第十三作目②「救えない僕の救いの話」
パソコンでアニメを見て、ゲームを起動し、一通り遊んでコンビニへと向かう。
生活していて笑顔で話しかけてくれるのは店員さんだけ。
帰り道、小さな子供連れの母親が、道を挟んだ向かいを歩いている姿をなんとなく目で追ってしまう。
子供は無邪気な顔で、些細な出来事を楽しそうに話している。
普通に生きている人たちとすれ違うたびに、情けなさが全身を伝う。
俺が居ても居なくても世界は回り続けるのに、どうして俺は居るんだろうな。
誰も答えてくれないクイズを出し続ける毎日。
──道を歩いていた子供が俺みたいになりませんように、と願いながらタバコに火をつけてゲームへと意識を向ける。
昼休みの喧騒が嘘のように、教室には重苦しい空気が漂っていた。
いつもなら誰かしらが座っているはずの席が、一つだけぽっかりと空いている。
「太田さんが病院に運ばれ、今日から入院することになりました」
数か月に数人、学校から病院へと住処を変える人が生まれてしまう原因は、「青年期変質症候群」。
体内の魔力量が突然変異により増殖し、耐えきれなくなった身体が変容してしまう病気だ。
あちこちで小声が交わされ、隣の席の生徒と顔を見合わせる者もいた。誰かがすすり泣く音が聞こえると、それまで話していた声も少しずつ小さくなっていった。
先生からいつもより少し早い帰宅を促され、帰り支度を始めた生徒たちが、机の間を行き交っている。
周りと同じように自分の鞄を肩に掛け、苦く、暗い感情を引きずりながら、帰路に向かう事となった。
靴箱を開け、上履きを脱いでいると、出口とは逆方向から近づいてくる足音に意識が向く。
「広瀬くん」
声の聞こえた方向に顔を向けると、昼食を一緒にした深町 香さんが居た。
「どうしたの?」
「帰る方向どっち?」
「校門出て左、仁平町2丁目に住んでる」
靴を引き出し、床に並べて履き替え、こちらへと顔を向ける。
「じゃあ、途中まで一緒に帰らない?」
クラスメイトが一人、学校からいなくなった。
こんな日に一人で帰ると、考え事や不安、恐怖に覆われながら歩くことになる。
自分のためにも人と一緒に帰る方がいいだろうし、深町さんも同じ考えなのかもしれない。
あるいは、普段から俯きがちな僕を心配してくれているというのは、考えすぎだろうか。
「うん、いいよ」
靴を履き替えた僕たちは、玄関口へと身体の向きを変え、重苦しい雰囲気が漂う学校を背にした。
帰路の間、楽し気な会話をする雰囲気になる気配はなく、慎重に言葉を選ばなくてはいけない様な、気まずい空気が互いの間に流れていた。
少しでも雰囲気を和らげるための糸口を探していた時、深町さんが口を開いた。
「太田さん、大丈夫かな」
「うん……深町さんは、太田さんと仲良かった?」
「ううん。席も遠いし、あまり話したこともないかな」
「僕も仲良くはないけど、同じ学校の人がこういう事になるのは辛いね」
近くはないけど、遠くもない。
同じ学校という空間で、同じ空気を吸い、時間を共にしている人が突然いなくなる。
テレビやネットのニュースのような遠い世界ではなく、目の前に存在する残酷な現実が、僕たちを見つめている事実。
「私たち、後2年で18歳だよね」
「うん」
「早く18歳になって、こんな思いから解放されたい」
「うん……」
18歳になると同時に体内の魔力は消失する。その日まで、僕たちは常に日常を脅かされ続けている。
「……私、こっち」
「僕はこっち」
こちらを見つめる少し寂しそうな表情を見て、心配な気持ちが湧き上がる。
「広瀬くん、今日はありがとう」
「ううん、こちらこそ。また明日」
「またね」
小さくなっていく彼女の後ろ姿を見送って、残りの帰り道を一人、地面に広がるアスファルトを眺めながら歩き続けた。
隣に誰も居なくなった実感と共に、どうしようもない現実に対する考えが頭を巡り続ける。
「また明日」と伝えた相手が、明日にはいないこともあるという事実を突きつけられ、苛立ちや恐怖、不安が頭から離れない。
誰かを救う力も、自分を守る力もない。そんな惨めな自分を生み出した世界が憎い。
夕日に照らされている帰り道は、いつもと何も変わらなかった。
家路を急ぐ学生たちが通り過ぎ、車の遠ざかる音が繰り返し聞こえてくる。
明日も世界は変わらない表情で回り続けるのに、今日まで教室にいた太田さんは、もう明日から居ない。
自宅へ着くと、自室がある2階へと駆け込み、パソコンの電源を入れる。
起動音が静かな部屋に響き、モニターには見慣れたログイン画面が浮かび上がる。
いつ発症するか分からない病気に対する不安から逃避するために、中学生の頃から遊んでいるオンラインゲームへと逃げ込むのが日課になっていた。
《フェイルオンラインへようこそ》
フェイルオンラインはユーザー数5000万を突破した有名なMMORPG。
既に3年ほど遊んでいるこのゲームは、僕にとって第二の現実ともいえる大事な存在。
ログインすると、ギルドメンバーからチャットが届く。
『タックさん、こんにちは~』
タックは僕のキャラクターだ。自分の名前である拓海から付けた安易な名前だが、時が経つにつれて馴染んでいった。
『こんにちは、ガーデナさんは狩り中ですか?』
『です』
『後で合流していいですか?』
『もちろん』
ガーデナさんは2年前ギルドに加入した人で、気の良い明るい人だ。
職業は重騎士を選んでおり、タンクとして前線を張ってくれている。
彼と一緒にパーティを組むと、一人では倒しにくい敵もサクサクと狩れるから非常に助かっている。
2年前に加入してきた彼とは、ほぼ毎日遊んでいる。
まだ中学生でインターネットという世界に慣れ親しんでいない僕に、色々な事を教えてくれた。
危ないサイトには行かない事、簡単なパスワードを使わない事、個人情報を伝えない事。
「ネットリテラシー」を早い段階で高めることが出来たのは、ガーデナさんのおかげだろう。
平日、休日問わずログインしていることの多い彼は、遊ぶ時間が短い僕にとって気楽に誘える有難い存在だ。
大量の敵に囲まれたガーデナさんがスキルを使い、敵の攻撃を引き受ける。
僕はその隙を逃さず、攻撃を重ねていった。
特に会話しなくても自然と役割を分担出来ているのは、長い時間を共に過ごしてきたからだろう。
2時間ほど一緒に狩りをしてから街へと帰還し、現実の"勉強"というクエストに取り掛かることにした。
『勉強しなきゃいけないので、そろそろ落ちます』
『おっけー、学生さんは大変だね』
『あまり遊べないので、安定してるガーデナさんと組めるの助かってます』
『こっちも助かってる。明日も来る?』
『はい。今日と同じ時間にログインすると思います』
『おっけー、また明日』
『また明日』
ゲームからログアウトし、作業用BGMの再生ボタンを押してからノートを開くと、楽しい現実が終わってしまった実感が身体を覆っていく。
いつもの日常が待っている現実に意識が向いていく最中、思考の片隅に今日の出来事が浮かび上がってくる。
隣の席の深町さんとの昼食、話したこともないクラスメイトの入院、埋まることのない空席が生まれた教室。
変わらない「明日」が「また」来るように、少しだけ願ってからノートにペンを走らせる。




