102/107
第102話 追わない選択
アヤは、広報フロアで定型文を整えていた。
『広域異常は収束』
『詳細は調査中』
『冷静な行動を』
指は正確だ。
心は、私用メモの側にいない。
開かないと決めている。
雷の現場で見た眼が、時々よぎる。
光を失った眼。
姉ではないと、本人が言った。
布を外し、布を戻し、煙の奥へ消えた。
『深入りしすぎるな。生きろ』
その言葉を、アヤは守っている。
守る理由は、恐れだけではない。
追いかけた先に、姉はいないと分かったからだ。
瓜二つでも、同じではない。
同じではないものに、姉の分までを背負わせられない。
昼休み、社の屋上で空を見る。
濁りは残っている。
巨大な白が消えたあとも、青は戻っていない。
それでも人は、平常の文面を信じる。
アヤは端末を握り、私用メモのアイコンを一度だけ表示する。
開かない。
閉じる。
「……終わり、ではない」
声は小さい。
調査の火が消えたわけではない。
なのに、今は追わない。
生きる側に回る、と決めた温度がある。
午後、彼女はまた文面を整形する。
表の安心を、正確に作る。
その正確さの裏側に、光を失った眼の記憶だけを残して。
青は、まだ。
アヤの物語は、追う形ではいったん止まっていた。




