29.アホだけど天才
「姐御ぉ、早く命令解いてくれ!」
にゃん三郎がせっぱ詰まった様子で迫る。
「え? 何の命令ですか?」
私は特に命令したつもりはない。
「ほら、『ちゃんと仕事しないとお仕置き』ってやつだよ!」
ああ、なるほど。懲罰が発動する命令には決まった呪文が必要だけど、懲罰命令はさほどしてないし呪文は小声でつぶやいてたから勘違いしてたのか。ふむ、都合がいいからそのまま勘違いさせとこ。
「わかりました。はい、もう命令は解除しましたよ」
もちろん何もしてないが、奴らは安堵の表情を見せる。ちなみに解除するのにも呪文は要るが、今まで小声でつぶやいていたので気付かれてないようだ。
「おい、そろそろ下ろしてくれ」
背中からマレンコフの声がする。あー、角材に気を取られて意識が向いてなかったよ。でもこのままだといろいろマズいかな、自由にするのは奴らと打ち合わせしてからだな。
背負子イスを下ろし、奴が半しゃがみの姿勢で何か言おうとしている所でかぶせるように告げる。
「ちょっとこいつらとお話しをしてから案内しますから、それまで待っててくださいね」
そう言いつつまだ手放していなかった肩紐で持ち上げたマレンコフを牢獄に押し込み、入り口を土壁の魔法でふさぐ。途中うるさかったから沈黙の魔法もかけとこう。
◇
さて、まずは角材の謎を解明しなくては、とわんにゃんどもに話を聞いたところ、アホなのか天才なのかよくわからない経緯が判明した。
炭焼きを言いつかった後、薪割り、窯入れは初日の早い時間に終了。しかし炭焼きは火入れした後は基本待つのが仕事、やることがない。奴らは『仕事しないとお仕置き』の命令に恐怖する。
といっても言いつかった仕事はもうない(もっと薪割りしろよと思ったが、つっこまないでおいた)。ここで奴らが話し合いをしたところ、出発前の言葉『危険を感じた場合は止めていい』が、なぜか『危険を感じる仕事をすればいい』に変わったそうだ。ここまではアホだなぁという話。
危険を感じる仕事と言えばチェーンソー作業。しかし私は最大3日戻る予定がなく、治癒できる人がいないから怪我すれば命に関わる。
わんにゃんズは安全にチェンソー作業できないか考えた。結果、にゃん二郎がチェーンソーに手製のアタッチメントを取り付ける方法を考案する。
それはチェーンソー本体の形状に合わせて木を削り、隙間を粘土で詰めたアタッチメント。平らな底面とブレードが水平になっていて、平らな所で滑らせるように引けば丸太をまっすぐ挽ける、というものだ。
作業現場を水平が出ている風呂の底に移して丸太を惹いたところ、すんなり角材ができたそうだ。
うむ、こいつらの事を侮っていたよ。正直その発想はなかったよ。後でタブレットを調べたら似たコンセプトのアタッチメントがあったよ(もっと機能的だけど)。それを予備知識もなく発想するとは天才的だよ。
「お手柄です。何かご褒美をあげないといけませんね」
賞賛の念からそんな言葉が思わず出る。
「ホントか! じゃあ抱かせてくれ、姐御!」
……おお勇者よ、試練を与えよう。
「痛て痛て痛て! なんだよ、ご褒美くれるんじゃないのかよ」
短い懲罰に苦悶しながら文句を垂れるにゃん二郎。
「私がそんなことするわけないでしょう。他に何かないんですか?」
「じゃあ姐御じゃない女」
こいつ……。
「俺も女を抱きたいぜ。姐御が風呂に薄着で来るから悶々としてるんだ」
わん四郎も乗ってくる。うーん、ジャージを濡らすのが嫌だから短パン・Tシャツ姿で風呂場から洗い物の回収してたもんな。男のリビドーに配慮が足りなかったかも、ちょっと反省。
あ、そういやこいつらに確認してなかった事があったな。場合によってはお前らの願いが叶うぞ。
「話は変わりますが、お前たちは同意なく女性とそういう行為に及んだことはありますか?」
真偽の魔法を使いながら問いかける。
「強姦ってことか? いや、町にいた頃は娼館に通ってたし、出てからはそもそも女に会ってねえ」
そう返したわん太に続いてメンバー全ての返答を聞くも全員無罪。となるとあのプランはなしか。
「ともあれご褒美は何か考えましょう。もちろん生身の女はなしで」
AVかエロ本でいいんじゃないかなー、と思いつつ答えたらブーイングを浴びた。奴隷って認識薄いな、こいつらは。まあ私は話の分かる雇用者だ。被雇用者の悲哀は理解してるから見逃そう。なお、報酬は労役後の自由です。
ちなみに帰還時に焦って命令解除を求めてきたのは、チェーンソーのオイル切れで作業できなくなっていたから。炭焼きの方はまだ窯出しもしていない。すっかり忘れていたそうな。うん、こいつらやっぱアホだ。
◇
「ところで背負ってた奴は何者なんだ? 姐御と同じダークエルフだけど新入りか?」
おっと、私もアホだな、すっかり忘れてたよ。
こいつらには事情を簡単に説明、私の魔法や用意した道具についての発言を禁止する懲罰命令を下す。
チェーンソーやプラ桶などオーパーツ的な道具を腕輪に収納。代わりに買ってきた大工道具を広げてこれで角材挽いた事にするよう打ち合わせ。
それ以外は聞かれたことに素直に答えるよう言いつける。んー、こんなもんかな。
牢獄の入り口を開けると、奴らの寝床として敷き詰めた干し草の上にイスに縛られたマレンコフが倒れていた。おかしいな、ちゃんと座らせておいたはずなのに。
「――――」
光か風を感じ、何かを口にしているようだが声は聞こえない。まだ沈黙の魔法の効果時間が切れてないみたいだな。一応牢獄内にあるオーパーツも収納してから解除する。
「――けん……うお、いきなり戻った! なあ、アミラ、居るんだろ、早く縄解いてくれ」
カラオケ帰り的ガラガラ声でマレンコフが懇願する。沈黙の魔法の中で叫んでたんだろな、ちょっと悪いことしたかも。
多少罪の意識を感じつつ拘束を解いて目隠しも外す。
「ふう、ようやく自由になった……。お前は言葉遣いに似合わず行動は手荒いな」
「申し訳ありません。察してもらってると思いますが男性が怖いので。ご理解ください」
「その割に賊どもを使って開拓するという。わからんな」
「奴らは体でわからせてありますからね、そういう意味で安心です」
「そういう事にしておこう。にしてもここは暑いな」
まあレドラに比べると緯度が低いからねー。亜熱帯くらいの気候かも。季節も夏だし。
◇
その後、わんにゃんズに引き合わせる。マレンコフは賊の特徴を記したメモ書きを見ながら目の前の奴らが動向を追っていた賊で間違いないことを確認した。
収容所も案内し、脱走の可能性が低い事のお墨付きを貰った。収容所の塀は高さ5m、出入り口はなく(ちなみに奴らを連れてきた時の入り口は黒歴史として封印済)、行き来の手段は転移陣しか存在しない。
常設した陣は到着陣のみ。賊が出発陣を組めないことはマレンコフが真偽の魔術で確認しているから脱走はほぼ無い、と判断してくれた。
「これだけの塀を一人で築けるとは大したものだ。脱走は無いだろうからお上には抗争で死亡とでも報告しとく。で、金脈はどこにある? 壁内に陣でしか行き来できないなら場所の特定はできんだろ。見せてくれ」
ん? どゆこと?
話を聞くとマレンコフは金脈開発のために奴らを使っていると思っていたそうだ。で、壁内に鉱山の入り口があると踏んでた訳だ。こんな少人数で鉱山開発できるわけねえだろ。それに砂金は普通川で取れるもんだ。その辺の常識はないのか、組織は。
「いえ、ここは農地にする予定です。金脈は別の所にありますよ」
実際、ここに来るまでの途中に金が出たけど温泉も出て放棄された金山があって、そこでしこたま金インゴット召喚したんだよね。3トンはあるかな。
「農地だと。そんなもん造ってどうするつもりだ」
「村を興そうかと。奴らも喰い詰めたから賊になったみたいですし、そういう人の受け皿になれば賊も減って組織も楽になるんじゃないですか?」
「それはそうだが、村なんて出来るのか?」
「じゃあお見せしましょう」
そう言って開拓地への陣を組み、現場へと案内した。
◇
「……お前、本当にダークエルフなのか?」
3km四方ほど切り株が並ぶ光景に絶句してから問いかけるマレンコフ。おう、真を突いてるな。でも正体を明かすにはまだ時期が早い。現場を見せたのは迂闊だったかも。
「もちろんダークエルフですよ。島でも似たようなことやってましたから慣れてるだけです」
ちょっと苦しいかもしれんが言い訳しておこう。
「……金もそうだが、この光景もにわかには信じられん。個人的にはお前の事は信用してるが、組織としては別だ。なにか安全の確証が欲しい。……そうだな、定期的に連絡員を受け入れてもらおう。それを拒否するならもう北大陸に入るな」
えーっ、また面倒な。でも組織に渡りを着け続ける必要もあるしな。
「いいでしょう。ただし私が信頼できる人にしてください。具体的にはニノンです」




