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ネガティブプレゼンス  作者: はるかぜ


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10/11

10.ビッグバン

 二人で病院の自動ドアをくぐる。


「小春さん、乙葉さん。いらっしゃい」


 受付の人が、もう説明も確認もいらないという顔でそう言った。

 

 それなりに顔パスができるくらいには通いつめているのだなと感じる。


 話したこともない待ち合わせ室の顔ぶれも、何人かは見たことがある人が出てきたくらいだ。


 私は少しだけ居心地悪く感じて、視線を床に落とす。


 乙葉は気にした様子もなく、元気に

「こんにちはー!」と言い、待合室の何人かがビクッとした。


 少し重苦しい待合室に限ったら、乙葉の明るさは少し浮いている。外では真逆だけど、病院の中では、私の方が空気に馴染めてるように感じた。


 診断室に入ると、葛西先生がすでに待っていた。


「今日はね、前回話した仮説をもう少し整理しようと思って」


 モニターには、宇宙の映像が流れている。

 星が生まれ、弾け、光が四方に広がっていく。


「まず結論から言うと」


 葛西先生は椅子に深く腰掛けて、はっきり言った。


「小春さんはエンパス。

 乙葉さんは、サイコパス気質だ」


 一瞬、空気が止まる。


「……エンパス」


 私はほとんど聞こえない声で復唱する。


 一方で乙葉は、目を見開いた。


「え、サイコパスって、やばいやつじゃなかったですっけ? え、私サイコパスなんですか?」


 葛西先生は苦笑いした。


「まあ、世間的には、犯罪者とか、冷酷とか、嫌なイメージが先行しがちだ」


 そう言いながら、ゆっくり続ける。


「でも、サイコパス=悪、ではない。むしろメンタルが強くて、生き物としてはかなり“強い”」


 乙葉は「へぇ」と相槌を打つ。


「人気者、リーダー、カリスマ性のある人。そういう人の中には、サイコパス気質を持っている人が多い」


「え、じゃあ褒められてます?」


「半分はね」


「乙葉さんは、人の気持ちが“分からない”タイプじゃない。ちゃんと理解できるし、察することもできる」


 ちらっと乙葉を見る。

 確かに、乙葉は空気を読むのが異様にうまい。


「ただし」


 葛西先生は言葉を区切った。


「サイコパス特有の口のうまさ、高い演技力、罪悪感や恐怖心の薄さ、人前での緊張のなさ、このあたりは、かなり当てはまりますよね?」


 乙葉は少し考えてから、肩をすくめた。


「まあ……確かに。怒られてもあんまり引きずらないし、失敗しても“まあいっか”ってなります」


「それだ」


 葛西先生は頷く。


「それが、まさにサイコパスの感覚。そして、前回、小春さんにはブラックホールのようだという例え話をしたけれど、逆に乙葉さんは宇宙で例えるとビッグバンのような存在だと私は考えます」


 乙葉が首を傾げる。


「ビッグバンって、宇宙の始まりですよね?」


「そう」


 葛西先生はモニターを指した。


「ビッグバンはね、一点に集まったエネルギーが、

 一気に外へ外へと放出される現象だ」


 画面の中で、光が弾ける。


「乙葉さんは、内側に溜め込まない。感じたこと、思ったこと、エネルギーをほとんどそのまま外に出す」


「だから場が明るくなる。人が集まる。影響力が強い。意識せずとも関係が生まれ、空間が広がる。意識していないからこそ平等に、無差別に明るさが与えられる」


 私は、自然と納得していた。

 乙葉の存在は、いつも“中心”だ。


「でもね」


 葛西先生の声が、少しだけ低くなる。

 

「ビッグバンは、放出するだけで、中心は空虚だ。自分の内側を、あまり見ない」


 乙葉は一瞬、視線を逸らしたが、すぐに笑顔に戻った。


「まあ、考えてもしょうがないことは考えない主義です!」


「それも強さだよ」


 葛西先生は肯定する。


「ただし、もし自分の内面と向き合う“重たい何か”が

一気に流れ込んだとき、小春さんよりも危ないんじゃないかとも思う」


 一瞬、沈黙の時間が流れて、葛西先生は私の方を向く。


「で、小春さん」


 私は背筋を伸ばす。


「あなたはエンパスだ」


「エンパスはね」


 葛西先生は、慎重に話し始めた。


「他人の感情や状態を、理解するだけじゃなくて、感じ取ってしまう人だ」


「共感しすぎる人、って意味で使われがちだけど、それよりもっと厄介だ」


 私の胸の奥が、少しだけざわつく。


「境界線が薄い。相手の悲しみ、焦り、不安が、自分のものみたいに流れ込んでくる」


「だから疲れる。だから人混みが苦手。だから、理由もなく落ち込む。空気や場の雰囲気に敏感すぎるし、誰かが落ち込んでたら、理由がわからなくても自分まで重くなる」


「相手の痛みや苦しみを想像じゃなく体感してしまう。厄介なのは相手の気持ちを感じ取ろうという意識がなくても、無意識に感情を受信してしまうこと」


 私は何も言わなかった。言えなかった。


「小春さんは、前にブラックホールに例えたね」


 葛西先生は、以前の話をなぞる。


「吸い込む力が強い。しかも、ただ吸うだけじゃない」


「圧縮して、整理して、自分の中で耐えてしまう。それは優しさでもあるし、同時に、危険でもある」


 私は、膝の上で指をぎゅっと握る。


「エンパスはhspとも似てる。弱いと思われがちだけど」


葛西先生は、はっきり言った。


「実際は逆だと私は思う。ある程度、自我が強くないと人の闇の中に踏み込めない」


「あなたは、想定内の不幸には誰よりも落ち込むけど、想定を超えた闇には、むしろ冷静になるタイプでしょう?」


 私は、はっとする。


「それは、壊れないための生存戦略だ。自分の中でほとんどの事象に関して1番自分の中で考えうる最悪の事態を想像し、事前にシミュレーションを行い、何度も検証する。しかし、そんな中でも想定内の不幸が起これば考えすぎてパニックになる。そして、防げたはずなのにという思考とやっぱり無理だったという自責モードに一気に入るんだ」


「だけど、想定を超えた事態が起きた場合、逆に急に冷静に俯瞰して見れるようになる。それは、自分の想像力のキャパシティを超えたことで、考えうる状況から逸脱したものに対しては、ある意味、世界のバグだという感覚が芽生えるからだ。自分の想像外の出来事に対しては少しフィクションのような視点で、アドレナリンが放出される」


「これは小春さんの他の人にはない強さだと思う。極限状態や壊れかけの人の前ではその強さは絶大なものとなるでしょう」


 葛西先生は、少し早口になりながら締めくくった。


「ビッグバンが世界を照らし、ブラックホールが世界を受け止める」


「どちらが欠けても、宇宙は成り立たない」


 

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