案1 転生は突然に
無造作に、垂らした釣糸。特に目当ての魚がいる訳じゃなく、昔の記憶を辿っている。
物置の棚の片隅に置かれた小さな釣竿を見付けた。竿は3つに分割されいるが、伸ばしても最大で2m程の長さしかなく、子供用の釣竿と呼べる代物。
親父が唯一買ってくれた物でもあるが、物置の片隅で見付けるまでは、すっかり存在すら忘れていた。
急な災害は、容赦無く襲いかかってくる。土砂崩れに巻き込まれて行方不明となった親父。行方不明といっても、遺体が見つからないだけの扱いで、生きている筈はなく、それから一年が経過した。
それでも親父のものは、今も前と何も変わらずに残されている。手付きの煙草に、使い捨てライターと灰皿。どれも、この家には不要な物でしかないのに、今も変わらず自己主張を続けている。
しかし、そろそろ親父のものを処分しなければならない。帰ってくるはずのない親父を待っていても、誰も前に進むことは出来ない。
家族会議で、親父の遺品を整理することに決めた。新しく前へ進む為に必要だと理解していたが、俺はいとも簡単に脱線してしまった。
釣竿には、浮きと錘と釣針がついているだけの簡単な仕掛け。20年は経っているが、まだ釣糸はしっかりし、釣針も輝きを失っていない。
懐かしい思い出が甦り、それは迷わず俺を海へと向かわせた。途中コンビニで魚肉ソーセージを買い、それを餌にする。それが親父のやり方だった。
20年振りにやって来た海岸は、大きく変わり果てた姿となっている。砂浜は大きく侵食され、僅かに残された砂浜をテトラポッドが守っている。
そのテトラポッドに登り、海を覗けば小魚の姿が見える。何かは釣れるだろうと、安易な気持ちでいたが、1時間経っても成果はない。餌を突付かれる感触はあるが、浮きが大きく沈むことは無く、時間だけが過ぎる。
諦めかけた頃、浮きが初めて海面よりも沈み、竿が大きくしなる。小魚であっても、引く力は強く糸を切られる場合もある。それは、忘れていた懐かしい感触でもあった。
竿を握り直し、リールを巻き上げようとした瞬間、プツッと糸が切れる。それなのに、引きずり込まれる感覚は続き、気付けば俺は暗闇の中。
海の中を沈んでいるのだろうか? でも、海底が見える程浅く、明るい海だった筈。それなのに、俺は暗い海の中を沈んでゆく。
踠こうするが体は一切動かない。だが、不思議と苦しさはなく、焦りも感じない。
もしかして、俺はもう死んでしまったのか? 天に昇るのではなく、暗闇の中を落ち続けるのであれば、行き先は地獄なのかもしれないと、無駄に思考する余裕もある。
しかし、何時になっても終わりは訪れず、延々と暗闇の中を落ちてゆく感覚だけが続く。
「おいっ、いい加減にしろっ」
思わず叫んでしまったが、返事はない。
「何だよコレ? バグか、それともトラブってんのか?」
「えっ、えとっ、すいません。願い事を」
「願い事だって?」
か細い女性の声が聞こえた気がする。だが、聞き返しても返事は無く、静寂が続く。
「早く、元に戻せよ」
「……」
「やる事があんだよ。仕事だって溜まってんだ。このまま放置するなら、代わりにやっておけよ!」
「そっ、そのの願い事は無理です。叶えられません」
「じゃあ、落下を止めろ。いい加減、気分が悪い」
再び静寂が訪れる。何を言っても反応はなく、ただ時間だけが過ぎてゆく。
異世界転生ってヤツならば、元に戻るという願いに対しては反応を示さない。それなら答えは簡単だ。
「何者に対しても、戦い生き残る力。これでどうだっ」
なるべく抽象的でぼかした答えで、力とも魔法とも限定しない、そして「生存」出来ることを前提とした都合の良い力。
「うっ、そっ、それは……」
無茶な願い事をすれば、僅かに狼狽えた声が聞こえる。願いが叶うならば、妥協するつもりはない。どんなに時間がかかろうが、待つだけの忍耐力はある。だが落ち続ける感覚は次第に加速し、流石に恐怖を感じてしまった。
そして、思ってしまった。この空間を脱出出来る翼のようなものがあればと!
「分かりました。あなたの願いを叶えましょう」
「ちょっ、ちょっと待てよ。それは違うって!」




