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絵の描かれたものと言われても水華の仕事部屋なので、そんなものは無さそうだ。
どうしたらと途方にくれて、凛はとりあえずと部屋を出た。
すると、ちょうどよくというか、水華に指示されたようで壺がやってきた。
そのまま蔵書室とやらに連れて行かれる。
そこには本や巻物が大量にあり、どれでも好きなだけ見ていいと言われて凛は胸が高鳴った。
娯楽というものを体験したことがない凜にとって、何だか蔵書室はキラキラして見えた。
そして期待に漏れず綺麗な絵に心を浮き足立たせたのだった。
翌日は水華が有言実行した。
仕事部屋に凛専用の文机が用意されたのだ。
それは朱塗りの美しいものだった。
水華の厚みのある色味とは違う。
そこで字を教わったあと、水華の近くで字を覚えたり簡単な本を読む練習をするのが、凛の日課になっていた。
邪魔になっていやしないかと不安になるけれど、水華は特に気にした様子もなく仕事とやらをしている。
凜はと言えば、わざわざ水華が準備してくれたお手本の五十音表を見ながら真似したり、なんとか理解できるようになった字を読んでみたりと勉強にいそしんでいる。
ひらがなはだいぶ覚えた。
今は本にあった文章をお手本に書いている最中だ。
「ゆうじ、ん」
文章にあった単語を、おもわず口にする。
友人。
そんなものは、あの村にいるはずがない。
凛はいつも一人だった。
友人はいるのが当たり前なのだろうか。
少し苦い気持ちになってしまう。
「友人かいたのか?」
凛のつぶやきに、水華が顔を上げていた。
まだその美しい顔に慣れない。
「い、いえ、いなかった、です」
「そうか……そうだな」
首を横に振ると、水華は何故か納得するように頷いた。
何故そんな反応をするのかわからない。
「村はどんなものだった?」
「村、は、あまり……でも」
村にいい思い出はないけれど、大好きだった祠の声を思い出して凛は睫毛を伏せて淡く微笑んだ。
「でも?」
「いいえ、何でも」
口元に笑みを浮かべていた凜は、ぐいと顎を取られた。
驚いて目を丸くすると、いつのまにか水華が目の前にいる。
その完璧な造形である指先が、凜の顎をとらえていた。
紫電の瞳が怜悧に細められていて、ぶるりと背筋が震える。
「その顔はなんだ?」
「か、顔?」
「その恋焦がれる顔だ」
「そんな、顔は、していません」
目を逸らしたいのに逸らせない。
重い空気が立ち込め、息苦しい。
「お前は私のものだ」
「は、い」
硬質な声に、喉を震わせて凛は顎をとらえられたまま頷いた。
体が小さく震えてしまう。
それを見て水華の眉間に力が入る。
謝罪をと思うのと、水華の手が離れたのは同時だった。
「す、水華様……」
呼びかけたけれど水華は無表情で、けれど不機嫌な空気をまとわせたまま部屋を出て行ってしまった。
それを呆然と見送る。
何故いきなりと顔を俯かせると、手が墨で汚れていた。
「水華様の生贄なのに、他の方を考えてしまったからご機嫌を損ねてしまったのね」
いけないと思う。
祠の声のことは内緒だった。
内緒にしろとは言われていないけれど、凜の大事な宝物。
柔らかい部分を占める不可侵のものだ。
「気をつけなきゃ」
ふるりと唇を震わせると、凜の目に涙が滲んだ。
「泣かない、泣かない」
大丈夫だ。
(村の人達みたいに、酷いことはされないもの)
水華は優しい。
それでも、声のことを思い出すのは一人のときだけがいいと思った。
しばらく凜はそのまま座り込んでいた。
水華に謝罪をしたほうがいいだろう。
けれど顔をあわせてもらえるだろうか。
そんなことを思っていると、その後の食事には現れなかった。
水華が普段どこで過ごしているのかを凛は知らない。
寝る時間になって部屋に戻ると、壺によって行灯がもう灯されていた。
ほんわかとした明かりと描かれた美しい蝶。
「水華様……」
準備してくれた水華を思い出す。
寝るときに手を握って、次の日には行灯を準備してくれた。
「優しい方よね」
表情が変わらないから威圧的で怖いけれど、凛にしてくれることは優しい。
お礼は言ったけれど、凛は優しくしてくれる水華に失礼なことをしたのだ。
明日は水華を探そうと凛は決めた。




