第6話 市場にて
討伐報告を終えてギルドを出た自分と村尾さんは、街のお店を見て回ろうという当初の目的に沿って、通りを中央広場へ向かって歩いていた。
「いつもより、人多いね」
「ホントですね……」
あまり見慣れない街の様子を、村尾さんは少し驚いた表情で見渡しながら言う。
聞いていた通り、収穫祭を控えて街には活気があるようだ。
時々、自分たちに気付いて笑顔になったり、目で挨拶してくる人とすれ違う。
自分たちも挨拶を返しながら、街の中央通りを並んで歩く。
自然と足取りが軽くなる。
「なんか、お祭りっていう感じがしますね!」
村尾さんは少し興奮気味に言った。
自分はそうだね、と頷いてから尋ねた。
「お祭りは、好きなの?」
「え~と……」
村尾さんは少し考えてから、何だかとても楽しそうな顔で
「普通ですよ?」
そう言って、いたずらっぽく笑った。
ダメだ。
村尾さんが楽しそう過ぎて、むしろプレッシャーを感じてきた。
普段から時々買い物に来ているパン屋や肉屋、衣類店などの前を通る。
いつもより来客が多いようだ。
衣類店は普段は無いワゴンを通りに出して、お祭り感を盛り上げている。
この中央通りは、他の都市や町へ通じる街道をそのまま街の中に通したような道で、沿道には常設の店が並んでいる。
薬屋の前を通ったとき、軽く指で差して聞いてみる。
「今日は買い物はいいの?」
この薬屋には、洗顔用のローズウォーターや、髪や体を洗う時に使う乾燥ラベンダーをよく買いに来ている。
「そうですね……今日は先に中央広場に行ってみましょう」
村尾さんが言った。
そうなのだ。
今日を街歩きの日にしたのは、収穫祭前にだけに開かれるという、特設の薬草市が目当てだったのだ。
中央広場が近づくにつれ、人の数がどんどん増えていき、露店で肉を焼いている香ばしい匂いが漂ってきた。
人混みが増し、並んで歩くのが難しくなる。
村尾さんが自分の後ろを付いてくる感じになった。
これじゃあちょっとな……
これは非常手段だからノーカウントということにして、後ろの村尾さんに左手を伸ばす。
村尾さんはすぐ、その手を握ってきた。
念のためスッと彼女の表情を確認するが、もうすぐ近くにあるはずの薬草市に夢中のようなので、気にする必要はなさそうだ。
人混みをすり抜ける感じで進む。
「あ。たぶんあれだよね」
手を引きながら、右手で指差した。
「はい。きっとそうです!」
中央広場の中心に近いところ。
そこにあったのは、高さ2メートルはありそうな大きな天幕で、薬草やハーブらしきものが天幕の外まで並べられていた。
◇◇◇
薬草市はどうやら人気の場所のようだ。
天幕前の人だかりが濃い。
天幕前の路面には、多彩な薬草やハーブが並べられていた。普段は手に入らないようなものが見られると聞いている。
顔を近づけて、薬草をじっと見る人。
手に取って、商人と会話している人。
自分たちはズラリと並ぶ薬草を軽く見渡しながらゆっくり進み、そして天幕の中を恐る恐る覗く。
「あそこ……かな?」
天幕の奥の方はすいていた。
奥は一面の棚になっていて、そこには様々な形状の瓶や壺、何かが入れられた木箱がいくつも置かれていた。
自分たちがここに来たのは、ある商品を探すためだった。
「そうですね……入ってみましょう」
自分が前になって、手を繋いだまま、薬草の束で足の踏み場もない天幕内を慎重に進んだ。
棚の前まで来て、ゆっくり手を離す。
そして、並べられた商品に顔を近づけた。
う~ん。
全然わからない。
隣の村尾さんも、困ったように自分を見上げている。
まあ、こうなるだろうな。
聞いてみよう。
見渡すと、店の人と思われる男性が、物珍しそうな顔でこっちを見ている。
少し浮いていただろうか。だよね……
でもちょうどよかった。
このあと、店の男性に探しているものを話した。
伝わらないようで、最初は変な顔をされた。
まあ、こうなるよな。
自分たちも実物を見たことがないのだ。
だが、自分と村尾さんとかわるがわるに知っている事を話しているうち、
「ああ。それはたぶん、蜜蝋バームだ」
男性はそう言って位置を移動し、棚に乗せてある木箱を両手で取って、ゆっくり地面に置く。
二人でしゃがんで中を覗く。
中には、ちょうど片手に収まるような、丸っこい木の器がたくさん詰められていた。
器には布が蓋として被せられていて、紐で縛り付けられている。
器に顔を近づけると、天幕の埃っぽい空気を消し去るような、甘い香りがした。
「はちみつの匂い、ですね」
目を輝かせて、村尾さんが言った。
なら、間違いないだろう。
元の世界でも販売されていたという、刺激や日差しから肌を守る商品。
値段を聞いてみる。
金額を聞いて、村尾さんの表情が曇った。
かなり高いものと聞いていたが、そう言われるだけのことはある金額だった。
1個で、今の借家の1ヵ月の家賃の半分くらいだ。
しかも。
1個あればずっと使えるというものではない。
いくつも欲しいのだ。
さらに言うと、今日欲しいのはこの商品だけではない。
「……」
しかし。
と考える。
ブルーベアを1体倒して、討伐報酬と魔石を合わせればちょうど買えるくらいの値段。状態にもよるが素材の売り上げも合わせれば、BB1体で2個いけそうだ。
これまで数え切れない数を討伐してきているのだから、ずっと大切に貯めてきてくれている村尾さんには悪いが、ドンと買っても大丈夫だと思うのだ。
いやむしろ、今こそ使い時ではないのか。
今までコツコツ頑張ってきたのは何のためだ。
この蜜蝋バームとやらのためだったとは言えないか。
色々な計算の結果、村尾さんに言ってみる。
「まず、1個は買うことにしよう。いい?」
村尾さんは、値段と憧れのはざまに揺れる複雑な表情を見せて
「……いいんですか?」
顔を紅潮させながら、しかし慎重に言う。
自分はゆっくりと頷く。
そして店の男性に、その旨を伝える。
驚いている。
ギルド証を見せて、ギルド払いの意思表示。
ああ、という表情になった。
少し納得してくれたようだ。
1個を購入した。
「それ開けて、ちょっと使ってみてくれる?」
その場で品質を確認しようというわけだ。
一応、店の男性を振り向くと、どうぞ、という感じで頷いた。
村尾さんは緊張した手つきで紐を解き、控えめに蓋をめくる。
ハチミツに似た、濃く甘い香りが伝わってきた。
村尾さんは白磁のような人差し指でそっと1片を掬い取り、商品を持つ左手の甲に置くと、それをゆっくり塗り広げた。
レモン色の半固体は、甘い香りを振りまきながら、溶け落ちるように村尾さんの手の甲を薄く覆っていった。
深めに屈んで香りを確認する村尾さん。
「うん。……間違いないです」
そう頷くと
「カレンデュラのハニーバームです」
自分を見上げるように、村尾さんがうれしそうに言った。
よし。
そしてここからだ。
自分は少し身を寄せて、村尾さんの耳元で、小声で話す。
聞いた村尾さんが驚いて目を見開く。
小さく首を振る。
さらに粘り強く話す。
だんだん真剣な表情に変わっていく。
そして最後に
「ほんとうに?」
と言った。
「うん」
気持ちはひとつになれたようだ。
自分は立ち上がって、この様子を不思議そうに眺めていた男性に、
「これも含めて、全部で8個。お願いします」
そう言った。
「8個」
男性は驚いたのか、繰り返す。
しばらく自分と村尾さんを交互に見詰める。
やがて、
「……いや、驚いた」
そう言って可笑しそうに笑いはじめた。
「……そうそう売れるものじゃないんだけど。あんたたちみたいな若い人が、8個とは」
まだ笑っている。
まあ、あんまりいないだろうな。だぶん。
笑い終わった男性は、
「では8個、お買い上げということで」
そう言ったあと少しおどけた表情で自分を見て、
「そして1個、君の男気に」
続けて村尾さんを見て
「そしてもう1個、あなたのそのラベンダーの香りに」
「……」「……」
「全部で10個のお渡し、としよう。……どう?」
そこまで言って、右手を出してきた。
一瞬意味が分からず戸惑ったが、要するに2個おまけ、ということだと分かり、
「あの……いいんですか?」
そう聞くと、男性はそのままの姿勢で片目を一瞬閉じて見せた。
「あ……ありがとうございます!」
そう言って右手で男性の手を握った。
村尾さんもサッと立ち上がり、
「あの、ありがとうございます!」
少し裏返った声で、彼女にしては大きな声で言った。
男性はそんな村尾さんを少し見てから、自分に言った。
「まあ。驚いたけど、分からないでもないね。これなら」
◇◇◇
次のお目当ての商品は、そのあとすぐに見つかった。
石鹸だ。
元の世界の感覚で言えば、ただの石鹸だ。
この世界では『白石鹸』というらしい。
この世界で普通に使われている石鹸は、申し訳ないがひどいものだ。泡立ちがないし、何より使ったあと、肌がつっぱる。
髪を洗うのにも使うのだが、洗ったあと髪が、何というか、キシキシになる。
自分でさえそう感じるのだから、ここは絶対何とかしたい。
少し話が逸れてしまうが、このイケてない石鹸の対策として、自分たち、というか主に村尾さんだが、ラベンダーを漬けたオイルとラベンダーを煮だしたお湯で、体と髪の違和感を緩和している。
効果の方はどっちも、まあないよりはマシ、という程度だ。
村尾さんは、白石鹸を手に取って少し顔を近づけると、
「柔らかい、オリーブオイルの匂いです」
うっとりした目でそう言った。
よし。
来た。
ここで店の男性が、こういうのもある、と別の石鹸を出してくる。
少し緑がかった色で、ところどころに緑色の粒も見える。
「髪を洗うのにいいらしい」
店の男性はそう言った。
「そうなんですか?」
言うなり村尾さんは手に取っている。
表面を軽くなでてから、顔に近付けて目を閉じた。
「ミントの匂いです!」
目を開いてそう言ってから
「あと、もうちょっとキリッとした……」
緑の石鹸を見詰めて考えてから、もう一回鼻を近づけている。
「それはたぶん、ローズマリーだろう」
男性の言葉にああ、と表情を見せた村尾さんは
「ローズマリーも……。すごいですこれ」
もはや目が恍惚としてきているように見える。
自分は店の男性に、小声で値段を聞く。
恍惚と石鹸に見入る村尾さんをチラと見て、男性も小声で値段を自分に伝えてきた。
「……」
だ、大丈夫なんじゃないかな。
たぶん。
元の世界で考えると、石鹸1個にあり得ない価格だが、蜜蝋バームの価格を知った後では、それほどのインパクトは感じない。
どちらの石鹸もブルーベアまでは必要なく、ビッグファング数体で事足りる感じだ。
自分はまた村尾さんの横にしゃがむ。
その耳元で話す。
村尾さんはうんうんと聞いている。
いつものコストパフォーマンスへの厳しい目は、今はお休みしているようだ。
蜜蝋バームのパンチ力で相場感が麻痺している面もあるだろう。
最後に真面目な表情で、
「貰いましょう。それで」
頷いてそう言った。
結局、白石鹸と緑の『ハーブ石鹸』をそれぞれ20個ずつ購入。
数量を言ったとき、男性は吹き出してから大笑いした。
お礼を言って店を出るとき、
「お代は、今日でいいのかい? 市場が閉まってから冒険者ギルドに行くけど」
はい、と答える。
でもなあ。
今日エミさんいたよね。
この金額見たら、絶対大笑いされるな……
最後に、
「たぶん来年も来るから、そのときはまたぜひ」
そう言ってくれた男性にもう一度お礼を言って、自分と村尾さんは薬草市を後にした。
※※※
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第7話は6/21(日) 23:30に投稿予定です。




