21.侍ヒーラー・バルトロ
しょうがない、ジャージに着替えてポテチでも食いながら去るのを待つか、と思っていたところ事態が悪い方に転がった。奴ら野営の準備始めてやがる。まだ昼過ぎたところだぞ。
うーむ、これはマズイ。下手すると数日ヒキコモリを覚悟することになるかも。しかしなんでこっちの所在がわかるんだ、このハウスを探知するような魔法も魔術も私の知識にはないんだけど。
「なんで私の所在が確認できるのかわかります?」
女神様に聞いてみる。
「さあ、わからないわね。でも聞いてる限り危害を加えるつもりもなさそうだし、会って聞いてみれば?」
う、怖いけどそれがいいかな。今後訳もわからず隠れ続けるハメになるのはちょっと勘弁願いたい。治癒の技とやらの一部伝授と交換、という条件で交渉してみるか。で、その後は去ってもらうように頼もう。
「わかりました。ちょっと聞いてみます」
装備を再度点検し、灌木の陰からそっと外に出る。すると野営準備中のバルトロから反応があった。
「おお、もしやダークエルフの治癒師ではあるまいか?」
なんですぐに気付きますかね。あ、もしかして生体感知か? 反応を隠す魔法があるからそれ使っとけば良かった。いや、これから交渉するんだから使っても意味ないな。とりあえず奴に向かおう。
「はい、お呼びのようなのでまかり越しました」
「応えてもらい痛み入る。よければ名を伺えまいか?」
「アミラと申します」
「良い名だ。先に伝えたと思うが是非ともその技を伝授願いたい」
「この場で伝えられる程度のことならいいですよ。ただこちらも聞きたい事があります」
「ほう、どんなことだ?」
「なぜ私が近くに居るとわかったのか教えてもらえますか?」
「そんなことか。いいだろう」
特に条件を付けられることもなく、あっさりと答えはわかった。真相はこうだ。
昨日の襲撃の際、今まで聞いたことのない音(銃声)の後に私がやってきたことで、その音と私を関連づけた。今日近辺でその音を聞き、生体感知で付近を捜索して近づいたところ、突然反応が消えた。だがその近辺にまだ残っているだろうとヤマを張って呼びかけていた、という訳だ。
聞いてみれば何のひねりもなかったな。これからは射撃時に沈黙の魔法をかけねば。
「では、俺の疑問にも答えてもらいたい。まずは昨日の治癒だ、普通の方法ではなかったが、どうやったのだ?」
「私の方法はかなり特殊だと思いますので、再現できるかわかりませんが--」
こうして課程を説明したが、バルトロは渋い顔をしていた。
「俺も『魔法使い』ではあるが、アミラのように複数の魔法を同時に使用するのは困難だ……。特に千里眼で確認しながら念力で周りを押さえつつ転移、というのは無理だ。転移で喉の血だまりを取り除いてくれなかったら傷は治っても窒息していたよ。だだ転移するだけでは肉も削るだろうからな、俺では不可能な方法だ」
そう落ち込むバルトロ。ほう、私以外の『魔法使い』さん初めてだ。でもあの状態でも手術すればいけるんだよね。あとは気道確保が問題なだけで。
「転移でなくても管を使って血だまりを取り除けばいいと思いますよ。喉を切り開いて管入れるんです」
「何? どんな方法か教授願いたい!」
あ、やべ。余計なこと言っちゃった。
気管切開での気道確保法を思いついたのでそのまま口にしてしまったが、この世界ではプラスチックチューブのような丈夫で柔軟性のある管に心当たりがない。結果気管支から先へのアプローチ手段がない。そんな管があればできるとぼやかして説明するが、「ならば切開範囲を拡大して直接目視しながら取り除けば良い」とバルトロは大胆な発想で解決策を提案した。それ胸骨外さないと無理じゃね? 魔法ですぐ塞げるから思いつく乱暴な手段だな。
「患者の負担が大きすぎると思います。それに傷が元で破傷風にかかることはないんですか?」
気管切開といえば一番のリスクは感染症、なのにバルトロは気にする素振りもない。そういやライグでも対策してなかったけど治療後の冒険者達が死んでる雰囲気じゃ無かったんだよね。
「ああ、魔法や魔術の治癒に頼らず自力で回復した傷だとかかることがある。魔法で治癒すればほぼないが」
なんと、治癒魔法は感染症にも効いていたのか。
「それは知りませんでした」
「貴殿の知識にはどうも偏りがあるように思えるな」
ええ、なんせこの世界じゃ人との接触避けてましたから。
◇
最近は医療関係の知識の仕入れが趣味みたいな感じだったので、同好の志に出会えた思いでバルトロとの会話ははずんだ(無論2ヤードは離れて)。彼は『丁寧な流派』の治癒を学んでおり、人体構造の理解もそれなりにある。
このバルトロ、自身が言うにはトップレベル冒険者で、レドラの町にいくつかある冒険者達の互助会のまとめ役的立場にあるという。治癒はあくまで魔法や剣技・弓技と同じく手段のひとつ、とのことだが、知っていれば人を助けられることが多いとあってかなり勉強しているそうだ。
今回は獣人2人の教導のためにこの高地までやってきたが、魔物に想定外のタイミングで囲まれたため、脱出路を作ろうと真っ先に向かって後れをとった、とのこと。私が遠距離魔法でパーティーを救ったとあたりをつけていたようで、そのことにも感謝された。うん、気分はいいね。
治癒トークを訳が分からないよ、という雰囲気で聞いていた残る3人はその間に野営準備を終えていた。ああ、退去要請しづらくなったな……。
トークが一段落ついた所で3人の紹介も受けた。ドワーフがバルトロの同僚で名がルボル。生徒的立場のイヌ耳男がヨーラン、イヌ耳娘がカイサ、兄妹だそうだ。カイサはかわいいなぁ。
彼らからも治癒と救援に対して感謝された。ルボルは昨日の態度が悪かったと気まずそうにしていたが、慣れてますんで気にしてませんよ。
その後もバルトロとの質疑応答的な治癒トークは続き、いつの間にか日が傾いていた。なんだかんだで退去要請できない雰囲気になってしまったし、こっちから去るしかないな、と思っているとバルトロから提案される。
「今回の報酬は後日用意するが、今日できる礼としてささやかながら酒宴を開きたい。ぜひ共にしてくれ。見張りも我々が交代でするからその後は安心して就寝してもらって結構だ」
えー、迷惑です。酒宴は缶ビールでやりますよ、と言えたらいいんだけど……。本気で善意からの提案だから断りづらいよね。まあ断るけど。
「見返りを求めて治癒したわけではないので遠慮しますよ。報酬も要りません」
「あえて聞かないようにしていたが、貴殿は何者か? 報酬も求めずどう生活している?」
あー、そうなるよねー。というわけで例のカバーストーリーを披露した。ただ彼らとはこの先も会う可能性があるため、しばらくは高地付近で修行する、という旨も伝えてある。
「そうか、俺も妻と子供がなければ行きたいものだ。しかし町に戻ってから報酬は支払う、それが冒険者の流儀だ。いつ帰還の予定か?」
「全く未定ですね、半年後か1年後か。報酬は本当に要りませんよ」
「ん? 町に拠点を置いて修行するのではないのか? 食料補給はどうする?」
やべ、その言い訳は考えてなかった。このまま帰ると組織とのいざこざが起こりそうだし、怖い冒険者があふれてるしなー。
「……絶海の島育ちなので自力で食料確保できます」
「こんな灌木と草しか生えない高地でか? 念のために伝えるがここらの魔物は食いつづけると毒にやられるぞ」
ご指摘ご指導ありがとうございます。
「……そうですか。では4日に1日程度近くの森に戻りましょう」
「これ以上は聞かないことにしよう。ともあれ森に戻るとは良いことを聞いた。あそこには我々の互助会が持つ待避小屋がある、そこで報酬分の食料を提供しよう。4日に1日程度か? そのときは治癒の技も続けて教授願いたい。無論その分の報酬は別途支払う」
うわあ、また面倒なことになったなあ。




