿芽の姿をその網膜に映し、俺は――。


(つ――――)


 刹那に意識を刈り落とされていた――。


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