幕間 マーガレット&レオニール
日が傾き始めた頃、馬車が豪奢な邸の前に止まった。
差し出された手を取ってマーガレットは驚いた。
「何故あなたが此処に?」
驚くマーガレットに、したり顔のレオニールは片目をつぶって答えた。
「君たちが面白そうなことしてるからね。僕たちも混ぜてもらおうと思って。」
「僕たちって・・・。」
「もうみんな待ってるよ、急ごう。」
手をつないだまま歩き出したレオニールに引っ張られるようにして、マーガレットは邸の中へと踏み込んだ。
この様にして手をつなぐのはいつぶりだろうと思う。
二人は幼馴染であった。
自分の淑女教育もそうだが、レオニールも騎士としての振舞いを覚えてからは昔のようにただ無邪気な子供がじゃれるように接することは無くなった。
それを当然と受け入れてはいるものの、やはりいつの間にか空いたその距離に寂しいと感じることはマーガレットにはよくあった。
学園に入学すれば毎日会えるし、学生の間は貴族のルールにそれほど縛られずに過ごすことが出来る。
学園を卒業すれば結婚することになるし、結婚してからでも思い出は作れるだろうが、今この学生時代という時期の思い出が欲しいと期待一杯に学園の門を潜った。
しかし蓋を開ければ、ポッと出の男爵令嬢が婚約者たちの側に常に侍っている。
しかも明らかな第二王子狙いのくせに、側近達にも粉を掛けることを忘れていなかった。
大声で自分の婚約者の名前を呼び、周りの人達からは憐みの目で見られた。
当の本人たちからは、すべてを説明されるわけでは無かったが、男爵令嬢の関係性については説明を受けていた。
業務上の理由で男爵令嬢を第二王子のそばに置くことになったが、決してやましい理由ではないと。
王子の側近である以上反対は出来なかったが、男爵令嬢は自分と同じ年である。
余程のことでもない限り、自分が卒業するまで彼女もいなくなることは無い。
あっけなくマーガレットの望みは潰えた。
マーガレットの女友達も状況は似たようなものだった。
皆、矜持があるため表立って何かすることは無かったし、婚約者自体は信頼している。
それでもやはり面白くなく、婚約者に自分から連絡することはしなくなった。
それを感じ取ったのか、レオニールからはよく花束が贈られてきたが忙しいのだろう、自分で渡すわけでもなくレオニールの家の侍従が持ってきた。
本人が用意したかどうかも怪しいプレゼントを貰うと、余計に男爵令嬢の影がチラついて不快になると言う悪循環に陥った。
ミシェルの見舞いに行った際に、フェイズ伯爵令息の粋な計らいをを見て、自分の婚約者もこれ位の甲斐性があれば良かったのにと、いつもは我慢強いマーガレットが盛大に愚痴った。
偏に羨ましかったのだ。
自分だって学園に入学すれば、頬を赤らめる出来事の一つや二つ起こるだろうと思っていたのに、実際は婚約者が他の女とイチャつき鼻白むばかりだった。
それが今は子供の頃に戻ったようにレオニールに手を引っ張られている。
嬉しさを感じる反面、いきなりこんなことをされても機嫌は直らないのだと言ってやりたい気持ちにもなる。
引っ張られる手を引き剥がそうと、マーガレットは腕を後ろに引っ張った。
しかし一層強く手を握り締められてからレオニールは振り向くとニコッと艶やかに微笑んだ。
「っっ!!」
『こういう所、昔からなんだからっ! 態とやってるんじゃなくて天然だから質が悪いわ!!』
扉が開いたままになっているサロンへと入った時、マーガレットとレオニールは手をつないだままだった。
マーガレットの顔は先ほどのやり取りから時間が経っておらず、真っ赤に染め上げられている。
サロンにいる面々が事情を察するのは容易く、マーガレットが顔を上げて皆を見たとき、全員が訳知り顔に呆れていたりニヤついていたりと様々だった。
『さっきミシェル様をからかったりしたから天罰が下ったのかしら。』
そんな事を考えながらマーガレットは挨拶を済ませたが、顔の赤みは暫く消えてくれなかった。




