第28話「頬の痛み」
レストランをあとにしたマオは、チイの家に真っ直ぐ向かった。カムアもネルガも満足げである。
「ただいま」とマオが発した瞬間、ドタドタと駆けてきたチイは身体にタオルを巻いていた。髪はキュッと縛っている。
「いいときに帰ってきた! マオちゃんにお願いがあるんだけどさ」
「その前に服着てよ!?」
「そういうわけにもいかないのさ。マオちゃん。これをアタイの背中に塗ってほしいんさ」
チイが手に持っているビンには『オイル』と書いてあった。美肌になるらしいのだが、それを聞いたマオは首を傾げた。
「必要ないよ。もう充分に綺麗だよ」
「嬉しいことを言ってくれちゃって。だけど塗ってほしいんだ。女は美を追うものさ」
「オレには分からないよ。それにどうしてオレなの。自分で塗ればいいじゃないかな」
「背中にも塗りたいんだ。自分じゃ届かないさ」
「どう……しても?」
「どうしてもさ」
「分かったよ。オレが塗るのは背中だけだよ」
「そうかい? どうせなら全身と思ったんだけど」
「せ、背中だけ!」
「恥ずかしがりなマオちゃんは可愛いさ」
チイは、クスクス笑いながらタオルを取る。マオに白い背中を見せびらかすかのように。しかし、実際には背中より下も見えている。
「マオ! アタシに代わりなさい!」
チイの一糸纏わぬ後ろ姿にボーッとしてしまったマオの隙を突き、カムアが憑依した。オイルの入ったビンを受け取ると、掌に出す。
「お手柔らかにお願いさ」
「塗ります――」
「――ひやっ!?」
マオの手が背中に触れた瞬間、チイから発せられた声は妙に色っぽいものであった。
「案外難しい」
「ちょっ――マオちゃんっ――!? その触り方――」
「普通に触ってるだけだよ?」
「――そう? でっ……もっ……ん――っ!?」
身体から力が抜けて立てなくなったチイは四つん這いになる。後ろに振り向いたチイの瞳は潤んでいた。何かを訴えるように熱を帯びている。
「チイさん。だ、大丈夫!?」
マオの方に身体の向きを変えると、そのまま無理矢理マオの身体を押し倒した。
正直カムアは困惑している。チイに覆い被され焦る。迫りくるチイの表情は、カムアから見ても緊張してしまうほど。
「チイさん!?」
「アタイ……アタイ――」
「――ごめんっ!」
パチンッと頬を叩く音。マオの掌は痺れ、カムアの心は痛む。「チイさんは悪くない」と言い残して部屋に駆けていった。
「叩かれちゃった。何をやってるんだか、アタイは。そこまで寂しい女になった覚えはないさ」
叩かれた頬を押さえながら、唇を噛み締めて天井を仰いだ。




