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NULL-最も公平で理不尽な監獄-  作者: gongon


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第三十二話 眠れぬ夜

居住区。


レイはベッドへ寝転んでいた。


眠れない。


何度目かも分からない寝返りを打つ。


天井を見上げる。


静かだった。


施設全体が眠っているようだった。


だがレイだけは違う。


目を閉じると浮かぶ。


剛。


黒い搬送袋。


バートル。


壁へ叩き付けられたあの瞬間。


そしてもう一つ。


第三回戦。


今までの試合とは違う。


開始の合図もない。


終了の合図もない。


誰かが襲ってくるかもしれない。


今。


この瞬間に。


レイは起き上がった。


部屋を見渡す。


ドア。


窓。


換気口。


静かだ。


だが静かすぎる。


今までのトーナメントなら眠れた。


戦う相手は決まっていた。


戦う場所も時間も決まっていた。


だが今は違う。


誰が来るか分からない。


いつ来るかも分からない。


それが妙に気持ち悪かった。


「寝れるかよ」


小さく吐き捨てる。


そして部屋を出た。



地下区画。


薄暗い照明。


冷たい空気。


レイは一人で歩く。


気付けばここへ来ていた。


剛が死んだ場所。


壁の亀裂。


砕けたコンクリート。


乾いた血痕。


まだ残っている。


レイはしゃがみ込んだ。


床を見る。


足跡。


擦れた跡。


崩れた壁。


戦闘の痕跡。


頭の中で自然と再現される。


剛が前へ出る。


バートルが捕まえる。


投げる。


叩き付ける。


最後まで。


剛は退かなかった。


レイは血痕を見る。


しばらく。


本当にしばらく。


その時だった。


足音。


レイは振り返らない。


誰か分かった。


「眠れねぇのか」


後ろから声がした。


レイは少し笑う。


「お前もだろ」


リンだった。


だがいつもと違う。


歩き方が少し重い。


左手で脇腹を押さえている。


地下区画の照明の下ではよく見えた。


顔にも傷がある。


拳も腫れている。


レイが見る。


リンは嫌そうな顔をした。


「見るな」


「やられたな」


「見りゃ分かるだろ」


リンが壁へ寄りかかる。


その瞬間。


僅かに顔をしかめた。


かなり効いている。


レイは鼻で笑った。


「ライか」


リンは少し驚いた顔をした。


「よく分かったな」


「他にいねぇだろ」


リンは肩を竦める。


だがその動作だけで脇腹が痛んだらしい。


また顔が歪む。


「終わらなかったのか」


レイが言う。


リンは吹き出した。


「終わると思ったんだけどな」


「お前がか」


「俺もあいつもだ」


レイは少し考える。


そして頷いた。


それは分かる気がした。


リンも。


ライも。


そういう連中だ。


「柔術だろ」


今度はリンが笑った。


「お見通しか」


「見えてる」


第三回戦だ。


あそこでどちらかが死ねば終わる。


そして柔術はそれを待っていた。


レイにも容易に想像できた。



リンが壁へ腰を下ろす。


だが座る途中でまた顔をしかめる。


レイは吹き出した。


「効いたな」


「少しな」


「嘘つけ」


「かなりな」


リンも笑った。


腹を押さえる。


ライの膝。


相当深く入ったのだろう。


右拳も酷かった。


皮は剥け。


関節も腫れている。


雪原で何度も打ち込んだ跡だ。


「強かったか」


レイが聞く。


リンは少し黙る。


そして答えた。


「ああ」


短かった。


だがその一言で十分だった。


「どんなだった」


リンは天井を見上げる。


少し考える。


「嫌いだな」


レイが笑う。


「そうか」


「でもお前好きだろ」


「何でだよ」


「似てるから」


レイが顔をしかめる。


「どこが」


リンは即答した。


「頑固な所」


レイは何も言わない。


否定できなかった。


リンが笑う。


「絶対認めねぇし」


「お前もだろ」


「それはそう」


二人とも少し笑った。



しばらく沈黙が続く。


地下区画は静かだった。


遠くで機械音だけが響いている。


やがてリンが血痕を見る。


「強かったな」


レイも見る。


剛の残した跡。


「ああ」


「馬鹿みたいに」


「ああ」


リンが壁の亀裂をなぞる。


「最後まで前だったんだろうな」


レイは頷く。


それは現場を見れば分かる。


逃げた跡がない。


迷った跡もない。


ただ前へ出ている。


最後まで。


剛らしかった。



リンが小さく笑う。


「羨ましいな」


レイが見る。


「何が」


「分かりやすい」


リンは血痕を見る。


「勝つか負けるか」


「それだけだろ」


「そうかもな」


だがリンの顔はどこか複雑だった。



長い沈黙。


やがてリンが呟く。


「次ここにいるの」


レイは黙って聞く。


「俺かもしれねぇな」


地下区画が静かになる。


レイは否定しない。


できなかった。


それは全員同じだからだ。


自分かもしれない。


リンかもしれない。


ライかもしれない。


柔術かもしれない。


バートルかもしれない。


だから誰も言わない。



しばらくして。


レイが口を開いた。


「お前じゃねぇよ」


リンが笑う。


「根拠は」


レイは少し考える。


そして言った。


「うるさいからだ」


リンが吹き出した。


「何だそれ」


「死体は喋らねぇ」


「確かにな」


二人とも笑った。


友達が死んだ場所なのに。


少しだけ。


本当に少しだけ。


気持ちが軽くなった。



施設全域へ電子音が響く。


『第三回戦開始より二十四時間経過』


機械音声。


『生存個体五名』


『第三回戦継続中』


静寂。


リンが肩を竦める。


「誰も死なねぇな」


レイは血痕を見る。


「死にたくねぇんだろ」


リンは少し考えた。


そして頷く。


「ああ」


その通りだった。



二人は再び剛が死んだ場所を見る。


誰もいない。


もう何も残っていない。


それでも。


確かにそこに剛はいた。


そして二人とも知っている。


次にここへ来る時。


そこにいるのは剛ではないかもしれない。


自分かもしれない。


隣の男かもしれない。


だから今だけは。


何も言わなかった。


ただ。


友達の残した跡を見つめ続けていた。


夜はまだ終わらない。

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