漆黒の翼
「ちょ……勇ねーさん、早すぎるもき! もうちょっと……ゆっくり走って欲しいもき……」
「あ……ごめん、でも……!」
わたしはそれでも、後ろを走る茂姫ちゃんにあわせて、若干、スピードを緩めた。
「でも……急がないと、乱世さんたちが……!」
わたしが目覚めたとき、乱世さんたちは既にいなかった。
わたしの代わりに、椿芽さんが攫われたこと……。
乱世さんや我道さんが頼成を追っていったっていうことを興猫ちゃんや茂姫ちゃんに、聞かされた。
「茂姫ちゃんは……あのまま待ってくれてても良かったのに」
「そりゃないもきよー。ねーさん……。もきだって、アニキや椿芽ねーさんのことは心配もき」
「あ……ご、ごめん」
わたしは、自分の言葉にちょっとだけ棘があったのに気付いた。
ちょっと……自分で考えている以上に焦ってるのかもしれない。わたしは。
「うんにゃ、いいもき。少なくともねーさんのアニキへの『しんぱい度』に比べたら、そりゃ負けるもき」
「……………………」
乱世さんがわたしを置いていったのは……。
もちろん、わたしが意識を失っていたっていうのだから当たり前というところもあるのだけど……。
それを含めて、頼成直人との闘いには危険だという部分があったからだろうとは思う。
事実、わたしはその直前で彼らに成すすべもなく捕らわれているのだし……。
(だけど……!)
わたしは――もう、前のわたしじゃない。
わたしは、もう闘える――。
闘える――?
(ほんとうに……?)
確かにわたしは乱世さんや椿芽さん、興猫ちゃんのお陰で、一応は闘えるようにはなってきていた。
だけど……未だに闘うのは怖い。
乱世さんや椿芽さんのように闘いを愉しむ、なんてことは到底できそうもないって自分でも思う。
一応のルールが決まった、『バトル』でもそんな有様なわたしが……。
いまからこうして、乱世さんたちに追いついたところで何ができるっていうんだろうか。
生徒手帳には、乱世さんと我道さんをの現在位置を示す表示が、さっきから同じ場所で止まっている。
頼成の表示はないのだけれど、こんな騒ぎを起こした張本人なのだから、自分の現在位置を示さないようにしてるのは当然だろう。
たぶんもう、闘いは始まっているんだと思う。
わたしはむしろ……また乱世さんの足を引っ張る結果になっちゃうんじゃないんだろうか。
(でも……!)
わたしは――いかなきゃいけない。
ついていかなくちゃ、いけないんだ。
あの人に――天道乱世さんに。
「いこう、茂姫ちゃん……!」
「了解もきー。でも、ねーさん?」
「なに?」
「れーせーに考えたら……急ぐんなら、オリエンテーリングで使った自転車を借りてったらよかったもきね」
あ。
「そ……そういうことはもっとはやく言ってよー!」
「も、茂姫のせいもきかー!?」
ガサッ……!
「え……?」
目の前の茂みが、不意に音をたてた。
「誰……ですか……?」
わたしと茂姫ちゃんに緊張がはしる。
もしかしてチーム乱獣の残党――。
あのとき、わたしたちの居る本部を襲撃した、あの黒ずくめの人たちが、まだ残ってたのかも……?
「い、勇ねーさん……」
「さがって……!」
わたしは、茂姫ちゃんを背にして、身構える。
さっきは不覚を取ったけど……!
(っていうか……ここでまた遅れをとるようじゃ、乱世さんに追いついてもホントに足手まといなだけだもの……!)
きゅっ、と拳をにぎる。
いつまでたっても……慣れない感覚……。
それでも、今はやらなくちゃいけない……!
わたしの緊張がピークに達したそのとき――!
「……………………」
「椿芽……さんっ!?」
姿を現したのは……椿芽さんだった。
「……………………」
「だ……大丈夫だったんですか?」
「……なにが、だ」
「え? だって……ほら。頼成組に捕まったって……」
「私が……捕まった……?」
椿芽さんは、笑う。
それが……今までに見た事のない笑い方だったのが、少しだけ気になった。
「え……ええ。そう……聞いてます、けど……」
椿芽さんはそのまま薄く笑みを浮かべながら、わたしを見ている。
(なに……?)
なにか……違和感がある。
ううん……不安……? 予感……?
どれも……違う。
だけど……?
「な、なーんだ。さすがは椿芽ねーさん、自力であの頼成のトコから逃げてきたもき?」
茂姫ちゃんが、椿芽さんの方に無防備に近づいていく。
「あ……」
わたしは……なんでだろう、それを一瞬、止めようとしたんだと思う。
「それならそうと、連絡くらい……」
「……犬め」
「へ?」
「……………………」
「え――――?」
椿芽さんが……茂姫ちゃんを、斬った――?
そう結果付けられたのは、椿芽さんの刀が一瞬だけ閃いて……直後、茂姫ちゃんが悲鳴を上げる間もなく、その場に倒れ伏したのを見たからだ。
「茂姫ちゃん……!」
悲鳴のように声を上げて、駆け寄ろうとしたのは、あくまで反射。
頭が状況を理解してのことじゃなく……ただの、反射。
「……殺してはいない」
「え……」
「闘う術のない者に向ける剣はない。ただ……」
椿芽さんは……足元の茂姫ちゃんを、爪先で小さく蹴るようにして、仰向けに体を返させた。
「うぅ……」
茂姫ちゃんの口から、小さく呻くような声が聞こえた。
生きてる――。
「ただ……これ以上、余計な情報を流されたくはないのでな」
「え……? それ……って……?」
問おうとしたのですらないと思う。これも……たぶん、反射。
喉が嫌に、からからする。
心臓の音が嫌におおきい。
なんだろう――なんだろう、これは――。
「話の途中だったな」
「え……? あ……は、はい……」
「捕らわれたのでは……ない」
「……?」
「あれは私が望んだこと、だ」
「つ……椿芽……さん……?」
やだ――。
この感じ――すごく――いや――だ。
「そして、ここに、こうして立つことも……私の意志だ」
「椿芽……さんっ……!」
すごく――いや、な――。
「勇……お前を――」
椿芽さんの刀の先端が、ゆっくりと――。
「お前を……斬る、ということも」
ゆっくり……それでも、確実に……わたしに向けられていく。
「つ……椿芽さんっ……!?」
「全て……私自身が望んだことだ……!」
そうか――。
これは、アレなんだ――。
乱世さんたちが言う、『殺気』っていうモノ――。
「…………ッ!」
わたしが、そう気付いたときには――。
「椿芽さんっ!? 待っ――」
わたしの目の前に、やいば、が――。