20話(最終話) 旅立ち
「…………うわぁっ!?」
目が覚めるのと同時に、全身に嫌な感覚がぞわぞわと走る。
そして、おぞましい記憶が――ミリナちゃんが、ミリナちゃんじゃなくなって、私に色んなことを言ってくる記憶がまるで走馬灯のように駆け巡って、それが明らかに途中から不明瞭になって、途絶える。
「……ゆ、夢? …………痛くは、ないけど」
自分の全身を触って確かめてみると、どこにも変なところはない。
記憶がうすぼんやりとしていて、何かとんでもないことがあったことは覚えているのに、それが全然明確じゃない。
「たしか……私は……」
ミリナちゃんの中にいた、あの魔女は、色んなことを、言っていて。
それらを考えるのを一度やめて、私は周囲を見渡す。
「…………あれ? 他の人は?」
広い部屋は静かで、私を起こしに来る人もいない。
「私を見張る人もいないのはまずいんじゃ……ってあれ。ヴァイツ!?」
ベッドのすぐ傍の椅子に座ったまま、ベッドにもたれかかってヴァイツは眠っているみたいだった。
「……わー、ぐっすりだ」
ヴァイツの寝顔なんてそう見れるものじゃないからね!
ふふ、馬車の時以来かな?
もうしばらくは安静にしてなきゃダメなのかなと思ったけど、こんなところで寝てるぐらいだから具合がよくなったのかな……?
それにしても兵士さんも使用人さんもいないし、変な雰囲気だなぁ。
この部屋には窓もないから時間も分からないし……
万が一のことがあるといけないし、可哀想だけどヴァイツを起こそう。
「ヴァイツー。起きて―。ヴァイツー」
なんだか申し訳ない気持ちになりつつ、ヴァイツの肩を揺らす。
「……ん」
「あ、ヴァイツ? ごめんね、起こしちゃって。でもなんだか部屋の雰囲気が変で」
「……ヴァル?」
「そうだよヴァルだよー。寝ぼけてる? ……もしかして疲れてた? というかもしかして護衛してくれてたの?」
「……ヴァル、なんだよね?」
「そ、そうだよ? ど、どうしたのヴァイツ。そんな泣きそうな顔して」
ヴァイツは顔をくしゃくしゃにして、今にも泣き出しそうな顔で、私の顔を見て呆然としていた。
「どこも痛くない?」
「……? 痛くないよ?」
「辛くなかった? 辛かったよね、痛かったよね、ごめんね」
「??」
ヴァイツが何を心配してるのかよく分からない。
だけど、心配してくれてることは、すごくよく分かる。
「えっと、ヴァイツ。なんだかよく分からないけど、ありがとね」
「――――っ。違うんだ、ヴァル。僕は君を守れなかったんだ」
「?? ここって天国だったりするの?」
「そうじゃない、そうじゃないけど、守れなかったんだ。君を辛い目に遭わせた。それを君は忘れてるかもしれないけど僕は――――」
「……でも私はこうして無事だよ? それでいいんじゃない?」
ヴァイツが何を謝っているのかは分からない。
もしかしたら、このぼんやりとした記憶のことを言ってるのかもしれない。
それは分からないけど。
「またヴァイツとお喋りできてよかった! ……だからよかったの」
「…………そうだね。よかった。本当に、本当によかった」
ヴァイツは目元を軽くごしごししてから、私の顔をまじまじと見た。
「ヴァル。よく聞いて」
「は、はいっ」
「ヴァルに取りついてた魔力は全部消えました」
「え!? どうやって!?」
「色々あって、神聖力に変換できました。詳しいことは聞きたかったらそのうち説明するよ」
「聞いても分からなさそうだなぁ…… あ、そういえばミリナちゃんは?」
「!! ミリナさんは……分からない。多分、まだ眠ってると思う」
「……そっか」
「ヴァル。ここからが大事なんだけどね」
「は、はい。なんでしょう」
なんだか妙にかしこまっちゃう。
「君はもう自由だ」
「……自由?」
「そう、自由。君に宿っていた魔女の魔力はもうないし、君を魔女だと言って追いかけてくる人もいない。君はもう自由なんだ」
「……そう、なんだ」
自由、だなんて急に言われてもピンとこないけど、そっか。自由なんだ。
「それでね、ヴァル。今後のことなんだけど……」
「!! ま、まさかヴァイツが捕まったりしないよね?」
「捕まる? ……もしかして聖遺物のことを言ってるの? それは多分だけど、大丈夫じゃないかな。恩赦っていう形になるのかな。それは分からないけど、多分大丈夫」
「そ、そっか。よかった…… それなら、ヴァイツも自由になるんだよね?」
「そうだね。そうなるかな」
「それなら、もしもできるなら……ヴァイツと一緒にいたいな。で、できるならね!」
「……ヴァルはそれでいいの?」
「それでいいんじゃなくてそれがいいの! その、もっと役に立てるように色々と頑張るから……ダメ?」
「ダメなもんか。一緒にいよう。僕はずっと一緒にいる。ヴァルが望むなら」
「……えへへ。ヴァイツ、嬉しそう」
「嬉しそう? 僕が?」
「ヴァイツはいっつも微笑してるから分からないけど、そんな風に笑うのって実はすっごく珍しいんだよ」
「……うん。嬉しいんだ。僕はすごく嬉しい」
「うん。私も嬉しい」
「ありがとうね、ヴァル」
「こちらこそ、ヴァイツ」
私たちは、そんな風に言い合って、お互い笑い合った。
分からないことだらけだけど、ヴァイツとこうやって笑いあえて、よかった。
心から、本当に心から、そう思う。
「それで、旅に……出るの?」
フィアスは相変わらず無表情のままだった。
「はい。二人で、のんびりと。一通りの薬と診察道具を持って国を巡りたいと思っています」
今となっては懐かしい気もする会議室で、あの時の人たち皆が集まって、私とヴァイツは今後の話をしていた。
「魔女の脅威が消えたわけじゃない。この場所が安全だなんて君たちを前にして言うつもりはないけど、旅をするよりは安全だと思うよ?」
「二人で決めたことですから」
「……それなら、これ以上は言わないでおこう」
フィアスはそう言ってくすりと笑った――ように見えた。
「いつでも力になる。だから困った時はこの国を頼って欲しい」
「はい。その時は、遠慮なく」
ヴァイツとフィアスの交わす視線は、なんだか色々と複雑そうだ。
……なんか色々あったのかな?
「山を下るところまでの馬車は用意したけれど、必要だったかな?」
「はい。助かります」
「ありがとうございます!」
流石フィアス様気がききますね!
「私たちはこの後もここで今後のことを会議しなくてはならないので見送りはできませんので、ここで別れの挨拶を」
フィアス様がそう言って立ち上がると、合わせて会議室にいた人全員が立ち上がる。
「この国を救った英雄に敬礼」
フィアス様のその号令に合わせて、ザッという揃った靴音と一緒に皆が敬礼の姿勢をする。
「それでは、またいつか」
「……はい、またいつか」
「さ、さようなら」
最後に挨拶をして、ヴァイツが一足先に会議室を出る。
それに続いて私も出る前に、会議室を見回す。
真剣な顔で私とヴァイツを見つめるブラウ・フルリカンド。
豪快に笑っているルジィ・フェルナンテ。
にこにことしているロイエ・ベルトワーズ。
そして無表情のフィアス・ステアート。
……彼らともう会うことはないのかもしれない。
そう思うと、色々な記憶が駆け巡るように思い出されて、目頭が熱くなった。
「あ、ありがとうございましたご迷惑お掛けしましたさようならお元気で!!」
私は早口でそれだけ言って、ぺこりと頭を下げてから会議室を出て行った。
王宮から離れていく馬車の中で、私とヴァイツは二人で向かい合って座っていた。
「もっとちゃんと挨拶したかったなー」
私がそう愚痴を言うと、ヴァイツは笑った。
「まだ魔女との戦いは続いてるんだから、無理は言えないよ。……本当なら、僕も彼らと一緒に戦うべきなんだろうけどね」
「……戦いたかった?」
「昔の僕ならそうだったかも。きっとものすごく役に立てただろうし」
ヴァイツはくすくすと笑う。
「うーん、いいのかなぁ…… なんだかヴァイツを私が独占するのはとても悪いことなような」
「勘違いしてるね、ヴァル。ヴァルが僕を独占してるんじゃない。僕がヴァルを独占してるんだ」
「……ひゃー。ヴァイツったらいつからそんなことが言える人になっちゃったの!?」
なんだかキザすぎて恥ずかしさよりも嬉しさよりも驚きが勝ってしまう。
「ちょっと気分が高揚しすぎてるのかも。僕もこんな風に旅するの初めてだから」
ヴァイツはそう言いながらまだくすくすと笑っている。
「……たくさんの人を救えるといいね」
「そうだね。ヴァルにはいっぱい手伝ってもらうからね」
「もちろん! 頑張るよー」
「期待してるよ」
「任せて!」
私とヴァイツは顔を見合わせて笑う。
国を巡りながら、病気で困っている人を助ける。
そんな旅を私たちはすることにした。
自分をすり減らすようなことはできる限りしないようにしようと、お互いに誓った。
……どちらかというと、ヴァイツのことを心配しての誓いだったからなんだか一方的な気もするけど。
でもそんなことは些細なこと!
まだ思い出せないことも分からないこともたくさんある。
それはひょっとすると思い出せなくてもいいことで、分からなくていいことなのかもしれない。
それならそれでもいいし、それも些細なことかもしれない。
「……ねぇヴァイツ」
「うん? どうしたの?」
「一緒にいてくれて、ありがとうね」
「……こちらこそ、本当にありがとう」
今こうして、二人でいられること。
あのヴァイツが、楽しそうに笑っている今この時を大事にしたい。
その幸せだけを、今は感じていようと思うから。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
活動報告にちょっとしたあとがきを書いたので、そちらに感想など頂けると嬉しいです。
機会があれば、また次回作以降も読んでもらえればと思います。
本当にありがとうございました!




