22.ヤスの寝返り。
「ヤス! あなた、あの二人の一体何を調べてきたの?! もう一度ちゃんと隅から隅まで探ってきて」
あの日は全く散々な一日だった。
勇様にはMr.マイケルとの約束の時間は、ちゃんと守らせるようにと口酸っぱく言われていたのに、案の定知ってか知らぬか僕の目を盗んでいつの間にかいなくなっているんだから。
すぐに連絡取れたのは不幸中の幸いだったが、朋花お嬢様を屋敷に送り届けてからが最悪だった。
Mr.マイケルの授業中は流石の朋花お嬢様も勇様のお顔を思い浮かべたのか大人しく聞いていたが、終わって解散した途端ものすごい形相で俺に手招きしてきた。
いつもはフリフリの女の子らしいお洋服を着ているのに、あの日は革パン革ベストなんて、また一段とキツさに拍車をかけたような格好……。
いつか僕は彼女に食い殺されるかもしれない、今日の彼女の殺気はそんな恐ろしい事まで想像させた。
「何か至らないところがありましたか?」
恐る恐るお嬢様の顔を見る。
「至らない所だらけよ! 音海雫に幼馴染がいたってあなた知ってた? あんな有名人が幼馴染だなんて私は聞いていないわよ? ヤスは知ってたの??」
「いえ……」
お嬢様が調べてこいって言ったのは音海雫と来栖彗だけで、今さほど関わりない人間の情報まで追ってたらキリがない。
(知るわけないだろう?)
気を緩めたら危なく口から出るところだった。
「音海雫の幼馴染、相星桔平はウチの学校でもかなりの人気のある生徒なのよ。なんであの女とそんな仲がいいのか私には理解不能だけど、今あの二人はどう言う関係なのかきちんと確認して! もう、今度手抜きしたら許さないからね」
全身真っ黒な皮に覆われたお姿で女王様のような口のききかた……
次は鞭でも持ってこられたら、たまったもんじゃない。
「それはそうと、ヤス。今日の私の服、どうかしら」
腰に手を当てながらくるりと僕の目の前で回ってみせる。
「はぁ……」
「はぁじゃないでしょ? 雰囲気違うでしょ? いつも女性らしい私が急にこんなボーイッシュな姿見せたら、みんなこのギャップにドキドキが止まらないでしょう?」
「ギ、ギャップですか……。なるほど、そうですね」
何がなるほどだ。
ボーイッシュ? 意味わかって言ってるんだろうか?
僕には仮面を被った女王様にしか見えないぞ?
全然似合ってない。口には出さないが。いや、出せないの間違いか。
いつものフリフリもどうかと思うが、今日はお嬢様の悪い所を際立たせる最悪の組み合わせだが……。
そんな事を言おう物なら、またどんな無茶な注文つけてくるかわからないから、とりあえず口角だけ上げとこう。
そんな地獄のやりとりはさておき、また僕は高校生のストーカーをやらざるを得なくなったこの出来事が数日前の話。
音海様と相星様はプライベートでの関わりはまだ一度も目にしていない。
学校の中ではどうなのか分かりかねるが……、それよりも今は来栖様との仲が急激に縮まったように感じている。
何よりお二人の間の空気が柔らかい。
来栖様も転入されてから音海様にはどんどん心を開きつつあるんだろうな。
そう思いながら、二人とも利用している『happy song』というアプリを、自分も調査も兼ねて初めてみたのだが……衝撃の事実が分かった。
そもそも同じアプリを二人ともコソコソ利用している時点で何かあるとは薄々思っていたのだが。
とにかく音海様と来栖様がアプリ上でどんなふうに過ごされているのか、繋がりはあるのか確認するため、電車の中や帰り道の飲食店などで二人の『はぴそん』を開いているところ必死に覗き込む僕は、側から見ればさぞかし怪しい男だっただろう。
しかしおかげで二人のニックネームを知ることができた。
家に帰って早速自分のスマホで開き、二人のニックネームを検索してみたら……!!
とんでもなかった!!
驚きすぎて、感動が止まらなくて、馬鹿みたいに大の大人が涙を流して二人のコラボ曲に聴き入った。
どの曲も、どんなジャンルも、まるで二人のために最初からあった曲かのように唯一無二の世界が広がっていた。
歌を聴いてこんなに心が震えた事、今まで一度でもあっただろうか?
二人の歌を聴きながら目の前の景色を見れば、こんなにも色鮮やかだったかと疑い何度も瞬きする。
僕の五感全てが動き出して、『あぁ、生きてるんだ』なんて恥ずかしながら改めて実感してしまった。
とにかくここねさんと助さんに夢中になった僕は、二人の曲を片っ端から聴きまくりコメントも隅から隅まで隅まで目を通した。
二人はお互いが現実にはこんなに近くにいるって事を、もしかして知らないんじゃ……
それに気づいた時は、僕は朋花お嬢様の事なんて頭から完全に抜け落ちて、逆にこの二人が永遠にコラボ出来る様にとにかく守らなくては!そんな使命感が生まれていた。
そして、何よりここねさんも助さんも本当はお互いのことを好き合っているのでは……?
コメント欄に色恋らしき言葉は一言たりとも見当たらないが、溢れるほどのお互いを思い遣り尊敬し合う言葉の数々を目にしながら、僕はおそらくこの二人よりも先にこの美しい恋に恋焦がれ、二人の歌に取り憑かれ、どうしようもなく切ない恋愛映画を観せてもらっているような気分に酔いしれていたのだ。




