第27話「恋の病」
店の扉のベルが鳴る。カランカランと客を迎い入れる。
店番をしているコノハの視線が動く。今日初めての客だからではない。一人の客を待っているのだ。
(違ったのじゃ)
本当は喜ぶべきで歓迎するべきだ。わざわざ足を運んでくれることを感謝するべきだ。
レジに置かれた掛け時計。客が会計を待っている。久々のお買い上げ。本来ならば騒ぎたくなるほど嬉しいことだ。
「すみません」
「ふぁい!?」
しかし、今のコノハの感情は躍らない。接客する気力すら起きない。
「どうかされましたか? 元気がないようだが」
コノハに声をかけた男性は、杖をついた金髪金髭のダンディーという言葉が似合う老人。
「いえ! ちょっとボーッとしてました!」
「心をどこかに置いてきておるように見える」
「皆目見当もつかないのじゃ」
「自分を誤魔化す必要はない。時間はあっという間に過ぎていく」
「誤魔化す?」
「無駄に長く生きているので分かる。恋の病にかかっているのだよ」
「こっ、恋!?」
コノハの心臓が高鳴る。恋という単語に身体が熱くなる。
「恋の病は厄介だ。ワシもかつてあった」
「どうやって治したのじゃ?」
「相手に気持ちを伝えただけだ。あのときは心臓が飛び出るかと思った」
「どうなったのじゃ?」
「こうなった。シワだらけの指には派手だがね」
男性の指に輝くルビーの指輪。男性の碧眼と相まって、いっそう眩しく見える。
「気持ちを伝える、か」
掛け時計を袋に包んで会計する。それはそれはテキパキと。男性にそれを笑顔で手渡した。
「老いぼれのノロケを聞かされても迷惑だろう。だがね。一度去った時間は戻らない。時計屋の人に話すのは野暮だったね。今日は結婚記念日なんだ。二人で同じ時間を精一杯刻もうと思っている。この店に来てよかった。ありがとう」
「こちらこそじゃ! 貴重な話とお買い上げありがとうございます!」
頭を下げて男性を送り出す。扉のベルもカランカランと送り出す。再び静かになった店内。
「あたくしは恋を……この気持ちが恋なのか」
深呼吸して気持ちを落ち着ける。自分の心と改めて向き合う。高鳴る心臓に手を当てて自問自答。
「まったく。懐中時計とルーペのほかにも渡さなければならないのじゃ」
コノハはハッキリと自覚した。自分がジャンに惚れていることを。




