06
「よく来た」
城の本館三階にある渡り廊下を渡った先、王の間に集まったAITHとその補佐官の面々にサテルは労いの言葉をかけた。彼の隣には男が一人立っている。薄暗い部屋でも見間違えるわけがない、スペードを刺した男だった。彼は何が何やら分かっていないようで、ニコニコと笑っている。人の良さそうな笑みだ。スペードは何故自分があの時サテルを庇うように立ったのか理解できていなかった。自分は間違いなくサテルに大して防御魔法を放とうとしたはずなのだ。自分があの時何を思ったのか、記憶が少し曖昧になっている。
「どうも、AITH第零位『ジョーカー』って言いますねん、よろしぅな」
爽やかに笑って名乗った彼は、やはり真名を盗られて生き返った人形だ。ウレなんとかという名前だった、とスペードは記憶している。ただ、それを彼に伝えることはサテルを裏切ることになる。サテルを裏切るとどうなるか分かったものではない。これまでも彼を失望させた人形がいた、それらは皆どこかへ行ってしまった。どうなったのか、スペードは知らない。
「でもやっぱウレバールって呼ばれるほうがええわ! 名乗っといてごめんやけどな!」
続く彼の言葉にスペードは目を見開いた。彼は自分の名前を覚えているというのか、信じられない。しかし一つ考えられることがあった。彼が自分の真名以上に大切な何かを持っていたということだ。
「ジョーカー、其方も他の者と同じくあちらへ跪け」
「サテル様お願いやからウレバールって呼んでくれはらへん? 俺その名前堅苦しくて嫌いやわぁ……」
「名を受け取るのは人形の義務だ。つべこべ言わずにあちらへ跪け」
「王様って意外とケチやなぁ」
ウレバールは文句を言いながらも他のAITHの面々に並びサテルに向かって跪いた。こんなに気さくそうな人が自分を刺したのかとスペードは信じられなかった。スペードを刺した後、目が合った彼とはまるで別人のようだ。
「まずは此度の任務ご苦労だった……して、早速で悪いが次の任務についてだ」
サテルの低い声が王の間に響く。スペードはサテルをジッと見つめてみたが、いつ見ても彼の感情はさっぱり分からない。一人一人違う魔力の色、サテルの色は真っ黒だ。その色の揺らめきで感情を読み取れるが、サテルの魔力はいつも動かない。一体何を考えているのだろう、とぼんやり彼の仮面で鼻から上を隠された顔を見ているうちに、彼はダイヤやウレバールへ任務についての指示をしていた。
「スペード、其方は城を抜け出したハートを探すように。見つけ次第始末しろ」
その命令に彼女はチラリと隣のクローバーの顔を覗き見た。やはりその眉は曇っている。AITHの中で彼と一番仲が良かったのはクローバーだ。それなのに彼は城を抜ける時彼女を撃った。スペードはそれが許せなかった。任務だというならば、心置きなく彼を探し出して問い詰められる。
「それからクローバー。其方はノーサカル州の州都トゥヨノまで行き、ミスペル湖にある魔石を回収するように」
ノーサカル州はエルライードの南半分旧ハタナ国領の西側の州だ。その州都トゥヨノはエルライード一大きい湖であるミスペル湖のほとりにある。城からはかなり離れた場所だ。それにしてもサテルはよく魔石を集めている。これまでスペードも何度も魔石の回収の任務に当たったことがある。
「あぁ、やっと終わりが見えてきた」
サテルはそう言って嬉しそうに喉を鳴らして笑った。一体何の終わりなのか、その場にいる誰にも分かっていない。そんな自身の臣下たちに優しく教え説くように彼は語った。
「其方たち、死なぬ身体はどうだ? 皆で共に永遠の世界で生きるのは、良いことだろう?」
そんなことはない、と喉をついて出そうになった言葉をスペードは咄嗟に飲み込んだ。こんな上機嫌のサテルを見るのはこの城に来て十年で初めてのことだった。人形は不幸だとしか思わない。自分にとって一番大切な物を失った状態で存在することは、まるで身体にぽっかりと穴が開いているようなものだ。
「其方たちには各地から魔石を集めてきてもらった。それも全てこの計画の為だ」
サテルは立ち上がり、腕を広げた。
「我はこの国の民を全て人形にする。国民人形化計画だ」




