~卑劣! 盗賊師匠は、かく語りき~
真夜中の襲撃が成功し、ニセ神官たちを捕らえることができた。
しかし、運び出すには少々苦労する人数。ルビーに頼れば問題ないところではあるが、わざわざ正体が露見しそうな行動をさせるのも気が引ける。
吸血鬼が出たぞ、という騒ぎのほうが大きくなっては意味がない。
「わたしは騒がれても問題ありませんが」
「後始末が大変なので、やめてくれ」
「全員の口止めをするんですね、分かります分かります。口止め方法は、これ」
ルビーはそう言って、自分の首をスッと横になぞるジェスチャーをした。
そのとおりになので肩をすくめるしかない。
というわけで夜明け頃にやってきた宿の店員さんにお金を握らせておいた。
「これで少し黙っていてくれ。仕事はしなくていいので、部屋を貸し続けてくれればありがたい」
「はぁ……」
という生返事。
まぁ、あまり素行のよろしくない連中だと思っていたのか、そこまで驚いた様子のない従業員のお姉さんだった。
「んー! んんんー!」
とりあえずひとつの部屋に全員を運ぶと、女性が殊更に何かを訴えかけてくる。
仕方がないので猿ぐつわを外してやると――
「せ、せめて服を着させて」
「……目に毒なのは違いないか」
それを聞いた女がニヤリと笑った。
「あら、そう思っているのなら抱いてくれてもいいのよ。こうなったのも仕方ないから、好き放題しても」
「あ、いえ、気持ち悪いので結構です……」
誘惑が効くと思われたのは心外だ。
目に毒って、マジでそのままの意味だったんだけどなぁ。
胸が成長した女など、害悪以外の何物でもない。あぁ、汚らわしい。俺にその気持ち悪い脂肪の塊を見せないでくれ。
というニュアンスを込めたつもりだったのだが……
伝わらなかったみたいで残念だ。
というわけで、縛られた上から適当に布の服をかぶせておく。余計な拘束が増えたようで、女がぎゃぁぎゃぁと騒ぐが、気にも留めずに部屋を後にした。
「さて、そっちが助けたい少年か」
女盗賊が待機している部屋に行くと、12歳か13歳ほどの少年がいた。勝ち気な瞳をしており、世間を呪うかのような視線を俺へ飛ばしてくる。
俺やパルとはまた違った人生の外れ方をしてしまったようで、なんとも言えない気分になった。
「何の用だよ、おっさん」
「おまえに話はないぞ。そっちの女に話がある」
ケンカ腰だったのをスカされ、少年はますます憎むような視線になる。
「ほれ、報酬だ」
女盗賊に金貨一枚を渡した。
「おほー。ありがとうございます!」
「な、なん、そ、それ何……どうやったらそんな金額になるわけ……?」
「運が回ってきたんだよ。ね、これで逃げられるから」
なるほど。
そういう説得をしたわけか。
「いや、逃げられては困る」
そんなふたりに俺は言った。
「え? な、なんで!?」
金貨を胸元に仕舞い込みながら女盗賊が逃げる素振りを見せる。
「待て待て。仕事があるんだ」
誤解だ、誤解。
という言葉を続けて言うと、安堵の息を吐いた。
「てっきり、騙して悪いが、ってパターンかと思った……」
「それだったら金貨は渡さんだろ」
「確かに……」
「姉ちゃんは少しそそっかしいところがあるからな」
どうやら少年には姉ちゃんと呼ばれているらしい女盗賊。マジのショタコンかもしれないな。しかし、マジのショタコンだったら姉ちゃんと呼ばれていることに耐えているのが凄い。
俺だったら、お兄ちゃん、とか、兄ちゃん、とか、にぃにぃ、とか呼ばれると絶対に反応してしまう。
口角がぐにゃぁと上を向いてしまう自信があった。口角が上がり切って天井に突き刺さりかねない。
ポーカーフェイス?
そんなもんが役に立つのなら、ロリコンの症状としては軽い。
俺なんか、絶対に表情に出ちゃうもんね!
「で、仕事って何だよ」
「おまえらがやってたこと、今後は盗賊ギルドが仕切ることになる。それのまとめ役になってくれ」
「……ギルドに全部奪われるのか」
少年はうつむく。
「なんか思い入れでもあるのか? もしくはギルドに恨みでも?」
「いや……」
そう答えるが、何かしらの思いはあるようだ。
そもそも、こんな成人したばかりのような少年がどうしてこの集団に関わっているのだろうか。そこが疑問ではある。
「この子が考えた策が混じってるのよ」
少年の両肩をポンと手を起きながら女盗賊が言った。
「ほう。おまえさんの金儲けか」
「なんだよ。悪いかよ……」
「いや、悪くな――」
「悪い」
俺の言葉をさえぎるようにして扉が開いた。
そこにいたのはナーさまだ。
どうやら扉の前で話を聞いていたらしい。
悪い、と断言したのはナーさまは部屋へ入ってくる。
その後ろにはサチが付き従っていた。
「神を騙り、金儲けをするなど。人間種にあるまじき愚行だ」
「ちがっ……オレはそこまで考えてない……あいつらが付け足しただけだ……というか、なんだよ、おまえ! いきなり出てきて説教かよ!」
「そうよ、説教しに来たの」
ナーさまは呆れるように腰に手を当て、少年を見下すような視線を向けた。
「な、なんの権利があって、説教すんだよ。おまえは関係無いだろ。いいところのお嬢様がこんなとこで、おま、おまえなんかに……!」
「ふん。浅はかね」
ナーさまは鼻を鳴らすと――そのままカクンと力が抜けたかのようにその場に倒れた。
だが、そこにはナーさまが立ち続けている。
真っ白で美しいワンピースを着た、神々しいまでの神威を放つナーさま。足元に倒れたナーさまの体は、まさに人形であり、いま立っている姿こそ本物だと言わんばかりの圧を感じる。
サチが瞬時に膝を付き、頭を下げた。
俺も同じく、膝を付いた。自然と体がそう動いてしまう。というか、恐ろしいまでの美少女には自然と膝を付くのがこの世の理というものだろう。
「エラントはちょっと黙ってなさい」
「何にも言ってませんが……?」
「あんたうるさいのよ。ちょっとサチも、余計なこと言わないで」
「……無理」
「もう。これだから人間種はダメなのよ」
そう言われましても、困る。
「な、ななな、何者なんだ?」
ガクガクと震えながら少年はナーさまを指差す。恐れ多い行為だが、恐れ多いことを自覚しているからこそ、震えているんだろう。
「神よ」
少年を守るように女盗賊は後ろから抱きしめている。その腕の力を強めたのが分かった。
神、と答えたことを拒絶しない。
受け入れさせる、納得させるだけの神威が、ナーさまから発せられていた。
「ニセの神を作り上げ、ニセの神官を騙る。これがどういう意味か分かっているの?」
少年は首を横に振った。
「そう。ホントに分からないんだったら仕方ないわ。教えてあげる」
ナーさまはトコトコと歩き、少年へと近づいた。
「偽物の神を騙るのは、神の怒りを買う行為よ。状況によっては、お説教だけで済まない場合もあるわ。『偽物の神』から天罰もくだされることもある」
そう言いながら、ナーさまは中指と親指で輪っかを作るような手の動きをさせた。
いわゆる『デコピン』の構え。
「今後、絶対にやめなさい。いいわね?」
「は、はい……」
「じゃ、これは神を代表して私からの天罰。ちゃんと罰を受けなさい」
カツン、と少年の額にデコピンをくらわせるナーさま。
「あいたぁ!?」
少年は悲鳴をあげるが……痛いで済んで良かったな。
大神の神威というか、そういうのを全開にしたら頭ごと吹き飛んでいきそうなのに。随分と優しい天罰だ。
「ほら、後ろの女も額を出しなさい。なに年下の男に隠れてるの。それでも大人なわけ?」
「い、いえ……は、はい……」
女盗賊は恐々としながら自分で髪をあげながらナーさまの前に顔を出した。そのままギュっと目をつぶって、デコピンを待つ。
「……?」
しかし、いつまで経ってもナーさまのデコピンが来ないので目を開けた。
その瞬間に、ナーさまはデコピンをして、カツン、と小気味良い音が部屋に響く。少年より遥かに良い音が響いた。
「ぎゃぁ!?」
「あははは! 油断するのが悪い」
ひでぇ……神さまが騙し打ちのようなマネをするなんて思うはずもなく。人間種は、全員が引っかかるよな、これ……
「最初に騙すほうが悪いのよ。は? なによ、女。なんか文句あるわけ? 誰がチビよ」
「ひぃ!? 言ってません言ってません!」
「声が聞こえるのだから言ったも当然でしょ。蹴るわよ」
「あいたぁ!?」
ナーさま(神本体)に蹴られて女盗賊は悲鳴をあげている。
仮の姿では痛くなかったが、本物は痛いらしい。
「いい? これに懲りたら、ちゃんと神を敬うこと。別に祈りを捧げろってわけじゃないし、信者になれとも言わない。神を利用するな。それだけよ」
「わ、分かりました」
「はいぃ」
ふたりは神妙にうなずく。
「あ、あの、ところで何の神さまなんですか? と、というか、普通に神さまと話をしてるって、あの、意味が分からないんですけど……」
少年がおずおずと質問する。
その視線は床に倒れたままのナーさま人形と本物のナーさまを行ったり来たり。
「私は『純粋』と『無垢』を司る神、ナー。忘れてもらってもかまわないわ。あなたは私の信者には成れないしね」
「純粋と無垢……」
面妖本を売りさばこうとした少年には無縁の概念だ。
それも仕方ない。
逆に、サチがどれだけ純粋で無垢だったのだろうか……今はその影も形も残っていないのが、世界の残酷さをまざまざと見せつけられている気がする。
「サチはいいのよ。私の神官だもの」
特別枠らしい。
まぁ、いつまでも純粋で無垢でいられないのが人間種だものな。特別枠でも作らないと、永遠に神官を作れないのがナーさまであり、そんなナーさまが小神でいた理由でもある。
俺の裏技のせいで大神になってしまったが。
「そうね。おかげでこんな変な仕事を任せれられるようになっちゃったんだから。ちょっとは私をねぎらってもいいんじゃないの、エラント」
「肩でも揉みましょうか?」
「それはサチの仕事だからダメ」
「あ、はい。足でも舐めます」
「うむ」
あ、いいんだ。舐める許可を頂けてしまった。どうしよう。
「ねぇねぇ、なになに? なんかすっごい気配を――あ、ナーさまだ」
見張りに付いててもらったパルがこっちの部屋にやってきた。
「あなた大物ね。ちょっとはひざまずいてもいいと思うんだけど?」
「なんか、ナーさまって友達って感じだし?」
「気安いわね。ちょっと天罰与えとこうかしら」
「え!?」
まぁ、そりゃそうだ、という感想でしかない。
「え、えへへ、ナーさま好き好き。今度、お供え物しますね?」
「そういうところが気安いって言ってんの。はい、おでこ出して」
「はーい……あいだぁ!?」
ナーさまのデコピンが炸裂した。
あんまり痛くなさそうだったけど、パルの悲鳴が面白かったのでちょっと笑ってしまう。
「はい、ついでにエラントも」
「なんでですか!?」
「仲間外れはかわいそうでしょ。あなたも仲間に入れてあげるのよ。感謝なさい」
「なにが!?」
「神にタメ口とはいい度胸ね。気に入ったわ。蹴り上げてあげるから足を開きなさい」
「すいませんでした! おでこで、おでこでお願いします」
座り込んで額を見せるように顔を出したら思いっ切り足の裏で踏まれた。
素足である。
おぼろげにその向こう側ではナーさまのワンピースの中が見えている。
天界はそこにあったのだ。
「ありがとうございます!」
「そこでお礼を言うからダメなのよ。気持ち悪い。見るな。目を閉じろ変態め」
あ、はい。
すいませんでした。
「神さまって何なの……?」
「分かんない……」
少年と女盗賊が心底理解不能、という感じでこちらを見ていた。
無理もない。
俺も今の状況を俯瞰して見てみても。
やっぱり良く分からないよなぁ。
と、思う。
「師匠って踏まれるのが好きなの?」
ナーさまが足をどけたあと、弟子が純粋に聞いてきた。
ならば答えるしかあるまい。
「いや、踏まれるのが好きっていうよりかは、その状況が好きとも言える。誰でもいいわけではない。踏んでくる相手とその状況がすべてだ。相互の関係性がないゼロである限り、そこに感情は生まれない。大事なのは過程とも言えるだろう。加えて、手を出してはいけない――これは暴力的な意味での手を出すという意味だが、その相手に対してマウントを取られているという状況が、そのままの意味で良い。良いのだ。無邪気に踏まれるのも悪くないが、このように恣意的に踏まれる状況こそ至高と言える。すなわち服装も大事となっており――」
「黙れロリコン」
「あ、はい」
ナーさまに怒られたので、説明はここまでだ。
残念。




