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~可憐! 世界地図~

 はふぅ~、とあたしは息を吐いた。

 サチとお風呂から出て、スッキリとした気分。でも、あたしよりサチの方が満足そうな顔をしていた。

 きっと仕事をしてきた後だから、かな。

 男の子たちも疲れた顔をしてたし、サチも疲れてたんだと思う。

 そんなサチを見てたら、そういえば、と思い出して受付さんに声をかけた。


「すいません。あたし宿代を払ってないんですけど、入ってました。いくらですか?」

「あぁ、ごめんなさい。言ってなかったですね。一泊500アイリスです」


 うーん。

 これが安いのか高いのか、それとも普通なのか分かんない。

 銅貨で払える単位。

 銀貨一枚でおつりが出るぐらい。

 でも、ルーキー用の部屋なので、きっと普通の宿より安いと思う。

 この500アイリスっていう値段が払えなくなったルーキーが、娼婦になったりしてるのかも。

 でも娼婦って一日どれくらいお金がもらえるのかな。

 あぁいうお仕事って、どれくらいもらえるのか全然分かんないや。


「あ。えっと、これで」


 財布から少し分厚くなった銅貨を五枚取り出して受付のお姉さんに払った。


「はい、どうぞご自由に使ってください。あ、盗難には気を付けてくださいね。他の冒険者の方に迷惑になるようなことも禁止です」

「迷惑?」

「夜中まで明かりをつけて本を読んだり、部屋の中で鍛錬をしたりです。軽い筋トレやストレッチはいいですが、抜き身の真剣で素振りをするのは危ないので禁止です。ちゃんと裏庭に広場がありますのでそっちでやってください」

「はい、わかりました」


 あと気になったのは……


「他の人たちって宿代は払ってるんですか?」


 サチが払ってた様子がないままで、あたしはそのまま宿に連れ込まれたわけで。だから払うタイミングが無かったんだけど。


「あぁ、それでしたら報酬から引いてます。500アイリスを引いた金額を渡しているので、皆さんはそのまま宿に移動されますよ」


 なるほど。

 と、あたしはうなづくとお姉さんにお礼を言って、階段の下で待っててくれたサチと合流した。

 なんだかんだ言ってサチは変な人だけど、ちゃんと待っててくれたし、話せば返してくれるし、優しい人なのかもしれない。

 でも――

 階段前からちらりと見えた食堂ではイークエスとガイスとチューズがごはんを食べていた。

 男の子組だけで夕食を食べてるみたい。

 後からみんなでいっしょに食べるのかなぁ、と思ってたけど違うみたいだ。


「サチはいっしょに食べないの」

「……口の中を見せるのは嫌」

「へ、へぇ~?」


 肌だけじゃなくて、口の中を見せるのもダメなのかな。

 う~ん……良く分かんない。

 口の中って恥ずかしい?

 鼻の穴は恥ずかしい気がするけど、口? べろ?


「……なにやってるの?」

「んべー。あ、ベロが恥ずかしいのかなって思ったから」


 サチがベロをつかもうと指を伸ばしてきたので、口の中に引っ込めた。


「……ざんねん」

「え~」


 うん。

 やっぱりサチのことは良く分かんないや。

 サチといっしょに宿の女性部屋に戻ると、冒険者の姿が増えていた。みんな定位置が決まっているのか、固まったりひとりで居たりして、各々の過ごし方をしている。

 共通しているのは、みんな疲れてるみたい。ぐったりと寝ころんでいる子もいれば、下着姿になってぽけーっと天井を見上げてる子もいた。

 やっぱり冒険者は重労働なんだなぁ、って感じさせてくれる光景だ。

 ちょっと休憩しないと、ごはんも食べられないしお風呂にも入れないような、そんな雰囲気だった。


「ん……? あ、これって」


 そんな部屋の中を見ていたら壁に一枚の紙が貼られているのに気づいた。

 たぶん、地図だ。

 しかも詳細な地形とか、街の名前なんかが記されてる。

 孤児院にいた頃にも見たことがあるけど、それとはかなり違ってみえた。きっと、孤児院のは子ども向けの簡易的な地図だったのかもしれない。

 もっとおおざっぱで、地形も丸みを帯びてた。それとは違って、もっともっと詳細に描かれている地図だった。

 しかも、その規模は大きい。

 これはもしかして――


「世界地図?」

「……そうよ」


 サチが隣に立って教えてくれた。


「ここって、どこ?」

「……」


 なぜかサチはあたしをじ~っと見た。


「だ、だって知らないんだもん」


 街から出たのだって、師匠に連れられて出たのが初めてだったし。

 あたしの中の世界はこの街の壁の内側だけだった。

 だから、世界で自分がどこに位置しているのかなんて、考えたこともなかったし、考える意味もなかった。

 でも、いまは違う。

 あたしが今、どこにいるのか。

 世界のどこに立っているのか。

 それが気になった。


「……ここ。この点線の中がわたし達がいるパーロナ国。で……だいたいこの辺りがジックス領で、この点がジックス街」


 世界地図でいうところの真ん中から南のあたりかな。

 それがあたしが今いるところなんだ。


「ドワーフ国ってどこ?」

「……ドワーフ?」

「うんうん。師匠に連れていってもらったことがあるの」


 へ~、とサチはうなづきながら地図とにらめっこした。なんだ、サチも知らないんだなぁ、なんて思いながらあたしも探す。


「……あった。ここ」


 ジックス街から見て東の方向にずーっと進んだ先にあるのがドワーフの国、ピードット国があった。

 すっごい離れてるんだ。

 こんな距離を一瞬で移動できるなんて、領主さまが持ってた転移の巻物って凄いんだなぁ。


「……そこそこ経験があるのね」

「へ?」

「……疑ってたわ。ごめんなさい」


 サチはそう言うと、自分の定位置に戻って神官服を脱いだ。また下着だけになって、服の上に寝転がる。

 まだ布団とか毛布とか、そういったアイテムは持って無いっぽい。


「あ、そうだ」


 地図といえば、ひとつだけ確かめたいことがあった。

 師匠にもらった聖骸布のリボン。

 それで感じられた、師匠以外の人の感覚。

 めちゃくちゃ遠いっていうのは分かったんだけど、それがどれくらい遠い人なのか。ちょっと確かめたくなった。

 この世界地図に当てはめて、見ることはできるかなぁ……


「――」


 あたしは目を閉じて、上から見る感じで聖骸布の感覚を感じ取る。

 もちろん、中心があたし。

 で、師匠は……


「あ」


 離れてるけど、ちゃんと師匠がいるのが分かった。方角的には、どこだろう。でも、黄金の鐘亭じゃなくて商業区の方かな? そっちにいるのが分かった。

 うん。

 空から見る感じが、なんとなく出来た。

 だったら……


「あれ?」


 遠い遠いこの気配。

 どこまでいっても、空から見える気がしない。

 ちらりと目をあけて、地図を見てみる。

 この感覚は――地図の一番北よりも上にある気がする。


「……むぅ」


 やっぱり無理なのかな。

 でも、その人が北の方にいるっていうのは分かった。

 師匠はもしかしたら、北へ旅をしてて戻ってきたのかなぁ。


「――あ」


 でも、あたしは気づいてしまった。

 世界地図は、これで完成していないってことに。

 一番上。

 北の端っこ。

 そこが地面の終わりだと思ってたけど、違う。

 そこから上は、魔王領だと書いてあった。

 つまり、世界の北側は魔物の国なんだ。

 地面がなくなるんじゃなくて、人間の世界じゃなくて、魔王が支配してる世界。


「――……」


 師匠の友達は、魔王領にいる。

 んぐ。と、思わず唾を飲み込んでしまった。

 でも。

 なんとなく分かる。

 それが理解できてしまった。

 だって、師匠はめちゃくちゃ強いんだもん。そんな師匠が信頼して聖骸布を預けられる相手も、ぜったいぜったい強いに決まってる。

 いったい何者なんだろう?

 どうして、魔王領にいるんだろう?

 どうして、そんな危険なところにいるんだろう?

 どうして――?

 あ。

 もしかして……


「……魔王を倒す?」


 それは――勇者って呼ばれる人だ。

 でも。

 でも、もしそれが本当だったら。

 師匠は勇者の仲間で……でも、仲間じゃなくなった?


「――それは、無い……よね」


 あたしは誰に聞くわけでもないのに、そうつぶやいてしまった。

 だって。

 勇者が仲間外れをする訳がないもん。

 英雄譚の主人公である勇者さまが、仲間を追い出すはずなんてぜったいに無い。

 もし、そんなことするのなら。

 それは勇者ではない。

 神さまから勇者と認められ、誰もが憧れる存在だもん。

 もしそれが本当なら、その時点で――師匠を仲間外れにした時点で勇者は勇者じゃなくなってるはずだ。

 だから――


「うん」


 だから、師匠が勇者の仲間なわけがない。

 きっと、勇者とは別の目的で魔王領にいる人だ。

 もしかしたら、凄い宝物を探しているのかもしれない。魔王領でしか見つからない宝石とか、宝物とかを探してる人だと思う。

 だって師匠があんなに宝石を持っていたんだから。


「そうだよね」


 そう、思う。

 そう思うことにした。

 あたしは頭を横に振って考え事を追い出してから、サチの隣に座った。

 そんなあたしをサチはちらりと見てくるけど、何も言わなかった。

 ありがとう。

 きっと、いま、あたしは何を聞かれても返事できなかったと思う。

 それくらいに、あたしは師匠のことを考えていた。

 ちっとも考え事を追い出すことなんて、できてなかった。

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