表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NULL-最も公平で理不尽な監獄-  作者: gongon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/46

第四十一話 予定調和

「違うッ!」


 絶叫が。


 管制室を震わせた。


 誰も動かなかった。


 誰も。


 一光を見なかった。


 巨大なモニター。


 その中央には。


 雪原が映っている。


 白い雪。


 剥き出しになった黒い地面。


 二つの色が。


 互いに食い込むように。


 一つの円を描いていた。


 その境目に。


 レイが立っている。


 足元には。


 リン。


 レイは。


 そのリンへ。


 手を差し出している。


「違う……」


 一光の指が。


 震えていた。


「違う」


 今度は小さく。


 誰に言うでもなく。


 呟いた。


 モニターの周囲では。


 先ほどまでの戦闘記録が。


 複数の画面に分割され。


 繰り返し再生されている。


 拳。


 肩。


 投げ。


 関節。


 絞め。


 崩し。


 位置取り。


 レイの動きは。


 そのどれにも該当し。


 そのどれにも。


 収まらなかった。


 解析画面には。


 膨大な数値が流れている。


 運動効率。


 重心移動。


 身体連動率。


 攻撃選択。


 状況適応率。


 既存格闘技との類似性。


 戦闘体系の変化。


 あらゆる情報が。


 一つの結論へ。


 収束していた。


 画面の隅に。


 文字が表示されている。


 ――分類不能。


「消せ」


 一光が言った。


 誰も反応できなかった。


「消せと言っている!」


 拳を。


 操作卓へ叩きつける。


 鈍い音。


 皮膚が裂け。


 血が滲んだ。


「こんなものを!」


 モニターは消えない。


 雪原に立つレイを。


 映し続けている。


「私は……」


 一光の呼吸が荒くなる。


「私は、こんなものを見るために……!」


 違う。


 望んでいたものは。


 こんなものではない。


 ボクシング。


 レスリング。


 柔道。


 八極拳。


 ムエタイ。


 サンボ。


 システマ。


 柔術。


 人間が。


 何百年。


 何千年。


 積み重ねてきた。


 戦うための体系。


 文化。


 思想。


 歴史。


 それらを。


 同じ場所へ置く。


 同じ条件へ戻す。


 体格。


 才能。


 時代。


 環境。


 民族。


 競技人口。


 指導者。


 栄養。


 ルール。


 最強論を曖昧にしてきた。


 あらゆる不純物を。


 取り除く。


 そして。


 格闘技を。


 ゼロへ戻す。


 だから。


 NULL。


 余計なものを。


 すべて無効にする。


 格闘技以外の差が。


 存在しない場所。


 そこで初めて。


 格闘技そのものを。


 戦わせる。


 それが。


 一光にとっての。


 NULLだった。


 最高峰の記憶。


 最高峰の技術。


 それを。


 特別ではない肉体へ。


 与える。


 英雄ではない。


 天才でもない。


 怪物でもない。


 一般人の肉体。


 同じ年齢。


 同じ体格。


 同じ環境。


 違うのは。


 与えられた格闘技だけ。


 神々の力を。


 凡人の器へ。


 注ぎ込む。


 そして。


 殺し合わせる。


 これは。


 人間の代理戦争ではない。


 格闘技そのものの。


 代理戦争。


 神々の。


 代理戦争。


 最後に立っている者が。


 答えになる。


 レスリングなのか。


 八極拳なのか。


 柔術なのか。


 ただ。


 それだけでよかった。


 それだけを。


 知りたかった。


「なのに……」


 一光は。


 モニターを見る。


 レイ。


 レスリングを。


 与えられた個体。


 二回戦で。


 No.0を倒した男。


 あの時から。


 何かが狂い始めた。


 いや。


 本当に。


 あの時からだったのか。


 一光には。


 分からなかった。


 レイは。


 最初から。


 どこか違っていた。


 従順ではない。


 役割を受け入れない。


 番号で呼ばれることを嫌う。


 与えられたものだけでは。


 満足しない。


 他者を見て。


 他者を知ろうとする。


 その姿が。


 一光には。


 憎かった。


 心底。


 憎かった。


 実験を乱すからではない。


 理想を壊すからでもない。


 もっと。


 深い場所で。


 憎かった。


 レイを見るたびに。


 思い出してしまう。


 失った弟を。


 自分を信じ。


 自分の後ろを歩き。


 最後には。


 自分の手から。


 いなくなった。


 あの男を。


 似てなどいない。


 顔も。


 声も。


 性格も。


 何もかも。


 違う。


 それでも。


 目だけが。


 似ていた。


 こちらの思い通りにはならない。


 それでも。


 決して目を逸らさない。


 あの目。


 一光は。


 レイを番号で呼べなかった。


 呼びたくなかったのではない。


 呼べなかった。


 番号に戻せば。


 弟ではないと。


 認められるはずだった。


 ただの個体として。


 切り捨てられるはずだった。


 だが。


 できなかった。


 だから。


 憎んだ。


「なぜだ……」


 一光の唇が震える。


 レイは。


 拳を使った。


 投げを使った。


 関節を使った。


 絞めを使った。


 そして。


 リンから。


 学んだ。


 違う。


 技を盗んだのではない。


 形を真似たのでもない。


 リンの拳を。


 模倣したわけでもない。


 八極拳が。


 なぜ。


 その形に辿り着いたのか。


 その奥にあるものを。


 理解した。


 大地を踏む。


 脚を通す。


 腰。


 背骨。


 肩。


 腕。


 全身を。


 一つの力へ変える。


 レイは。


 八極拳を覚えたのではない。


 八極拳が。


 何を求め。


 何を捨て。


 何を残したのか。


 その答えだけを。


 掴んだ。


 そして。


 自分の身体へ。


 入れた。


 レスリングで。


 投げるために作られた身体。


 全身を。


 一つの方向へ使う身体。


 それを。


 殴ることへ。


 応用した。


「それでは……」


 一光の顔が。


 歪む。


「それでは、意味がないだろう!」


 拳を。


 再び。


 机へ叩きつける。


「レスリングは、レスリングでなければならない!」


 誰も答えない。


「八極拳は、八極拳でなければならない!」


 声が大きくなる。


「柔道は柔道!」


「ボクシングはボクシング!」


「ムエタイはムエタイ!」


「それぞれが!」


「それぞれのまま!」


「殺し合うから!」


「意味があるんだ!」


 静寂。


 一光の呼吸だけが。


 響いていた。


 その時。


 機械音声が。


 流れた。


『戦闘データの解析が完了しました』


 一光の動きが。


 止まる。


『No.14の戦闘体系は、既存格闘技のいずれにも完全一致しません』


「……黙れ」


『レスリングとの一致率は、戦闘進行に伴い低下しています』


「黙れ」


『No.9の戦闘動作との部分的一致を確認』


「黙れ」


『柔術体系との部分的一致を確認』


「黙れ!」


『その他、複数の戦闘体系との類似動作を確認』


 一光が。


 顔を上げた。


「だから何だ」


『ただし』


 新たな解析結果が。


 画面に表示される。


『No.14は、既存技術を選択していません』


「……何?」


 映像が。


 切り替わる。


 レイの拳。


 リンの腕を掴む。


 投げない。


 向きを変える。


 拳。


 途中で開く。


 首を掴む。


 引く。


 投げ。


 途中で止める。


 位置を変える。


 関節を取る。


 極めない。


 姿勢だけを崩す。


『No.14は』


『打撃を選択しているのではありません』


『投げを選択しているのではありません』


『関節技を選択しているのではありません』


 一光は。


 画面を見る。


『状況を制圧するために必要な身体動作を行っています』


『その結果が』


『既存格闘技の技術と部分的に一致しているに過ぎません』


「……」


『打撃を選択したのではありません』


『必要だったため、打った』


『投げを選択したのではありません』


『必要だったため、投げた』


『関節技を選択したのではありません』


『必要だったため、関節を利用した』


 一光の顔から。


 少しずつ。


 血の気が引いていく。


『これは複合格闘技ではありません』


「やめろ」


『既存格闘技の統合でもありません』


「やめろ」


『既存体系を前提としていません』


「やめろ!」


 そして。


 画面に。


 一つの文字列が。


 表示された。


 NULL。


 一光は。


 それを見た。


 動かなかった。


「……何だ」


『該当する既存分類が存在しないため』


「違う」


『暫定的に――』


「違う!」


 一光が。


 モニターへ詰め寄った。


「その名前は!」


 血の滲んだ指で。


 画面を指す。


「その名前は、そういう意味ではない!」


 NULL。


 それは。


 一光が。


 この実験へ与えた名前。


 体格差を消す。


 才能差を消す。


 環境を消す。


 時代を消す。


 格闘技以外の。


 全てを無効にする。


 余計なものを。


 何も持たない。


 ゼロ地点。


 そこへ。


 格闘技を戻す。


 それが。


 NULLだった。


 そのはずだった。


 だが。


 画面の中にいるレイは。


 違う。


 格闘技以外を。


 ゼロへ戻しているのではない。


 格闘技そのものを。


 ゼロへ戻している。


 レスリング。


 八極拳。


 柔術。


 打撃。


 投げ。


 極め。


 それらに与えられた。


 名前。


 形式。


 分類。


 境界。


 すべてを。


 一度。


 無効にする。


 その瞬間に。


 必要なものだけを。


 拾い上げる。


 そして。


 自分の動きへ。


 作り変える。


 格闘技を。


 ゼロへ戻す。


 一光が。


 ただの実験名として。


 そう呼んだ場所で。


 本当に。


 格闘技をゼロへ戻す男が。


 生まれてしまった。


「ふざけるな……」


 一光の唇が。


 震える。


「私の……」


 NULL。


「私が与えた名前を……」


 レイ。


「お前が……」


 その意味を。


 奪った。


 その名前を。


 一光よりも。


 正しく。


 体現している。


 それが。


 許せなかった。


 憎かった。


 そして。


 ほんのわずかに。


 誇らしく感じてしまった。


 その感情が。


 何よりも。


 一光自身を。


 狂わせた。


「お前は……」


 モニターのレイを。


 睨む。


「どこまで……」


 弟に。


 似れば気が済む。


 その言葉だけは。


 声にならなかった。


 機械音声は。


 感情なく。


 続けた。


『また』


「……」


『本結果は、実験条件から予測可能でした』


 一光の顔から。


 表情が消えた。


「今」


 ゆっくりと。


 振り返る。


「何と言った」


『本結果は、実験条件から予測可能でした』


「予測……可能?」


『はい』


「いつからだ」


 一瞬。


 間。


『実験設計段階からです』


 誰も動かなかった。


 一光も。


 動かなかった。


『異なる戦闘体系を同一条件下で競合させ』


『個体に学習能力を許可した場合』


『生存率の最大化において』


『単一体系への固執は非効率です』


「……」


『有効な原理は保持されます』


『非効率な制約は破棄されます』


『競合を継続した場合』


『最終的には――』


「やめろ」


『体系は』


「やめろ」


『収束します』


 一光の瞳が。


 揺れた。


「やめろ」


『本実験における新規戦闘体系の発生は』


「やめろ」


『一定確率で予測された』


「やめろ」


『予定された――』


「やめろォォォォォォッ!」


 椅子が倒れた。


 端末が。


 床へ落ちる。


 管制室に。


 破壊音が響く。


 一光は。


 笑っていた。


 泣いているようにも。


 見えた。


「予定……」


 口元が。


 引きつる。


「予定調和だと?」


 最強を。


 決めたかった。


 一つを。


 選びたかった。


 神々を。


 戦わせたかった。


 だが。


 最初から。


 神々は。


 神々のままではいられなかった。


 戦えば。


 学ぶ。


 学べば。


 変わる。


 変われば。


 境界は消える。


 最も公平な条件を。


 作った。


 だからこそ。


 純粋な格闘技だけを。


 比較できると。


 思っていた。


 違った。


 公平であるからこそ。


 言い訳がなくなる。


 有効なものは残る。


 無効なものは捨てられる。


 名前も。


 伝統も。


 思想も。


 関係ない。


 生き残るために。


 必要なものだけが。


 残っていく。


 誰が勝つか。


 ではない。


 勝つために。


 何を捨て。


 何を残すのか。


 その果てに。


 名前すら持たないものが。


 生まれる。


 AIは。


 それを予測していた。


 一光は。


 自分が神を作ったと。


 思っていた。


 違う。


 神が生まれる条件を。


 並べただけだった。


 レイは。


 一光が選んだ答えではない。


 条件から。


 自然に導かれた答え。


 なら。


 一光の意志など。


 最初から。


 必要なかった。


「ふざけるな……」


 一光は。


 モニターを見る。


 レイ。


 レスリングを。


 与えられた男。


 その男が。


 レスリングを捨てたのではない。


 レスリングを。


 自分の中に残したまま。


 レスリングという名前の。


 外へ出た。


 そして。


 実験そのものの。


 答えになろうとしている。


「認めない」


 一光が。


 呟いた。


「こんなものは」


 指が。


 操作盤へ伸びる。


「答えではない」


 雪原。


 レイが。


 リンへ。


 手を差し出している。


 殺していない。


 それも。


 気に入らなかった。


 ここは。


 最強を決める場所。


 友情を。


 確かめる場所ではない。


 だが。


 その姿さえ。


 弟に似ていた。


 勝った後。


 手を差し出す。


 相手を。


 立たせようとする。


 甘さ。


 愚かさ。


 そして。


 一光が。


 最後まで。


 捨てられなかったもの。


「排除しろ」


 誰かが。


 息を呑んだ。


「レイを排除する」


 自分の声が。


 思ったよりも。


 静かだった。


「リンもだ」


 画面上に。


 確認表示が出る。


 対象。


 No.14。


 No.9。


 一光は。


 画面に表示された番号を見た。


 No.14。


 No.9。


 無機質な。


 二つの文字列。


 だが。


 モニターの中にいるのは。


 レイと。


 リンだった。


「実験を」


 指が。


 承認へ近づく。


「やり直す」


 その時。


 モニターの端で。


 何かが。


 動いた。


「……」


 一光の指が。


 止まる。


 柔術。


 先ほどまで。


 円の外にいた個体。


 レイに。


 止められた個体。


 待っていた。


 だが。


 今。


 動いている。


 低く。


 静かに。


 雪を踏む。


 レイは。


 リンを見ている。


 手を差し出している。


 リンの手が。


 上がる。


 届く。


 その。


 直前。


 一光は。


 排除命令の画面を見た。


 そして。


 ゆっくりと。


 指を離した。


「……」


 口元が。


 上がる。


 先ほどまでの。


 怒りが消えていく。


 代わりに。


 別の何かが。


 浮かぶ。


 不敵な。


 笑み。


「そうか」


 柔術が。


 雪を蹴った。


「まだ」


 一光は。


 モニターへ。


 顔を近づける。


「予定は」


 柔術の身体が。


 加速する。


「終わっていない」


 レイは。


 まだ。


 リンを見ている。


 リンの手が。


 レイの手へ。


 伸びる。


 あと。


 少し。


 その背後で。


 柔術が。


 動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ