第1話
「本日はお時間をいただき誠にありがとうございます、護衛騎士さん。マネージャーからお聞きしたと存じますが、猫屋敷タマ子と申します。至らない点が多々ありますが、足を引っ張らないように頑張らせていただきます」
言葉を失った。
指定の場所で指定の時間に来た彼女こと猫屋敷タマ子の様子に唖然としてしまう。
そんなルークの様子に戸惑いを隠せなかったタマ子は恐る恐る尋ねた。
「えっと、騎士さん?」
「……はっ。いや、すまない。はじめまして、ルークだ。護衛騎士なんて呼ばれているが……。は、知っているんだっけかけか。今回はよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。ところで、先程は何やら驚かれていたご様子ですが……」
「いや、気を悪くしたらすまない。猫屋敷さんの動画と印象が正反対だったものでな。少し驚いていた」
今回のダンジョン攻略の準備を終えたルークは興味本心で猫屋敷タマ子の配信動画を閲覧していた。
配信が始まると同時に漫画やアニメに出てくるようなテンプレお嬢様の高笑い姿を見たとき、マジかと声を上げてしまった。だが、今はどうだ。姿形は全く同じであるが中身は別人そのもの。中の人間が入れ替わっていると言われたら納得してしまうほどだ。
「まあ、わたくしの配信を見てくださったんですね。ありがとうございます」
「今回限りとは言え、相棒に間違いないからな。人となりを調べる手段があるなら調べるさ」
「なるほど。だから、驚かれたんですね」
自覚していたのであろう。動画を見たと聞いて目を細めてクスクス笑ったタマ子は理由を口にする。
「実はわたくし、最初は素でやろうと考えていたんです」
「そうなのか? そっちの方が人気が出そうと思うが?」
猫耳姿の金髪お色気お姉さん姿の彼女は見た目だけでも人気が出るだろう。それに加えて物腰の柔らかさと育ちのよさそうな口調はリスナーが好む清楚系お嬢様と言っても差し支えない。
「そのですね。お手伝いさんにその事を相談した事があるんですが、やはりインパクトは大事だと言われたんです」
「それで、動画みたいなキャラ作りを? それはなかなかチャレンジャーな事をしましたね」
「最初はこれでいいのかしら、と思っていたのですが、その……。やっていくに楽しくなってしまいまして」
「なるほど」
V-TUBERについてそれほど知識はないが、別に不思議なことではない。テレビに出ている芸能人だって少なくともキャラ作りをしている。
特に姿形が全く異なるV-TUBERなら、それに合わせて別の人間を演じることだってあるだろう。
「さて、マネージャーから聞きましたが猫屋敷さんは天使の羽衣が欲しいとか」
「タマ子と呼び捨て下さい。ゲームに関しては騎士さんの方が先輩かと存じますので」
「そうか? なら、こちらもルークで構いませんよ。口調ももっと崩してくれて構いません」
「でしたら、ナイトさんってお呼びしてもいいですか?」
「いいですけど、何故にナイトなんです?」
「騎士さんって紬希ちゃんが呼んでいますし、愛ちゃんは騎士様でしたでしょ? わたくしだけの呼び名があると便利かと思いまして。騎士って英語でナイトって呼ぶじゃないですか」
だから何故に騎士に拘るのか、と尋ねたいところであるが、別に困る理由にはならない。どうせ一度きりの冒険だ。彼女の好きなように呼ばせて上げようと考えたルークは快く快諾した。
「わかりました。ではタマ子、話しは戻るが要望は天使の羽衣で構わないんだよな?」
「はい。紬希ちゃんって派手なのが好きなので、天使の羽衣とかいいかなぁって、わたくしなりに調べた結果です」
「まあ、喜ぶと思うな。アイツなら」
基本は弓矢で距離を開けて戦闘するのが紬希のFantasy WORLDでの戦い方である。得ている魔法も効果よりも派手なエフェクトの魔法を好んでいた。
天使の羽衣があればきっと空中戦を主体とした戦い方になることであろう。その方が動画映えすると紬希なら思うことであろう。
「ちなみにタマ子は何ができるんだ? 召喚師であることはマネージャーから聞いているが?」
「わたくし自身は紬希ちゃんのような戦い方は出来ませんが、Summon WORLDで仲間にした子達は優秀ですよ。ただ、近接系にちょっと弱い子ばかりですが」
「それで俺にオファーを出した訳か」
「はい。ナイトさんのご活躍は調べさせて頂きました。大変優秀な成績を修めているとか」
「ゲームの中だけどな。それなりに遊んでいたら、俺ぐらいの実力者は五万ほどいるだろうよ」
「ご謙遜を。パイルバンカーのスキルを習得できたプレイヤーは少ないと聞きます。その習得イベントをお一人でクリアしたのはナイトさんだけと聞いております」
「どうやらルークについてそれなりに調べて来たんだな」
「はい。依頼を出す人となりを調べる手段があるなら当然調べますよね」
ただ単に身近な者に声をかけて来たわけではなかったことにタマ子という人物像の見方が変わった。この子は色々と分析して何が自分に足りなく、それを補う為に必要な人材をピックアップしたのであろう。
しかも、自分がV-TUBERである事を考慮した上でだ。ルーク以上の近接系が得意なやつやタンクはトップランカーに存在する。しかし、そのランカー達のほとんどが男性キャラだ。女性V-TUBERに男性と絡むのはリスキーな面が多々ある。だからこそ、同じバックアップ社に所属しているV-TUBERの楯無紬希と一緒になって冒険している護衛騎士に目をつけたのであろう。
「了解した。それで、今回の冒険についてのプランを聞かせてもらおうか。調べていると思うが悪魔の試練は相当難しいダンジョンだ。ボスはもちろんなこと、道中のトラップや敵モブも侮れない。その点はどう考えている?」
「はい。道中の敵モブは状態異常を多く使う敵が多いです。その点はナイトさんなら問題ないですよね」
「それは状態異常無効化スキルがあるから大丈夫だ。しかし、タマ子に関しては――」
「――問題ありません。回復が得意な召喚獣を何体か契約しています。その子達にお願いするつもりです。トラップも同様です」
「対策済みな訳か。頼りにさせてもらおうか」
「はい。存分にお使いください。ナイトさんの指示に従いますので」
「わかった。早速向かおうと思うが大丈夫か? 転送石と帰還玉は持っているな?」
「はい。準備は万全です」
「話しが早くて助かる。なら向かおうか。天使の街、アヴァロンに」
「了解です」
※
転送石を使った二人は悪魔の試練のダンジョンがある街エリア、天使の街アヴァロンに足を踏み入れた。
「何度か来ましたが、ここの街は目移りしちゃうほど荘厳で美しいですね」
「教会風の家が多いからな。お城も白を貴重とした西洋風の作りが映えて見えるしな」
「そうですね。ここから悪魔の試練までどれぐらいかかりそうですか?」
「まず、クエストを受注する必要がある。ここのギルドに行ってギルド長に会う必要があるみたいだ」
「ギルドイベントですね。お願いしても?」
「そのための俺だ。任せろ」
※
「ようこそ、本ギルドへ。ご依頼でしょうか?」
ギルドに到着した二人は回りの奇異な視線を浴びながら、クエストを受注できる受付に向かう。迎えてくれたギルド嬢に「悪魔の試練あると聞いて来た」と答えると彼女は難色を示した。
「申し訳ありません。悪魔の試練はギルド長の許可がないと受けられない決まりとなっております」
「受けられないのか?」
「悪魔の試練は私達のギルドに所属している高ランクパーティーでもクリア出来なかったダンジョンです。人族と獣人族のお二人では死にに行くようなものですよ」
やんわりと諭しているつもりのようだが、天使の自分達がクリア出来ないのに他種族の二人では到底敵わないと言われる。
そんな二人に屈強な戦士風の天使族の男が近寄ってくる。
「兄ちゃん。彼女に良いところを見せたいようだが、諦めな。兄ちゃん達二人では悪魔の試練どころか、この辺のモンスターにだって敵わんぞ」
「か、彼女!?」
「あいにく、モンスター無勢なら問題なく倒して来た。ここに来たのがその証拠だ。少しは考えたらどうだ?」
「あん。兄ちゃん、せっかく親切心で教えてやっているのにその態度は頂けないな。大切な彼女がモンスターの慰みものになってもいいのかい?」
「あの、彼女では――」
「俺は騎士だ。大切な女を守れなくて何が騎士だ。助言は感謝するがお引き取り願おう」
戦士風の天使の顔が徐々に怒りの表情に変わる。背中の大剣を取り出し、ルークに切先を向けて来た。
「そこまで言うなら兄ちゃんの実力を見せてもらおうか。負けたら兄ちゃんの彼女は貰って行くぞ」
「下品な天使だ。貴様なんかに負けるはずなかろう。お嬢さん、場所を借りてもよいか?」
「……はぁ。わかりました。念のためにいいますが、この方、バッカスさんはAランクの戦士ですよ。あなたでは勝ち目は薄いと思いますが?」
「天使って生き物は挑発が好きなようだな。その傲慢さ、俺が粛清してやるよ」
「ちょっと、ナイトさん」
慌ててタマ子はルークの手を引いて耳打ちする。
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。そもそもこれが悪魔の試練を受ける為のイベントだ。こいつを倒せばギルド長に会えるはずだ」
「だからって誤解させたままにしなくても」
「その点は悪かった。ま、そう言うロールプレイと思って少し我慢してくれ」
「もう。……わかりました。必ず勝ってくださいね」
「了解だ。マイレディ」
話しを終えたルークはバッカスに向けて勝利条件を告げる。
「勝敗はどちらかが「参った」と言うまでか瀕死状態に陥るまででいいな」
「いいだろう。俺が勝ったらお前の彼女は俺のものだ」
「なら、俺が勝ったらお前の装備、強いてはその剣をもらおうか」
「決まりだな。なら着いて来い。世の中には上には上がいることを教えてやる」
※
戦場に着いたバッカスとルークはそれぞれ得物を取り出す。
「バッカス! そんな人族なんかに遅れをとるなよ!」
「俺はおまえに一万Gを賭けてるんだからな!」
「ガハハ! 任せておけ!」
回りには野次馬と化してい天使達がいる。その中で心配そうにしているタマ子に向けて頷き、ルークは初手から全力を出すのであった。
「[バンカー]セット」
周囲の雰囲気が一変する。ルークのスキル[バンカー]は高ランクの騎士のみが習得できる高スキルとして知られている。
それを見てバッカスの目の色も変わった。大剣を上段に構え、スキルを発動させたのであった。
「[イグニッション]」
刀身が赤く燃え上がる。自身のHPを消耗させて攻撃力を上げる[イグニッション]の効力により、剣に炎のエンチャントを付加させたのである。
「なるほど。それなりの戦士であるらしいな」
[イグニッション]は戦士の高スキルの一つ。扱いが難しく使い手は少ない。一撃でも受ければ最悪HPが全損する可能性も否めない。
だけどその程度で臆する訳にはいかない。ブーストを噴射させて開始の合図を待つ。
「それでは、僭越ながら私が合図を送らせて頂きます。この羽が地面に落ちた瞬間に勝負開始とします。お二方、準備はよろしいでしょうか?」
二人はうなずく。了解を得た受付嬢は短く「開始」と言って羽を投げた。
ヒラリヒラリとゆっくり落ちる羽に対し、ルークはブーストをバッカスは炎を激しく唸らせ、羽が地面に着いた瞬間に爆発させた。
「[剛剣断絶]」
先にスキルを放ったのはバッカスの方であった。燃え上がる刀身が元々あった刀身の二倍近く伸び、それをルークに向けて叩きこむ。
跳ねが着いた瞬間に突貫したルークはそれを避けることはしなかった。バッカスの技スキルに向けてご自慢の[パイル・バンカー]を放って迎え撃ったのである。
二つのスキルは互いがぶつかりあってとどまる。だがその拮抗はすぐに崩れさった。
「なぬっ!?」
焔の剣がルークの槍によって抉られたのだ。そのまま勢いに任せてルークはバッカスに向けて突撃する。再び技を繰り出そうと構え直すが既にルークの槍はバッカスの胴体目掛けて噴射されたのであった。
「持っていけ![パイル・バンカー]」
噴射された槍と共に後方に突き飛ばされたバッカスは受け身を取ることもできずに壁に叩きこまれる。意識を失ったのかゆっくりと膝から崩れ落ちたバッカスは倒れ付し、起き上がる事が出来なかった。
「審判」
「……はっ!? それまで! 勝敗は人族の勝ちとします」
どよめく周囲に対して、ルークはタマ子の方に歩み寄る。唖然とした彼女に向けてルークは告げるのであった。
「まずは第一難関をクリアだな」