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NULL-最も公平で理不尽な監獄-  作者: gongon


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第七話 中央値

巨大な空間だった。


コンクリート。


鉄格子。


無機質な照明。


冷たい空気。


そして。


無数の“俺”。


「――……」


息が詰まる。


誰も喋らない。


ただ、

互いを観察している。


目が怖い。


全員、

人を見る目じゃない。


獲物を見る目だ。


異常にデカい奴。


細い奴。


肩幅がおかしい奴。


首が丸太みたいな奴。


傷だらけの奴。


立ち方が変な奴。


だが。


顔だけは同じだった。


俺。


俺。


俺。


気持ち悪い。


頭がおかしくなりそうだ。


「なんだよ……これ」


その時。


『戦闘行為を禁止します』


機械音声。


空間全体に響く。


『違反個体は処分対象となります』


誰も動かない。


だが。


空気が変わった。


全員、

“戦える距離”を測っている。


俺にもわかる。


レスリングを十年やってきたからだ。


コイツら、

全員危険だ。



ガコン。


天井中央。


巨大モニターが降りてくる。


ノイズ。


砂嵐。


やがて。


あの男が映った。


サングラス。


中肉中背。


軽薄な笑顔。


「やぁ!子供達!」


空間中に声が響く。


何人かが顔を上げる。


だが誰も返事をしない。


男は嬉しそうに笑った。


「うんうん!

素晴らしい!」


「全員ちゃんと“格闘技”の顔になってるねぇ!」


なんだよそれ。


「さて!」


男が両手を広げる。


「いよいよトーナメント開始だ!」


誰も動かない。


だが。


空気が張り詰める。


「その前に!」


男が指を立てる。


「君達が気になっていることを教えてあげよう!」


その瞬間。


視線が集まる。


やっぱみんな、

同じこと考えてんのか。


男は楽しそうに笑う。


「なぜ顔が同じなのか!」


空気が揺れる。


「簡単だよ!」


男は椅子にもたれながら言った。


「君達は全員、

同じ人間を元に作られているからだ!」


沈黙。


理解が追いつかない。


同じ人間?


「人種!

骨格!

筋力!

神経!

反射!」


男の声が響く。


「全てにおいて中央値に近い人間!」


「その遺伝子を元に、

君達は作られた!」


作られた。


その言葉が、

頭の中で反響する。


俺は自分の手を見る。


豆だらけの手。


レスリングだけやってきた手。


じゃあ。


俺ってなんだ?


「もちろん、

育成環境も完全統一!」


男が笑う。


「十歳まではね!」


スクリーンが切り替わる。


子供。


走ってる。


飯を食ってる。


寝てる。


遊んでる。


全部、

俺だった。


いや違う。


“俺達”だ。


「だが十歳から違う!」


画面が変わる。


レスリングルーム。


イヴァン。


幼い俺。


投げられる。


潰される。


泣いてる。


「レスリング!」


別画面。


静かに立つ少年。


細い身体。


踏み込み。


突き。


「八極拳!」


さらに画面が変わる。


膝。


肘。


鉄柱を蹴る少年。


「ムエタイ!」


拳。


サンドバッグ。


血。


「ボクシング!」


知らない戦いが、

次々映る。


その時だった。


男が急に顔をしかめた。


「……本当は、

これすら見せたくないんだけどねぇ」


空気が少し変わる。


男は不機嫌そうに頬杖をつく。


「接触したせいで、

もう“知らない状態”じゃなくなっちゃったからさ」


スクリーンの中。


リンと対峙する俺。


男は舌打ちする。


「本来なら、

君達は最後まで他流を知らないまま戦うはずだった」


「その方が純粋だからね」


「レスリングはレスリングだけで完成しているべきだし、

八極拳は八極拳だけで完成しているべきなんだ」


男はゆっくり立ち上がる。


「なのに接触した」


「知ってしまった」


「人間はねぇ、

一度知ると変わるんだよ」


その声には、

苛立ちが滲んでいた。


「本当に最悪だ」


「レスリング君は八極拳を知ってしまったし、

八極拳君もレスリングを認識してしまった」


「これじゃ純粋な比較にならない」


男は頭を掻きながら笑う。


「まぁ……

それでもやるけどね」


サングラスの奥。


目だけが笑っていなかった。


「だってもう、

始まっちゃったから」



「さて!」


男がパンッと手を叩く。


空気が変わる。


「湿っぽいのは終わり!」


「抽選を始めよう!」


巨大モニターに、

無数の名前が並ぶ。


育成番号。


格闘技名。


対戦表。


その瞬間。


初めて。


この空間の呼吸が乱れた。


今まで静かだった奴らが、

わずかに動く。


怖ぇ。


全員、

死を理解してる。


『第一試合』


モニターが点滅する。


『育成個体No.14』


俺。


『戦闘思想:レスリング』


喉が鳴る。


頼む。


リンだけはやめろ。


だが。


無情に文字が並ぶ。


『育成個体No.08』


『戦闘思想:ボクシング』


ボクシング。


知らない。


だが。


名前だけでわかる。


殴る格闘技だ。


「へぇ」


突然。


横から声。


振り向く。


リンだった。


壁際。


静かに立っている。


「最初から、

面白い相手を引いたな」


俺は睨み返す。


「知ってんのか」


「知らない」


リンは即答した。


「だが」


ほんの少しだけ、

目が細くなる。


「お前は打撃を知らない」


背筋が冷える。


その通りだった。


俺は。


殴られる戦いを知らない。


リンが静かに言う。


「死ぬなよ、レスリング」


その言葉を残して、

リンは闇の奥へ戻っていく。


俺は何も言い返せなかった。


モニターには、

次々と対戦カードが映し出されていく。


そして。


俺は初めて理解した。


トーナメントが始まる。


じゃない。


もう始まっていたんだ。


十年前から。

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