閑話・護衛騎士の憂鬱
短いです。
なんだ、あの娘は。
伯爵令息にして王子の乳兄弟、その縁で王子の護衛騎士を努め、若いながらも近衛隊の一員であるアラン・ド・マズリエは困惑していた。
大陸で一二を争う我が国の王太子となれば、国内どころか外つ国の王族さえも跪く存在。そして我が御主人様は同性の目からも大層見目麗しくていらっしゃる。
並の女ならば話しかけられるだけで頬を染めるだろう。
それを利用して貴族のみならず町娘までもつまみ食いをする主人には困ったものだが、それはさておきあの女だ。
アナベル──アナベル・ド・ベルネ子爵令嬢と名乗ったのだったか。
ベルネ子爵領といえば、戦乱の多い国境において武を尊ぶ地方の中、巡礼地もあり特産品もある比較的豊かな土地だったはず。
しかし、彼女は装飾品と呼べる装飾品は身につけていなかった──貴族を籠絡するためにと多量の装飾品と化粧品を持たされたが使っていないだけだということは彼は知らない──飾り気のない、しかし可愛らしい少女だ。
殿下の悪癖が顔を出さないといいのだが。
「なぁ、アラン」
「何でございましょう、殿下」
「あの娘、アナベルとか云ったな……可愛いと思わないか?」
案の定。
天は二物を与えずと言うべきか。血は争えないと言うべきか。
彼の主人は、大層好色でいらっしゃる。
町娘を買い、貴婦人と火遊びをし、豪商の娘を郊外の屋敷に囲う。
貴族学院に入学して二年、同輩に手を出すことは避けていたようだが時間の問題だと思っていた。
「今の社交界にはいないタイプの見た目だし、気が強そうなところも気に入った」
「田舎娘では殿下のお眼鏡にはとても敵わないと存じます」
やめておけ、と暗に伝える。
「それにさ、ベルネ──うん、ベルネ。叔父上が言っていた子爵家の娘の名前だ。」
──叔父上。
王弟殿下のアルトワ様の事だろう。先程血は争えない、と言ったが王家の男は揃いも揃って好色だ。
アルトワ様は殿下の遊びの師匠で、若い頃は鳴らしたという遊び人だ。クロエ様の父上でもある。
「孕んだ娘を連れて行こうとしたが拒まれた、とか……桃色の髪に華奢な体、儚げな少女だったそうだ。あの娘に似ていると思わないか?」
「……娘ですか」
アルトワ様と殿下の女の好みは似通っている。つまり、伯父が入れ揚げた女の娘に興味があるというわけだ。
少し味見するのも悪くない、と呟く殿下を前に、俺は悪い癖が出たとため息をつくしかなかった。
何故って、殿下がなにかした時に奔走するのは俺なのだから。