第十章40 『一緒にやろうや』
「――ちょっとちょぴっといいか、色男。二人っきりで話したいんだーがー?」
そう廊下で呼び止められ、振り返るスバルの前に姿を見せたのは『黒狗』だった。
メルティとの話を終え、ラッセルの下へ向かうという彼女と別れたスバルとベアトリスは、戦いの消耗で深い眠りに落ちたクルシュの容態を確かめにいくところだった。
そこに『黒狗』が、まるで待ち伏せしていたみたいなタイミングで――、
「いや、まるでじゃないのか? 俺たちを待ってた?」
「なんだどうした、意外で予想外ってツラをして。オレが『白羊』とお前たちの話し合いに割って入ってかなかったのが案外存外意外で仕方ないって?」
「実際そうだよ。お前、お預けとか空気読むとかできたんだ」
「そりゃまた心外なご評価だことでご結構だ。で、オレの申し出への答えはどーだ?」
「どうって、二人っきりって話? 別にいいんだが……」
言いながら、スバルはベアトリスと繋いだ手を持ち上げる。
『愛し子』との戦いで分断工作されたばかりだ。マナの消耗や、ベアトロミンの補充のことも考えて、今はベアトリスと離れ離れになりたくない。
「なんで、ベア子と一緒だから二人っきりってのは無理だ。甘めに見積もって、せいぜい二・五人だな」
「それ、ベティーとスバルのどっちが半人前カウントなのかしら。そもそも、スバルと一緒のベティーの頼もしさは百人力レベルなのよ」
「聞いたか? そういうわけで、百二人っきりってことになる。かなり大人数のひそひそ話になるが、それでいいなら付き合うぜ」
「詭弁と屁理屈でご苦労様だ。いーさいーさ、百人に告げ口されるより、最初からお前ら二人セットで数えた方がまだマシで望ましい。リョーカイだ」
告げ口とは、なんだか悪いことをしているみたいで気が咎めるが、話す気になったらしい『黒狗』に水を差すのもなんだ。そのまま、人がこないのをいいことに、スバルはベアトリスと一緒に廊下で『黒狗』との話を続ける。
ともあれ、わざわざ『黒狗』が待ち伏せまでして話したかったこととは――、
「――どうせ『白羊』からあれやこれやそれや聞いたんだろ? オレたちがどういう経緯と流れで、いけ好かない奴の下にいるのかって話をだ」
「わかんないとこも多いけどな。メルティちゃん本人も記憶が虫食いだらけだって困ってた。でも、一番大事なところの話は聞けたよ。――望みと覚悟だ」
「それに、ベティーたちも手を貸すと約束したかしら」
「ほー、お優しくて懐のお深いことで何よりだ。あの人間不信を崩すとはねえ」
人間不信とは、メルティに似合わないようで、そうとも言い切れない評価だ。
『人誑し』の力を持って生まれたメルティは、他者の善意を心から信じ切れない。向けられる厚意がその人由来のものなのか、自分の力が原因なのかわからなくて、だ。
それを区別することに意味があるかないか、それは外野が気安く論じていいことではない。――もしかすると、そのもどかしさは『黒狗』にもあったのかもしれない。
いずれにせよ、『黒狗』はメルティをよく見ている。
「けど、それだとますます『黒狗』って……」
「不憫なポジションの可能性が高まる悲劇の男なのよ」
「なんだどうした、お前らのその目は! 勝手に気ままに人を哀れむな! 第一、オレと『白羊』はそんな関係じゃない。確かにあいつがへこたれてると、むず痒くてうずうずして辛抱たまらなくなるところはあるが」
「「じ~」」
「よせバカやめろ、そーじゃない! オレにとって『白羊』は……そう、ペットみたいなもんだ。思ったように躾けられなくてイライラする。もっとああすればこうすればって器用な目が浮かぶのにそれができない。それでついつい手も口も出ちまうのさ」
「それって、ペット扱いってより……」
自分たちの関係の言語化に成功した面の『黒狗』だが、スバルにはそれがペットよりもっと血の通った関係――親目線のそれに近いものに感じてならなかった。
「――。メルティから、お前には『記憶』も『名前』もないと聞いたかしら。それは本当のことなのよ?」
それを指摘していいものか、迷うスバルから話題をさらうように、ベアトリスがそう『黒狗』に水を向ける。それに『黒狗』は両手をひらひらさせ、
「それが自分を自分も周りも覚えてないって意味ならそーだ。笑っちまうだろ? 自分がどこの誰さんなのか記憶も記録もない。オレはこのでかさで生まれた赤ん坊かぁ?」
「それはきついだろうな……」
おどけた態度の『黒狗』だが、その孤独な境遇は、ヴォラキアで目覚めた直後のレムが一番近いと言えるだろうか。
ただ、そのレムには彼女を覚えているスバルがすぐ傍にいた。それはそれで、スバルの立ち回りの下手さでずいぶんとレムと軋轢を生む羽目になったが、もしもそれすらない状況に、レムが一人で放り出されていたらと思うとゾッとする。
そして『黒狗』は、そんなゾッとする境遇に置かれた寄る辺なき立場だったのだ。
「自分の手掛かりとか、何もないのか?」
「……『六枚舌』に合流したおかげで、『暴食』の大罪司教絡みが間違いないってのはわかったし掴めた。でもけどそれだけだ。取っ捕まってる『暴食』と話せたら話は違ったかもしれないが、奴さんとの面会のチャンスがくる前に」
「ロイは殺された、か。そのまま、今は俺たちと行動してるもんな」
「イグザクトリィ~」
上手に現代語を使いこなす『黒狗』だが、その『記憶』と『名前』がないという内実こそが、彼がそうした知識を違和感なく取り込む土壌の理由なのかもしれない。
そんな儚い心証を覚えるのと同時に、スバルは「けど」と眉を顰める。
「これは何の話がしたくてセッティングした時間なんだ? お前の事情を俺たちも知ったぜって、相互理解の場面? それはそれで仲間意識は深まる感あるけども」
「は! 仲間意識ってのは笑えて悶えたくなるいーい表現だ。確かにオレたちはお仲間だろーさ。――『銀狐』にいいように利用されてる仲間だ」
「……ラッセルさんに、利用されてる?」
わずかに声の調子を落とした『黒狗』、その言葉はこれまでの『六枚舌』との同行を余儀なくされた二ヶ月、それを指したものとは違った意味合いに聞こえた。
無論、ラッセルがスバルたちの立場や能力を利用していることは自覚している。スバルたちも、『六枚舌』の力を借りているという意味ではお互い様のつもりでいた。
しかし――、
「『銀狐』の奴はお前らが思って考えてるよりもっともっともーっと嫌な奴さ。手駒扱いのオレたちに与える情報は慎重に入念にコントロールされてる。例えば……」
「例えば?」
「お前らが城で大人しくしてると思ってるお姫様だが、どうやらおんなじ境遇の別のお姫様と城から逃げたって話だ。今や、陣営丸ごとお尋ね者ってわけだな。そういうこういうお話を、『銀狐』から聞かされちゃいないだーろ?」
「な……っ!?」
大げさに首を傾げた『黒狗』の言葉に、スバルは凝然と目を見張る。
王都のルグニカ王城に軟禁されているはずのエミリア。――彼女が大人しくしているとはあまり思っていなかったが、脱走の話は寝耳に水だ。
脱走したということは、何かから逃げなくてはならないと判断したということ。それは彼女の身に危険が迫っているのと同義であり、すぐにでもその安否を――、
「落ち着くかしら、スバル。――『黒狗』、今の話の根拠は何なのよ。ロズワールの友達の『銀狐』もだけど、お前だって相当キナ臭い立場かしら」
「――っ、ベア子」
そのスバルの焦りを、努めて冷静にベアトリスが引き止めた。彼女のその問いに、『黒狗』は「オイオイ」と右に左に首を傾け、
「言ってくれるし疑ってくれるぜ、チビッ子。さっきは傷も治してくれて、『灰星』たちを助けるのにもオレを送り出してくれたじゃーないか」
「緊急時とそうでないときで対応は変わるものなのよ。メルティは腹を割って話したかしら。いい加減、お前もそうするときなのよ」
「――。正しくて揺るぎない、まーさーに正論ってやつだ」
ベアトリスのはっきりとした言い分を認め、『黒狗』は大きく肩を落とした。それから彼は被った頭巾を後ろに下ろし、仮面を外してスバルたちと向き合った。
滅多に見せない素顔を露わにされ、スバルは目を丸くする。
「……なんだよ、急に改まって」
「なかなか見れた見られた顔だろ? 面食いの『灰星』には垂涎だろうが、褒めて見惚れてくれるな。オレはこの顔が好きじゃーない。だからこれも被ってる」
そう言って、『黒狗』が素顔の唇を野卑に歪める。
波打つ薄茶色の髪に、色黒の肌をした素顔の『黒狗』は、たくましく精悍な印象を与える美丈夫だ。この二ヶ月、潜入任務などで何度か目にした素顔だが、その顔立ちと普段の言動とのギャップはいつまで経っても慣れない。
今も、歯を剥くような獣めいた笑みがなければ、彼を彼と認識できないほどだ。
「素顔で話すのが、お前なりの誠意のつもりかしら?」
「別に顔を見せたから信用しろ信頼しろって話じゃーない。お前らには効き目も効果もありそうだが、本命は別さ。この先の説明がしやすいってだけの話」
「この先の説明……」
「オレのツラの話は後回し。それより、お前らの聞きたい知りたい根拠の話。『六枚舌』が集めた各地からの情報は、『銀狐』のところに集まってくる。で、奴はその情報を自分でセレクトしてオレたちに寄越してる。ここまでいーな?」
「それは……わかる。ラッセルさんが俺たちに手札を全部見せちゃいないのは。エミリアのことを隠すのは、いくら何でもライン越えだと思うけどな」
いくら王国のために非情に徹しているのだとしても、スバルたちが何を最優先しているのか知っていてそれをするなら、ここに信用は成り立たない。
それが事実か否か、『黒狗』は懐から一枚の折り畳まれた紙を取り出してみせ、
「ちなみに、お姫様の話は奴が好んで使ってる鳥文を盗んで知ったもんだ。暗号文で欺瞞情報を混ぜてる陰湿で執拗なやつだが、ここは信じていいだろーよ」
ひらひらと、紙片を振ってみせる『黒狗』。
鳥文とは、この世界における伝書鳩のようなものだが、特殊な訓練を積んだ鳥に、正しい手順や決められた開け方をしなければ燃える手紙を持たせた連絡法だ。『六枚舌』ではこの連絡法がたびたび用いられ、情報のやり取りを効率化している。
無論、『六枚舌』の鳥文の横取りや盗み見の難易度は、王国最高峰だろう。それをやってのけた『黒狗』が入手した情報なら、信憑性は高いはず。
「この鳥文はくれてやるよ。あとで好きに勝手に解読して、オレの言葉の裏付けでも何でもすればいい。とにかく、『銀狐』は信用ならない。だがそれは、奴の人間性がって話で、奴の持ってる情報まで丸っとって話じゃーない」
「……言いたいことがまだ見えてこねぇ。俺たちを味方につけて、今さら働き方改革を訴えようってんじゃないだろ。それに、この鳥文を手に入れたのだって変だ」
「変? なーにがおかしくて普通じゃないって?」
「だってそうだろ。ポロっと落とし物を拾うのとはわけが違うんだ。エミリアたちの事情がわかったのはお前にとっては事のついでで、お前はお前で欲しい情報があったから、鳥文を盗み見しようなんて考えたはずだ。だとしたら……」
「――話が早くてテンポがいい。だからお前らが適任でちょうどいいんだ」
瞬間、『黒狗』の手がスバルの肩を掴み、廊下の壁に背を押し付けられる。思わずスバルが息を詰めると、「スバル!」とベアトリスが声を裏返らせた。
そのまま彼女は、スバルと『黒狗』との間に小さな体をねじ込むと、
「いきなり何をするのよ! スバルに危害を加えるなら……」
「どうする何をする? その判断の遅さで、しくじったばっかりだぞ?」
「――っ、ムラク!」
挑発的な『黒狗』に、歯を噛んだベアトリスが魔法を発動する。
淡い光が広がり、それはスバルを壁に押し付けた『黒狗』の肉体に作用する。その体を軽くし、ベアトリスでも軽々と押しのけられるように――、
「――!? 効果が消えたかしら!?」
「くははは、ごっそさん!」
ベアトリスの驚愕した声に笑い声で応じ、それから『黒狗』が自分の口元に右手を運ぶと、その手に嵌めたグローブの先端をくわえ、それを引っ張った。
途端、スポンと剥き出しになった掌を、『黒狗』がスバルたちに見せつける。
そこには――、
「……掌に、目?」
「魔眼、なのよ。しかも、今の効果からして……」
「そうだ、お前の魔法を吸い取って吸収して呑み込んだんだ。『吸魔』の魔眼ってやつだ。自然に必然に、オレがどこの出なのかも察しがつくだろう?」
「――ファラダール?」
「ビンゴ、正解、ピンポンパンポンだ。たぶんな!」
一歩下がった『黒狗』が、その道化た態度でひらひらと手を振った。
そうする彼の掌には、白目部分が緑っぽく、爬虫類じみた瞳孔の備わった眼――魔眼と呼ばれるそれがぎょろっと存在を主張している。
つまり、今の突然の凶行は――、
「自分の魔眼を見せつけるためのデモンストレーション? 普通に言えよ!」
「ほんのちょっとしたサプラーイズだ。そもそも第一、気を抜いてる方が悪い。オレたちが相手にしなきゃいけないのが、ぶよぶよ変身する化け物だって自覚あるのか?」
「そのことと、今のお前の悪ふざけの正当性はまた別の話なのよ! しかも、せっかくチャージしてるスバルのマナがまた目減りしたかしら!」
「その分、オレがみなぎった。ストックになったからよしとしとけ。で、何をどこまで話したっけか……ああ、そうそう! オレと『白羊』が同郷ってとこだ。メイビー」
「仕方ねぇけど、それも確証があるわけじゃねぇのか……」
イマイチ、確信的な表現を欠く『黒狗』の証言だが、致し方ない。――ともあれ、『黒狗』が魔眼族であるなら、メルティから聞いたばかりのファラダールが、彼にとっても故郷であることはかなり説得力がある話だ。
それに、『愛し子』としての活動中、それぞれに『暴食』の被害に遭ったと思しき『黒狗』とメルティだが、元々二人がコンビ関係だったなら一緒にいたのも頷ける。
二人は同じ場所で『暴食』の被害に遭い、『記憶』や『名前』を失いながらも、以前と近い関係を築いた。――否、それだけではないかもしれない。
「メルティちゃんと『黒狗』って、目の色が……」
先ほどまで向かい合っていたメルティの顔を思い浮かべ、スバルは『黒狗』の金色の双眸を改めてまじまじと見る。元々、同じ色であるとはわかっていたが、そこに二人が同郷かつ魔眼族という事情を知ると、付け足される感慨があった。
そしてその感慨は、二人が単なる同郷というだけでなく、もっと近しい――あるいは、血の通った間柄である可能性すら想像させる。
だとすれば、普段の『黒狗』とメルティとの関係の見え方も腑に落ちる部分が多い。
しかし、『黒狗』は「やめろやめろ」と手を振り、
「鬱陶しくて馬鹿馬鹿しい。いーか? オレがしたい聞かせたい話はそんなことじゃーないんだ。ファラダール周りだが、むしろ『白羊』の耳には入れたくない」
「……そのために、俺たちを待ってたって最初の話に戻ってくるわけか」
「そーだ、遠回りの回り道をしたな。とにもかくにも、そのファラダールがオレの故郷ってことになるんだろーが……ここはもうないし、たぶん関係者は全員死んでる」
「――っ、なんでそんなことが」
「どうもこうもこれはあくまで手に入った情報でオレが組み立てた推論でしかない。どうやらファラダールは、土地ごと丸っとおっかない連中の手に落ちてたらしい。が、どうにも当初の使い道がわからなくなったってんで、処分されたみたいなんだなこれが」
さらりと語られた『黒狗』の説明に、スバルはベアトリスと顔を見合わせる。
あっけらかんと、故郷が壊滅したらしき事情を語る『黒狗』だが、あくまで推論と前置きしただけあって、ひどく凸凹した説明だ。
「そもそも、当初の使い道がわからなくなったってなんだ?」
「それに関しちゃ連中がアホすぎたバカすぎた説もあるが、こんな説もある。元々、ファラダールの確保は誰かさんのためだったんだが、その誰かさんのことをみんなが忘れちまったせいで、理由のわからん負債だけがそこに残った……的なな」
「――。つまり、メルティちゃんやお前を抑えるための人質だった?」
「それも、オレと『白羊』が消えて無意味になったってとこか。で、だ。オレはこのファラダールを処分した奴に用がある」
「……まさか、敵討ち? 何も覚えてない、お前が?」
ファラダールを処分した相手を捕まえ、話を聞く。それこそ、自分の過去に繋がる可能性、その手掛かりを求めて――と、そんな穏当な考えが浮かばなかったのは、目の前の『黒狗』の獰猛な表情を目の当たりにしていたからだ。
彼の金色の双眸に宿っていたのは、自分の過去を追い求める請願者のものではなく、もっと猛々しく、黒い怒りの炎に満ちたもので。
「何も覚えてない奴には、何も覚えてない奴なりのケジメってもんがあるのさ。別にわかってもらえなくていーぜ? 誰にもどいつにもわからん話だろーさ」
「……いや」
「――?」
「わかるよ。完璧じゃなくても、わかる」
スバルも、一度は記憶を失い、空っぽになったことのある立場だ。もっとも、スバルが失ったのは異世界にきてからの記憶で、自分が完全なゼロになったわけじゃない。
それでも、ああなったスバルにも想いの湧く源泉はあったし、その空っぽに積み上がったものが、自分を突き動かす礎になったことも確かだ。
『黒狗』もまた、同じなのだろう。――最初はゼロでも、今はゼロじゃない。
「どうして、メルティにそれを話さないのよ」
「オイオイ、言ったし聞かせたろ? あいつもオレと同郷なんだ。つーまーり! オレと同じ動機を持ち得る立場ってわけ。もしもあいつが復讐心に目覚めてみろ。せっかく手に入れたオレだけの生きる意味が横取りされちまうだろう」
「……まぁ、そういうことにしておいてやるかしら」
「なんだどうしたこのチビッ子、ナマイキさんにも限度があるぞぉ?」
短い腕を組んで、長く嘆息したベアトリスに『黒狗』が頬をひくつかせる。だが、それ以上のことをする心配はないだろう。――何のことはない。この打ち明け話は、さっきスバルたちがメルティとしたものと、根本的には同じだ。
口が悪く、態度が強引で、道化た振る舞いのせいでわかりづらいが、『黒狗』なりにスバルたちを信用した。だから話したと、そういう話で。
「で、回り回って結局のとこ、なんだ? 俺とベア子はこれから、この鳥文持ってラッセルさんのとこに殴り込みにいくけど、お前も一緒についてきて、そのファラダールのこととかついでに追及したい……みたいなこと?」
「実際、『翠麗』がお休み中の今がチャンスだ。他の『六枚舌』も乗り込んでないこの城でなら、力ずくで『銀狐』の口を割らせたりできる。だーけーど、先に言っておかないとお前らがバタバタするだろ? それでだ」
「なるほど。……今、メルティちゃんがラッセルさんとこいったから、お前がファラダールの話を聞かせたくないなら今じゃないぞ」
「タイミング見てだよ、タイミング見て! わかるだろ何となく!」
周到なのか浅はかなのか、微妙に思惑の取りづらい『黒狗』だが、大事な話を聞かせてくれたし、彼らしい態度で信頼を示してくれたとも言える。
方針転換し、すぐにでもラッセルのところへ向かうが、その前に――、
「お前の、敵討ちしたいって気持ちはわかった。できるだけ俺も協力する。エミリアの望みと、俺たちの目的と、メルティちゃんとの約束に反さない限り」
「改めて口に出してみると結構雁字搦めなのよ」
「でも、なりたくてなってる雁字搦めだから……」
そこにさらに『黒狗』の分も追加すると、ますます鎖の重みが増すのだが、その取捨選択の下手さは今に始まったことではない。重さを自覚した上で、一本ずつ、絡まったそれをほぐしていくのがスバルなりの異世界の歩き方だ。
「――――」
そのスバルの答えに、『黒狗』が自分の掌の魔眼に目を落とす。――ふとその瞳を過ったのは、彼自身にも心当たりのない、滅んだ故郷への郷愁だろうか。
掌を握り込んで、その目の合った自分の魔眼から意識を切り離し、彼は告げる。
仇の名を。それは――、
「――サクラ・エレメントだ。そいつは必ず、絶対に、オレの手で殺す」
取り戻すと誓ったメルティのそれと相反する、しかし、やはり揺るぎない決意の表明だった。




