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~卑劣! ママは饒舌語源性~

 部屋で待つこと数分。

 外から近づいてくる足音と気配に聴覚を研ぎ澄ましていると、反応がひとつ。

 盗賊スキル『聞き耳』。

 本来は洞窟や遺跡、ダンジョンなどで使用するスキルだが……まぁ、街中で使えなくもない。

 もっとも――周囲が静かな状況じゃないと、まるで役に立たないスキルだけど。

 さて。

 やってきたのは従業員か、はたまた目的の人物か、と思った時にはドアが開いていた。


「ギルドの使いかい?」


 ノックをすることなくドアを開けたのは……女性だった。

 失礼な言い方をすると、ギリギリ女性と言える年齢であり、マシな言い方をすると魅力的な女性、と言うべきか。

 あえて失礼な言い方をするとババァだ。

 俺から見れば、間違いなくババァだった。うん。

 紫色のドレスを着て、胸元がざっくりと開いて谷間が見える。

 ただ、それが下品に見えないのはその顔立ちのせいだろうか。

 昔は相当な美人だった、というのが今でも見て取れるのが凄い。それこそ、どこかの王妃様になっていても不思議ではない美貌の持ち主が勝気な表情で部屋の中に入ってきた。


「いや、ギルド関係ではあるが直接の使いじゃない」

「ふーん、見ない顔だね」


 彼女はそう言うと向かい合う椅子に座った。スリットのあるスカートを気にせず足を組む。

 ふーむ。

 いちいち動作が美しい。

 嫌味たらしくない気品のある動きは、それこそ貴族には必須なのだが……この女性もまた、その所作を身につけているようだ。


「新人のエラントだ」

「ほう、あんたがデブの始末をしてくれたエラントね。話は聞いてるよ」


 どうやらクラッスウスを倒した話は、それなりの立場ならば全員が知っているようだ。逆に言えば、ギルド内でも相当に邪魔だったんだろうな。

 まぁ威張り散らしているだけで不利益しかギルドにもたらさないのであれば早々に退場願うしかない。

 その役目が、ちょうど俺になっただけ。もしも俺がいなければ、誰か別の人物が対応しただろう。


「あたしはエクスキューティの管理を任されてるドーミネだ。よろしく頼むよ、新人さん」

「あぁ。よろしく、ドーミネ(娼婦)さん」


 差し出してきた彼女の手を握る。


「そのままな名前なんだな」

「しょうがないさ。仲間内でそう呼ばれてたら、あれよあれよとここまで来ちまった。今さらマトモな名前も名乗れないし、最近じゃすっかりママと呼ばれているからね。結局、あたしらみたいな人間は、名前なんて記号と同じだ。そこに意味があるだけで、意義なんて無いんだよ。そうだろ、『彼らはさまよう』サン」


 そう言われてしまっては、俺も肩をすくめるしかない。

 もっとも――

 俺の場合は、そこに意義があるだけで意味がない名前になっているが。


「それで、要件ってのは何だい? 女を買いに来たようには見えないねぇ」

「冒険者の件だ」


 あぁアレね、と彼女はキセルを取り出し、タバコ草に火を灯した。赤く灯ったタバコ草をキセルにセットして、ふぅ、と紫煙を吐き出す。


「まず聞きたいのは、発見された新人冒険者の娼婦だ。聞けば借金返済がどーのこーのと言ってたが、その相手を捕まえれば早いはず。なぜそれをやっていない?」


 事件というか、この仕事の発端たる少女の保護。

 そのルーキーに話を聞けば、全て解決する話のはず。だが、それをやっていないという事は、そこに理由があり、そこに何か鍵があるはずだ。

 まずはそれを確かめないといけない。


「その娘、どこで発見されたと思う?」

「……なに?」


 もしかしてこの街ではないのか?


「遠い遠い南の方のなんとかって国だ。そこに冒険者が訪れた時に見かけたそうだ。新人で目をかけていたのか、それともたまたま覚えていたのか。その冒険者が声をかけて分かったことだ。ジックス街のルーキーだったな」

「それならば、やはり怪しいところは無いんじゃないか? 単純に冒険に失敗して借金でも作ってしまったから、逃げるようにこの国から出て行った。その途中で更に借金を作ってしまったから身体を売って返済している。そういう単純な話に思えるが……」

「それだったら返していいんじゃないか、冒険者の証を。早々に引退する奴だって珍しくない業界だろ。その娼婦はさ、冒険者の証を持ち続けていたっていう話だ。つまり、諦めてないんだよ。その娘は、まだ冒険者のままなのさ。いずれ帰ってくるつもりで娼婦を続けている」

「……理解が、できん」

「あたしもさ」


 その新人冒険者は、冒険者を諦めていない。

 でも、遠い国に移動している上に娼婦になってお金を返している。

 まるでちぐはぐだ。

 状況と行動が合致しているようで、していない。

 なにより、国を移動しているのが不可解だ。


「その……国の名前は思い出せないか?」

「あ~、なんだったか。いや、覚えていたんだが忘れた。ほら、アレだよ。魔法とか研究してるっていう国」

「学園都市か」


 それだ、とママはキセルで俺を指した。


「ちょっと待て。おいそれと行き来できる距離じゃないぞ。それこそ転移の巻物でもない限り、早々とそんな話が伝わってたまるか」

「だから、それが最新情報だ。新人冒険者が消える頻度が高いって話だろうけど。そうホイホイと消えてるわけじゃない。あくまで頻度が高くて、怪しいってだけさ」

「なッ――!?」


 くそ!

 こいつは思っていた以上に厄介な依頼、というわけか。


「というか、この程度の情報は知ってると思ったんだけどな。この基本情報を渡してないって薄緑エルフは何をやってるんだ」


 確かに。

 しかし、俺の立場はまだまだギルドの中でも下だ。

 それを考えると――


「ルクスにしてみれば、新人教育の一環なんだろう。クラッスウスを倒す実力は示したが、他の能力はまだ何も見せてないのでな。なによりギルドからの依頼はこれが初めてになる。なるほど、聞いてみたらアセる状況ではないようだ。じっくり構えて達成する依頼だな。なんなら、俺の持ってる金もギルドの養分にするつもりだろうさ。あのゲラゲラエルフは、まだ俺を信用しちゃいないんじゃないか」


 現に、ここに入る代金として銀貨を払ってしまっているしなぁ。

 その金は巡りめぐって盗賊ギルドに納められる。その一部が俺のお給料になって戻ってくると考えると……なんとも複雑だな。


「シケた商売をしてるねぇ、まったく。ほら、基本情報のお金なんてもらいやしないよ」


 と、銀貨二枚を返してくれた。


「あと一枚払ったが」

「ここから先の情報代金さ。いらないなら返すけど、どうする坊や」

「ありがたく払っておくよママ」


 はぁ、と俺は肩をすくめる。

 思った以上に不可解で厄介な依頼だ。

 もしかすると事件性が無く、ただの勘違いだった、なんてオチも待っている可能性もある。

 まったく。

 こいつは、なかなかハードな依頼になりそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妙齢(うら若い年頃)なのかババアなのかどっちや 多分妙齢の意味の勘違いだろうけど
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