11-8 地球は械獣達の星
かつて地球を3号エイリアンが襲ったとき、辺村はたった1匹と相打ちになるのが精一杯で、彼等の地球到達を阻止できなかった。
そんな自分が、できるのか?
械獣を倒し、地球に落下する巨大建造物を食い止めるという大仕事を?
「もう時間はありませんよ」
蛇械獣が言った。
「阻止限界点まであとわずか。そうなれば人型械獣の力を持ってしても落下阻止は不可能です」
残された時間はわずか。
ラーディオスの稼働時間そのものさえも限界に近づいている。
だが、目の前で身をくねらせる蛇械獣の排除なしにハビタットの落下阻止は不可能だ。
「ねえ、残り何秒――いやいい、やっぱ聞きたくない」
「そうだな、無駄口を叩く暇はない。急げる限り急ぐんだ」
メンカはアロンズケインを抜いた。
携帯武器は棍を越えてさらに長く伸びる。
「アロンズケイン、ロングポールモード!」
械獣は突進する姿勢を取った。
本来なら、このままのらりくらりと逃げ回っていればそれだけで勝てるはずである。
なのにそうしない。
真正面から叩き潰す気でいる。
「教えてあげますよ。人間は何もできない無力な種族だと。あなた方の願いは全て叶わない。ただ現実に押し潰されるしかない、無力な種族ということを!」
ショゴスの反乱、3号エイリアン、究極等級竜――人類の傲慢を戒めるような災厄を経てもなお、人類は自分達を霊長と思い上がるのをやめなかった。
そのために管理システムは無理難題に等しい地球奪還計画に着手せねばならず、だがその苦労を理解しない人類の生き残りから否定される始末。
許せない。現実を受け容れない人類が。私に難題を突きつける人類が。私の頑張りを認めない人類が。
ならば完全な敗北を与え、おまえ達が愛した地球を醜く傷つけることによって、身の程というものを理解させてやろう。
「そこまで……人間が憎いんですか」
械獣から発せられる憎悪に、メンカは眉をひそめた。
「憎いとも!」
睨み合っている時間が惜しい。
両者はまっすぐ、相手に向かって突撃――激突する。
ロングポールが胸部を貫いたが、械獣はそれでも加速を止めなかった。
2つの影が抱き合うように重なり、械獣と巨神の額がぶつかる。
「――勝った!」
械獣が叫ぶ。
ラーディオスの武器は械獣の胸に致命的な穴を開けていた。
だがそれを成し遂げた少女の首、銀色ににぶく光を照り返す首輪のランプは、赤く光っていた。
『爆発まで あと30秒』
「ハビタットが地球が墜ちるのを見物できるだけの余裕は与えました。己が無力を噛みしめなさ――なに!?」
械獣は動揺する。
ラーディオスの腕が、械獣を優しく抱きしめたからだ。
「……わたし達は誰からも必要とされなくて壊れてしまったけど、あなたは必要とされすぎて壊れてしまったんだね」
メンカにとって目の前の械獣は、倒すべき敵でも憎むべき悪でもなく、救いを求めて泣く幼い子供に見えていた。
自分を生みだしたときのスゥのように。
自分達の命がかかっている状況で手加減なんかしない。
だが、一切手心がなかったかと聞かれれば、胸を張ってそうだと言えない部分がある。
ヒグモは偽善者だの馬鹿だの脳味噌お花畑だのと悪態を送ってくるが、この『優しさ』がメンカの生まれ持った役割なのだから仕方ない。
そして勝敗が決してしまったのなら、もう遠慮は要るまいだろう。
「ベムラハジメ。システムに、優しい言葉をかけてやってくれないかな」
「はあ?」
「お願い。ベムラハジメにも言いたいことはあると思うけど……。このまま終わりじゃ、このひとが可哀想すぎる。このひとを救えるのは、地球人のベムラハジメだけなんだ」
何を言ってるんだ、と思った辺村だったが、首輪の『残り20秒』の声に気を取り直した。
そうだな。俺達に勝った相手に花を持たせてやっても罰は当たるまい。
「あー。大変だったな、おまえも」
我ながら白々しさに笑ってしまいそうだが、こらえる。
「人間って、わがままで、面倒臭くて、こだわりが強くて……。正直、関わり合いになりたくない相手だったよな。大変だっただろう。俺は引きこもったりできたからよかったけど、おまえはそういうわけにもいかなくて、辛かっただろ。おまえはよく頑張ったよ」
ラーディオスからの拘束、いや抱擁を振り解こうとしていた械獣の動きが止まった。
『残り10秒』
「そうだ、信じられないかもしれないが、少なくともひとつ本心から感謝できることがある。スゥとメンカ、あとヒグモに会わせてくれて、ありがとう!」
『――5、4、3――』
カチン。
メンカの首から首輪が外れて落ちた。
爆発はしない。
「え……?」
械獣はやんわりとラーディオスの腕を振り解くと、流れるように離れていく。
無言で地球から遠ざかり、宇宙の暗闇にその姿を隠す。
「どういうことだ……? あいつ、起爆コードと、ハビタットの破壊ポイントのデータまで送ってきたぞ?」
「……満足したんだよ」
「あんなのでか?」
「『あんなの』じゃないよ。そんなことより、ハビタットの破壊を!」
ラーディオスは6基連結したスペース・ハビタットの中央部分に突入。
「ねえベムラハジメ、あなたが最初、わたし達に爆弾を使うな――死ぬなって言ったとき、わたし、こいつは何を企んでるんだろうって思った」
「…………」
「だって、嬉しかったから。世界全部から死ねって言われてたわたし達に、死ぬなと言ってくれたのが。それが何かの罠でしかなかったら、わたしはすごく悲しくなるから、真に受けないようにしようとしたけど、それでもやっぱり、救われたような気がした」
指定されたポイントに到着すると、メンカはコクピットから首輪を放り投げた。
首輪は宇宙空間を流れ、壁面に当たって軽く跳ね返る。
辺村は起爆コードを送信し、回れ右。
一目散に脱出するラーディオスの背を、禍々しくも眩い光が照らす。
「何万語を費やされても受け容れられない理屈もあれば、たった一言で救われることもあるって、わたしは知ったんだ。あの時ベムラハジメがいてくれたから、わたしは、スゥだけじゃなく、他の人にも優しくしようって思うことができたんだと思う――」
ハビタット管理システムが心変わりした理由を、辺村は頭ではなく心で実感できた。
――あなたのやったことが、わたしを救った。
――あなたがいてくれてよかった。
メンカは知らないだろう。
彼女を変えた一言を、辺村もまた心の底から渇望していたことを。
時代がどれだけ過ぎようと、自分自身や地球の姿がどんなに変わろうと、そう言ってくれる誰かがいるなら、生きていける。
でも、何百年も生きてきた――大半は寝て過ごしたのだが――大人が10代の少女と同じ悩みを抱えていたなんて知られるのはちょっと恥ずかしくて、辺村は「おう」と生返事で返した。
ラーディオスがハビタットから脱出。
首輪の爆弾が動力炉を破壊し、その誘爆が崩壊を加速させる。
スペース・ハビタットは無数の破片となって宇宙に散った。
地球に落下し、燃えつきる。
地表からはきっと、流星雨として観測されているはずだ。
帰る場所を失ったハビタットの合成人間達がこれからどうするのか、神ならざる辺村達にはわからない。
だが、械獣の子供達である彼等をこの星はいつか受け容れてくれるのではないだろうか。
今、地球は人類のものではなく、械獣達の惑星なのだから。
<完>




