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乱世、あらぬ誤解を受ける

 そして――。



「…………ここはどこだ」


 そこは今や完全に見知らぬ大通り。


 見回しても……人、人、人……。


「……もうおしまいだ」


 いや。


 まぁちょっと待て。


 一応の自己弁護はさせてくれ。


 あの、図書館のちょっと先にあった文具店。


 あれはいざ店に入ってみれば、毛筆文章専門の店で……鉛筆どころか、ノートもない。すずりや半紙ならあったが。


 店主に聞いてみれば、ちょっと先にもう一件、文具店があると聞き言ってみたところ……。


 そこは万年筆専門だった。


 そこの店主に聞いてさらに先の店に行って見れば、そこはボールペン専門。


 赤・青・緑のボールペンから、5色・7色ボールペン、果ては土産物の1メートルはあろうかという巨大な多色ボールペン……。


 その次はクレヨン・クレパス専門――。


 次は色鉛筆――。


 果ては足の指に涙で鼠の絵を描く専門――。


 どうにか俺がノートと鉛筆などの『普通』の筆記具を入手したときには、もはや来た道を辿ることもできない状況に成り果てていた。


 というか……そんな偏りきった専門店で『文房具』の看板を提げるのはどうなんだ。


 特に最後のやつはもう筆記具でもないし。


 何を売ってたのか、むしろ今更ながら興味が出てきたぞ。


「……野良の縄張りに弾かれて迷子になる飼い猫ってこんな気分なんだろうな……」


 いかん。


 逃避してる場合じゃない。


「とにかく……それっぽい方向に歩いてみるか……」


 なにより、この人の多さは耐え切れない。


※        ※        ※


 ……勢い込んで歩き出してから、おおよそ数十分後。


「あら、お兄さん……寄っていかない?」


「安くしとくわよ……どう?」


「……………………」


 路地裏で派手な格好の客引きに声をかけられ続けるに至り、俺はもう膝から落ちそうな感覚に襲われている。


 完全に取り返しのつかない状況……。


 人ごみから逃れるようにと、適当に歩いてみた結果、どう記憶を紐解いても一度も通ったことのないこの裏路地に、俺は流れ着いていたのだ。


 今更ながら冷静に考えれば、だ。


 そもそも図書館のあった通りも、それなりに人通りの多い道であったのだから……。


 人ごみを避けるようにして歩いて辿りつく道理がない。


 冷静に、などと大仰に言わずとも、まぁ……普通、そう考え付くものかもしれないが。


 事実、今ならば俺だってそう思う。


「しかし……道に迷っている最中の俺は、俺であって俺でないのだ……」


 改めて道を聞こうにも、周囲に居るのは怪しい店店の前や、更なる裏路地の入り口に立つ、呼び込みだけだ。


 怒黒組図書館までの道を素直に聞いてたいとも思うが、なんだかいろいろと高くつきそうな予感がしないでもない。


 もっとも――。


 俺の場合、人に道を聞いたとしても、その直後に逆方向に歩き出す(椿芽:談)らしいので、経験則から見ても決定的な解決にならないことが多い。


「むぅ。やはり何時いつものごとく、自己解決する以外に道はないのか」


 最終的に人は常に一人、か。なんと無常な世の中だろうか。


 む。


 迷子だけに『道はない』とは、今更ながらちょっと上手いな。


「なに、一人でぶつぶつ言ってるの? おにーちゃん」


「む?」


 声に振り返るも……そこには誰の姿もない。


「ついに幻聴までもが俺を襲うか。過酷。まさに過酷。これぞ逆境」


「ここ、ここ」


「むむ」


 視線を下げると……そこには小さな女の子が俺を見上げるようにしていた。


「にゃっほー♪」


「きみは……?」


「ひょっとして……迷子になったとか?」


「迷子という状況はだな。自分が迷ったと認識しない限りは――」


「迷子でしょ?」


「………………」


「なるほど。やっぱ迷子なワケね」


「……俺は認めていない」


「まー、改めて聞かなくても、そもそも一目で判る状況だったから」


「……それを敢えて聞いてきたということは……さてはお前、性格がいいな?」


「うん♪ よくゆわれるにゃ♪ こんな裏道できょろきょろしてんのなんて、迷子の新入生か、女の子買いにきて品定めしてるかどっちかにゃ。おにーちゃんの場合、あとのほうじゃなさそうだし」


「そうだな、それどころじゃない」


「それに、『迷った』とか『道はない』とかって、ぶつぶつ言ってたし」


「……実際口にしていたか、俺……」


 自分で危機感を抱いてたよりも、ずっと追い詰められていたようだ。


『こんな程度で迷ったら、もうおしまいだ』などと、椿芽相手に無意味にハードル上げたりしてたからな……。


「あと、さっきのはあんまりうまくなかったにゃ。むしろ寒ぅ」


「さりげなくひとり言にダメ出しをされた!?」


「ま、おにーちゃんの壊滅的なギャグセンスはともかくとして」


「あれは極限状態下での言動とご理解をしてもらいたい」


「あたしが案内してあげよっか?」


「それはまぁ、助かるが……」


「そんじゃ、こっちこっちっ♪」


「……お、おい。引っ張るな……」


 俺は半ば強引に手を引かれていく。


 その勢いにも困ってはいたが、それよりもなにより――。


「あら……」


「あのお兄さん、そういうシュミだったのねぇ……」


「あんな小さな子を?」


「そこそこマトモそうに見えるのに……」


 聞くともなく、耳に流れ込んでくる、女たちのひそひそ話のほうが、むしろ気にかかった……。


「おい……。何だか、あらぬ誤解を受けてるようなんだが……」


「キニシナーイ、キニシナーイ♪」


※        ※        ※


 それから――。


「……ちょっと聞いていいだろうか」


「なに?」


「確か俺は……きみに道案内をしてもらう、という流れだったハズだが」


「うん」


「それが……何故、こうしてオープンカフェでパフェを食ってなけりゃいかんのだ」


 それなりに小奇麗なカフェ。そこで俺とこの少女は共に馬鹿でかいパフェをそれぞれに食している。


 ちなみに俺にオーダー選択の権利は一切なかった。「このパフェふたつ」という少女の魔法の呪文で強制的に決定されたものだ。


「ま、キニシナイキニシナイ、にゃ♪」


「するわ」


「別に急いでるワケでもないんでしょー?」


「……急いでないとも言ってはいないんだけどな」


 なぁ俺もさっきまでぐるぐると歩き回ってたせいで、多少の疲れはある。


 ここは観念をして……と、自分のパフェをスプーンで口に運んだ。


「とはいえ、甘いものは嫌いじゃない」


「ま、案内料だと思って、納得してくれればいいにゃ」


「直接的な出費よりも……むしろ別の方向で手痛いところが大きかったがな……」


「うん? ああ、あの客引きのコたちにロリ扱いされたこと?」


「……直球極まりないな」


「ま、別にいーじゃない。いや、でもなんなら……」


「?」


「なんなら、ホントにそういうコト、してもいいけど? おにーちゃんならお安くしとくにゃ。うふん♪」


「……いろんな意味で悪趣味な冗談だな」


「もっとも、あたしは本番じゃお客取ってないけどもにゃ」


「おいおいおいおい。どこまでが冗談で、どこまでが本当なのか」


「あたし、最初から冗談とかってゆってないにゃりよ? 意外とご指名も多いにゃん♪」


「……どっちみち、俺は子供に欲情するほどの特殊な性癖ではないが」


「シッケーな! あたしはこう見えてもとっくにハタチ超えてるにゃりーっ!」


「嘘をつけ。サバを読むにも程があるだろう」


「やややや、今度はホントにホントだってば」


「……今度は、って言ったな。今度は、って」


「にゃはは♪ まーいまのは言葉のアヤで」


「どうだかな……」


「だいたいさー、ンな嘘ついてもしょーがないっしょ? 若くゆーならともかく、上にサバ読んでも、あんまし得もないし」


「……その言葉には何となくそれなりの年齢を感じさせる響きがないでもないな」


「うーん、褒められた感がない会話のキャッチボールにゃ」


「というか……百歩譲ってそれが本当としても、それなら俺よりも年上ってことになるぞ」


「あら、そ? あたし、おにーちゃん、もっと行ってるかと思ってたけど」


「若い割りに落ち着きがある……と言ってもらえると、多少はイメージがいいが。しかし、それで俺を『おにいちゃん』呼ばわりも、どうなんだ」


「この見た目だからにゃー。男の人はキホン的におにーちゃん、にしとくと喜ばれることのが多いにゃ」


「……そういう処世的な部分には、やっぱりそれなりの年輪を感じなくもないが……」


「ま、おにーちゃんはあんまカンケーなかったみたいだけど」


「そうだな。別段と普通に受けていたが」


 里では同年代は椿芽しか居なかったため、門下生の子供や麓町の見知った子供たちには実際に『乱世にいちゃん』と呼ばれていたしな……。


「ほら、アレにゃ。おばちゃんとかも、若いコとかに『おにーちゃん、おにーちゃん』とかゆうじゃない。アレ。あんな感じってことでひとつ」


「……なんかそれはそれでむしろゲンナリするな……」


「おにーちゃん、相変わらず冷めてるにゃー。だからフケて見えるんにゃ」


「放っておけ。というか……相変わらず?」


「にゃ?」


「まるで前にも会ったことがあるかのような口ぶりだな」


「……は?」


「ふむ。そういえば、まだ名前も聞いていなかったが……」


「ちょ……ちょっと待った! ひょっとして……気付いてなかったにゃ?」


「気付く? 何を?」


「むー……!」


「む。ひょっとしてやはり前に会ったことがあるのか? それなら失礼をしたが……」


 目の前の少女(不確定)が、いきなり勢い込んでテーブルを叩く。


「おにーちゃんは……乱世おにーちゃんは、あんなに激しい夜のことを忘れたっていうのかにゃっ!」


「…………は?」


 ざわ……。


 あまりの言葉(内容的にも、声の大きさ的にも)に、周囲の客が一斉にこっちを見遣ってきた。


『修羅場だ。修羅場だ』


『でも……相手はあんな小さい子なのに』


『ロリ野郎だ』


『ロリ野郎の修羅場だ』


「あたしの体をあんな傷物にしといてっ!」


 ざわ……。ざわ……。


「お、おい……」


「おにーちゃんだって、腰が立たなくなるくらいまでヤったじゃないっ!」


 ざわざわざわざわ……。


「ちょ……ちょっと待てっ!」


 なんだか……ものすごい加速度的に、おそるべきレッテルが貼られてる気がする――。


 いや。


 気がするではなく、正真正銘に。


「もー、怒ったにゃ! こうなったら厭でも思い出すようにしてみせる……お互いの体とカラダでっ!」


「あ……お、おいっ!」


 またも、強引に手を引かれる俺……。


『体とカラダ……』


『この後、また……?』


『まぁ、いやだ……』


 待て。


 待て待て待て。


 それは違う。断じて違う……。


 ……そんな弁解を周囲にするいとまさえ、俺には与えられなかったのだ。

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