第71話 現場の人
避難所の閉館後、リンが通用口の鍵を回したとき、後ろで足音が止まった。
「加賀美リンさんですか」
振り返ると、知らない女が立っていた。
旧組織——環象社の職員証を、手元で一度だけ見せる。
「白石アヤです。広報です。……私用で来ました」
リンは鍵を握ったまま、相手の顔を見た。
「何の用ですか」
「あなたが、噴火の現場で何か見たと聞きました。
環象社の記録には載っていない、別の対応者です」
リンの指に、力が入る。
「……誰から」
「記録の端です。消されかけたメモと、時刻の食い違い。
それと——加賀美イサオさんに会いました」
その名前で、リンの表情が一度だけ止まる。
「イサオさんからは何も聞けませんでした。
深入りするな。表に出すな。それだけでした。
だから、現場を見ている人のところへ来ました」
リンはすぐに中へ入れなかった。
それでも、結局は控室の電気をつけた。
最初、リンは最小限しか話さない。
「……見ました」
「どんな相手でした」
「教えられない」
アヤは、そこで攻め方を変えた。
「私も、見ました」
リンが顔を上げる。
「雷の現場です。
そこに立っていた人は、姉に瓜二つでした」
声に、熱があった。
「姉は生前、計画にデータ提供していました。
とても慕っていました。私も跡を追うように、この組織へ入りました。
一緒に働いていた時期もあります」
アヤはそこで一度、息を吸った。
「姉は、雷の歪みで死にました。
避難指示自体に間違いはなかった。
なのに、弔いは形式的で、世間への発表も控えられた。
その対応に、ずっと違和感がありました」
リンは黙って聞いた。
「だから私は、姉の死の真相と、姉に似た人物の正体を探しています。
上では何も聞けない。
だから降りてきました」
長い沈黙のあと、リンが鍵束を置く。
「……助けられた。
噴火の日に。
意思があった」
アヤの目が、わずかに見開かれる。
「属性ごとに、別の個体が動いています。
雹を止める者もいた。
別の者は、風を操り、犬を守るために部隊を退けた」
リンは、そこで06から聞いた言葉を置いた。
「気象の歪みを正すために作られたアンドロイド。
それ以上でも、それ以下でもない。
……そう聞きました」
アヤはメモを取らなかった。
あの場の温度では、取れなかった。
「アンドロイド」
「ええ。
私たちのために動いているわけでもない。
でも、無差別に人を害する存在でもなかった」
アヤは、ゆっくりと息を吐いた。
「……ありがとう」
短かった。
なのに、部屋の空気が少しだけ緩んだ。
リンが最後に言った。
「私たちは、もう十分です。
これ以上は話せません。
あなたが追うのは自由です。でも、巻き込まれたくはありません」
アヤは頷いた。
「巻き込みません。
……無理はしないでください」
「あなたも、です」
二人は、そこで別れた。
同盟にはならなかった。
それでもアヤは、上で得られなかったものを、現場の人間の口から受け取って外へ出た。




