第27話「少女と聖霊の過去」
初めて聖霊と会った日――聖霊という存在を知った日。
家族も友達もいない少女には、水色の髪を靡かせ微笑む聖霊が天使に見えた。
身寄りのない子どもが暮らす施設は、少女にとって地獄であった。施設の大人は子どもを痛め付けることでストレスを解消していた。いや、ストレスなどなくとも、子どもを痛め付けることに快感を覚えていた。
「このクズ! 捨てられた分際で逆らう気か!」
「もうだめ! これいじょうは――これいじょうは!」
「黙れクズ! ウチがクズをどうしようが関係ねえだろが!」
「いやっ!」
施設の大人が暴言を吐くのは当たり前。目が合えば蹴られ、無視すれば殴られるのも当たり前。髪を掴まれ床に叩き付けられることも当たり前。暴言を少女に浴びせながらも、その口元は緩んでいる。
「……ごめん……なさ……い」
「聞こえないね? もう一回言えよ」
「ごめん……なさい」
「はあ? クズが謝ったくらいで何になると思ってんだ。クズはクズ。許してほしけりゃあ――」
大人は少女の顔を掴み上げ笑みを浮かべる。
少女は安堵した。ようやく許してもらえると。
「――死ね」
笑みを浮かべたまま冷徹な言葉を告げる。よく見ればその目は一切笑っていない。
少女は怯えた。涙を流した。何度も何度も謝った。
「ごめんなさいっ!!」
「っち! キャンキャンうるせえ! そういうのがイラつくんだよ!!」
そこで意識は途切れた。聖霊と初めて会った日の最後に見たのは、悪魔のような施設長の顔。
※ ※ ※
初めて人間と話した日――人間に存在を認めてもらえた日。キャラメルアッシュ色の髪を靡かせ笑顔を向ける人間の少女が天使に見えた。
「ワタクシのことが分かるのですか?」
「わかる! わかるにきまってるじゃん!」
「決まってる、ですか」
「ひとりなの?」
「はい。仲間を捜しているのです」
「まいご?」
「そのようなものでしょうか」
「ワタシもさがしてあげる!」
「それはありがたい申し出ですがお断りします。ワタクシと一緒にいてはご家族が心配してしまいます」
「ワタシ、かぞくいない。あんなのかぞくじゃない!」
「ご家族と喧嘩でも?」
「けんかじゃない。じごく」
「地獄?」
「かえったらころされちゃう。かえりたくない! にげたい!」
「そんなことないです。ご家族なんですから」
「ほんと?」
「はい」
そこで少女と別れたものの、なんだか胸騒ぎがするため付いていく。そこで聖霊は信じられないものを目撃した。
「なんてことを!?」
施設長が少女を一方的に痛め付けている。聖霊が耳を塞ぎたくなる言葉を浴びせられている。
「許せません。大人のすることですか!」
少女が気を失った瞬間、聖霊は施設長の前に飛び出した。本来、人間が聖霊を見ることはできない。施設長も例外ではなかった。
「な、なんだ!?」
何もないはずなのに。気を失っている少女以外に誰もいないのに。自分の首筋に伝う感触に青ざめる。
「この子以外にもこういうことをしているのですか!」
「か、風なのか!?」
「聞こえるわけありませんか。久々にはらわたが煮えくり返っています!」
施設長の首に手をかけ力を込める。力を込めていくほど、施設長の顔に苦悶の表情が浮かび上がる。
「あ……っ!? えぇぇ……っ」
「許してほしければどうすればいいのでしたか?」
「……っ……っ」
「ご自分の言葉に責任を持ちなさい。さようならです」
施設長の首が折れる音が静かに鳴った。
※ ※ ※
少女は目を覚ます。頭は聖霊の膝の上。
「ここはどこ?」
「先ほどワタクシたちが会った場所です。今夜は星が綺麗です」
「みんなは?」
「ご心配なく。貴女以外の子どもたちはご無事です」
「ほんと?」
「はい」
聖霊は優しく答える。知らない方が幸せなこともあるのだと自分自身に言い聞かせながら。
施設長の首を折ったあと施設内を見回り、五回も大人の首を折った。施設内で首折りを免れた大人は一人だけ。首を折った六人の身体は水分を抜いて土へと埋めた。
「かえりたくない」
「もう大丈夫です。それにワタクシも貴女の側にいることに決めました」
「ほんと!」
「はい。安心してください」
「うん! これからよろしく! ワタシはミルフィー!」
「ミルフィー様ですか。素敵なお名前ですね。ワタクシはヴィーネと申します」
「ヴィーネ! よろしくヴィーネ!!」
その後、二人はまもなく契約を交わし、数年後施設を出てすぐ聖霊捜しの旅に出た。
※ ※ ※
「……ィー! ミルフィー!」
「!?」
目を閉じてドラゴンの咆哮を覚悟していたミルフィーに届く声。目を開いて飛び込んできたのはマオの背中。
「まだ諦めるには早いよ! オレたちは生きてるんだから!」
「生きて……いる」
「本当に諦めるのは、死んだときだけで充分だ!」
マオはドラゴンの咆哮を防ぐ。その手には、白い大きな盾が握られていた。




