エピローグと言う名の、Qの密会
香しいメインディッシュの肉汁が口内に広がる。
世間に注目されるウェルティに恥じぬ、見事な美味しさだ。
アハト君から記念日の為に、エミリーが気に入りそうなお勧めの店を聞かれていたな。
この店の系列なら手も伸ばせるだろう。
少し贅沢だとエミリーは文句を言うかも知れないが、その辺りは僕より余程上手く宥められるアハト君なら心配はない。
「ほう。私を前にして余所見とは……。肝の座り方はミスティ譲りだな。クィンよ」
「はて、私がいつ余所見をしたと?」
眼前の伯爵ににこりと笑むと、彼はこの間のお忍びとは違い、貴族然とした風体で僕を見つめた。
その程度の威圧などでこの僕が負けるとでもお思いなのだろうか。
……舐められたものだな。
暫く見つめ合ったが、伯爵が先に目を逸らして白ワインを手にした。
「まあ、よい。此度はそも礼の積もりだったからな」
礼の積もりならそも、貴族をターゲット層にしたウェルティに半ば無理やり連れてくるものではないだろう。
……とは、言ってはならないのだろうな。
全く、これだから貴族は……。
「はて? お礼をして頂くような事をしましたかな?」
大方の見当は付いたが、一度分からぬふりをしてみると伯爵は嘆息した。
「無理に連れてきた事は悪かったとは思っている。詫びに其方の娘夫婦の為にウェルティの本店の個室を用意させておく」
ようやく折れたか。
フォークとナイフを置き、伯爵に微笑むと彼はきっとフランクにも見せた事がないだろう顔をして息を吐いた。
「今日ほどクィンが此方側で無い事を嬉しく思った事はないぞ」
「お褒めに預かり光栄です」
褒めていないと剝れた伯爵だったが、外の鳥が羽ばたいたのを見ると徐に口を開いた。
「クィンが手を貸したからなのか、あれから奴も真面目に私たちの話に耳を傾けるようになってな。今度の家の娘とは向き合う努力を見せている。あれならば上手くやっていけるだろう」
奴、エリク君の事だろう。
そうか。彼は彼で向き合う努力を始めたのだな。
彼のあの手から察するに努力を重ねられる人だ。
きっと、本当にもう大丈夫なのだろう。
「何のことやら分かりかねますが。……安心致しました」
「気にしていると思ってな。なに、此度の件については貸し借りなど求めんよ」
ウェイターたちが皿を片すと、直ぐにデザートを置いてまた下がった。
ティラミスと共に僕の方にだけ、ウェルティの限定品であるマカロンが包装されたものがあり、傍にはメッセージカードも添えられている。
そっと開くと、流れるような美麗な字が書かれていた。
『どうぞご家族とお召し上がり下さい。Eより』
ああ、彼は覚えていてくれたのか。
……それならば、エミリーたちと有り難く頂くとしよう。
「あ」
毎朝の健康の為のランニング中、ふと聞こえたその声に足を止める。
其方を向くと、ニースン嬢が丁度家から出てきたところだった。
「おや。おはようございます」
微笑みを向けて、そっと唇に指を当てシィーッと言うと彼女に意図が伝わったらしい。
「……おはようございます」
咄嗟に口を覆っていた彼女だったが、直ぐに切り替えて島民のよくある声かけ程度の雰囲気で返事をした。
「今日も暑いですね」
「ええ、本当に」
他愛のない会話を振ると、彼女は頷いてあの日と違い穏やかな笑みを浮かべた。
彼女もちゃんと前を向けているらしい。
「あっ、いけない! 遅刻してしまうわ! 失礼します」
「ええ。お気をつけて」
暫く微笑み合っていた僕たちだったが、ハッとしたようにニースン嬢が急ぎ足で下って曲がっていくのを見送る。
暫く見守っていると、町工場の方へ向かっていくらしい。
向こうから彼女へ近づく人が見え、ニースン嬢もその人と顔見知りらしく親しそうにしている。
……おや?
確かあの先の町工場は、いつもの日用品店の贔屓先だったような……?
ふふっ、世間は狭いなぁ。
二人が並んで歩いていくのを見てから、僕はまた走り始めた。
さて、今日は雨が降るだろうか。




