プロローグ 一年ぶりの招待状
トレーニングの後のプロテインシェイカーを振りながら、大岩大和はスマホの通知を見て手を止めた。
件名は【重要】ハンターズ・オンライン運営移管のお知らせ。差出人の名前には、見覚えのないゲーム会社が並んでいる。
「……ハンオン?」
思わず声が出た。一年前に見切りをつけて、アカウントごと放置していたゲームだった。
ハンターズ・オンライン、略してハンオン。フルダイブ型のVRMMOで、大型モンスターを狩って素材を剥ぎ、装備を作って、さらに強いモンスターに挑む。コンセプトだけ聞けば、大和の好みのど真ん中だった。
ただ、出来は最悪だった。大剣を振れば当たり判定がずれる。サーバーは週に二回は落ちる。クエストの途中で壁にめり込んで、そのままタイムアップになったことさえある。運営に報告しても返事は来ず、気づけば街から人が消えていた。
それでも、大和は半年は粘った。最初に大型モンスターを倒した夜の、あの手応えが忘れられなかったからだ。結局、その手応えだけでは足りなくなって、ログアウトしたきり、一年が過ぎた。
メールを開くと、長い文章が並んでいた。旧運営の事業停止、新運営への全面移管、システムの総入れ替え、判定とサーバーの再構築。そして最後の段落に、こう書いてある。
「長らくご不便をおかけしたお詫びとして、すべてのアカウントに特別な補償をご用意しました」
「お兄ちゃん、お風呂あいたよ。何見てるの?」
ドアの隙間から、妹の葵が顔をのぞかせた。濡れた髪をタオルで拭きながら、画面を覗き込んでくる。
「ハンオンの運営が変わったって」
「ああ、あのクソゲーって言ってたやつ?」
「クソゲーだった」
大和は即答した。葵が呆れた顔で笑う。
「やっぱりクソゲーなんじゃん。それなのに、なんでちょっと嬉しそうなの」
「嬉しそうか、俺」
「口の端が上がってる。隠せてないよ、筋肉のお兄ちゃん」
言い返せなかった。大和は頬を手のひらで押さえてから、クローゼットの奥に視線を向けた。そこには、一年間触れていないフルダイブ用のヘッドギアがしまってある。
「ちょっとだけ、見てくる」
「ちょっとで済んだことないくせに。ご飯までには戻ってきてね」
「夕飯は?」
「お母さんが唐揚げって言ってた」
「……それは戻る」
大和はヘッドギアを取り出し、埃を払った。ベッドに仰向けになると、百八十六センチの体がマットレスを深く沈める。胸の上でヘッドギアを持ち上げ、天井を見た。
あの頃のハンオンは、確かにクソゲーだった。けれど、大和の中にある「もう一度あの大剣を握りたい」という気持ちは、一年かけても消えなかった。
ヘッドギアを被り、電源を入れる。
起動音のあとに、アカウントの認証画面が浮かんだ。パスワードを打ち込むと、真っ暗だった視界に、白い光が広がっていく。
「ダイブを開始します」
身体の感覚が遠のいていった。ベッドの柔らかさも、部屋の空気も、少しずつ消えていく。落ちていくのか、浮かんでいくのか、自分でも分からない。
やがて、頭の奥で、聞き慣れない女性の声が響いた。
「おかえりなさいませ、アルド・ヴォルドレン様。長らくのご無沙汰をお詫び申し上げます」
光の中で、半透明のウィンドウが開く。
【プレイヤー名:アルド・ヴォルドレン】
【レベル:1】
「……え?」
一年ぶりの冒険は、予想外の数字から始まった。




