オーバードライブ…1
「実家」を畳むという作業が人生に二度生じることとは思わないが、いずれにせよ僕は可能な限り誠実にその行程を為し遂げたとは言える。結果として五〇箱の段ボール箱を六畳という名の五畳のワンルームマンションに抱え込むことになったが、後悔はしていない。それが僕にできるベストだったからだ。
父親は六年前に死んだ。母親は介護付き有料老人ホームに送り届けた。弟はどこに消えたかわからない。どこかで平和に生きていると信じてはみる。
そして僕はひとりになった。本当に、ひとりになった。
◆
窓は開いていた。三月の午後の光が射していた。空になったDKの流し台の前に、彼は佇んでいた。もしも「団地の神様」がいるのならば、きっと彼のような姿をしているのだろう。作業着姿に眼鏡をかけた、穏やかな初老の紳士。僕はこれまで「団地の神様」の存在など考えたことがなかったが、いざそういう人物を目の前にしてみると、それ以外の姿を取り得ない、としか思えなかった。
流し台にはファクシミリのような小型の機器が置かれていた。僕は約束の十四時より十分早く到着したが、査定はすでにあらかた終わっているようだった。外からごみ収集車の音が聞こえてくる中、僕たちは挨拶を交わし、彼はネームプレートを示しながら所属と名前を名乗り、お母様のご名義なんですかね、と確認し、それから言葉を続けた。それは僕にとって二重の意味で意外な言葉だった。
N十年Nヶ月お住まいいただき、ありがとうございました。
◆
僕が待ち構えていたのは、細部に至るまでの逐一の罪状の告発と、無慈悲な断罪だった。家族四人でぼろぼろにした部屋の修繕費用が、N十年Nヶ月前に父親が預けた十八万二千百円の敷金内に収まるとは到底思えなかったからだ。父親が無理矢理詰め込んだ大型家具のせいで壁紙はすっかり黴び、ふすまには僕と弟による包丁の刺し跡があり、畳には母親が漏らした糞尿の跡がありありとあった。「実家」とはなんだったのか、と問われるならば、そうした傷と汚れの集積によって示されるべきなにかだった、と答えても差し支えはない。
僕はベストを尽くした。気が狂いそうになりながら、上階住民の自転車を誤廃棄して平謝りしつつ弁償しながら、「ごみ屋敷」をほぼ空にし、たったひとりで3DKを隅々まで清掃した。
迷ったのはDKのドアだった。「開閉音がうるさい」というシンプルな理由で思春期をとうに過ぎたはずの弟が蝶番ごと外してベランダに遺棄し、長年の風雨と砂埃に晒されて朽ちていたそれは、誰がどう見ても「ドア」ではなく、「かつてドアだったはずのなにか」だった。外観と実態の通り、粗大ごみとして廃棄物処理業者に回収してもらおうと思っていたが、「原状回復」という言葉を誠実に捉え直し――事物をN十年Nヶ月前の「原状」に戻せというのは、この世界の基本法則に反する、神をも畏れぬ不遜な要求ではあるわけだが――廃棄はせずに想定し得る「原状」に可能な限り近づけようと試みることにした。
ノブを持って運べば意外と軽い「それ」をひとまず台所に戻し、他にできそうなことがないから重曹水で拭いた。拭きながら、「原状」とはなんなのか、どうすれば僕たちは善良な管理者のままでいられたのか、といったとりとめのない考えが頭を巡ったが、辛うじて形を成したひとつの思考は、結局のところ弟は幼稚だったのだ、ということだった。外したドアをベランダに出し、見ないことにして忘れれば、その存在は消滅し、因果も消滅するとでも思っていたのだろうか? もちろんそんなはずがない。原因を作った人間はいなくなったが、結果は残っており、N十年の時を経て、その処理を僕がしている。心苦しく、辛く、面倒臭い思いをし、断罪されなくてはならないのは僕だ。たまたまこの役割を引き受けざるを得なくなった僕だ。
爽やかな空色のゴム手袋をはめ直して台所に座り、片面につき三回ずつ拭けば、パリパリと音を立てて塗装が剥がれたりはしながらも、汚れはそれなりに落ちた。春を感じる穏やかな日だった。洗面台に流したバケツの水は黒く、流れが悪かった。風は吹き続け、木々の葉を揺らし続けていた。麗らかな陽射しが台所にまで入り、ドアに物干し竿の影を落としていた。
――ドア? これはドアなのか?
居場所と存在理由を失い、あるべきではない場所にあるべきではない状態で放置され続けていた「それ」は、いつの間にか存在の様態を変容させ、もはや「かつてドアだったはずのなにか」ではなく、「一応はドア」と呼べる物体になっていた。
それから僕は、可能な限り蝶番の錆を落とし、ねじのサイズを測り、生前の父親が愛好していたS忠Z店まで自転車を走らせ、それらしきねじを買い、長過ぎたからもう一度自転車でS島Z店へと走って買い直し、父親の遺品のプラスドライバーでドアをドア枠に取りつけた。朽ちていたドアは二日後に不吉な音を立てながらドア枠から外れたが、その件については僕はそれ以上考えないことにした。考えるべきことは他にいくらでもあったし、「原状回復」に向けて僕がベストを尽くしたことは間違いないからだ。たとえベストを尽くした結果がひどいものだとしても、第三者による客観的な評価がどのようなものになろうとも、五×十六ミリメートル×八本分ほど「原状」に近づいたことは疑い得まい。
それが先月の話だ。
◆
そんなに住んだのか、というのがひとつめの意外さだった。冷静に考えればN十年前の僕の誕生によりこの団地に移り住んできたのだからなんの不思議もないのだが、改めて数字で示されるとそこには一定の驚きがあった。
もうひとつの意外さが「ありがとうございました」という言葉だったが、とにかく彼による説明が――断罪ではなく――始まった。
シリンダー交換、照明のカバー、目皿蓋、スリーブキャップ、化粧ナット、プレート、残置物――廃棄するタイミングを失った長い物干し竿二本だ――畳、ふすま、フローリング、それから問題のドア、流し台扉、排水溝、水栓金具、便器、洗面器、ガス流し台、スリット棚、水切棚、水切カバー、ガスのカラン、レンジフードの中の羽根、サッシの溝、カーテンレール、以上合計しますと、税込で――。
金額を聞いた僕の目は、おそらくは細いなりに丸く見開かれていたはずだ。それは敷金で収まるどころか相当の返還が生ずる善意に溢れた金額であり、かつて一年間だけ住んだ民間のワンルームマンションで請求された金額とほとんど変わらないものだった。驚く僕をよそに、五分ぐらいかかりますので、と彼は告げ、精算書を作り始めた。僕はなにかを思いながら、二日前まで「実家」だった部屋を眺めた。外からは『赤とんぼ』のメロディが遠ざかりながら聞こえ続け、時おりカラスが鳴き、静かな台所にはファクシミリのような機器の音がのどかに鳴っていた。
◆
芝生に植えられた木蓮は、まだ咲いていなかった。僕の誕生日にはいつも咲いている、可憐な花だった。花の名前は母親に教わった。まだ意識が確かだった頃の母親に、教わった。
◆
ひとりがふたりになり、ふたりが三人になり、三人が四人になる。そして――然るべき歳月を経て――四人が三人になり、三人がふたりになり、ふたりがひとりになり、表札を外し、ブレイカーを落とし、ドアを閉め、鍵をかけて、ゼロになる。家とはそういうものであることを、今の僕は理解していた。
◆
――では、最後にこちらから確認ですが、電気・ガス・水道を止める手続きの方はお済みでしょうか。郵便局の転送手続の方もお済みでしょうか。では、これですべて手続きは終了ということで、長い間ご利用いただきまして、ありがとうございました。
彼の声に送られたあと、僕は頭の中にあれこれを巡らせながら、自転車を押して中央公園に向かった。行くべき場所はひとまずはそこだった。
町は変わった。街灯も変わった。中央公園も変わった。公園に隣接するZ幼稚園も変わった。四街区、五街区、通りの向こうに三街区。区画や棟番号や部屋番号は昔と変わらなかったが、かつてこの風景の中に住んでいた「友人」たちは、もう誰も残っていなかった。もしかしたら親たちの――かつては壮年期の母親であり父親であった、現在の老人たちの――一部は残っているのかもしれないが、もう誰も僕のことなど覚えてはいないだろう。
かつては存在していなかったベンチに腰掛け、精算書と請求書をバックパックから取り出して眺め直していると、少年たちがぞろぞろと現れて自転車をがちゃがちゃと停め、階段を降りてきてベンチに座り、すぐに煙草を吸い始めた。おやおや、と思いながら見るでもなく彼らを眺めていると、胸元に見慣れた体育着が見えた。白地に胸元の赤いライン、学年ごとに異なる色で苗字が縫い付けられたそれは、僕たちの時代のものと変わっていないようだ。Z市立第四中学校、我らが「母校」。僕は苦笑した。あの学校は昔からなにも変わっていないようだ。
◆
昨年の夏、僕は久し振りに「母校」の敷居を跨いだ。花火を見るためだ。N十年ぶりの「母校」に吐き気と苦笑いを感じながら、僕は水飲み場の温い水を出し、プールを眺め、体育倉庫を眺め、校庭に出た。校庭は屋台からの煙で煙り、スピーカーからはなぜかSザン・オールスターズが流れ続けていた。
いくらかの雨が降り、それから止んだ。僕は中庭に移動して、武道場の陰に隠れるようにして、しゃがみ込んでヤンキー気分を味わいながら缶ビールを飲み、目の前のテニスコートを眺め、部長だったナリタさんのことを考えた。ナリタさんは髪が綺麗で、健康的に日焼けした、朗らかな女の子だった。
缶ビールが終わり、武道場を離れながら、飲むべきものを安くて不味い類の白ワインに切り替え、『あなただけを』を口ずさみながら四階建ての校舎を振り返り、校庭に戻った。しゃがみこんでグラウンドの土に触り、みんなここを一所懸命走ったんだ、そんなことを考え、草の匂いを感じながら野球部のバックネットに向かった。歩きながらなんとなく知り合いを探してしまったが、誰もいるわけがなかった。ムネカズもジュンゴもキタムラもサイピーも、いるわけがなかった。僕はもう一度しゃがみこみ、しっかり埋まったホームベースの土を払った。
ひと通り歩いてしまうとやることがなくなり、花火をどこで見ようかと考え始めた。校庭はそれなりに人がいそうだし、結局は中庭あたりになるのだろうか、そんなことを考えながら歩きつつ、別の考えも頭をよぎり始めていた。暗いプールには照明塔の光がきらきらと揺れていた。
警備は少なく、立ち入り禁止区域は黄色いテープが雑に貼られているだけで、中庭では男児たちが平和に「だるまさんが転んだ」で遊んでいるだけだった。いける気がする。そう考えた僕は、テニスコートの脇の木々の暗がりを通り、土手の上の警備がこちらをまったく気にしていないことを確認したあと、非常階段に忍び込んで足音を殺しながら金属製の段を上がっていった。呆気なく四階に辿り着き、僕は最上段に腰を下ろした。空が近く、目の下の高さにコウモリが舞っていた。ちょろいもんだろ、というヤベの言葉が頭をよぎり、僕はまた白ワインを煽った。まったく、「ちょろいもん」だった。ほどなくして照明が落ち、打ち揚げが始まった。
校舎のざらざらした壁や非常階段があれこれの色に染められ、ひんやりとした尻の下に花火の振動を感じた。風が気持ちよかった。N十年前の「あの夏の日」と同じだった。違うのは隣にヤベがいないこと、それぞれがそれぞれの場所でN十年ぶんずつ歳を取ったこと、そして飲酒が合法になっていることだった。
花火は進み、酔いも回っていった。僕は立ち上がって踊り場に上がり、電気設備を下に見ながらおしっこをし、非常扉のノブをなんとなく握ってみた。当然、鍵がかかっていた。ドアの向こうには暗い通路が見え、消火栓の赤い光が見え、時計とクラス表記が見えていた。階段に戻り、どうして誰もいないんだろう、と僕はぼんやりと考えた。こんなに気持ちいいのに。こんなに自由なのに。
やがて真正面に激しく爆ぜる音と強い光が生じ、火薬のよい匂いがして、ぱらぱらと頭に花火の破片を感じた。真上から火の粉が降ってきて、かん、と非常階段に当たった。花火の終わりだった。
◆
中央公園を離れた僕は、商店街のAコレに向かった。かつて団地に存在し、今はほとんどすべてが壊滅した五本の商店街の中で、今も充分に機能している店舗のひとつがAコレだった。今日の立ち会いが終わったあとに飲酒をし、ひとりカラオケをすることは、初めから想定していたことだった。向かう途中で彼が運転する車とすれ違い、僕は軽く頭を下げ、それから精算書の作成中に彼が問いかけてきた問いが、改めて脳内を巡り始めた。
Aコレで六缶入りの発泡酒を買い、集会所のくぬぎの脇で一缶目を開けて飲み始め、すぐに涙がこぼれてきた。涙の理由のひとつは、優しく不思議な時間と空間の中で発された彼の問いが、穏やかで、善良で、本質的なものだったからだ。
――ここは、住み心地はいかがだったですか?
僕の答えは意外なものでもあり、正直なものでもあった。
――よかったです。
僕はさらに発泡酒を煽り、自転車を押して歩き始め、こう思い、また涙をこぼした。
――俺は、ここで生まれ育ったんだぜ――。
陽射しは暖かかった。結局のところ、団地は優しい場所だった。桜はまだ咲いていなかった。雪柳がきれいに咲いていた。
◆
母親が長年をかけて築き上げ、ほとんどすべてがなんの意味も為さず、どこにも到達しないまま廃棄された「ごみ屋敷」から発掘されたひとつの文章が、この話である。僕が幼稚園の頃に制作したと思しきモディリアーニを思わせないでもない紙版画、小学三年生の頃に書いた立体感のない給水塔の絵と文章、そんなものとともに出土したのは「夏休みの自由研究」に分類できなくもない類の力作で、当時の僕の昏い情熱と天才を感じさせるものだった。
こんな文章だ。
◆ ◆ ◆
「人はみんな汚れていくんだよ」
変質者のような水泳用のゴーグルを前頭部にかけ、塩素の匂いが漂う生白い身体で色褪せたオレンジ色のベンチに仰向けに寝っ転がったまま、声変わりの済んだ悟ったような声でヤベは呟いた。僕はヤベの足元に体育座りをして、赤くなり始めた自分の腕をぼんやりと眺めていた。正午過ぎの太陽が波打つ水面にきらきらときらめき、灼けたタイルの上の熱い空気がシュリーレン現象によってゆらゆらと歪んで揺らめいていた。どこからか金属バットの快音が聴こえてきそうな八月の晴天の空の下、敷地の外円の蝉たちと内円の子どもたちが等しい音量でわめき続ける中心のぽっかりとした静けさの中に僕たちは位置し、それは高台の新興住宅地のぽっかりとした空白部分の静けさでもあった。
僕が返事をしないでいると、ヤベは身を起こしてベンチに座り直し、手振りを交えながら続けた。
「信じられるか? あんなちっちぇえガキどもがよ、何年かすりゃ生意気にちん毛なんか生やしやがって、親に隠れてこそこそAVを観ながら必死でシコるようになるんだぜ?」
僕はヤベが指す方を見ようとしたが、眼鏡を外しているのでぼんやりとしか見えない。目を細めれば、赤い水泳帽を被った小学生たちがはしゃぎながら流水プールへの階段を降りていくのが、なんとなくわかった。
「しゅっしゅ、しゅっしゅって、アホみたいに肉棒をしごいてよ、アホみたいにティッシュを消費するようになるんだぜ。エコじゃねぇよな、アレは。まったくエコじゃねぇよ、あんなもん。リサイクルできねぇだろ、あんなにどろどろに汚しちまったらよ。木だって悲しんでんだろ、無駄に排泄された汚ねぇ精子を拭き取るために、すくすく育ってきたわけじゃねぇってな」
赤い水泳帽が水面で何度かぴょんぴょんと弾み、それから沈んで見えなくなった。おそらくは近隣のH小学校の児童たちなのだろう。僕たちが通う学校でも一定の比率を占める、哀れで善良でいくらか愚鈍な生徒たちの提供元のひとつだ。
「バレねぇと思ってんのかよな。匂いでわかるっつうのな、匂いでよ。男臭ぇザーメンの匂いでな」
闘将精液男、と僕はふと考えてしまい、それから拉麵男と瓜二つにはまるで見えない拉麵男・懢蝱の、斬人饠血刀を用いた地獄兜拷髏殿崩しによる惨殺を思った。正気の人間の前頭葉からは到底出てこない類の発想だろう。
ヤベは自分の左手を眺めて匂いを嗅ぎ、もう一度ベンチに寝っ転がり、もう一度呟いた。
「みんな汚れていくんだ」
それからしばらくヤベは黙り込んだ。僕は濡れた海水パンツの尻にタイルの熱がじんわりと染み込んでいくのを感じながら、落ち着かない気持ちで体育座りを続けていた。
一九八〇年代後半、すなわち昭和の終わりに、全国的な流行から少し遅れて造営された敷地面積四千五百平方メートルほどの屋外型市民プールだった。「Z市営O和田ファミリープール」というのがその正式な名称で、奇しくも僕とまったく同じ苗字ではあるが、血縁関係はない。今思えばできたばかりの頃から母親に連れられ、友人に連れられ、あるいは弟を連れて、夏が来る度に僕たちはここに通っていたのかもしれないが、ここ二、三年は足が遠のき、その存在を忘れ、予感と期待と冒険に満ちた夏休みの心浮き立つ気持ちも忘れていたところ、ヤベからの電話が僕にその――少なくともファミリープールの――存在を思い出させた。
百円で入れるのも今年で最後だろ、来週からは水不足で閉まっちまうしな、というのが受話器のくるくるしたコードを通して聞こえてきたヤベの言い分で、なんだかよくわからないままにクーラーの付いた黴臭い四畳半でのセガサターンのプレイ権を弟に譲り、土曜日はパートのない母親に水泳用具一式を探させ、長ズボンの下に学校用の紺色の海水パンツを履いて出て、団地の名店街でなにかの催しをやっているのを横目に自転車をこぎ、三街区のヤベの棟の下で蚊に刺されながら三十分待たされたあと、『OH!エルくらぶ』がどうのといったヤベの弁解を聞き、彼が口ずさむ調子外れのA室奈美恵を聴きながら眩しい太陽に向かって自転車をこぎ、公民館の裏の坂をノンストップの立ちこぎで上がり、太ももと尻の貧弱な筋肉を傷め、なんだかよくわからない模様のTシャツの背中を汗で濡らしながら、一・五キロメートルの道程をはるばるやってきたというわけだ。
来てみればファミリープールは当然僕たちより若い世代が幅を利かせており、気の利いた中学生ならばTしまえんなりS武園なりの大規模なプールに行くのが筋だということを改めて思い知らされた。もっとも、僕が気の利いた類の中学生に属していないことは否定しない。夏は彼らまたは彼女たちの――若い世代なり気の利いた連中なりの――ものであり、僕の手の届くところにはセガサターンのコントローラーぐらいしかなかったし、それは離れがたいほど手に馴染む、暗いカラーの複雑なコントローラーだった。
そんなことを頭の中に巡らせている間もヤベは黙り続けており、そろそろ「そろそろ帰ろうか」と言おうか、という意向がまとまってきた頃に、こちらを見ずにヤベが言った。
「お前さ、ちん毛っていつ生えた?」
「一年のとき」
「生えたとき、どうした?」
「とりあえず、剃った」
ヤベは愉快そうに笑った。
「やっぱり剃るよな。意味わかんねぇもんな」
うっとりしたような満足げな声で、もう一度呟いた。
「剃るだろ、ちん毛は」
流水プールを回り終えた赤い水泳帽たちが水から上がり、つるつるした身体にぴかぴかした水滴を輝かせながら、ぺたぺたとどこかへ走り去っていった。清浄なる彼らをぼんやりとした視力でぼんやりと眺め、いくらかの細部を想像力で補いながら、そういえば前触れもなくにょきにょきと恥毛が生えてきた二年前もヤベと同じクラスだったな、どうしてスキー教室のときは同じ部屋だったんだっけ、仲のよい相手を選べたはずなんだけどな、などとなんとなく思っていると、ヤベはぴょこんと身を起こして立ち上がった。
「スライダーやろうぜ」
◆
「浮き輪はどうしよう」
水から上がって浮力を失った身体の重さを感じながら、つるんとしたヤベの背中を追い、僕は訊ねた。小学生の頃にS駅南口のショッピングセンター五階のスイミングスクールでビート板なしのバタ足に挑戦して二秒後に敢えなく沈んで呼吸困難でもなく呼吸不能の混乱と焦燥と恐慌を経験して以来、僕は腰を超える高さの水またはお湯に入るときには浮き輪が手放せない。知性や神経というものを有さない生物、たとえば体育教員には理解されない類の病であり、僕は犬と体育教員が大嫌いだ。
「そこらへんに置いとけよ」
「盗まれないかな」
「大丈夫だろ」
なんでもないようにヤベは言い、ウォーター・スライダーへの折り返し階段を登っていった。いくらかの不安を感じながら濡れた浮き輪を鉄柱に立てかけ、僕も後を追った。
ボルトが丸見えの愛想のない鉄骨構造のスタート台は七メートルほどの高さがあり、最上段からはその気になればそれなりに町を見渡せるはずだった。奇特な観察者が目にするであろうこの町の風景は、住宅街、そして住宅街、学校、幼児施設、まばらな畑と雑木林、川と倉庫と小工場、資材置き場と駐車場、無数の鉄塔と送電線、電柱、そして電柱、あとは県道と国道とインターチェンジといったところであり、目を凝らせば社務所の屋根ぐらいはどこかに見えるのかもしれない。一般的に風光明媚と呼ばれる類のそれとはほど遠い景観であり、視界に含まれる雑多で凡庸な情報群からいくばくかの美しさらしきものを引きずり出して捉え、整理して多少とも生き生きと描くのは、広重やピサロでも至難の業に違いあるまい。僕たちが住む低地部の団地――町全体の最果てかつどん底にあると言ってよい――はあれこれの建物に隠れてここからは見えるか見えないかといったところだろうが、見えて喜ぶ人間もいないだろう。
そんな僕の思考をよそに、ヤベはさっさと上に辿り着き、児童たちの後ろで腕を組んで、睥睨するように町を見下ろしていた。顎を上げて眉を顰め、すうっと息を吸ってゆっくりと吐き出す姿はこの町の支配者に見えなくもなかったが、なにを考えているのかはよくわからなかった。
被支配者のひとりであろう陽に焼けたTシャツ姿の係員にせわしなく促され、僕たちはちょろちょろと水の流れるFRP素材のスライダーに腰を下ろした。ヤベが水色、僕がレモン色。二本仲良く並んでいた。なにを思う間もなくすぐに笛が鳴り、僕たちはぐっと力を込めて身体を前に押し出した。尻が擦れ、速度が上がり、景色が流れ、水面に映る空と太陽が近づいてくる。ヤベの方が早い。僕は両手でスライダーの縁を掴んで後ろへと押しやった。やがて傾斜が変わり、身体が重力を失い、衝撃とともに呼吸が止まり、音が弾け、泡が舞い、灼けた大気の中に、夏の光を閉じ込めて、きらめきとともに水飛沫が飛び散った。
◆
「エスパークスってあったよな」
駄菓子屋だか文具店だかよくわからない『ひばりや』から小型のカップ麺を手にして出てきたヤベが、自転車の荷台に腰をかけながら言った。彼のそれは変速機がついていない、後ろかごかチャイルドシートさえついていれば主婦が乗っていてもおかしくないようなカマキリ型の自転車ではあったが、彼がゆったりと乗っているとむしろそちらの方がお洒落なんじゃないかという気もしてくる。
「もうねぇのかな」
さあ、と僕は首を傾げた。エスパークス、ゾイド、ネクロス、バーコードバトラー。様々な文物がときめきと謎を秘めて僕たちの前に現れ、その正体を掴み取る前に呆気なく消えていった。背後にあるのは消費社会の大人の事情というものだろう。
「まだ固ぇわ」
腰をかけるなり蓋を剥がして透明なプラスチックのフォークで麺をつついたヤベの服装は上から順にポロシャツ、ハーフパンツ、サンダルであり、床屋の切り方ではない髪型も含めてさっぱりとしていてお洒落な部類には入るのだろう。生白く出ているすねも自然につるつるとしており、やはりさっぱりとしていてお洒落な部類ではある。
「あそこの店ってなんて読むの。グラウンドみてぇなとこの、ラーメン屋みてぇなとこ。俺、前からわかんねぇんだよ」
ばいこうけんじゃないかな、と眼鏡のフレームに触れつつヤベから目をそらしながら小声で答えた僕はといえば、自分の軽食はヤベがこぢんまりとした店から出てくる前に済んでおり、服装は改めて言及するに値しないからよいとして、変速機つきのトンボ型の自転車を愛車とし、さんざん待たせた上にいきなり怒鳴り始める反社会的勢力構成員まがいの――本当にまがいかは知らないが――顧問の理不尽な恫喝を俯きながらも従順に聞いている振りをせざるを得ない野球部員のような姿勢と位置関係で、ヤベと向かい合っていた。
彼ら、すなわち野球部員たちと僕との最も重要な違いは、僕が相手にしているヤベはともかくも人間ではあるということだが、他にも細かな違いはある。髪は二ヶ月半は床屋にいっていなそうな長さと膨らみで、目つきと顔つきと声と体格はいくらかでもなく弱々しく、先のプールでいくらか赤くはなったものの概ね白い肌をしており、チームワークらしきものとまったく縁がなく、身体の前で大人しく組んだ両手に帽子を握っているわけではない、云々と。
とはいえ、たとえヘルメットを被って打席に立ってIチロー選手もどきのルーティーンを行っていたところで、僕を野球部員と間違える人間はいまい。仮に運動部所属ならば卓球部員にしか見えないだろうが、実際は見た目通りの文化部の所属であり、吹奏楽部員なわけもなく科学部員でも工芸部員でも囲碁・将棋部員でもなく、美しき術の部の活動員、すなわち美術部員だ。
「オリンピックってまだやってんの」
真剣な表情でずびずびと麺をすすりながら問いかけてきた彼もまた美術部員ではあったが、ほとんど名義上のそれではあり、といって彼が本当に所属すべき部活動がなんなのかを答えるのは難しい。仮に美容師を目指すような部活動があれば収まりはよい気はするが、そんなものはない。バンド活動という意味での軽音楽部であっても少し違うし、スケートボード部というものがあるならば「なるほど」といったところではあろうが、結局は積極的帰宅部員というのが一番近いものではあるのだろう。それはそれで美術部員らしいひとつの形であるとは言えるが、彼の問いに対する僕の答えは「もう終わった。だいぶ前」というものだった。
「マジかよ。俺、あいつ好きなんだけどな。手のないヤツ。おさげの」
熱っち、とふうふう息を吹きかけながら汁を吸いつつヤベは言い、僕は首を捻って考え込んだ。彼はなにを言わんとしているのか。
美術部員、団地住まい、三年で二度の同じクラス――一年四組と三年六組だ――という充分な接点はありながらも、互いの関心や思想に充分に慣れているとは言い難い程度の距離を保ちながら二年四カ月を同じ校舎の同じ階、うち一年四カ月は同じ教室で過ごしてきたのが我々であり、二人を親しい友人と認識している人間は――ヤベはともかく僕という現象を認識している人間がさほど多くはないであろうことはさておいて――ほとんどいないだろうし、当事者のひとりである僕も多数派に属していた。三街区のヤベの棟も本日が記念すべき初訪問だったし、玄関の敷居は跨がずじまいだった。
といって、団地という住宅様式はどこの家庭でも造りがほとんど変わらないので、跨いだところで特に新鮮味はなかっただろう。瓜が二つどころではなく千も二千もぎゅうぎゅうに押し込まれているのが団地生活であり、各戸の違いがあるならば服どころか毛穴の奥にまで滲み込んでいるような各家庭の匂いというものだろうが、それがなんによって生じ、どのように化合されて形成されるのかはわからない。一軒家などという高級住宅に住んでいる富裕層の人間よりは、団地や県営住宅に起居する中間層の人間の方が強い匂いを放っている傾向は感じられるが、狭小な住環境による空気の密度仮説以外にはこちらも匂いの濃度を決定せしむる要因は不明であり、専門家による今後の詳細な研究が待たれる。
我らが愛すべき――もちろん反語だ――Z団地の全体像を概観すれば、春には白いはなみずきの咲く、南北に走る全長三千フィートほどのメインストリートを中心に、東が分譲住宅、西が賃貸住宅と明確に区分されており、それぞれ南から順に一、二、三街区、四、五、六街区と、いくらかのずれと乱れはありながらも概ね行儀よく――少なくとも外観上は――並んでいる。分譲と賃貸の間に階級の差がないとは言えないが、特に目立った差別や階級闘争が生じるということもなく、行き来が禁じられているということもない。
ときどき賃貸から分譲への格上げ転居が生じることはあるが、近隣の転居の選択肢は他にもある。ひとつは三街区からふたつの商店街といくらかの一戸建て住宅の並びを挟んでさらに北にある――より単純に言えばメインストリートを挟んで六街区の向かいではあるのだが――『リバーサイド』と呼ばれる「第二団地」で、外観からして「第一団地」とは異なる高級感を漂わせており、住居の中身も人間の中身もそれにふさわしいと言える。というか、あれが名目上は我々のそれと同じ団地だということを、僕は最近知った。団地というのはあんなモダンな高級住宅ではなく、我々が住むような昭和三〇年代から四〇年代の臭気を放つものを指すべきではないのだろうか。『リバーサイド』は『リバーサイド』であって「団地」ではない。そういう認識をしている。
同じくモダンな高級住宅として、六街区のさらに北に一棟だけあとから付け加えられた『Zハイツ』というものもある。僕たちは正式名称の『Zハイツ』とは呼ばず、番地通りの「六の十N」と呼ぶが、その番地を発音するときにはやはり特別な響きは生じる。小学校時代の同級生からは上品で優しく知性的なヤナギさん一家が「六の十N」に越していき、人にはふさわしい住まいというものがあると実感する。
『リバーサイド』から通り一本挟んで北は隣のS市であり、市境を越えるや否や『Sニュータウン』というこちらも大規模かつモダンな高級住宅街が我々の前に広がっている。市は異なれどZ団地住民とSニュータウン住民の生活範囲に――いくらかは新興の大規模な集合住宅住民としての生活意識もだろうが――共有部分は多く、地域的な一体性ということであればそれぞれZ市なりS市なりの他地域との繋がりより強いはずでありつ、といって行政上所属すべき市や学区は異なり、他の縁がなければ交流が生ずる機会はさほどなく、Z団地からはZ市役所よりS市役所の方が一キロメートルほど近いし坂も上がらなくていいという立地的な事実もありつ、Z市民生活のひとつの中心地であるS駅はZ市にあるのに『Z駅』ではなく『S駅』を名乗らされるという理不尽極まりない名称の掠奪もありつ、通り一本のこちら側にあるのになぜかS市の市域に属し管轄もS市である『S市民体育館』は当たり前のようにZ団地住民も利用しているというささやかな奪還もありつ、Z市民なりZ団地住民はS市民なりSニュータウン住民にいくらか見下されているという、なかなか面倒臭い関係の隣人たちではあるが、いずれにせよ「第一団地」の賃貸の2DKの一階が地域的なカーストの最下層に位置することは否定しない。まさに僕の家ではある。なお、『Sニュータウン』には二十階建ての超高層マンションも存在しており、どこの王侯貴族が住むべき建造物なのか、僕には見当もつかない。
ついでに言えば、S玉県の最南端に位置するZ市は、田舎者ならばその名を聞くだけでひれ伏し、あるいは手を遣わずとも絶頂射精に達しかねない花の都大T京と境を接しているどころかパズルのピースとしてはめ込めそうなぐらい都域にどっぷりと喰い込んでおり、あるZ団地住民はここがT京だと疑わずに転居してきて、数ヶ月後にようやく自分が住み着いた場所がS玉県であることに気がついて愕然とした、という冗談のような実話もある。まったく、敗戦前後に生まれた田舎者どもはS玉県とT京都の区別もつかんのか、そがたあったるめーのこつ知らんちゃき田舎者はべろめろなんじゃろがまい、ばがすなごらほんだらじゃがじゃがしいこつおったらべってよー、と精神注入棒とゲバルト棒を小脇に抱えて小粋な小料理屋で小一時間ほど偽S玉弁で説教したくなるような話ではあるが、やはり田舎者である我が父親も数多の親戚の誰ぞと電話をするときは嬉しそうに「T京の八郎だぁ」と名乗ることがあるし、八郎とはどういう状況なんだろうという疑問はさておき、親戚といって半ば以上父親の代で縁を切ってしまっているので僕にとっては赤の他人でしかないこともさておき、そんなわけで土地も家も財産も親戚も土地勘も地縁も金魚のエサにすべきミジンコほどの信用もないところから僕の人生が始まっていることもさておき、夕食の席で彼が延々と語り続けるのはS玉県の話ではなく彼の故郷の話だし、自分がS玉県の人間なんだかT京の人間なんだかはたまた父親の故郷の人間なんだか、田舎者なんだか都会人なんだかZ市民なんだかS市民なんだかよくわからないというアイデンティティのマージナルな混乱をアプリオリに抱えているのが僕らのようなニューカマー二世のひとつの傾向である、と力みすぎて上滑りしている文系大学院卒の頭の足りない批評家を気取って解説するつもりもないにせよ、ややこしいにはややこしい話ではある。
この際、C葉県U安市のT京Dズニーランドを見習って、N沙布岬からS渡島からT取砂丘からO隅半島に至るまで、N本全国津々浦々、どこもかしこもT京を名乗ってしまえばよいのかもしれない。そうすればインポテの田舎者どもも自分はT京の人間だと公然と陰茎をまろび出して自涜行為に耽ることができて大喜びだろうし、自分を田舎者と卑下し、他人を田舎者と決めつけて見下すことも馬鹿馬鹿しくなるだろうし、N本国中に精子と潮の噴水が吹き乱れることになるだろうし、それは衛星放送を通じて全世界に報道すべき、なかなかの壮観な光景になることだろう。「田舎者は田舎者によって作られる」というのは自己疎外の再生産に関するポスト構造主義の文化人類学者M・コーサンジャリの言葉だが、いっそ国名も大T京帝国にしてしまえばよいのではないか、と小生の愚妻は愚考する。文字通りの愚かな考えではある。
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「田舎者」とはなにか、という定義は簡単ではない。まず、「いわゆる地方出身者=田舎者」ではない。「地方」に生まれ育ってその現実を生きている人間は「地元の人」であって、それだけでは「田舎者」ということにはならない。「上京者」のすべてが「田舎者」でもなければ、「ニューカマー二世」の中にも「田舎者」はいる。この辺りの話に興味がある方には同じくコーサンジャリの『幸福な食卓』(Une Table heureuse 水沢毅訳 実音書房)の一読をお勧めしつつ、話を戻そう。
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分譲、増築なし、偶数号室という要件から、3DKであるはずのヤベ家の間取りを推測するならば、こういうことになる。玄関を入って右手が北、左手が南。南向きの部屋は玄関のすぐ左横から左奥に向けて、四畳半、DK、六畳。DKと六畳の間の襖を外せば十二畳ほどのLDK的ななにかになる。ドア一枚から出入りする南向きの四畳半――玄関のすぐ左手の部屋だ――が、この造りの住居で最も個室性が高い部屋ということになろう。ヤベにはいくつか上の姉がいるはずなので、おそらくは彼女がこの部屋を使用しているのではないか。
玄関の右手にはコの字型の反時計回りに、シャワー付きの浴室、やたらと低い洗面台、やたらと低い洋式トイレおよび洗濯機置き場が配置されている。玄関の真正面がもうひとつの四畳半であり、ヤベ家ではおそらくご両親の寝室となっているであろう南向きの六畳とは襖一枚隔てて連結されている。玄関口でダルそうにスティールのプレスドアを押し開ける、よれたTシャツとジャージ素材の短パン姿のヤベの背後にはこの四畳半への扉が半ば開いているのが垣間見えたので、ヤベが寝起きしているのはこの北部屋で間違いあるまい。ひんやりと湿って薄暗い、放っておけばすぐに黴の生える北部屋だ。僕は賃貸の人間なので分譲住宅の造りには必ずしも詳しいわけではないが、奇数号室はこれをそっくり東西反転させればよいはずだ。
分譲住宅には『増築』という愉快な建築様式もあり、南のベランダ側に外から新たに六畳間ふたつを継ぎ足すという荒っぽい工法で、4LDKないし5DKを確保している。工法上、棟全体の合意がなければ『増築』をすることはできず、そんなわけで我らが団地の分譲区域は、増築棟と非増築棟が入り混じる、でこぼことした不思議な景観を形成している。
せっかくだから簡単に賃貸住宅の間取りも眺めておこう。牛乳受けとしては使用したことがない牛乳受けが玄関ドアの外の足元にあるのは分譲も賃貸も共通だが、こちらは奇数号室が2DK、偶数号室が3DKであり、3DKならば玄関の右手に反時計回りに浴室、トイレ、洗面台および洗濯機置き場がコの字型に配置されている。大股で二歩ほどの奥行きをもつゆったりとした――もちろん反語だ――コの字スペースの頭上にはアルミニウム製のカーテンレールが取り付けられており、カーテンレールの本来の用途に従ってカーテンをしゃーっと引けば一応は脱衣所らしきプライベート空間を作ることはできるが、ほつれて穴の開いたバスタオルを無造作に引っかけるためのハンガーとして使用しているご家庭も少なくはあるまい。玄関の正面の臙脂色または紺色のラインが中央に入った襖を右にそろそろと引き開ければ、北向きの四畳半のひんやりとした畳の匂いが香る。放っておけばそこに黴の匂いが混ざり込むのは、分譲でも賃貸でも変わりなかろう。左手の開き戸を押し開けて南向きの窓に向かいて呆然と立ち尽くせば、朝陽が射し込むとは限らない東から順に、すなわち左手から順に四畳、DK、六畳であり、DKと六畳はやはり襖を外せば連結することができる。奇数号室の2DKはこれを東西反転させて、南向きの四畳をぶった切ればよい。わかりやすい話ではある。家族四人、場合によっては五人でどうやって2DKをわかち合えばよいかは、各家庭の創意工夫が必要になるところではあるだろう。三段ベッドという画期的な文明の利器を使用しているご家庭もあるとは聞き、人は2DKに何十人まで住めるものなのか、ギネスに挑戦してみるのも面白いかもしれない。ベランダは充分な広さのものが用意されているので、そこで人数を稼ぐことも可能だろう。
実際は公称上の畳数よりいくらか小ぶりには感じ――一畳が一七〇×八〇センチメンタルといったところだろう――天井も落ち着きのよい高さで――二二〇センチメンタルほどだろうか――造りによっては閉じこもるのにちょうどよいサイズの押し入れも完備されているので――湿った布団と高級感のない木材の匂いがするはずだ――広所恐怖症でセンチメンタルな方にはお勧めできる。
ともあれ、これであなたはZ団地に関する充分な予備知識を得たのであり、明日からのZ団地生活をなんらの不安もなく始められるはずではあるが、Z団地生活を始めなければならない時点ですでにあなたの人生には不安と絶望しかないであろうことは想像に難くなく、焼け石に水、破れ鍋に綴じ蓋、壊れたら戻らないハンプティ・ダンプティといったところではあろう。
――というZ団地の構造を見通す美しい透視術から「今ここ」に意識を戻せば、どうにかこの居心地がよいとは言い難い時間と空間から逃げ出すやんわりとしたうまい方法はないものか、というシミュレーションに脳の容量を半分ほど消費しながらも、僕はようやく脳内の探索を終え、辛うじて思い当たった固有名詞を疑問符付きで発してみる、というところまでは辿り着いた。
「――ペトラ?」
「ああ。たぶんそれ」
俺、コビー好きなんだよな、面白ぇよなあれ、とむせて咳き込みながら言いつつヤベはいつの間にか食べ終わっていたカップ麺を段ボール箱に捨て、暑っち、と呟きながら額を手で拭い、ぴっぴと汗を切ってからコインは入れずにカードダスのハンドルを捻った。僕はもう一度首を捻って考え、ヤベの身体の厚みのない側面に向かって控えめに指摘した。
「もしかしたら、コビーは、バルセロナのキャラクターじゃないかな」
おお、と、うん、の中間ぐらいの返事を楽しそうにしたあと、ヤベは件のアニメーションのテーマソングをあやふやな歌詞で口ずさみながらガチャガチャの前に移動してしゃがみ込み、いくつかのレバーをいじったあとに思い出したように顔だけをこちらに向け、眩しそうに訊ねた。
「どういうこと?」
答えるのが難しい質問だった。僕は咳払いをしてから、説明を試みた。
「コビーは、前回のバルセロナ・オリンピックだけの特別なキャラクターだったから、今回のアトランタ・オリンピックではやっていなかったし、もうやらないと思う」
「なにやってたの、今回」
「さあ?」
そこまでは僕も知らなった。もう子どもの頃ほどオリンピックを価値のあるものとは思わなくなっていたし、親と一緒にテレビを観ることも少なくなっていたし、『デカスリート』でぐりぐりと円盤投げの記録に挑戦する方がよっぽど面白くなっていたし、今ようやく同ソフトがオリンピックの時期に合わせてセガ社によって製作および販売されたものだったことを悟ったぐらいだ。ヤベはしばらくなにかを考えたあと、ふと気がついたように言った。
「なに、オリンピックって、いつも違うとこでやんの?」
「うん」
ヤベはもう一度考え、それから納得した。
「ああ、そうか。ソウルオリンピックミロ、とかやってたもんな。ソウルって、韓国だもんな。マコトだもんな。あれ、なんか、すげぇ女いたよな。なんだっけ。ジョイナー?」
僕は黙ったまま頷いた。ロサンゼルス、ソウル、バルセロナ、アトランタ。記憶にあるのはソウルからだ。ヤベは立ち上がり、ガチャガチャの赤い頭に手を置きながら言った。
「じゃあもう、コビーやんねぇんだ」
どこでもない地面を気落ちしたように見つめながら呟くヤベが少し気の毒になり、いつかまたバルセロナでオリンピックをやるとしたらまたコビーもやるかもしれない、そのときにはきっとペトラもジョルディもオリビアもカチャスもノシもビーチョも変わらずに仲間のままだろう、というようなことを言おうかとも思ったが、やるとしても半世紀ぐらいは先の話になるだろうし、コビー少年はさておきトラブルの博士ことノルマル氏は一九九二年当時におそらくは三十代後半だったであろうことを考慮すれば四十八年後ないし五十二年後にはもう他界しているかもしれないし、人類のみでは飽き足らずに生き物すべてを滅ぼさんとする氏のたくらみが成功せずともどのみち一九九九年に地球は滅びるのだし、地球が滅びずとも僕たちが『完全自殺マニュアル』の任意の記述を実行して個人的な滅びに達している可能性も否定できないので、言うのをやめた。
ヤベはそのまま黙り込み、僕の脳内は黴臭いなりにクーラーの効いた部屋に戻ってどうせ家にこもっているであろう弟と『デカスリート』をプレイするというイメージが支配的になっていき、「そろそろ帰ろうか」と言うべきタイミングを走り高跳びのJ字助走からの踏み切りのごとく見計らっていると、ヤベが先に口を開いて、僕はバーを落とした。
「ゲーセン行こうぜ」
◆
S駅南口前の大通りから脇に入った陽当たりの悪いL字型の路地の直角部分に、そのゲームセンターはあった。昼間は人通りの少ない路地、という言い方で、論理的にその路地の性格は伝わるだろうか。プライバシー保護のためにイニシャルで店名を示したいところだが、イニシャルみたいな名称のゲームセンターなのでどうしようもない。ともあれ、パブやらダンススタジオやらよくわからない店やらの詰まった雑居ビルの一階と地下一階がそのゲームセンターの占有部分であり、僕たちが用があったのはもっぱら地下一階のアーケードゲームコーナーだったし、今日の目的地も当然のようにそちらだった。
自転車のスタンドをがちゃんと立てて、花期をとうに終えたツツジだかサツキだかの植え込みの脇に違法性の認識なき違法駐輪をして、濡れた海水パンツと浮き輪の入ったリュックサックを前かごから右肩に移しながらヤベの後を追い、やけにポップな色彩と字体で店名の描かれたアーチをくぐり、エリアウェイへの急な階段を降りていった。階段の一段ごとに照度が下がり、湿度が上がり、煙草と歓楽の匂いが強くなり、皮膚を粟立たせるサウンドが少しずつ大きくなってきて、文字通りのアンダーグラウンドな空気が濃くなっていく。僕たちは踊り場込みで二十段の矩折れ階段をとんとんと降りてアンダーグラウンドな地下空間に降り立ち、百円で五回プレイ可能というアンダーグラウンドな二台のクレーンゲームを睨んで過ぎた。アンダーグラウンドと呼ぶには能天気すぎる音楽を奏で続けているクレーンゲームではあったが、それさえも逆説的にはアンダーグラウンドであると言えよう。アンダーグラウンドな入口のアンダーグラウンドなガラス張りのドアを引き開けながら、溢れ出した冷気とアンダーグラウンドなざわめきを秘めた諸々の音響に乗せて、ヤベは訊ねた。
「お前、バーチャやる?」
ドアを受け取りつつ頷きながら、僕はヤベの問いかけに少し驚いていた。彼にはテレビゲームをやるようなイメージがあまりなかったし――ゲームセンターならばフロアの奥で脚を組んでダルそうにポーカーを叩いているイメージだ――ましてや『バーチャファイター』にのめり込むような陰気で偏執的な人間とは思っていなかったからだ。なるほど『エキサイトステージ』はやるかもしれない。『ダービースタリオン』はやらないだろう。『ドラクエ』よりは『FF』を好みそうだが、『女神転生』は存在さえ知るまい。想像を膨らませれば、案外『魔導物語』をプレイしている姿が様になるかもしれず、確かにゲームボーイよりはゲームギア、SFCよりはメガドライブが似合いそうなところはあった。だが、32ビット機ならば決してセガサターンではあり得ない。プレイステーションだ。強いて格闘ゲームをやらせるならば『キング・オブ・ファイターズ』で八神庵にどうしたのこうしたの言わせていそうな印象ではあったが、いずれにせよ僕とは違う世界の人間という認識だった。
そんなことを考えつつ、強すぎる冷房に熱のこもった身体を冷やし、視界を遮る煙草の煙をかき分け、ぴこぽことした電子音やらだばだばとしたメダルの落下音やらぺちぺちがちゃがちゃとした操作音やらしきりに連呼される飛び道具的な技名やらばきぼかとした打撃音やらエコーのかかった断末魔の悲鳴やら子どもが育ちそうなクイズの正解音やら不正解音やらファイヤーやらアイスストームやらダイアキュートやらブレインダムドやらジュゲムやらばよえーんやらばよえーんやらばよえーんやらのぷよぷよとした音やらを鼓膜に感じながら、僕たちは店の奥へと進んだ。ヤベがトイレに行っている間に僕はちゃこんちゃこんと両替を済ませ、しばらく待ってもヤベが出てこなかったので、先にプレイを始めるべくいつもの席に座り、コインを入れてスタートボタンを叩いた。
舜帝との第一ラウンドをほとんど無傷で片付けた頃にヤベは出てきて、鏡張りの柱を見ながら前髪をいじったあと、腕組みをしてしばらく僕のプレイを眺めていた。誰がどこから眺めていようが僕のプレイは変わらない。P→K、↑PK、サマーソルト、エクセレント。ママのところへ泣いてお帰り。身寄りのなさそうなアルコール依存症の高齢者に放つにはいくらか残酷な勝ち台詞だが、サラがそう言うんだから仕方がない。ヤベはふうんと頷き、ゆっくりと白い筐体の向こうに周り、しばらくして椅子の脚がリノリウムの床に擦れる音がして、二度のSEが鳴った。
CREDIT 1、CHALLENGER COMES。
一度目は低く、二度目は高く。何度聴いても胸の高鳴るサウンド・エフェクトだった。僕はボタンから右手を離し、指先を何度か擦り、眼鏡の位置を直し、それから無意識に平常通りのルーティーンに入っていた。
対戦の間のちょっとした空白にレバーボールを締め、リズミカルにボタンを叩く。それが僕のルーティーンだ。PKG、PKG、PKG。この席で高校生や大人たちを相手に十四連勝したときも、対戦が終わる度に僕はレバーボールを締め、クールにボタンを叩いていた。無関心、無感動、無表情。目に映るすべては等しく虚しい。
ヤベが選んだのは螳螂拳遣いの少年だった。リオン・ラファール、十五歳。フランスの大富豪の子息で、父親との間になにやらの確執があり、世界で一番自分が強いという妄執に取り憑かれている。短すぎ、かつ青すぎるデニムのショーツを履き、裸の上半身にヴィヴィッド・オレンジのヴェスト・ジャケットを羽織るという変態的と言えなくもないファッションセンスはさておき、リオンは僕も嫌いじゃない。だから戦い方もわかっている。いずれにせよ、ヤベがアキラを選ぶような人間ではなかったのは何よりだった。美意識と倫理の欠落した下衆でなければアキラは使わない。
サラは西海岸、サンフランシスコ生まれの二十一歳で、截拳道の遣い手で、洗脳されている。背は高く、鼻も高く、脚は長く、足癖は悪く、さらさらとしたブロンドの長い髪をポニーテイルにまとめている。鮮やかなアクア・ブルーのシャツの裾を鍛えられた腹筋の上で縛った2プレイヤーカラーのラフさが好きだ。ときどきサラに蹴られたいと思うこともあるが、蹴られるのは対戦相手であって僕じゃない。
リヴァーブのかかった「READY GO!」のコールとともに対戦が始まった。開幕のジャックナイフキックを潜り込んで避けられ、七星天分肘で横向きに倒される。積極的なリオンのようだ。リオンは起き攻めで軸を変えて背後投げを狙ってくるが、それはさすがにわかっている。無難に距離を取って仕切り直す。
ヤベのリオンはよく動き、よく避け、よく回る。リオンのあるべき姿を引き出した、いいスタイルだ。勝利だけを求めるならば、そもそもリオンを選ぶべきではない。こだわりのない人間が、僕は大嫌いだ。一瞬の隙にダッシュで近づいて身体を低く捻って脚を払う。カウンターの磨盤手は穿弓腿で拾う。正確なコマンド入力で上体に飛びついて首を掻っ切る。上手い。僕は一本目を先取されながら、手応えと満足を感じていた。
二本目のリオンは開幕から打撃で飛び込んできたが、声で中段と下段を判断し、ガードして冷静に反撃する。僕のサラだって動きは悪くない。後転するリオンをしゃがみダッシュで詰め、起き上がりにラウンドキックを重ねてさらに詰める。振り向き、下段、大ダウン。自動二択のネックブリーカーで後頭部を堅い地面に叩きつける。中距離からのスピニングキックで美少年の側頭部を蹴り飛ばす。このラウンドは僕が取った。
三本目、四本目と対戦は続いた。互いの癖がわかってくる中で、手の内を読み合い、攻め手を潰し、変化をつけて裏をかく。仮想空間の格闘家たちの骨と筋肉と神経を通して、互いの孤独で不毛な時間をぶつけ合う。ヤベのリオンのように個性のある対戦相手だとなお面白い。旋風腿、下穿腿背転、廻掛脚。スタイリッシュないい連携だ。戦いながら、僕はヤベという男に興味と好意を抱き始めていた。
最終ラウンドも両者の体力ゲージが赤く染まっていた。起き上がりに距離ができたが、互いに突進系の技ならギリギリで届く距離だ――どうする、どう来る。副腎髄質から分泌されたノルアドレナリンが脳を満たし、アッパー系の瞑想状態の中で神経が研ぎ澄まされ、六〇分の一秒の思考が筐体を挟んでぶつかり合う。どう来る、どうする。リオンの身体が動き始める瞬間に、僕にはふとヤベの思考がわかった。下段だ。地を這うような疾地掃腿をラウンドキックで薙ぎ払い、浮き上がった身体をサマーソルト・キックで切り裂く。筐体の向こうでヤベが声をあげた。僕は眼鏡を直し、レバーボールを締め、リズミカルにボタンを叩いた。
◆
うわあ、と声なき声をあげ、僕は噴き出した炭酸に濡れた自分のTシャツを眺めた。Tシャツは相変わらずなんだかよくわからない模様をしていたが、幸いにして股間は濡れていなかった。エレガントな紳士として非常に重要なことだ。
対戦を終えた僕たちはひとまずフロアを出て夏の熱の中に戻り、アンダーグラウンドなクレーンゲーム機の横のアンダーグラウンドな自動販売機で飲み物を買い、紳士的に互いの善戦を讃え合おうとしているところだった。僕はペプシがなかったからコーク、ヤベはドクター・ペッパー。紳士が喫するにふさわしい清涼飲料だ。僕たちは向こう側になにがあるのかよくわからない黒塗りのガラス壁にもたれて、紳士的な談笑を始めた。
「お前、よく来るの?」
まあね、とクールに言おうとして上手く言葉が出てこず、僕はこくこくと痙攣するように頷いた。対戦が終わったあとにしばらく胸のどきどきと指の震えが止まらないのはいつものことだが、誰かと話をするのは珍しい、というか初めてかもしれない。
「オオワダも、けっこう不良なんだな」
なんと答えていいかわからず、僕は相変わらずこくこくと頷き、相変わらず言葉を発さなかった。ヤベは残ったドクター・ペッパーを飲み干し、げっぷをして口を拭ってから、妙に真面目な表情で言った。
「いいと思うぜ」
それからヤベは缶を捨てに行き、また壁際に戻ってきた。僕の三倍は飲むのが早い。
「でもお前、サラ使うんだな」
こくこく。
「パイじゃねぇんだ」
パイを使うのは変態だけだよ、と言おうと思ったが言葉は相変わらず出てこず、あはは、と僕は薄い声で笑った。
ヤベはもう一度げっぷをしたあと、ぼんやりとした顔で黙り込み、僕はなにか質問をしようと思って頭を巡らせたがなにを訊いたものかわからず、ファイティングバイパーズとかラストブロンクスとかAM2研とかセガワールドとかZ駅とかI袋とかピッキーとかぴっぷぅとかそんな単語やイメージが脳の表層に飛び交うのをどうにかしようとしているうちに、ヤベは思いついたように壁から背中を離し、身をかがめて階段を眩しそうに見上げて言った。
「パンツ見ようぜ」
僕たちは階段の下の花なき花壇に座り込み、女子高生が来るのを待った。
三十分経った。女子高生は現れなかった。女児もOLも女工も公爵夫人もコギャルもマゴギャルも渋谷系も裏原系もセムハム系も単斜晶系も微分可能力学系もアンドロメダ座星系もアムラーもシノラーもカバラーもアメン・ラーもラメン・バーも、真夏の夜のティターニアどころかアメノウズメさえも来なかった。クレオパトラも楊貴妃も小野小町もメじゃないわ、と歌うお方が僕の初恋の相手だったことはさておき、夏休みにも女子高生たちがウエストを折り込んだスカートを履いているのかはわからなかったし、そもそも日中に多くの女性が出入りするような路地ではなく、今を時めく女子高生ならなおさらだろう。
「来ねぇな」
つまらなそうにヤベが言い、僕は頷いた。「そろそろ帰ろうか」と言うつもりはなくなっていたが、さりとてヤベを誘うべき次の場所がわからない。Rムハウスか、Jョイか、Sータか、Rーメン南紀か。二人ともPニーランドを心から楽しめる年齢はだいぶ過ぎていたし、ミニ四駆の流行も『スト』の大流行も遥か昔に過ぎ去ってはいたが、先ほどの『ひばりや』での会話の方向性を考えれば、埃を被った懐かしきプラモデルを彼の地で漁ってみるのも一興ではあるのかもしれない。必ずしも感じがよいとは言えないエプロン姿の小柄な店主はまだ生きているのだろうか――。
そんなことを考えていると、ヤベの口から思いがけない言葉が当たり前のように飛び出した。
「プリクラ撮ろうぜ」
「え?」
プリクラ。知識としては知っていた。というか、まさに今朝、S玉新聞の7面あたりのコラムで眺めてきたばかりだった。曰く、正式名称『Pント倶楽部』、自分の顔写真をシールに置き換える機械、女子高生を中心に、昨年七月の発売以来、もはや現象と呼べるほどにブーム、云々。知識として知ってはいたが、現在のアンダーグラウンドな状況とプリクラというオーバーグラウンドな単語が結びつかず、整合性を求めて僕のニューロンは活発な活動を始めた。
僕の脳内でせわしく明滅する有機交流電燈など気にもせず、いてててて、と顔をしかめながらヤベはラジオ体操の要領で背筋を伸ばして腰を捩じり、アルミニウム製の手すりを頼りながら当たり前のように階段を登っていった。僕は慌ててゴミ箱に缶を捨て、ヤベの後を追おうとして背中が軽いことに気づき、花なき花壇に忘れかけたリュックを拾い上げ、躓きながら階段を上がった。体勢を立て直しながらふと見上げれば、地上に立ったヤベの背中の向こうの空はやけに眩しく、僕は思い切りくしゃみをした。
◆
よく見なさい。見ようとしなければ、見えないものばかりなんだよ。
シブキ先生の言葉が、穏やかで深みのある声とともに脳内で再生された。イニシャルのような名称のゲームセンターの一階で度の強い僕の眼鏡の前に蠢いていたのは根暗な男子大学生でも得体の知れない不良たちでもなく、高等學校所属的桃之夭夭制服誘惑天仙娘娘梨花帯雨的女子生徒、すなわち女子高生たちだった。
アムラーやコギャルと呼ばれるような派手な姿こそ見えなかったが、それなりに大人でそれなりにお洒落な私服勢、見ようとしなくても中身が見えてしまいそうな短いスカートを履いた制服勢、それからなぜか色とりどりの浴衣勢。大群と呼ぶほどでもないが、アンダーグラウンドなゲームセンターの印象を覆すには充分な数の女子高生たちがきゃっきゃと蠢いており、彼女たちの列の先にはかわいらしい一基の筐体が誇らしく輝いていた。
それが――見えるか、友よ、弟よ――噂のプリクラだ。
いつの間にこの場所はこんな場所になっていたのだろうか。なぜ僕にはこの現象が見えていなかったのだろうか。どうして彼女たちは夏休みなのに制服を着ているのだろうか。プリクラを撮るためにわざわざ浴衣を着てきたのだろうか。やはり皆プリクラ帳とやらを持っているのだろうか。あの台はなんなのだろうか。どうして僕はここにいるのだろうか。僕はここにいてもよいのだろうか。どうして生きているのかこの俺は。
そんな無数のクエスチョン・マークといくらかの『唄』で脳内を溢れさせながらきょどきょどしている僕とは対照的に、ヤベは慣れた様子でUの字になっている列の後ろに並び、顎を上げて両手のひらを顔に向けてぱたぱたと扇ぎ、女子高生の甘く爽やかな匂いを鼻腔の奥に吸い込ませていた。
「ヤベは」
活気のある列の流れに合わせて歩を進めるヤベに追いつきながら話しかけようとして、声が裏返った。
「あ?」
ヤベは呑気な顔で振り返り、僕は咳払いをして言い直した。
「ヤベは、プリクラって、撮ったことあるの?」
様子を見ればそうとしか見えないことはわかっていた上での間抜けな質問であり、「プリクラ」という単語を発するときに妙な力みが加わってしまったことも承知はしていたが、他の質問が思い浮かばなかったし、そのようにしか発音できなかった。
「おう」
当たり前のような答えが当たり前のようにあっさりと返ってきて、僕はAとOとHが混ざったような変な擬音を発することしかできなかった。ヤベは僕から発された奇妙な音を気にかけず、嬉しそうにきょろきょろと女子高生を眺め回していたが、やがて気がついたように僕を見て、言った。
「あれ、お前、ないの?」
今度はYとUとGとNが混ざったような音が出てきたが、いずれにせよ僕は頷いてはいたし、ヤベも音声は気にせずにその意味を自然に理解はしたようだ。続いてヤベは、爆竹のような破壊力のある単語をあっさりと発した。
「じゃ、童貞か」
ずん、と胸と胃にくる単語だった。D-O-U-T-E-I。童貞。正確な発音は「ドーテー」であり、控えめな思春期を迎える頃に国語辞典でその単語の意味するところを調べたことがある人間も少なくはないだろう。
少なくはない人間のひとりだったのか、ざわめきの中から耳聡くその単語だけを拾って反応したかのように、前に並ぶ私服の女子高生のひとりが心なしか振り返り、心なしか侮蔑的に僕を見下ろして片頬を歪めて嘲笑ったような気がしたが、清潔感溢れる爽やかな半袖のニット姿とそうした悪意の表出には整合性がなかったし、冷房が急に強くなったような気がしたことも含めて僕の気のせいではあったのだろう。いずれにせよ僕の頭の中にBOWYの『FUNNY-BOY』が流れ始めていたことは間違いのない事実だ。強いストレスや不安を感じたときに脳内で自動再生される曲のひとつだが、このときは歌詞が少しだけ改変されていた。バイバイ、チェリーボーイ。
次に再生が始まったのはデランジェの『LULLABY』であり、これは「心なしか」という言葉に脳が反応して歌詞データベースまたは音声データベースと照合し、気を利かせたつもりで流してくれたのだろうが、そうなると今度はまたBUCK-TICKに戻って『MOON LIGHT』か『LOVE ME』あたりが始まるのかもしれないにせよ、僕の脳内で密やかに進行しつつある八〇年代メドレーとの交点を見失ったまま九〇年代の行列はきゃっきゃと進み、いつしか僕たちは九〇年代的としか呼びようがない、パール・ホワイトとブライト・ピンクを基調とした、ポップな筐体の前に辿り着いていた。
◆
すべては箱である。結局はそういうことだった。目の前の対象がいかに複雑に見えようが、いかなる名称と意味と色彩と運動を有しているように思えようが、現実存在が現実存在である限り、空間という箱の中の物体という箱として捉えることができる。
キムラ先輩の教えをもとに僕なりに発展させた哲学はそういうものであり、その細く長いひとつの道筋が見えて以来、僕はやたらと――物質的にも、想像上でも、ときに記号的に、ときに消失点に向けて――箱を描く人間になった。雨の日も、風の日も、雪の日も、ときとして槍の日も。病めるときも健やかなるときも、日照りのときも寒さの夏も。ときには画用紙に、ときには教科書の隅に、ときには真夜中の団地の砂場に、ときには誰もいない放課後の教室の黒板に。あるときは喜びに満ちて、あるときは迷いの中で、あるときは怒りと憎しみに任せ、あるときはおうおうと慟哭しながら。あるときは存在の無常に思いを馳せ、あるときは肉体と重力の呪縛に絶望しつつ、あるときは現前する世界の美しさに驚きながら、あるときは垣間見える彼方への憧憬を込めて。
描き続けてきた箱がすなわち僕であると言っても過言ではない、とまで言うつもりもないが、ともあれその哲学に従って現在の状況をおおまかに捉えるとこうなる。
日常的にはゲームセンターと呼ばれるような箱の中に無数の細長い箱があり、そのうちのふたつは日常的にはヤベ、そして僕と呼ばれるような箱だ。僕という箱がすなわち視点の在り処でもあるのが多少厄介ではあるが、ともあれ箱ではある。ヤベという箱と僕という箱の前に――便宜的に「前」と呼んでおくが、宇宙空間中のX、Y、Zで絶対的にその位置を同定することは可能だし、地球上の緯度と経度で指定することも――北緯三五度四九分、東経一三九度三四分といったところだろう――可能だし、あくまで任意の点に対する相対的な位置関係ではあるが――と、二重のダッシュで元がわからなくなりそうなので言い直せば、ヤベという箱と僕という箱の前に別の箱があり、その別の箱は日常的にはこう呼ばれるような箱ではある。『Pント倶楽部』と。それだけの話だ。
問題は、と僕は思う。「それだけの話」が僕を大いに戸惑わせているということだ。どうして僕は戸惑っているのか。
まず、「日常的には」ではまるでない。口に出すのが憚られる単語ではあるが、僕は少なくとも「プリクラを撮る」という行為に関してはD貞である。少なくなくともD貞ではあるが、ともあれそれは客観的な事実として認めるし、今まさにD貞を卒業せんとする状況を「日常的」と捉える人間がいたならば、心の機能に欠陥があるに違いない。僕の心に欠陥があることは否定しないが、少なくともこの件に関しては健全に機能しており、今の状況を「非日常的」と捉えている。
そして、その「非日常的」な状況がラブ・ストーリーのように突然に、かつふたつ重なって訪れたということだ。そもそもヤベに誘われ、行動をともにすること自体が「非日常的」だったわけだが、時間の経過といくらかの行動によってそちらにはいくらか慣れつつあった。ようやくひとつの「非日常的」に慣れ、精神の均衡と平穏を取り戻してきたところに、想定だにしていなかった別の「非日常的」が訪れた、というのが現在の状況であり、疲弊した僕の脳には情報処理がしきれていない。
さらに、ヤベと僕という箱をとりまく、無数の箱どもの存在である。「女子高生」と呼ばれるような箱どもではあるが、その箱はなにか心の繊細にして傷つきやすい部分や身体の勇猛にして滾りやすい部分をもぞもぞとざわめかせる声を発しており、箱の上部の小箱からは箱としては捉え難いきらきらさらさらとした触り心地のよさそうな「髪」と呼ばれるであろう糸状の物質の集合体が馨しげに流れており、箱として捉えるには複雑すぎるしなやかでおそらくはやわらかな「身体」からよい匂いを漂わせており、正直に言おう。まったく箱には見えない。「女子中学生」さえ箱として見るどころかまともに正面から見ることさえできないのに、進化ヴァージョンの「女子高生」に取り囲まれており、団地の遠くの階段から微かに聞こえる女性らしき靴音だけでも壊れそうなほど狂いそうなほど切ない夜のように蒼く張り裂けそうに反応してしまうというのに、なんなんだこの状況は。
動揺しないわけがないだろう、と激怒してしまいそうな僕をよそにヤベは寛いだ様子で楽しそうに百円玉を三枚――うち二枚は僕が出したものだが――ちゃこんちゃこんちゃこんとスロットに入れ、「好きなフレームをえらんでね」などとなぜか馴れ馴れしいタメ語でフレームとやらの選択を求めてくるジャックフロストの指示に従ってい――
――ジャックフロスト? どうしてきみがこんなところにいるんだい? きみはご機嫌に吹雪を吹き散らしてホーリータウン・エリアを凍りつかせ、毒ガスを撒き散らす邪龍バジリスクと共に悪意なくミレニアムの人々を困らせているんじゃないのかい?
その口癖から「ヒーホーくん」とも呼びたくなるような、ラピス・ブルーの二股のジェスターハットをかぶった二頭身の雪だるまは、壮大かつ崇高にして偏執的な狂気に憑かれたテレビゲームシリーズ、『女神転生』に登場する悪魔――仲魔でもあるが――であり、どちらかと言えば、どちらかと言わずとも、女子高生たちの世界ではなく僕たちの世界、じめじめと暗く腐った憂鬱な僕たちの世界に所属しているキャラクターであるはずだった。
もちろん僕には親しみのある、ありすぎるぐらいあるキャラクターであり、どのぐらいあるかと言えば、友人たち、正確に言えば知人たちへの年賀状に、受け取り手の知識や好みや宗教や政治信条も気にかけず、あれこれのポーズのジャックフロストを――時おりハロウィンお化けのジャックランタンも交えながら――描きたいがままに描きまくって送りつけたことがあるぐらいには親しみがある。
今思えば年賀状を書きたかったのではなくジャックフロストを描きたかったのかもしれず、一方的な形ではあれ誰かとなにかを共有したかったのかもしれないが――なにかが違う。ジャックフロストよ、きみは「このままプリントアウトしていい?」だの「アイディア次第でいろいろ貼ってね」だの「おんなじシールをもう一回つくろっか?」だの、妙に歪んだ機械音声で不自然なほど親しげに女子高生に語りかけるようなヤツだったのか? 僕たちの仲魔ではなく、彼女たちの仲魔として後列からしれっとブフーラを吹きかけてくるようなヤツだったのか?
ジャックフロストという新手のスタンド使いによる思いがけない攻撃を受けた僕の混乱はといえば、好きなフレーム? 俺の顔を全部隠すようなフレームだな! などと脳の一部分では強気で思いながら、関係ない漫画のイメージが脳内に紛れ込んできたことさえ気づかないほどであり、新聞の様々な文言とともに、脈絡のないあれこれのヴィジョンが脳を満たしていった。
フレームが二十七種類、もう当たり前っていう感じよね、手帳にたくさん貼るの、温床にテレクラ「援助交際」、一枚三百円で、小学生にまで覚醒剤、四千台弱を製造し、身勝手な大人が被害拡大、渋谷のセンター街で、部員をトランクス一枚に、画面で表情を確認した上で、女子高生相手にみだらな行為、遊び感覚と自己表現求め、勤め帰り狙い「おやじ狩り」、シールを手にした気持ちも、「まだ体験してないの?」が圧力に、中学生に売春あっせん、中学教諭「殺すぞ」と手紙、のれん状のシートをくぐり、背後には暴力団、朝霞の暴走族解散届け提出、中2女子いじめ自殺、楽しいシールを作る演出も、ごみ集積所に女児死体、カイワレは安全、町長「原発と共生せず」、裸の男性転落死、丸井の出店決まる、中国また核実験、朝鮮人生徒への暴行続発、登校拒否最多の八万一千人、宮崎被告公判、ミニシールが十六枚、六割が自殺考える、バブル余波ここにも、チョベリバーってなに、雨を呼ぶ巨大竜蛇、フロアレディ大募集、光とともに爆発音、女子高生数人にカマふりかざす、秩父でオウム信者水死、届かぬ密室の悲鳴、監督の怒り渡辺久に、貼れば友情の証――。
キマイラのような雑多なイメージは積み重なってやがて奇怪なキングフロストを形成し、それから、崩れた。
ニュートラル。ロウとカオスに引き裂かれたニュートラル。季節外れの真っ白な雪化粧に覆い尽くされた僕の脳内からは、「ポーズが決まったら、ボタンを――」あたりで外部世界の視覚情報と音が消え、最後に覚えているのはなぜか、がらんとした脳内にぽつんと響いたこんな言葉だった。
おれはひとりの修羅なのだ――。
◆
――記憶が戻ってくるのは、ヤベからひょいとなにやらのシートを手渡された辺りからだ。じんわりと焦点が合っていったそれは、半分に切られたであろう形跡のあるシートで、さらに見れば八枚ほどの証明写真のようなものがついており、なんだかよくわからない飾り模様の中心に収まっていたのは、斜めに構えて片頬で不敵に微笑むヤベの顔と、ブフーラでかちかちのフリーズ状態になったかのように表情のない眼鏡の男子の真正面からの顔、すなわち僕の顔だった。
こうやって眺めるとなんだかんだ男子中学生の顔ではあり、モザイクをかけるほどにはひどくもないのかもしれない、なんてことをふと思いつつ、僕が写っているということはひとまず無事にプリクラを撮り終えたということではある。数分前まで僕たちがいたはずの筐体前の空間を振り返れば、ジャックフロストが引き続き親しげな声できゃっきゃとした女子高生たちに話しかけており、ということは僕が混乱のあまり暴れ出して筐体を破壊したということもないようだ。
そうか、と僕は、不思議と平静で、少しだけ爽やかな気持ちで頷いた。そうか。
終わってみれば呆気ないものであり、自分がなにを恐れ、なにをためらい、なにに動揺し、なぜに混乱していたのかもわからない。どうということもないものではあり、どうということもないなりに、少しは楽しかったのかもしれない。また撮りたいかと問われれば、「機会があればね」程度ではあるが、今度はもう少しまともな表情で写れるのだろう。いずれにせよ僕は人生で初めてのプリクラを撮り終え、なるほどプリクラとはこういうものか、というひとつの確かな知を得て、ひとつの新しい行動様式を身につけ、ひとつの証拠としてプリクラシートを握り、ひとつの新しい地平に立ってはいた。僕はもう童貞ではなかった。
この件に関してはね、と保留をつけつつ筐体の上方に視線を向け、なるほどアトラスとセガか、馴染みのない世界の話ではなかったんだ、と納得し、でも女子高生たちはジャックフロストの名前は知らないだろうな、同じ世界なんだか違う世界なんだか、と苦笑しながら首を回して童貞卒業の立役者の方を眺めれば、ヤベはハサミ台の横で浴衣姿の女子高生たちに話しかけていた。
俺が切ってあげるよ、浴衣じゃ切りづらいでしょ、あ、関係ないって? でもほんと浴衣かわいいね、うん似合ってる、ほんとだって、俺嘘ついたことないもん、三つに分ければいいの、十六って三で割ったらいくつ、ちょうど一枚余るんだ、じゃあそれは俺がもらうね、いいでしょ、やったあ、あとで俺たちのもあげるね、俺切るのうまいでしょ、でも俺ほんとは左利きなんだよね、変わってるでしょ、よく言われる、鋏は切りづらいから右なんだけどね、はいできた、かわいく切れてるでしょ、でもやっぱりプリクラより本物のほうがかわいいね、浴衣も似合ってるし、大人っぽいし、でも制服も似合いそう、どこの高校行ってるの、頭いいんだね、高校って楽しいの、おねえさん達がいるなら俺もA西目指そうかな、勉強難しいの、俺バカだからさ、高校どこも受かんなそう、そう中三、受験生、やる気ないけど、今度勉強教えてよ、おねえさん達が教えてくれたら俺すげえ頑張れそう、全教科五百点ずつぐらい取れるかもしんない、やばいよね、人間の限界を超えてしまう、ねえ年下ってアリなの、今度合コンやろうよ。
くすくすと笑うA西生たちに、ヤベが訊ねた。
「ところでさ、なんで浴衣なの?」
A西生たちは相変わらずくすくすと笑いながら顔を見合わせ、ひとりが答えた。
「おまつり」
◆
「お前、今日祭りあるって知ってた?」
マックシェイクをずずずっとすすり、テーブルの向かい側のヤベが訊ねた。
「心のどこかでは」
チキンナゲットをバーベキューソースにつけんとする自分の指先を見つめながら、テーブルのこちら側の僕は答えた。昼食どきはとうに過ぎていたが、冷房の効いた店内は僕たちと同じような人種なり、夏休みの母子なりで充分に賑わっていた。
I袋やS林公園へと行き交う私鉄ががたがたと頭上を過ぎる地下道をくぐり、息が詰まるような午後の熱の中を走り、ギリシア文字をロゴとする二階建てのショップで中古のコンパクト・ディスクとゲームソフトを眺めたあと、Mタードーナツの甘い匂いを嗅ぎつつルーフ付きの屋外型エスカレイターをデック部分まで上がって僕たちがやってきたのは、煉瓦色の建築に七階まで登るシースルーのエレヴェイターがひときわ目立つ総合的商業施設、『Lポート』だった。
『Lポート』という単語を発するときに、心ときめかない地域住民はまずおるまい。よくわからない構造で連結された所帯じみたショッピングセンターの『Dエー』も隣にあるにはあるが、それよりもなによりも洗練されたハイソサエティな生活を約束する『Lポート』である。近年は最上階に映画館まで設置された時代の最先端をゆく超高級デパートメントストアで、そこにあるのは夢、ときめき、きらめき、誇り、知性、品性、感性、悟性、文化、教養、娯楽、美食、悦楽、官能、成功、未来、要するにこの世界の真なるもの、善なるもの、美なるもの、快なるもののすべてであり、さすがに誇張が過ぎたことは反省するが、誇張せずとも周辺を含めた地域の顔を担うに充分な商業施設であるのは間違いない。沿線で考えれば、I袋、K越、その次ぐらいの中心地ではあろう。
その他もろもろあれこれと思うところはあるのだが、話を二階のMドナルドに戻そう。ヤベはふやけたマックポテトを摘み、僕はバーベキューソースのついたチキンナゲットを口に運んだ。
思い出してみれば、母親がマグネットで冷蔵庫に貼りつけたであろうチラシなり、なにかを語りたそうでなにも語らない弟の眼鏡の奥の瞳なり、出がけに見かけた名店街の催しらしきものなり、どことなくいそいそとした学童保育の児童の群れなり、祭りの開催を告げる情報はそこかしこに散りばめられていたのかもしれない。そもそも地元と言えば地元の行事ではあるし、メインとなる会場は残念ながら僕たちの母校ということになってしまいそうな中学校の校庭ではあった。開催を知らない方がおかしいような状況ではあったのだろうが、人間は自分に関係ないと思う情報はあまり拾わず、記憶しないものなのかもしれない。
「知ってたんなら、言ってくれりゃいいのに」
ヤベはマックポテトの入った口を手で覆いながらもごもごと言うが、ヤベもヤベで開催を知るべき機会は僕と似たようなものではあったはずだし、情報を拾わず記憶しなかったことには彼なりの意識の作用というものがあるのだろうが、どんな意識なのかは僕にはわからない。
いずれにせよ、一緒に行こうよ、ベル番教えてよ、というふたつの願いをどちらもくすくすとあしらわれながらもヤベが浴衣姿のA西生たちから聞き出したところによれば、今日の午後八時からメインイヴェントである花火の打ち揚げが始まるということではあり、まだまだ時間はあったというか、ありすぎた。そんなわけで僕たちは、ひとまず午後二時半の『Lポート』にやってきて、『ひばりや』以来の食物を思春期の胃袋に収めることにしたというわけだ。
これからどうしようか、と訊ねようとして僕が顔を上げるとヤベはすでに立ち上がっており、口をもぐもぐとさせたままトレイの上のあれこれをゴミ箱に流し込んでいた。僕は慌ててチキンナゲットの最後のひとつを口に投げ込み、味の薄さと飲み込みにくさに焦りすぎたことを後悔しながらひと通りのゴミを処分し、すたすたと自動ドアを出ていくヤベの後を追った。
エレヴェイターの眼下に遠ざかる町を見下ろし、六階のゲームセンター『Cロット』を覗くだけ覗き、五階に降りて『S星堂』でCDを手に取っては戻し、『R-INN』で弾けもしないギターや読めもしないTAB譜を眺めた。ヤベは興味深そうにZOOMのドラムマシンをどんぱんと触り、僕は壁にかかったハート模様の黄色いモッキンバードをじっと見つめ、さらさらした金髪の店員は嬉しそうに僕たちを眺めていた。
だんご屋の香ばしい匂いを感じ、ずらっと駐まった自転車を横目に『Lポート』を離れ、夏の風を受けながら長い坂を下り、自転車を押してY瀬川駅の駅舎を抜け、買い物袋を提げた人々をよけながら若葉のロゴの『Sット』の前を過ぎて、『Pモール』のウェルカム・アーチをくぐった。
『Sスポ』からは冷えた空気とともにグラブの革の匂いが漂い出し、レコード店、カメラ店、婦人服、子ども服、手芸店、家電店、そんな店々を通り過ぎ、相変わらずあまり感じのよくない『Pニーランド』の店主はそれでも懐かしく、あそこコバヤシ先輩の父ちゃんが経営ってんだよな、とヤベは二階の喫茶店『M』を指し、僕は『Mかわ書店』の倉庫で父親が働いていた頃のことを思い出し、向かいの文具店『Fガロ』にかつて存在したかもしれない女子たちのささやかな夢ときらめきを思いつつ、誰かが吹いたしゃぼん玉が風に流れるのを目で追いながら、つくつくぼうしの鳴く中央の銀杏の木と煉瓦調の円形のベンチを回り込み、とんかつと中華料理と魚介とお茶の葉とベーカリーの香りをあとに、モールの端のアイスクリーム店『Cリームソーダ』に入った。沖縄生まれの店主ご夫婦は昔と変わらず、優しくきらきらとした瞳をしていた。
口に甘さと冷たさを残しつつ、ヤベはあやふやな歌詞で『サマーヌード』を調子外れに歌いながら、僕は公園の木々を抜ける光の眩しさにくしゃみをしながら『Sニュータウン』を走り抜け、洲で遊ぶ母子を左に見下ろしながらきらめくY瀬川を越えてS大橋を渡り、大型車が熱い排気ガスを吹きながらガタガタと行き交う国道沿いを『Y田うどん』を過ぎてさらに上流に走り、カラオケとビリヤードの『Bくりハウス』を二階に有するゲームセンター『Gワールド』でハニーを取って二人でパンツを確認してからリュックサックに大事にしまい、水のない貯水池の脇を回って土手に辿り着く頃には、打ち揚げまでは残り三時間半になっていた。
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