第2章 名前
「・・・きて、起きて」
誰かの声がした。辺り一面草むらの中、優しい風に包まれて、美紀は目を覚ました。太陽の光は穏やかだったが、急に目を開けたせいか、美紀には少し眩しかった。すぐに目を細め、それから少しずつ、少しずつ目を開けていった。
「気がついた?」
「ここは、どこ?」
見渡す限りの緑。美紀はそこに横たわっていた。目の前に帽子をかぶった男の子がしゃがみこんでいた。美紀は起き上がって、その男の子をじっと見つめた。
大きなまん丸い目をして、鼻は少し小さくて、口も少し小さくて、すらっとして、こんがり焼けた顔の男の子。男の子は笑っていた。笑ったときのえくぼが可愛らしかった。
「あれを見てみな」
男の子は美紀の後ろを指差した。美紀は言われるがままに後ろを振り向いて、ひどくびっくりした。だってそこには、今まで美紀が見たこともないような大きな大きな木が立っていたのだから。そして、その根元には大きな大きな穴があった。
「君はあの穴から飛び出てきたんだ」
美紀は信じなかったが、その大きな穴にすごく興味を持って、覗きに行った。
「うわ〜大きい!美紀も簡単に入れちゃう。でも、どこにもつながってないじゃない」
「嘘じゃないよ。どこか遠いところから、その穴を通って抜け出てきたんだ」
美紀ははじめのうちは怖がって穴の入り口できょろきょろしているだけだったけど、何もいないことが分かると少し安心したのか、中に入って一回りすると、男の子の方を向いてその真ん中に腰を下ろし、あぐらをかいた。
「ねえ、あなた何て名前なの?」
「ぼく?ぼくはシロユキだよ」
「シロユキ?へんな名前」
美紀は笑った。
「変なんかじゃないよ。お父さんとお母さんが考えてくれた名前だよ」
「どうしてシロユキなの?」
「う〜ん。きっと、白い雪の日に生まれたんだ」
「そうなんだ。うらやましいな。美紀はまだ雪を見たことないんだもん。雪って、きれいなの?」
「ぼくも、実際に雪を見たことはまだ一度もないんだ」
「雪って、きれいなのかな?」
「ぼくは知ってるよ。自分の名前に関係あることだからね、調べたんだ。結晶っていう雪の粒を見るとね、すごくきれいな形してるんだ」
「ほんとう?見てみたいな」
「簡単には見れないよ。まず、雪が降らないといけないだろ。それに降ったとしても、結晶は小さすぎて、触っていると溶けちゃうんだ」
「じゃあどうやって見るの?」
「分からない。もっと勉強しなくちゃ」
美紀は少しがっかりした。それを見たシロユキは言った。
「でもね、雪は小さくなくても綺麗なんだ」
「そうなの?」
「星を見たことがあるだろ?星を見てどう思う?」
「すごくきれい。でも、遠すぎて届かないわ」
「そうだろ。でもね、ぼくが絵本で見た雪っていうのは、夜空の星と同じようにきらきらしてるんだ。しかも、それがぼくたちのところに降ってくるんだ」
シロユキはわくわくしながら言った。
「それって、痛くないの?」
美紀は逆に少し不安になった。
「ぼくも雪に当たったことはないからね。分からないけど、絵本の中の雪は、わたがしみたいにやわらかそうなんだ」
「甘いのかな?」
「わからないけど、おいしそうだね」
美紀はすごく嬉しくなった。急に知らないところへ来て不安だったのが嘘のように、明るい表情になった。
「シロユキは物知りだね」




