~卑劣! 教えて色街ルール~
キセルから煙を吸い込み、娼館エクスキューティの主たるドーミネさんはゆっくりと紫煙を吐き出した。
尖らせた唇には真っ赤な紅がひかれている。それがケバケバしく見えないのは、やはり顔立ちの美しさだろう。
紫煙が天井に当たり拡散していく。
それが消えない内に、俺は最初の質問をした。
「学園都市以外で冒険者が見つかったという報告は?」
「まだ無いね。もしあったとしても、発見は不可能なレベルじゃないかい」
もしルーキーの少女が王都で娼婦になっていたとしても……よほどの知り合いではない限り見つけるのは不可能か。
それこそ、男からしてみれば化粧をして美しくなった少女を見抜けない可能性もある。
女は化ける、とは良い意味でもあるし悪い意味でもあるのだが。
この場合は悪い意味でしかないな。
「……そうだな。学園都市は、あくまで偶然発見された話ってわけだし。それこそ身内レベルではないと気づけないか」
ふむ。
そうなると、次の質問は――
「この色街で冒険者ルーキーは?」
「いる。ただし、これは真っ当な理由で色街に来た娘だよ。詐欺にあったとかじゃなく、単純に失敗しただけさ」
そればっかりはどうしようもないね、とドーミネは肩をすくめる。
初期投資を取り戻せない失敗をしてしまったら。
単純に、依頼を失敗して持ってるお金が底を突いてしまったら。
宿に泊まるお金が無くなったら。
装備品を失くしたら。
致命傷を負ったら。
他にもいろいろとあるが……そういった理由で女性冒険者は娼婦となる。もちろん、娼婦と限ったわけではないが、いち早く冒険者に復帰できるのはやっぱり高額な給金をもらえる娼婦であり、覚える仕事も少なくて済む。
それに加えて需要は無くならない。ぜったいにゼロにならない。いつだって求められている仕事だ。
そう。
娼婦とは真っ当な仕事だ。
だからこそ、男も女も求める。
「……ルーキーの男娼はいるのか?」
「いや。ここ最近で、冒険者から男娼になったヤツはいないね。少なくともあたしの情報には無い。もとより男娼の数は少ないからね。逆に新人の情報は確実にまわってくると思った方がいいよ」
ぜったいとは言い切れないが、確実にゼロ……か。
ふむ。
「やはり男は殺されていると考えた方がいいか……ドーミネさんの意見はあるかい?」
「そうさね。男娼は稼ぎが難しいからねぇ。借金を作らせて色街で働かせるには、効率が悪すぎる。あんまり使えない手だとあたしは思うけど」
「けど?」
「犯人の目的がお金じゃなければ、その限りではない。そう思っただけさ」
「他にメリットがあるかもしれないと?」
「ゼロじゃないだろ。男が泣かされてる姿が好きな変態もいるし。男を抱くのが趣味な貴族さまなんて、掃いて捨てるほどにいるからね。ショタコンなんて珍しくもないよ」
ショタコンねぇ。
ロリコンと同じくらい、なんというか、イメージが悪いよなぁ。
未成熟な少年が活躍する物語『ショータ・ローゥ』。
未成熟な少女が活躍する物語『ロリータ・ペドゥ』。
どちらも有名な作品ではあるが、有名であるが故にある種の好みを揶揄する言葉になってしまった。
曰く――
ショータ・ローゥ・コンプレックス。
略してショタコン。
ロリータ・ペドゥ・コンプレックス。
略してロリコン。
路地裏で生きていたパルでさえ知っていた言葉なので、誰もが知る負の概念っていう感じか。
「貴族さまの趣味か。それだと厄介だな」
いわゆるマッチポンプ。
新人冒険者を困難な状況に追い込み、それをワザと助けてやる。人を使えば出来ないことはないし、貴族ならば誰だってそれぐらいはできる。
あとは助けた礼をよこせ、と脅せば完了だ。
女は娼婦にして男は性奴隷にして飼う。
想像するだけで背中に虫が這いずり回る気がした。
しかし。
貴族が相手となると、証拠をつかんで告発しても、どこかで握り潰される可能性がある。
確実な証拠を、より上位の貴族に報告しないといけないのだが……
「領主さまにも一応は聞いてみるか」
「そういえば、あんた。領主に伝手があるんだってね。なにやったんだい?」
「ちょっと寄付しただけさ」
「ふーん。ちょっと、ね」
ドーミネさんの視線が俺に刺さるが、適当にそらしておいた。
「あぁ、そうだ。さっき娼館でもない所で娼婦に誘われたんだが……あれは、問題にはならんのか?」
話をそらす意味もふくめて気になっていたことを聞いてみる。
「あぁ、立ちんぼかい?」
「立ちんぼ?」
聞きなれない言葉だ。
「いわゆる客引きだよ。他の街ではどうなのか知らないけど、この街では当たり前になってる。暗黙のルールみたいなのがあって、声をかけていいのは店の周囲だけ。もし隣の店の前でお客さんに声をかけていたのが分かったら、それなりの報復が待ってる。店もそうだが、娼婦自身が罰を受けてもらうことになるよ」
「……なるほど。それだと、裏路地にまで目をやっていないよな?」
「まぁね。だけど相当なリスクがあると思った方がいいよ。少なくとも、このあたしが現役でもやらなかった行為だ。無事に娼婦を続けていたいなら、まず間違いなく守るルールだね」
「それは、あくまで娼館に所属している場合……だろ?」
「野良がいるってのかい?」
分からん、と俺は素直に言った。
「分からんが、もしも娼館を構えることなく営業してるヤツらがいるのなら。どこかに混ざって娼婦といっしょに立ちんぼをやってるんじゃないか?」
「さすがにそれは……普通にバレないかい?」
「おひるね勇者さま、はどうだ? この街一番の娼館なんだろ。逆を言えば、所属している娼婦の数も多いはずだ。だったらいちいち気にしていないかもしれない」
「もしそれがあったら、それは娼館失格だ。ちゃんと管理しておかないと、余計に面倒なことになる。荒唐無稽な意見だね」
ドーミネさんは肩をすくめるが……
俺の言いたいこととは違う。
「いや、それはあくまで娼館側の意見だ。俺が言いたいのは、娼婦から見た娼婦、だ」
管理している側の話ではなく。
あくまで個人視点の話だ。
「……そうか。知らない娘が混ざっていても気にしないってことね」
「あぁ。どうせ立ちんぼは若い娘や新人がやるんじゃないか? 大窓にも立てない娼婦のルーキー。そこに混ざっていたとしても、新人同士、ルーキー同士だから気づかない。それは有り得る話か?」
ドーミネさんはしっかりとうなづいた。
「有り得るね」
「そこらへん、探りを入れてもらってもいいかい? もし野良娼婦がいたら捕縛して欲しい。あくまでも被害者の可能性があるから手荒な拷問は後回しにしてもらえると嬉しいが」
「あぁ、分かったよ。あんたの銀貨一枚で働かせてもらう。もしそれが本当なら色街全体の問題さ。追加料金はいらないよ」
「分かった。よろしく頼むよドーミネさん」
俺はそう言って立ち上がる。
そんな俺を見て、おや? と彼女は不思議そうな顔で見てきた。
「遊んでいかないのかい? 銀貨二枚にオマケしとくよ」
「遠慮しておくよ」
「そうかい? 今ならまだ時間が早いし、ナンバーワンの娘も空いてるよ。ちなみにさっきの娘はナンバーツーだ」
「いや……俺は。あぁ~、本当に遠慮しておきます」
「どうしてだい?」
「……童貞なんで」
「マジ?」
「マジ」
「あはは! そりゃしょうがないね。覚悟が決まったらおいで! 無料にしてやんよ。ただし、童貞を捨てた後だったら普通に金を取るからね。あたしに嘘はつけないと思いな!」
「はい、ありがとうございます……?」
この場合、お礼を言うのがあってるのか間違っているのか、良く分からなかった。微妙な返事になったけど、ドーミネさんはケラケラと笑う。
まぁ、とりあえずの行動方針は見えたか。
いろいろと謎が深まったが、それでもジックス街でやれることはまだまだある。
少なくとも情報は集まってきているし、調べないといけないことは確実に増えた。
もっとも――
それらは確証の無いものばかりなのでしっかりと調べていく必要がある。どれが間違いで、どれが正解か。
もしかしたら全て間違っている可能性も充分にある。
無いよりはマシ、程度かもしれない。
それでも、だ。
それでも何もできず袋小路に迷い込むより、よっぽどマシ。
まだまだ道は見えてこないが、道が無くなってしまうよりは状況が良い。
「それじゃ、今度こそ」
「あぁ、こっちは任せといて」
ドーミネさんに見送られて、俺は部屋から出る。
ドアをパタンと閉めて、ふぅ~、と一息つきたかったが……
「――あぁ、ん、ん、あ、あ、あぁ!」
どこからともなく艶っぽい声が聞こえてきたので。
「……くっ」
俺は逃げるように娼館エクスキューティから出ていくのだった。




