~流麗! ルビーの可愛くないところ~
キラク亭と呼ばれる宿は、うすぼんやりとした路地にありました。
周囲は少し背の高い建物ばかりで、日当たりがよろしくないみたいで、陰になっているようです。
「なんて素晴らしい宿でしょう」
吸血鬼的な意見としましては、パーフェクトなお宿です。
もっとも、普通の人間種にしてみればあまり好ましい宿ではないみたいで。
そのおかげで宿代が安いのでしょうね。
「よし、今日の行動を決めよう」
無事に宿を取れましたら、座椅子に座った師匠さんが改めて相談を始める。
パルがお相手してくださいますので、その間に飲み物でも買ってくることにしましょうか。
部屋から出て受付カウンターに行きました。
「飲み物が欲しいのですけど、どこかで売ってるかしら。それとも井戸でもあれば教えて欲しいですわ」
「それでしたら、あちらに食堂がございます。そこでお茶が無料となっておりますので、どうぞご利用ください」
「あら、無料なんですの?」
「はい。ご遠慮なくどうぞ」
お茶がタダで飲めるなんて、すごい宿ですこと。
それとも、これが倭国のスタンダードなのでしょうか。
「お茶をもらえますか。3つお願いしたいのですがよろしくて?」
食堂へ行くとカウンター越しに聞いてみました。
「はいはい。あら、外国の方?」
初老の女性が持ち手の無いコップを準備しながらこちらを見る。
お婆ちゃまの一歩手前、ぐらいの年齢でしょうか。お料理中なのに手を止めてしまいましたね、申し訳ありません。
「えぇ。大陸から護衛の仕事で来た冒険者ですの。倭国は初めてなので、いろいろと興味深いですわ」
「そうかいそうかい。楽しんでいってね」
トレイにコップを3つならべ、透き通った緑のお茶を注いでくれる。
「変わった色のお茶ですのね」
「緑茶よ。ここまで飲んで来なかったのかい? 倭国じゃこれが普通よ」
「急いでましたので。紅茶とは違った香りですのね。不思議と落ち着く感じがします」
「ふふ、気に入ってくれたのなら良かった。これオマケね」
トレイに追加で白い塊が3つ乗せられました。
「これは?」
「おまんじゅう。中に甘い餡子が入ってるお菓子だよ。遠慮なく食べな」
「ふふ、ありがとうございます。食いしん坊がひとりいますので、助かりますわ」
トレイを持って食堂を後にする。
にこにこと見送ってくれる女性にお礼を言いつつ、お茶がこぼれないように慎重に運ぶ。
こういう時は、メイドさんが使っている台車が欲しくなりますわね。
倭国ではメイドさん文化が無いのでしょうか。
部屋まで戻ると相談が終わったのか、足を伸ばしているふたり。
倭国の部屋では靴を脱ぐタタミというものがあり、襲われた時に逃げ出すのは苦労しそうですわね。
「お茶をもらってきました。オマケでおまんじゅうも頂けましたわ」
「おまんじゅう!」
さっそくパルが文字通り食いついてきました。
この子を誘拐したり裏切らせたりするのは、実は簡単なのでは?
そう思えてなりません。
「おパル。わたしの分のおまんじゅうを食べたければ、師匠さんの正妻の座をわたしに譲ってくださいな」
「おまんじゅういらない」
「チッ」
ダメでしたか……
「まんじゅうと俺は同等なのか……」
師匠さんにダメージが入ってしまいました。
失敗です。
「冗談ですわ、師匠さん。せめて肉の塊にすべきでした。パル、じゅうじゅうと音を立てて焼き立ての大きな肉の塊でどうでしょう」
「それだったら迷うかも」
「俺は肉の塊と同等かぁ……」
冗談です、とパルとふたりで笑い合った。
「それでどうしますの?」
緑茶を飲みながら今日の方針を聞く。
味わいは紅茶と違ってあっさりとしていて独得の風味がありますわね。渋みもありますので、おまんじゅうの甘さと良く合います。
持ち手がないコップなので、少々手が熱いですけど。
「ひとまず『ヒョーゴ』と『ヤツルギ』の情報収集だな。パルといっしょに行くつもりだが、ルビーはどうする?」
「では、わたしは変装することにしますわ。せっかくの黒髪ですので、利用しようかと」
「ふむ。瞳に気をつけてくれ」
「瞳?」
自分の両目を指し示すと、師匠さんはうなずいた。
「改めて倭国の人を観ていたら、瞳の色も髪と同じく黒系統が多い。ルビーの瞳の色は逆に目立つ可能性があるから、もしも倭国人として振る舞うなら気をつけてくれ」
「なるほど、では――」
目を閉じて眼球を意識する。
わたしの目は魅了の魔眼です。
魔力を扱おうとしたりすると自動で発動したりして金色の環が発生したりするのですが、それを極力抑えるようにしまして……
あとは眼球の前にうっすらと影をまとわせれば――
「これでどうでしょ――あぁ、前が見えない!?」
目の前が真っ暗でした。
比喩表現ではなく、割りとマジで。
「おぉ、ちゃんと瞳の色が黒いぞ。変装はできてるな、変装『は』」
「あははは! やっぱりルビーはアホだ」
「否定できませんわね。この方法は却下のようですわ」
上手くできると思ったんですけど。
ぱちぱち、とまばたきをして解除しました。
「ルビーがよくやってるアレはどうだ? ほら、目だけの眷属で覗いてるじゃないか。あれを自分の目に付けるとか」
「あぁ! さすが師匠さんです。天才って言われません?」
「滅多に言われないな」
「ならばわたしが永遠に語り継ぎますわ。師匠さんって天才。さすがわたしの旦那さま」
「あたしの旦那さまだよぅ」
「正妻は黙ってなさい」
「なんでさ!? 一番言う権利があると思う」
「俺もそう思う」
「わたしも思います」
えへへへへ、と三人で笑いました。
それはそれとして、もう一度目を閉じて、自分の目のところに眷属召喚をして――
「ひぎゃぁ!」
「どうした、ルビー!?」
「目が、目がぐるんとなりました。あ、あ、あ、いやだ、いや、気持ち悪い……!」
なんか自分の目がどうなってるのか分かんない。
怖い怖いこわい。
「ど、どうなってます? わたしの目」
「ひぃ!?」
「うわぁ!?」
目を開けたらパルと師匠さんが悲鳴をあげました。
え、なに、ホントに怖いんですけど?
「お、落ち着けルビー。そのまま目を閉じろ。元に戻せばいいから」
「は、はい~」
眷属召喚を解除して、なんかおかしくなっていた眼球が回復するのを待つ。すぐに回復しましたが、なんだか気持ち悪くてクラクラとしますわね。
それでもなんとか視力は回復しました。
「はぁ~……良かった普通に見えます。えっと、どうなってました?」
「目が二個、いや三個あったように思える」
「すっごい怖かったよ。二度とやらないほうがいいと思う」
「そうみたいですわね……アレでしょうか。もともとの眼球を一度破壊して、入れ替えるように……あ、でも勝手に回復して眷属眼球が押し出されるか……」
「やめておいたほうが良さそうだな」
ふたりして、うわぁ、という表情でわたしを見ていますので……
相当に怖い姿だったのかもしれません。
「そのようですわね。折角のアイデアを無駄にしてしまい、申し訳ありません師匠さん。このお詫びは体で払います」
「いや、謝るのは俺のほうでは?」
「では体で払ってください。おつりはいりませんわ」
「ツケにしておいてくれ」
「仕方ありませんわね。一週間で1割ほど増えますので早めにお支払いを済ませることをおススメしますわ」
「横暴だな~」
なんて師匠さんが笑ってくださったので満足です。
「では、わたしはキモノというものを買ってきます。目の紅い倭国人に成ってきますわ」
「分かった。俺たちは情報を集めてくる」
了解ですわ、と返事をして部屋の入口でブーツを履く。
面倒な文化ですわね、なんて思いつつこちらの人の足元を思い出せば、みんな簡素な履物でしたわね。
脱ぎやすく履きやすい物だからこそ、タタミという物が流行ったのかもしれません。
いえ、もしかするとその反対でしょうか。
ともかく、キモノだけでなく履物もそろえたほうが良さそうです。
便利さ、という意味でも。
「さて、どちらに向かいましょうか」
そびえる不思議なお城を見上げつつ。
わたしはエンゴの城下街を歩き始めるのでした。




