2.ルオレス部隊(ヒーロー視点)
「アルエットには指一本触れさせるものか!」
降りしきる雨の中で戦うのは不慣れだが、それは相手も恐らく同じだろう。
視界に入らない分はレオニートがしっかりと援護に回っているので不安はなかった。最悪馬車の中に入ろうとする者がいても、護衛訓練を受けているジゼルがいるから問題はない。
遠くから弓で狙ってくる者、武器を持って突撃してくる者、騎乗したまま襲い掛かってくる者、四方から攻撃が繰り出される。だが、的確に相手を倒すことに優れているのは帝国側だった。
「人数で言えばこちらが不利だが……」
賊の一人を易々と斬り捨ててから、フェザンは口元に笑みを浮かべる。
「くそっ。これっぽっちの護衛に――」
大剣を交えた男は倒れていく仲間を見ながら明らかに動揺していた。
「数で勝てると思ったか? 我が帝国精鋭のルオレス部隊を舐めるなよ」
隙のないフェザンの剣戟に、男の武器が草むらの中に弾かれて見えなくなる。
慌てて男は腰から予備の剣を抜こうとするが、首筋に冷たいものが当てられて手が止まった。
「言え。誰に頼まれた?」
刃よりも冷ややかな声色に、男がガタガタと震えだす。
「ノースディンの、シ、シバ伯爵の使いだって奴に……金になるって、言われたのに……あの嘘つき野郎!」
毒づく男の喉にひたりと当てていた剣先を鞘に納めたフェザンは、つづけざまに長い脚でその肩に蹴りを入れた。
衝撃で肩関節が外れた男は泥中を転げまわって絶叫する。
「向こうの言質が取れ次第、貴様を刑に処す」
フェザンがそう宣告すると、男はルオレス部隊に捕らえられた。
周囲の戦闘も片が付き、こちらの負傷者は軽症のみだ。ただ一部の馬は矢を受けて走ることが難しく、部隊のうち数人にその馬たちを任せ、フェザンたちはエグマリンの越境地へ向かうことになった。
「ノースディン国ですか。ここから北に位置する独立国家ですね」
ずぶ濡れの髪をかき上げながらレオニートが眉をひそめた。
「おそらくこのエゼル国で騒ぎを起こし、罪をなすりつけるつもりだったのだろう。昔からこことノースディンは仲が悪いからな」
白い息を吐きながら、フェザンは難しい顔になる。
「皇太子およびその婚約者を亡き者にしたとなれば、帝国軍からの報復は免れない。さらに我が国に協力すると言って挟み撃ちにする形でエゼルに攻め入り、あわよくば領地を奪う。そんな算段だったのかもな」
「だとしたら浅はかな計画ですね。次はノースディン国を攻めちゃいますか?」
「こんな無能な策しか思いつかない国など手に入れても無駄だ。ただし今回の件を不問にするわけではないことを、かの国へ伝えておく必要があるな」
持っていた剣をレオニートに渡したフェザンは、乗ってきた馬車へ向かった。
今日が雨でよかったと思いながら、わずかに返り血を浴びた上着を脱いで扉を開ける。
「フェザン!」
足を踏み入れた途端、頬を涙で濡らしたアルエットが胸に飛び込んできた。
向かいの座席に座ってその様子を見ていたジゼルが、ホッとしたように口角を上げる。
「怪我は!?」
アルエットの顔は蒼白だった。
「この通り、かすり傷一つない。心配ないと言っただろう?」
彼女の肩を抱き寄せれば、みるみる涙が溢れてフェザンのシャツに染み込んだ。温かな雫を肌に感じて、フェザンはアルエットの髪に口づける。
「よかった……」
泣きながらも安堵の笑みを浮かべるアルエットにも一切傷のないことを確認し、フェザンはしっかりと彼女を抱きしめた。
「すまない、服が濡れてしまったな」
フェザンの髪の毛先からはぽたぽたと冷たい水滴が零れ落ちている。
「いいの。フェザンこそ、寒くて大変だったでしょう」
アルエットは用意していたタオルで、フェザンの頭をごしごしと懸命に拭き始めた。
「はは、犬にでもなったみたいだ」
フェザンがこらえきれずに笑う。
「あっ、ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
アルエットは顔を赤くして慌てて手を止めた。
大切なこの温もりを簡単に手放してたまるものかとフェザンは思う。
二人の進む道を阻むものは誰であろうと容赦はしない――。
必ず、アルエットを幸せにする。
「あのぅ……そろそろ俺も中に入っていいですかね?」
フェザンの後ろで雨風に震えるレオニートは、遠慮がちにそう発言した。




