第一章 期待はずれ
6月中旬。あと一ヶ月で夏休みに入る頃だった。
普通なら、誰もが制服を着て学校に向かっている時間。
だけど俺は、薄暗い自室のベッドにいる。
「かけるー。ご飯置いとくわねー。もうお母さんは行くからー!」
ドタバタと慌ただしい足音のあと、玄関の閉まる音が響いた。
働く母親の元気な声。
それに対して俺は返事すら返せない。
俺の名前は「一ノ瀬 翔瑠」だ。
名前だけなら、いかにも陽キャで、未来に向かって羽ばたきそうな響きがする。だけど、今の俺はその真逆だ。
部屋には、ろくに片付けていないゲームや漫画が散らかっていていかにも陰キャって感じだ。
ただ、最近はそのゲームをする気力も、漫画を読むやる気すらない。
昼夜逆転した生活の中で、ただベッドの上でぼーっとするのが日常だ。
何もしていないから少し罪悪感を持つこともあるけれど、それでも、鉛のように重い体はピクリとも動かない。
眠くもないのに、寝ようと思って目を瞑る。
すると、頭の裏側に、あの中学生のときの最悪な思い出がよみがえってきた。
中学一年生。俺はサッカー部に入部した。
俺の代は二十七人とかなり多かったが一つ上の代は十人ぐらいと少なかった。
そのため、先輩たちが引退すると中二の試合に中一の四人が出ることになった。
俺よりも上手い人がいる。
元々はその人たちが四人の中に入る予定だった。
だから俺はBチームのメンバーとして普通に過ごす予定だった。
ある日。その四人のうちの一人が疲労骨折をしてしまった。
四人の中に俺が入ることになった。
その四人には当たり前のように期待の声が同級生からも先輩からも先生からもあった。
そして俺以外の三人はその期待に応えることが出来ていた。
そう俺以外は…
俺はその三人の中で一番下手だからとにかく怒られてばっかりだった。
「かけるー!何してんだ!」や「そこ、なんで詰めに行かないんだよ!」などが当たり前だった。
Aチームのメンバーからは最初から信頼なんてなかったと思う。
口にしなくとも、みんなが「期待した俺がバカだった。」みたいな目をしている。
当然だ。ここまで足を引っ張って怒られてるやつはBチームも含めて俺しかいなかったのだから。
そうしていくうちに、俺は自分に自信をなくし、どんどんプレーは消極的になっていった。
サッカーは積極的にプレー出来なければ絶対に上手くなることはない。
なぜならチャレンジを、しなくなるからだ。
チャレンジが無ければ、新しい自分になれるはずもない。
つまり俺は、もうサッカーが上手くなることはない。
これから先、ずっと怒られ続けるだけの人生なんだと、あのとき思い知らされた。
中学三年生になった頃。
俺は当然のように、スタメンからもレギュラーからも外された。
俺の代わりにポジションに収まったのは、あのとき疲労骨折から復帰した同級生だった。
つまり、俺はベンチに落とされたのだ。
ベンチを温める立場になれば、確かに俺が望んでいた「平凡で平和なサッカー人生」を送れるはずだった。
でも、もう全てが遅かった。
Aチームのメンバーからは、下手くそだからと仲間外れにされるようになった。
ほぼいじめと言ってもいい扱いだったかもしれない。
だけど、「俺が下手なのが悪いんだから仕方がない」と自分を納得させるしかなかった。
大口を叩いて期待されていた男が、無様にベンチへ落とされたんだ。
誰も俺を信頼なんてしない。
Bチームの何人かが、俺と仲良くしてくれたことだけが唯一の救いだった。
勝手に期待されて、勝手に失望された。
「期待はずれだったな、一ノ瀬」
最後に放ったあいつの言葉が、今も耳にこびりついて離れない。
俺の中学校生活は、そんな最悪な形で幕を閉じた。




