22.エルフの若奥さま
「とりあえずひとりで考えさせてもらえますか?」
バルトロの提案をどう断るかすぐに案が浮かばない。女神様と相談したいよ。
「良かろう。答えを待つ」
「では、しばしお待ちを」
灌木に隠れて再度ハウスに入る。
「おかえり。ずいぶん話が長かったわね」
「ああ、治癒トークで盛り上がってしまいまして。結果また面倒なことになりましたよ……」
事情を説明し、どう断るか相談しようとしたところ女神様から想定外の提案を受ける。
「それは是非とも受けるべきね。彼は互助会のまとめ役で周囲からの信頼も厚いのよ。そんな人物の師匠になれば北大陸に帰ってから信頼が得られやすくなるんじゃない?」
おっと、そうなんですか。本音は断りたいんですけど、味方がいなくなりました。
「……でも、いつまでもここに留まる訳にはいかないでしょう? せめて期限を決めましょう。滞在予定は3ヶ月でしたよね、その線で交渉します」
「4ヶ月。授業分が増えるからね。アミラ、これはチャンスよ。あなたの知識で治癒に革新が起きるんだから、人の環境改善に役立てるのに加えて、信頼も醸成できるじゃない。ディストピアへの道が近づくわよ」
まあいつまでも『はぐれダークエルフ』のままじゃこの先不安だからね、バルトロとお近づきになれれば町で下手に襲われることもなくなるだろうから当初の思惑と一致する。状況改善への道と考えて覚悟を決めますか。
「わかりました、頑張ってみます。といっても授業は実質1ヶ月ですからね、大した革新は起きないと思いますよ」
◇
「お待たせしました、受ける事にします。ただ私にも目的がありますし、知識は魔法なしが前提の特殊なものなのでいくつか条件があります」
「聞こう」
条件については女神様とも相談済み。以下の要求を提示する。
・期限は4ヶ月、実質的な授業は1ヶ月
・知識や用意する機材の出所を一切聞かない
1ヶ月で出来ることは多くないので動物での実習中心でカリキュラムを組む予定。開き直って手術用具や訓練用の人体モデルも召喚して使わせるつもりだ。そんなの出所を聞かれても答えられないし、答えない。
・必要な用具を作成する
鉗子やピンセット、開創器など必要な用具の現物を渡し、現地で再現してもらう。伝える技術は用具がないと役に立たないからね。3日で崩れるのは「そういう魔法」で通すことにする。チューブとかは無理そうだけど一応渡す予定。あとは実習用の生きたブタも持ってきてもらう。
・教えた技術の魔法での再現方法は自力で考える
バルトロがどんな魔法が使えるかわからないから。
・私が帰還するまで関与したことを外部に漏らさない
組織に知れたらまた面倒。帰還してから公表すれば対処の時間は取られないでしょ。
「飲もう。用具はもう用意してあるのか? ルボルはドワーフだからある程度目星がつく」
ほぼノータイムで答えるバルトロ。男前だね。
「では明日渡しましょう、日が昇ったらまた来ます。今日はこれにて」
「どこで野営するつもりか?」
「穴を掘って休んでますよ。硬化もしてますから安全です」
嘘だけど。でも湿原での経験で穴掘りには一家言あります。あ、なんかルボルが申し訳なさそうな顔してる。あなたに責任はありませんよー。
◇
翌日。ルボルに用具を渡したところ驚いていた。作成方法を聞かれたが、条件に従ってお答えしてません。
ルボルの印象では「金属製以外はおそらく無理」とのこと。デスヨネー。
その後、パーティーの先導の元、待避小屋に向かう。徒歩で半日ほどの日程で、道中ルボルから謝罪を受けた。気にしていないと伝えるも、行動が伴ってないからな、口先だけと思われてそう。最初の態度が悪かったんだからおあいこですよ。
到着した小屋は魔法で固めたと思われる頑丈な作りで、内部は10畳程度の部屋が2つ。一方の部屋には5人程度が使える簡易な転移陣も設置されていた。町までならベテラン冒険者の全魔力程度で転移できるそうだ。そうか、私もこの近くに簡易到着陣置いておけば行き来が楽だな。あとで穴掘って作っとこ。
ここでパーティーとはお別れ。カイサはかわいかったけど、特に話すことはありませんでした。さ、穴掘って高地に戻るか。
◇
待避小屋での授業1回目。やってくる生徒はバルトロのみと思っていたが、奴は爆弾を持ってきた。いや、確かに条件には入ってなかったが。
「俺の3人目の妻ニンファだ。かつては冒険を共にしたが今は町の治癒院で治癒師をしている。彼女も一緒に教授を頼む」
「よ、よろしくお願いします……」
バルトロに隠れて脅えた表情を浮かべるエルフの若奥さま。かわいい。それにしても3人目だと? こいつハーレム主だったのか。笑顔がひきつるぜ。
「アミラです。よろしくお願いしますね、ニンファさん」
あー、もう爆発しろ。
というルサンチマンは隠しつつ、初日なので用具の使い方など説明で終始した。私もまともに使ったことはないので内心ドキドキなのは内緒だ。
ちなみに、渡した用具の再現は金属製以外はほとんど無理っぽい。想像通りとはいえ出来ることは限られるな。とにかく出来ることを伝えていこう。とりあえず傷洗浄用の生食水の作り方からかな。
◇
授業5回目。ブタを傷つけての実習(麻酔済み)にキャアキャア言っていたニンファさんも今ではすっかり慣れたようだ。バルトロの話を総合すると、町の治癒院では手の切り傷や出産、感染症に対処する程度で、冒険中も彼の陰に隠れてパワーレベリング状態だったとのこと。グロ耐性がなかったのね。
最初は私に対し警戒感を露わにしていたが、愛しの旦那様(見てればわかる)が教えを請う姿を見て警戒も薄れてきたようだ。最初は会話を避けていたのに、時折質問を受けるようになった。
今回は用具の現地試作品が出来てきたので使い勝手を確認。うーん、まだあまり良くないね。バルトロもニンファさんも現地の用具では思った処置が出来ないようだ。また見本の品を渡しておこう。
◇
授業15回目。授業自体は順調。2人とも覚えは大変良い。ニンファさんとも気兼ねなく話せるようになってきた。これはハーレムの実態を聞くチャンスか? 休憩時間だし突撃してみよう。
「ニンファさん、お宅での暮らしってどうなってるんですか? ほら、他の奥さんとの関係とか」
我ながらおばちゃんっぽい質問と思うが気になるものは気になるのである。
「え? 仲はいいですよ。お姉さま方はもう子育てに夢中で、今は旦那様が私にかまってても特に何も。それに旦那様は気遣いが出来る方ですから」
「へえ、下世話なことですがもっとドロドロしてるのかと思いました」
「あはは、確かにそういう家庭もあるみたいです。やっぱり冒険者って男の方が多いですから、どうしても女が多くなって仕方なく、って人も多いですし。でも私たちはみんな旦那様が好きでそれぞれ気遣ってますから」
「ちなみに、どんな馴れ初めがあったんですか?」
ああ、恋バナが気になるなんて乙女か。でも気になるんです。
「私、ドミル流っていう所で学んでたんですけど、出会いはそこの治癒院ですね。妹弟子だったんですが、彼は冒険が本業ですから、専属で学んでた私の方が知識では上だったんです。そこで冒険に同行を求められて実践での治癒に助言をしてたんですが、そのときに格好いい姿を見て……。ちょっとこれ以上は恥ずかしいです。」
あああ、爆発しろ!
「ごちそうさまです……。でも冒険で傷を見てた割に血に騒いでましたね」
「お恥ずかしいです。冒険の時は彼が血を止めた後に傷を見てましたから」
「なるほど、気遣いができる男ですね。初対面の時ダークエルフの私に対して特に警戒もなかったですし、そういう所は尊敬できます」
「あ、彼を救ってくれたのはアミラさんでしたね。今までお礼も言わずに……。すみませんでした」
「いえ、治癒が趣味みたいなものですから」
ここでニンファさんがふと考え込む。なんだ?
「どうかしました?」
「多分、バルトロはアミラさんのこと好きですよ? 考えてみれば彼は自分にないものを持つ人に惹かれてますから。私もアミラさんなら受け入れられます」
な、なんだってー!!




