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ロサ王国ウイミイ州ウイミイ島5018番地のフラットの住人たち  作者: 宮永すゐ


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1/18

プロローグという名の、Fの別れ話から始まる出会いの話

 「別れて欲しいの」

グラスにツゥーと一筋の汗が流れる。

外の賑やかな声が、瞬く間にして静まったような気がした。

まあ、事実した気がしただけなのだが……。

現実はそんなこと無く、他愛のない会話に花を咲かせる人々の声が今も聞こえる。

夕日が差し込む所為で目の前の彼女の表情が分からない。

声音は平坦な、明日の朝はクロワッサンにしたいと話すような、そんな他愛の無い声だった。

「……何故かは聞いても良いかな?」

努めて冷静に、僕は尋ねる。

寝耳に水な申し出、とは言えなかったから。

決定的な何かは無かったものの、自分の中で薄らとその言葉を彼女から切り出されるような気はしていた。

だからこそ、彼女にそれを察して欲しくは無かった。

これは僕の意地のようなものだろう。

正しく何年共に居たかは自覚出来ないものの、それなりに共に居た。

流石に、察しの悪いことで定評のある僕とて分かる。

「貴方って、こんな話でもそうなのね」

伝わる声には、失望と分かり切っていたかのような平坦さが入り混じっていた。

ため息を一つ吐くと彼女は、自分の腹部をさする。

「フランク。貴方、私に言ったことを覚えてる?」

「……成人を迎えるまでは清いままの交際をしようって話かな?」

徐に問われた言葉に、僕が思い付くものはこれ一つしかなかった。

彼女は僕の言葉に頷く。

そうして、彼女のさする所から、何を言おうとしたいのか分かってしまった。

こうもあからさまにされてしまうと、分かってしまう。

「あなたを裏切った事を、許してなんて言わないわ。ふしだらな女と言われても仕方がないもの」

彼女を祝福するかのように差す西日。

依然として、彼女の口元しか見えないまま僕は言葉を選ぶ。

「……そう。おめでとう、と言って良いのかな」

「貴方は、怒りもしないし貶みもしないのね」

怒られたがる小さな子供のように、ポツリと呟かれた言葉に僕は無言で返した。

「……あと何年待ったら良かったと言うの? ねえ、フランク。私もう直ぐ20になるの。もう疾っくに二年も前に大人になっているのよ。法に則って正しく大人として見られているの」

積もり積もっていたらしい彼女の声は次第に震える。

「貴方にとっての二年は二ヶ月かも知れないわ。でも、私の二年は貴方にとっての二十四ヶ月なのよ……! 貴方を待っていたら、お婆さんになってしまう!」

彼女の言葉に耳を疑った。

もう二年も過ぎていたのか。

誕生日を祝う文化が無いから、気にも留めていなかった。

……待て、二ヶ月?

引っかかる物言いにはたと思い起こす。

少し前に彼女が妙にしつこく誘う仕草をした日があったような、なかったような。

もしかしなくとも、僕は勇気を出して自分から頑張ろうとした彼女を無下にした?

「貴方にまだ二ヶ月あると言われた私の悲しみが分かる? 私は身も心も貴方と通じたかっただけなのに!」

思い当たる節があることを見透かされたらしい。

怒りをむき出しに吐き出すと、彼女は別れも言わないまま背を向けた。

チリンとドアベルが鳴る。

全く口にされなかったグラスが、また汗を流した。


 ドンと音がして、遅れて体中にじわじわと痛みが走る。

いつの間にかベッドから落ちていたらしい。

「あいたたっ」

のそりと上体を起こすと、カーテンの向こうから鳥の声がした。

もう朝らしい。

カーテンを開くとそろそろ朝日が差しそうな頃合いだった。

この位ならクィンさんは居そうかな。

ざっくりと寝具を整える。

ああ、着替えが面倒臭いな。

いいや、パパッとやるか。

指を鳴らすと、だるだるの寝巻きから外着に変わった。

寝起きで重い足をゆっくり動かしながら、せめて洗顔は真面目にしようと扉を開ける。

少し肌寒い廊下を進み、階下へ行く。

湯殿に新設した洗面所の明かりをつけると、ほんのり爽やかな香りがした。

クィンさんが先に使ったらしい。

適温にした湯で手を濡らし、この間買った洗顔石けんで顔を洗ってまだ眠い頭を起こす。

これから普及するからと、しつこく居座った商人と欲しいからと言う理由であれやこれやと言って聞かなかった双葉ちゃんの言うことも一理ある。

確かに、左右によって流れる水が一瞬にして湯になったり水になったりするのは便利だと思う。

それなりにした分、ちょっと家賃を上げたけど、誰からも文句が無くて良かった。


 ジュージューと焼ける音と香ばしい匂いが廊下にも漂う。

「おはよう。クィンさん」

スーツをきっちり着こなし、その上からエプロンをした後ろ姿に声をかける。

丁度皿にベーコンエッグを装う所だったらしい彼は、そのきっちりとまとまった白髪を靡かせた。

「おや、珍しい。君にしては随分と早いお目覚めですね」

一言余計な彼は、僕が頼むよりも前にもう一品同じ物を作り始める。

昨日浸しておいたバゲットが丁度いい頃合いかな。

保冷庫からボウルを取りに行き、クィンさんの隣で火を点ける。

「朝からパンデュペルとは珍しい。今日は気合が入る現場のご予定でも?」

僕が好物を朝食に選ぶ日は、決まって気合が入る日。

それを知ってか知らずか、彼は含みがある笑い方をする。

「ほら、この間話した入居者の子が今日来るらしくてね。見回りついでに波止場まで迎えに行こうかと」

ほんの昔なら、フェリーなんて使わなくともよかったのにな。

本当、便利な世の中になったのかそうでも無いのやら。

中央のテレポートが使えなくなって何年だっけ?

ああ、またやってしまった。

何年過ぎても直らないなあ、この悪い所。

「フランク、そろそろ焦げますよ。真っ黒なパンデュペルがお好みなら止めはしないが」

「えっ? アッツ!」

クィンさんの声にハッとした僕の手は思いきりフライパンに当たった。


 外套を肩にかける。

わざわざ見送りに出てくれたクィンさんと玄関から出ると、日が程よく昇っていた。

「フランク。下手に空から行くのは薦めませんよ。そうカチコチでは自由に舞えまい。もし、落ちたら誰が君を助けられよう。双葉嬢は今日も外泊しているから呼びには行けんよ」

いつものように空から町へ行こうとした矢先、クィンさんが呆れたように苦言を呈した。

彼は僕の異変に気付いていたらしい。

「危ないかなぁ」

「今日の昼食と夕食を0イェンで作ってもいい、と言ったら君にも分かろう?」

ククッと笑う彼に観念して門扉への道を進む。

いつも一食500イェンを要求する彼が0イェンなんて余程のことだ。

年長者の意見に従おう。

「気を付けて」

背中から聞こえた彼の声に、僕は手をヒラヒラとして返した。

 長い石畳をひたすら下る。

遠くからフェリーの汽笛がした。

ちょっとゆっくりし過ぎたかな。

自分で空を舞うのは止められたけど、屋根を伝う分には良いよね?

呑気にしていたら日が暮れてしまう。

そうやって自分なりの言い訳を連ねながら、足に力を込めて高く、高く舞い上がった。

「おっとっと」

着地しようとした青い屋根に目算を誤りかけて何とか事なきを得る。

市場の準備に彼方此方向かう人々を尻目に真っ直ぐ波止場へ足を向け、また足に力を込めて高く空に舞い上がった。

「おーい! エルフー!」

下から元気な声がして見やると、いつも買っているパン屋の息子さんが目敏く僕を見つけたらしい。

「やあ、おはよう」

「おはよう!」

にこやかに声をかけると、彼はブンブンとはち切れんばかりに大きく手を振った。

元気だなぁ。

軽く振り返してまた一歩波止場へ向かう。

正直、気が重い。

昔に別れた女の子の子供を預かれないかなんて、普通は言わないってことは僕でも分かるって。

「でも会いたいって言われちゃあなぁ」

共通の知人を介して自分に送られた文を思い返す。


泡沫事件(うたかたじけん)で父と家を失いました。

母はあれ以来、酒浸りの日々を送っています。

共に暮らしていては、きっと自分を見失ってしまう事でしょう。

叶うなら、貴方のフラットに住まわせて下さい。


彼女と違って、見やすく美しい字だった。

ああ、比べるのは失礼かな。

まさか、彼女の町も泡沫事件に遭っていたなんて……。

暫くは鳴りを潜めていたのに。

これはまた安全保障委員会がてんてこ舞いになっていそうだ。

余計な仕事が増えないと良いなぁ。

余計なことを考えると足元とは疎かになりやすいもので、着地したつもりがそこに足場は無かった。

「あっ、ぶな!」

寸ででゆっくり着地すると、丁度良いことにフェリーが着いた波止場前だった。

クィンさんの言うことを聞いたら良かったかなぁ。

未だにバクバクと五月蝿い心音を宥めるように一息吐く。

見られてたらまたお小言を言われかねない。

「見ていないと良いな」

淡い望みを呟きながら、タラップを降りた一人の女の子に目が止まる。

聞きしに勝るとはこういうことらしい。

ああ、本当に似ている。

探すまでもなく、目当ての女の子は直ぐに見つかった。

さて、何て声をかけようか。

ふと目が合い、歩み寄る。

「やあ、おはよう。長旅お疲れさま。ようこそ、ウイミイ島へ」

せめて第一印象くらいは真面な大人として映って欲しい。

そんな望みを込めて、僕はにこりと笑む。

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