第一作目 「異世界に転移した俺がスキル「拒絶(リジェクト)」で魔王を瞬殺してしまった結果、神と呼ばれる事になった件について」」
──次元魔法……ダメだ……通用しない!
──逃げましょう!
ああ、今日もいい天気だ。死にてえな。
《コンテストに参加しますか?》
そんないつも通りの考えが頭を巡る昼に目を覚まし、Web小説を書こうと思いサイトにログインした時だった。
一件の通知が画面に大きく表示された。
庭辺 隆司。電子の海に縋りついている32歳の男だ。
服はいつもヨレヨレのTシャツにボクサーパンツ1枚だけ。
太陽の温度がダイレクトに届く昼間、1K 6畳のアパート。
俺の視線は灰皿に高く盛られているタバコの吸殻と、パソコンの画面を交互に行き来するだけ。
通知が出た理由は、過去に作った作品がコンテストの応募条件を満たしていたのだろう。
どの作品が応募条件に該当するのか確認しようとする。
画面が動かない。
「はい」と「いいえ」、その下にある「利用規約」を押す事しか出来ない。
パソコンを強制終了する事も考えつつ、一応利用規約を押してみると、企業のコンテストとは思えない程、短い規約が書かれていた。
《一度参加すると、終了まで各版権は取り上げられ、該当作品の登場人物達が現れます》
《目標を果たすまで、世界は取り込まれ続けます》
《目標を達成出来た作品は、全て《書籍化》されます》
《目的を達成出来なかった場合、作品は消滅します》
《上記内容に同意される場合のみ、「はい」を押してご参加ください》
まったく意味がわからない。
版権を取り上げられるのも不気味だし、何よりも該当作品の登場人物が現れるってなんだ。
それに「目的」だの、「目標」ってのも意味不明。
それでも、キモすぎる規約の中に記載されている《書籍化》の文字に目が惹かれる。
32歳。才能なし、金なし、彼女なし。
死んでいないだけで、生きているとは到底言えない消化試合の日々。
価値のない自分にも"何か”を生み出せると思い込む為、作り続けていたWeb小説。
流行に乗った作品を作っているつもりだったが、どれも伸びる事はなかった。
そんな俺によって生み出され、俺の中で”だけ"生き続けている作品たち。
こいつらに日の目を浴びるチャンスを俺が与えてあげられるなら、
こいつらが誰かの目に留まるチャンスを与えられるなら、
俺に"生きる意味"が与えられるチャンスなら。
《コンテストに参加しますか?》
《はい》
パソコンから光が溢れ、俺の書いた小説一覧が表示された。
その中から最初に作った作品のタイトルが画面から飛び出し、目の前に浮かんでいた。
文字通りに文字がモニターと俺の間に"浮かんでいる"。
ついに狂ってしまったのだろうか。
「異世界に転移した俺がスキル「拒絶」で魔王を瞬殺してしまった結果、神と呼ばれる事になった件について」
これは俺が初めて書いた作品だ。
主人公は俺と同じ名前のリュウジ。
転移する時に入手したチートスキル「拒絶」を対象に使うと、
その存在は世界から拒絶され、消滅する。
道中出会った女の子12人と共に、魔王を滅ぼす冒険へ出る話だ。
モニターから更に強い光が溢れ、視界が一面真っ白になる。
光が収まり、目を開けると6畳の部屋には、数年ぶりに俺"以外"の存在が立っていた。
「なんだここ、俺またなんかやっちゃいました?……う"っ……臭いんだが……」
部屋に現れたリュウジは、決め台詞と共に嗚咽していた。
彼は高校生の時に転移したから、タバコの臭いに包まれた部屋に入った経験がないのだろう。
それどころじゃない、どういう状況だこれは?
頭の中で描いていた姿そのままの"リュウジ"が目の前にいる。
「リュ、リュウジ?」
「ああ、俺はリュウジ。お前は?それに、ここは何処だ?」
「マジでリュウジかよ……お、俺もリュ……いや、庭辺だ」
「お前、日本人か」
「そう、同じ日本人だよ」
「そんでここは俺の部屋。リュウジ、どうしてここに現れたんだ?」
「どうしてって……魔王と戦う為に城に入って歩いてたら、ここに転移させられた……ヴッ……」
魔王城の匂いは知らないが、恐らくここよりはマシなのだろう。
困惑と共にもう一つの感情が沸き上がるのを抑えられなかった。
嬉しい。ただただ嬉しい。
最近では誰一人見る事のなかった作品の我が子が目の前に居る。
生きている。
「……っ! 庭辺、お前、魔王城に住んでたのか?」
「は? そんなワケないだろ」
「じゃあ、外に見える"あれ”は魔王じゃないのか?」
「は?……は? 魔王ザバル……嘘だろ」
外は紫色の雲に覆われ、さっきまで降り注いでいた太陽の光は見えなくなっていた。
その不穏な空の下、俺がリュウジの敵として用意していた「魔王ザバル」が窓の外で腕を組んで立っていた。
3mは超える巨大な体躯、美しさを感じるほどに鍛え上げられた肉体、体を覆う黒い蒸気は魔力の強大さを示していた。
「マジで魔王じゃねえか! すげえ! あいつ俺が生んだんすよ!」
「庭辺、お前が魔王を生んだのか?拒絶……」
「違う違う! やめろ! その手を俺に向けるのやめろ!」
「……まあ、お前みたいな奴が魔王を生めるワケないか」
「へへ……でもあいつ、相当強いぞ。どうすんだ?」
「見ていろ」
次の瞬間、家賃更新日を間近に控えた賃貸の窓ガラスを突き破り、
外に飛び出していくリュウジの後ろ姿がスローモーションで流れていった。
俺に拒絶が使えたなら、リュウジに使っていただろう。
「魔王ザバル! やっと会えたな」
「グググ……非力な人間如きに何が出来る? それに、ここは何処だ?」
「うるさい、黙れ。拒絶」
「グアアアアアアアア!」
数十時間をかけ、考え抜いた魔王ザバルの能力を垣間見る事も出来ず、
魔王ザバルの体は砂になって空高く舞い上がっていった。
俺のリュウジが、俺の魔王を、目の前で倒した。
俺の死んだ世界(作品)が、目の前で生きている。
差し込むドス黒い紫色の夕日が、部屋を明るく照らしている。
「すげえ! リュウジ、お前マジで神じゃん!」
「ん? 大した事してないだろ」
「いいウザさ! それでこそ俺のリュウジだ!」
「拒絶……」
「やめろ!」
割れた窓越しに会話していると、モニターからの強い光が、俺の横顔を照らしている事に気付いた。
《目的達成、書籍化決定!》
画面いっぱいに映し出された《書籍化決定》の文字に、鼓動が高鳴る。
俺の作品、ついに書籍化されるのか。
それに、俺の作品が現実に現れて、なんだ、なんなんだこれ。
「庭辺、また転移されそう」
「リュウジ、お前、行くのか」
「ああ、またな庭辺」
「……ああ! また、絶対また会おう! 次に会う時は"さん"を付けろよクソガキ!」
「……」
何か言いたそうな顔をしながら、
こちらに向かって手を伸ばそうとしていたリュウジは光に包まれ、そのまま姿を消した。
あんなに不穏な空気が漂っていた紫色の空は、すっかり元通りになっていた。
さらに、割られた窓ガラスも元通りになっている。
理解が追い付かない。
マジだ、マジのマジで俺の作品が現実に舞い降りてきた。
感動のあまり、手の震えが止まらない。
だが、タバコに火を付ける瞬間だけはピタっと止まる震え、
この俺の感じ、やっぱり現実なんだ。
タバコ吸ってる場合じゃない。過去作の編集が最優先だ。
だが、どれだけ小説サイトを操作しようとしても、受け付けてくれない。
小説を投稿していたサイトだけが閉じる事も、動かす事も出来なくなっていた。
パソコンのシャットダウンも出来ず、諦めてトイレに向かう。
この作品の次に書いたのは……悪役令嬢に転生した女性の物語だった気がする。
そんな考えが頭をよぎった時、振り向いてパソコンを置いているコタツに顔を向けた。
モニターの前に置いているキーボードの上には、見覚えのない本が乗っていた。
その本には大きくこう書かれていた。
著者 庭辺 隆司
「異世界に転移した俺がスキル「拒絶」で魔王を瞬殺してしまった結果、神と呼ばれてる件について」
主人公 リュウジ 17歳
学校ごと転移させられ、異世界の国にクラスごと召喚されたリュウジ。
同級生の陽キャは剣聖、勇者、賢者だった。
リュウジには何も能力が無く、クラスメイト全員から"拒絶"された。
「なんだお前は…神託を受けられなかった"無能者"か」
「ここから失せろ!」
学校にも居場所がなく、転移先でも居場所を失った。
彼の怒りに呼応し、"力"が目覚める。
"拒絶"
全てを否定された男の、全てを否定する物語が今始まる




