~卑劣! 真夜中の襲撃~
さて、本来なら複数の相手にはより多くの人数で襲撃するのが望ましいが。
「時間をかけすぎると警戒されるからな」
本を売り払った人物を偵察に行った女盗賊が帰って来ない、ということになるとニセ神官たちの警戒が上がる。
下手をすれば本拠地の宿を移動される危険性もあるので、ジックス街の盗賊ギルドへ応援を要請しているヒマはない。
もしくは、女盗賊に普段通りに戻ってもらって、数日後に実行する、という手もあるが。そこまで時間をかけて攻略するレベルでもない、というのが俺の見立てである。
もっとも――
「わたしの指先ひとつで解決させましょうか」
こちらには夜において最強を誇る吸血鬼がいる。
いや、今となっては昼間でも問題ない強さを誇ってしまった存在だ。
身も蓋もない勝利条件が整い過ぎているので、ぶっちゃけ作戦も策も必要ない。
むしろ、敗北条件を提示するのも難しい。
「分からないわよ、盗賊。私が裏切るかもしれない」
油断していたらナーさまが恐ろしい敗北条件を提示した。
「えぇッ、ナーさま裏切っちゃうんですか?」
そんな冗談にパルが大真面目に返答してしまう。
「私の神官を大事にしないと、そうなるわよ。サチをオトリにしたりしたら怒るから」
「……私は別にいいけど」
「サチがダメじゃなくても、私がダメなの。サチと私は一心同体。いいえ、一神同体よ。そんな時は私を利用しなさい。オトリでもなんでもやってあげる」
「おぉ、ナーさま優しい。さすが神さま!」
「ふふふ、そうでしょ。崇めなさい、人間。あなたも光の精霊女王なんかやめて、私を信仰したらいいのよ」
「神官魔法使わせてくれる?」
「ダメ」
「ケチ!」
ニセ神官たちを襲撃するために移動している最中だというのに、恐ろしくノンキな会話だ。
いや、まぁ、神さまに面と向かってケチって言っちゃうのはノンキでも何でもなく、普通に恐ろしい会話の可能性もあるが。
ナーさまにしたって、光の精霊女王ラビアンさまを拒絶するような発言をしている。
まったくもって、会話のすべてが恐ろしい。
不敬に不敬を重ねてるきがしないでもない。
申し訳ないですラビアンさま。
全部冗談ですので、許してください。無邪気な戯れに合わせた冗談ですので、ホント、気にしないで頂けたら嬉しいです。
「そんなあせらなくても、全部分かってるわよ精霊女王は」
珍しく擁護してくれるナーさまだったが、そちらを見るとフンと鼻を鳴らすようにしてそっぽを向いてしまった。
どちらかというと、俺に対してではなく精霊女王に対して擁護しているような感じか。
神さまと精霊女王はまた別の関係性があるんだろうなぁ。
神殿や神官を見ていると、みんな同一的な存在と思えるんだけど。天界では、まったく違うのかもしれない。
「おっと」
ニセ神官たちの根城としている宿に近づいてきた。
無駄話、与太話も夜でも賑やかな王都では良いカモフラージュになる。冒険者一行たちが酔っ払ってすれ違う中、俺とパルは自然と気配を消していく。
足音を消し、衣擦れを消し、呼吸を薄く浅く、風をさえぎらない。自分を空気に溶け込ませるようにして存在を希薄化させていく。
立ち止まった時は石のように。動くときは虫のように。
それが気配遮断のコツだ。
「では、手筈通りに頼む」
女盗賊に声をかける。
少し緊張気味だった彼女だが、ふぅ、と息をひとつ吐くだけで緊張した様子が消えた。偽装しているんだろうけど、このあたりはさすが盗賊と言ったところか。
「裏切ってもいいが、場合によっては死ぬぞ」
「報酬分は働くわよ。こんな美味しい仕事、他にないもの」
前金に加えて金貨一枚という報酬は、まぁそれなりに遊んでも一年は充分に持つ。本来なら破格すぎる報酬額で、逆に怪しく思われるんだが。
一度大量の金貨を見せてお金持ちっていうのをアピールしてるからな。山ほどあった金貨の一枚だ。普通にもらえると考えてもおかしくはあるまい。
「じゃ、行ってくる」
「是非とも少年を保護してくださいな」
「分かってるわよ」
なんとなく頬が赤くなった気がしたが、すぐに消えた。にっこりと普通の笑顔を貼り付けるようにしてから、宿へと向かう。
その手には本が持たれており、ルビーから取り返したことにしてもらっている。全部は重いのでジックス街に置いていて、未回収のまま、という設定だ。
このまま合図を待つために、俺たちは宿の見える範囲で待機することにした。
ま、若い冒険者が街角で夢を語り合うのはよくある話だ。
そんな風に見えなくもない。
少し若返ったとはいえ、おっさんである俺が混ざっているのが不自然ではあるのだが……ま、気配断ちをしているので目立つこともないだろう。
「美少女をハベらせるイケないおじさま、という設定はどうでしょう?」
「却下だ」
「じゃ、奴隷にする? 師匠がご主人さま」
「なんでパルも参加する。却下だ」
「……むしろエラントさんが奴隷」
「いいわね、それ。ふふ。下僕エラント、靴を舐めなさい」
「はい――あ、いいえ。舐めません。俺は奴隷でも下僕でもないです」
危ない。
美少女に靴を舐めろと言われて、拒絶できる男はこの世に何人いるだろうか。そう多くはないことは確実だ。
その内のひとりになれたことを名誉に思う。
勇者よ、俺頑張ってるよ!
なんてアホな会話をしていると――宿の窓に明かりが見えた。
ランタンの明かりは、くるりと円を描くような動きをする。
「合図だ。行くぞパル」
「はいっ」
「ルビーは逃げるヤツの監視を。サチとナーさまは待機」
「……はい」
「分かってるから、さっさと行きなさい下僕」
確認は大事なんだけどなぁ。
なんて思いつつ、行動を開始する。
入口まではルビーといっしょに行動し、ルビーは裏手へと回っていくのを確認してから静かに宿のドアを開ける。
カウンターには誰もいないのを確認したあと、素早く中へ入る。床板の軋みに気をつけるようにパルに合図してから、静かに廊下を進んだ。
部屋割りは聞いている。
5部屋有り、女盗賊が使っているのは奥から二番目。今は少年を部屋に連れ込んでいるはず。まぁ、どんな言葉で誘ったのかは気にしないことにしよう。
それぞれの部屋にはふたりずつ、合計10人。うち、2人は女盗賊と少年なので、4部屋を音を立てることなく攻略しないといけない。
一番手前の扉の前に立つ。
パルといっしょに聞き耳を立て、中の様子をうかがった。
動くような気配は無し。物音もしない。
恐らく寝ているか、もしくはベッドの上で休んでいるか。
「……」
パルと視線を合わせてから、俺は指を立てた。
3、2、1、と拳を握り込んだところで静かに扉を開ける。さすが貸し切りで使っている安宿。鍵はかかっておらず、油断しきっているようだ。
静かに扉を開け、素早く部屋の中に侵入する。
ベッドの上に男がふたり。
酒のにおいが部屋の中に充満している。どうやら酔っているようだ。仕事がやり易くて助かる。
俺たちは足音を殺しながらベッドに近づくと、針を取り出し、遠慮なく寝ている男たちに刺した。
麻痺毒を仕込んであるので、すぐに動けなくなるだろう。
素早く手足を縛り、制圧完了。
「……」
ふぅ、と静かにパルが息を吐いた。
問題ないぞ、と背中をトントンと叩いてから次の部屋へと向かう。
扉の前で聞き耳を立てると――何も聞こえないが、少し人が動くような気配がした。
どうやら、2番目の部屋にいる者は起きているようだ。
運が悪い。
それは俺たちの運か、それとも中にいる者の運かは、考えどころではあるが……眠るのを待つのも億劫だ。
「……」
俺は奥にいるヤツをやる、とパルに視線で訴える。こくん、とうなずくパル。
手前のヤツが起きてたとしても、パルに任せて大丈夫だろう。この集団で一番強いのは女盗賊と把握しているので、奇襲状態だとまず負けることはない。
カウントダウンと共に扉を静かに開け、少し空間ができたところで一気に開けた。
「んっ?」
手前のベッドに寝ている男は無視し、奥のベッド横に立ち上がった女に一気に掴みかかると、布団の上に叩きつけるように倒した。
「なん――いっ!?」
そのまま首筋に麻痺毒の針を刺し、枕を顔を押し付けておく。
弛緩してきたところで手足を拘束して、ベッドに転がしておいた。
ふむ。
全裸だったので武器を取り出されなくて助かった。
殺さずに済んだので、一安心だな。
隣で寝ていた男と『いい関係』だったのだろうか。まぁ、この状況でそうではない訳がないか。
ベッドで寝ていた男もパルが毒針を刺して拘束しているのだが……そっちも裸なので、局部が丸見えになっている。
パルが、うわぁ、という感じでジロジロ見ているで、そっと枕を局部の上に乗せておいた。
「……」
なんで俺を見るんですか、パルヴァスさん。
そんなばっちぃ物を見るのなら、俺のをたっぷり見せてあげま――あ、いえ、なんでもないです。
というか、今はそんなことをしている場合ではない。
女の声が隣の部屋に聞こえた可能性は高い。
警戒度が上がっていると思ったほうが良さそうだ。
部屋の壁に聞き耳を立てる。やはり声が聞こえてしまったか、起きてくる気配があった。
壁が薄くて困るが、出てきてくれるならそれを利用するまで。
パルといっしょに扉の付近へ移動し、待機。
「どうしたー?」
外から男の声が聞こえてくる。
「……」
それに対して無言のまま身構えておき、魔力糸を顕現させておく。扉が開いた瞬間、俺は素早く男の胸ぐらを掴み、部屋の中に引きずり込む。
そのまま後ろに回り込むと魔力糸を首にまわし、首をしめた。
「ぐ、えっ!」
短く悲鳴にも似た呼気が漏れる中、パルが麻痺毒を刺した。しばらくもがくように首の魔力糸を引っ張る男だったが、次第に弛緩していく。
視線だけは動くようで睨まれつつも手足をしばり、素っ裸の男の隣に寝かせてやった。
ちゃんと頭の向きをそろえてあげるだけマシだと思って欲しいので、そんなに睨まないでくれ。
問題なく拘束できているのを確かめたあと、そのまま隣の部屋へ移動する。
扉は開けっ放しなので、楽ができる。中に入ると、女が眠っていたのでこちらも静かに麻痺毒を刺して無力化。こちらは下着を付けていたのでイヤな物を見ずに済んだ。
やはり胸は小さいほうが良い。
そんな分かりきった人類普遍の共通認識を再確認しつつ、廊下へと出る。
4番目の部屋は女盗賊の部屋だ。合図としてノックを二度すると、同じく二回の小さなノックが返ってきた。
問題なし、という符丁だ。
そのまま通り過ぎると、最奥の部屋まで来るが――同時に扉が開いた。
さすがに物音に気付いたらしい。
「何者だ!」
ダガーを振り回してくる男。狭い廊下でガムシャラに振り回してくるのは少し厄介だな、と後ろへ飛び退ると同時にパルが投げナイフを投擲した。
ナイス判断。
「ぐわっ!?」
俺の顔のすぐ横を通り、投げナイフは男の肩口に刺さる。ひるんだところを狙って、俺は廊下の床を蹴り、沈むような姿勢で男の懐にもぐりこむと、立ち上がるような勢いで掌底で男の顎をかちあげた。
がちん、という歯が軋む音と共に男の体が少し浮く。そのままドサリと倒れると、パルが素早く近づいて毒針を刺した。
よし、残りはあとひとり――というところでガチャンと窓が割れる音がする。
どうやら窓を割って逃げたらしいが……まぁ、ルビーに任せりゃ大丈夫だろう。
倒れた男をパルに任せて、念のために最奥の部屋に入る。
中には誰もいず、窓が割れていた。
そこから顔を出すと、ルビーと目が合う。
「こんばんは、師匠さん。夜のデートはいかがかしら?」
「ちょっと忙しくてな。後にしてくれるか」
「残念」
なんて肩をすくめつつも、ひょい、と倒れていた男を窓から放り込んでくる。どんな攻撃をくらったのやら、外傷はないものの意識はない。
とりあえず手足を拘束しておき、麻痺毒を刺してからベッドに転がしておく。
「ふぅ」
問題なく制圧できたようだ。
なにより、パルも充分に動けたので満足まんぞく。
百点満点の襲撃だった。




