23.善意のお世話
遅くなりました……
「そ、それは無いですよ。例え本当にそうでも私が拒絶します!」
想定外の言葉に動揺しつつも答える。確かに奴は欠点といえば変な話し方くらいしかない完璧超人だが男女の関係は無理。
「どうしてですか? お話しも弾んでるし、さっきも『尊敬できる』なんて言ってたじゃないですか。まんざらでもないんじゃないかな」
それは同好の志と趣味の会話をする気安さと、人間性に対する敬意なんです。元同性としてですよ、もちろん。それ以上の問題があるんです。
「私は男がダメなんですよ。今でも2ヤード以内に近づかれると恐怖心が……。ほら、私はダークエルフだからここに来るまでにいろいろあったんです」
「えっ、そいえば。すいません……。でもいつまでもそのままじゃいけないと思います。改善のためにも彼とつき合ってみたらどうですか? 私なら受け入れますし、家のお姉さま方もバルトロが言うなら大丈夫だと思います」
うわあ、本当に善意からそう言ってるんだろなー。別の言い訳考えよう。えーと、そうだ!
「いや、それだけじゃないですよ。エルフとダークエルフじゃ生まれる子供が子孫を残せなくて不幸になるじゃないですか。だから同胞じゃないとダメです」
「そこは大丈夫です。エルフとダークエルフの子なら子孫を残せます」
な、なんだってー!
「そんな話は聞いたことありませんよ?」
「確かに一般的な話ではありませんが、はるか昔はどちらも同じ種族で違いは肌の色と身体強化魔法、あとは伝承してる魔術だけだそうですよ。治癒院で習いました」
ずいぶん開明的な流派だことで。エルフとダークエルフって仲悪いんだろうに。
「え、う、あ、と、とにかく無理なものは無理です!」
とっさに反論が思いつかず、しどろもどろになって叫んだところで小屋の扉が開き、外で用を足していたバルトロが戻ってきた。
「何が無理なのか?」
「あ、旦那様。アミラさんの将来の事ですよ、ね?」
と、笑顔で私に話を振ってくる。
「え? ええ、受け入れられない将来像だったので思わず叫んでしまいました」
「そんな、私は受け入れますよ、一緒に頑張りましょう!」
余計なお世話ですよう。ああ、泣きたい。
「よくわからぬが女性同士の秘密のようだ。立ち入らぬ事としよう」
背をむけて実習準備に入るバルトロ。さすが気遣いのできる男、そこに痺れる憧れる。絶対に惚れないけど。
それにしてもニンファさんめ、釘を差しておかねば。
「私は本当に無理ですからね、余計な事はしないでください」
バルトロに気付かれないよう小声で伝える。
「そうですね、旦那様の気持ちもまだ確かめてませんし。でも彼が望むなら後押しはしますよ?」
「望んで無いでしょう。あ、彼が万が一にも変な気を起こすと嫌なので、この話は二人の秘密にしてください」
「わかりました。旦那様の口から真相が漏れるまでは、ですね?」
「もうそれでいいです……」
◇
授業23回目。覚えが大変よろしく、用具もおおむね満足できる出来になってきたので、傷の治癒に加えて潰瘍や腫瘍など外科的治療が簡単そうな病気の対処法も伝えている。私もまだ実践してないから診断法や具体的な注意点でちょっと不安抱えてるけど、そのまま放置するより良い、と好評だ。
麻酔は合成が比較的簡単なジエチルエーテルの製法を伝えた。反応温度がシビアだから量産は難しいかもだけど。爆発の危険もあるから本当に注意してね。
バルトロからはその後も特にアプローチもなく、例の件は杞憂だと思っている。
とはいえエルフ・ダークエルフ間の子孫は、女神様情報でも問題ないとのこと。油断しちゃダメだな……。ちなみに種族が別れた理由は「そのころは管轄してなかったからわからない」だそうだ。一応伝承では神罰で云々となってるけど、そんな神罰はないんだって。
肌の色は強い日差しに対処するための環境適応ですかね。日差しの強い低緯度のステップ地帯は遮るものが少ないから獲物を得るのに速度偏重の身体強化魔法も発達、とかなら納得できる。
バルトロからの脅威は感じないが、問題は若奥さまだ。奴とトークしているとニヨニヨとした視線が向けられる。誤解と言っても聞く耳持たない。くっつけようとしてるのはあなたの旦那ですよ、つってもハーレムだからあんまり嫉妬心ないのか? ……もういっそのことカミングアウトするぞ!
「嫌われる覚悟で告白しますけど、私、女性が好きなんです。ああ、でも旦那様が大好きなニンファさんに迫ったりしないのでそこは安心してください」
「そんなの一時的なことです。私も以前は年上の女性に憧れを持ってましたが今は違いますし。第一、女同士じゃ子供が出来ないじゃないですか、不自然です」
あー、やっぱヘテロ至上主義者だったか。でも拒絶しなかったのはさすがバルトロの妻。なまじ人体の知識があるだけにiPS細胞の話をしても無駄かな、実際可能性は薄いし。うん、説得はあきらめよう、万一バルトロがアレでも私が拒絶すればいいんだ。
「はあー、わかりました。私の嗜好に理解を得られないことはあきらめます。でも男は本当に無理です。仮に触られたら吐く自信がありますね」
「ダメですよ、結局女の幸せって子供を産んで育てることだと思うんです。アミラさんには幸せになってほしいから例えバルトロの事がなくても直した方がいいと思います」
本当に善意から言ってるんだろうなー。余計なお世話ですが。
◇
最終日。すべての授業が終わり、野外で打ち上げをしている。伝えたいことはまだまだあるけど、当初予定していたカリキュラム以上のことが出来て満足だ。当初は何頭かお肉になっていたブタさんも最近は全て健康を維持している。まあその中の1頭は今日のご馳走になってますが。
で、バルトロとは結局何もなかったです。ふー、心配して存したぜ。今日も微妙な距離を保って気遣いを見せてるしね。
「これまでの教授に感謝する。非常に有意義であった、師匠」
神妙な顔でそう告げるバルトロ。師匠と呼ばれるとなんだかくすぐったいね。でも人のために役立てて欲しいもんです。
「いえ、私が編み出したものではありませんから師匠と呼ばれる訳にはいきません」
「どこで……。いや、聞いてはいけないのだな」
「いつか答えたいですが、今は無理ですね」
「帰還の予定はあるのだな。改めて聞けて良かった。その時は俺とニンファ以外にもその知識を広めてもらいたい」
「同胞が見つからなければ戻ります。でも私はダークエルフですからね、まともに聞いてもらえるかどうか」
「問題なかろう、この技は本物だ。その知識をもたらした者となれば皆耳を傾ける。そうだ、渡した食料では報酬として見合わないな。帰還の際に差額分を支払おう」
「報酬はいらないんですけどね。そうだ、その差額分で報酬を払えない人の治癒をしてください」
「欲のないことだ」
「いえ、思惑があってのことです。私の報酬で治癒できた人はダークエルフに対して多少は偏見が薄れるでしょう? だから治癒の際にはせいぜい恩を売ってください。ああ、ただし帰還まではあるダークエルフとだけ明かして、私の名前は秘密でお願いします」
「心得た」
その後もしばらく歓談が続き、奴が席を外した所でニンファさんともお話しする。
「結局、彼とは何もなかったですよ」
「そうみたいですね。おかしいなあ……」
「妻とはいえ人の考えすべてが読める訳じゃないでしょう? 間違いだってありますよ」
「でも今日は包みを持ってて、アミラさんへの贈り物だって言ってたんです。てっきり求婚するものだと……」
は?
そこにバルトロが戻ってくる。手に包みを持って。
「アミラ、話がある。個人的なことだ」
「……何でしょうか?」
聞きたくない気もするが、聞かないわけにもいかないし。
「帰還したときは俺と夫婦になってほしい。これはその証しにと用意したものだ」
開けられた包みにあったのは私が左腕にはめているものと対になりそうな腕輪だった。それを持って私に近づくバルトロ。
気安い相手と安心していたところに不意打ちを食らって混乱し、対処が遅れた。不意に右手に暖かみを感じる。目を向けるとそこに奴の手と私の手。あ、ヤバイ。こみ上げてきた。
掴まれた手を振り払い駆け出す。木の陰に隠れ、こみ上げてきたものを吐き出した。
「うげえぇ……」
『男』に触られたことを改めて認識した瞬間、忌まわしい記憶がフラッシュバックし、さらに内容物が上ってくる。胃の中身を吐き出すことで忌まわしい記憶も吐き出されるとでもいうように、吐くこと以外考えられない。
時間にして2,3分だろうか、落ち着いて見渡すと木の根本に先ほど詰め込んだご馳走だったものが散乱していた。ああ、ごめんよブタさん。君の命を無駄にしてしまった。
そんな見当違いの考えを巡らせているところに気配が近づく。
「すまぬ。アミラの事情も理解せず……」
その気配に対し全力の身体強化と力場を展開し、睨みつけながら言い放った。
「近づくな! 殺すぞ!」
えー、この作品は不定期更新です
可能な限り隔日ペースにしたいですが滞る場合もあります
ご了承ください




