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キャット@プレイヤー  作者: グッデイ
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第3猫話



「ヒメごめんよ、学校行かないといけないんだ」


 お母さんの胸に抱かれて寂しそうな鳴き声をあげるヒメに、サトルは玄関をなかなか出ることが出来ずにいた。


「ほら早く行きなさい、補習を受けないといけないサトルが悪いのだから」そう言いながらお母さんは優しく胸に抱いたヒメの頭を撫でる。


「ごめんよヒメ」


「男のくせに子猫一匹で情けない声出してないで、さあさ行った行った」


 お母さんを真似て、にやにやしながら言う妹にせかされ、やっとの思いでサトルは玄関を開けた。


「ちゃんとお母さんがヒメちゃんの面倒をみておくから、しっかり勉強してきなさいよ」


 そんなお母さんの言葉を振り切るように、真夏の午後の焼け付くような日差しの中を、サトルは自転車に跨り勢いよく新興住宅の長い坂道を下っていった。






 補習授業は先生が顧問をしているクラブ活動の関係で、午後二時から五時までの三時間に視聴覚室で行われていた。英語は補習者が多く受講者は十三人で、ただ選りすぐりの頭の悪い生徒ばかりというわけでも無かった。


「はい皆さんこんにちは、今日は神猫しんぼうさんが体調不良でお休みですが、いつものように始めたいと思います」


 なぜかいつも僕の右隣の席に座る神猫姫子が、今日は体調不良で補習を休むようだ。


 彼女はとても頭がよく、ハッキリ言って補習なんて受ける必要など無いくらいだ。


 補習の間、毎日のように行う確認テストでも先生がびっくりするような高得点を毎回たたき出している。


 そんな彼女が補習を受ける事になったのも、期末試験の英語の時間に突然の体調不良で受けられなかったからだ。


「えーなんだよそれ、俺も体調不良で休もうかなぁ」と誰かが言うが、先生に「神猫さんと同じくらいのテストの点がとれたら休んでもいいわよ」と軽く流されてしまい、何事も無かったかのように補習授業は始まった。




 神猫姫子は、一見可愛いとサトルも思う。

 いや、男子の間じゃけっこう評価が高い。


 ただ愛想が悪く声を掛けても返事もしなければ、まるでどっかのお嬢様気取りなのか、最近流行りのツンデレを地で行くタイプなのか、人を見下しているかのような雰囲気を纏っている。


 それもあって女子からは酷く嫌われているようだが、男子の中にはそれでも何人も告白しては玉砕しているという噂もある。


 まあサトルにしてみればどうでも良い事で、今日はゲーセンに寄らずに早く帰ってヒメに会いたいとそればかり考えながら授業を過ごしていた。






「おーいサトル、今日も行くんだろ?」補習を終えたところで、毎度の事だが悪友がさっそく誘いにやってきた。


「わるい、今日はパス」


「うっそ、サトルが行かないのかよ、なあじゃあ俺の家来いよ、例のレアアイテム見せてやるからさ」


「悪いけど、本当に今日は無理だから」友達の甘い誘いに心奪われそうになりながらも、サトルはディパックに勉強道具を押し込んだ。


「なにどうしたんだよ、まさか女でも出来たのか?」


「…バーカ」それだけ言うと、サトルは急いで学校を後にした。



 五時とはいえまだ日は高く、一時間以上掛かる道のりの半分以上が上り坂の帰り道は正直いって結構つらくて、何時もは少し日が傾くまで時間をつぶしてから帰るようにしていたのだが、今日はやはり猫のヒメの事が気になって、体中から湯気が出そうなくらいの汗も気にせず強い日差しの照り返す街道をサトルは無心になってペダルを踏み続けた。






「ちょっとサトル、ベトベトじゃない」


 珍しく早く帰ったとはいえ、まるで頭からシャワーを浴びたかのように、汗でシャツが肌に張り付いたサトルを見ると、お母さんは驚きながらもすぐにお風呂へ入るように言いながら、胸に抱いていた白猫をサトルヘ渡すと、サトルは満面の笑みでヒメを抱きとめた。


「この子ったらお兄ちゃんが帰ってきたのがわかるみたいで、音がしたとたんにそわそわしてるのよ」


「そりゃ僕のヒメだもん」当然だと言わんばかりにサトルはその腕に抱き抱えたヒメの首元を、優しく撫ぜながら言った。


「はいはい、ああそれと今日お医者さんで、傷はだいぶ良くなってるから一度洗ってあげなさいって」


「んじゃあヒメと一緒にシャワーあびてくる」と言って、台所へ向かう呆れた様子のお母さんの後ろから、ヒメに緩んだ視線を向けたまま答えた。確かにヒメの白い毛はくすんで所々汚れが固まってしまっている。


 お風呂に入ると、ヒメは猫にもかかわらず、お湯を恐れるどころかシャワーをかけられると嬉しそうに水浴びを楽しんでいるかのように見えた。


「ヒメも僕とお風呂に入れて嬉しいかい」


 そんなサトルの問いに、煌めく白い毛並みに水滴を輝かせながら、照れたように頷くような仕草を見せるヒメを抱き寄せると、サトルはヒメの怪我に注意しながらシャンプーで丁寧にヒメを洗ってあげた。


 ヒメはただじっとサトルの腕の中で、まるで人の子のように恥ずかしそうに、しかし幸せそうにその行為を受け入れていた。





「うわぁヒメちゃんすんごい綺麗!」


 久しぶりに家族四人そろって夕食の席に付くと、妹のリンがサトルの膝の上で丸く座るヒメの、透通るような白く艶のある毛並みを見て言いった。


「だろ、僕が丁寧に洗ってあげたからね」


 自慢気に言うサトルの、その隣に座るリンがヒメへそっと手を伸ばすと、ヒメは昨日のように嫌がることなく、リンの触れるがままに撫ぜさせていた。


「さらさらのツヤツヤ、気持ちいい!ねえリンにも抱かせて?」


「だめだよ、玩具じゃないんだし食事中なんだから」


 ちょっと意地悪なサトルの言いに、お兄ちゃんのケチと言って口を尖らすと、リンは何かに気付いたかのように鼻をピクピクさせながら眉を寄せてサトルを睨む。


「ねえお兄ちゃん、猫、まさか私のシャンプーで洗ってないよね?」


「洗ったよ」サトルは当たり前のように、ヒメの口におかずを運びながら言った。「それがどうかした?」


「うそ、なんで勝手に使うのよ、私は猫じゃないんだから酷い、もう使えないじゃない!」


 別に使えなくなるわけでも使ったからって猫の匂いが付くわけでも無いのにとサトルがいうと、妹のリンは余計にむきになって怒りを露わに言い出した。


「なんで私が猫と同じ物を使わないといけないのよ、だいたいお兄ちゃん自分のシャンプーを使えばいいじゃないっ!」


「ちょっとリン、別にちょっとくらい使ったっていいじゃないのよ、リンのシャンプーだからこそ猫ちゃんもこんなに綺麗になったんじゃない?」


 なんとか妹を宥めようとお母さんが言うが、さらに顔を真っ赤にして怒り出したリンは、お箸をテーブルに叩き付けると、今度は椅子から立ち上がって声を荒げた。


「なんでお母さんまでそんな酷いこと言うのよ!私は嫌だからね、猫と一緒なんて絶対にぜっっったいに嫌だから!!」


「リン座りなさい」それまで黙ってもくもくと食事をしていたお父さんが、溜まりかねて低い声で妹を座らせた。「ちゃんとリンに確認せず使ったのはお兄ちゃんが悪い、お兄ちゃんはリンに謝りなさい」


 なんでシャンプーくらいでと思いながらも、「ゴメン」とサトルが謝ると、今度はリンに向かってお父さんが続ける。


「リンもそこまで怒ること無いだろう、それじゃあ子猫がかわいそうだろ?どうしてもというなら、お母さんに新しいシャンプーを買ってもらいなさい」


 普段から妹のリンには甘いお父さんに言われると、妹はしぶしぶ頷いて箸を取ると無言のまま夕飯を頬張りだした。



 当のヒメは、自分のことでサトルたち家族が喧嘩しているのだとわかっているかのように、申し訳なさそうに身を小さく屈めてサトルの膝の上で顔を伏せていた。






「ヒメ、今日はゴメンな」


 昨夜のように部屋の電気を消して、ベットの上でサトルは仰向けに横になるとお腹の上にヒメを乗せて語りかけた。


「リンのやつがあんなに怒るなんて、ヒメに嫉妬してるのかな」


 まだ傷が痛むようだから、風呂上りに新しい包帯を巻いた左前足を庇うように両手でヒメを自分の顔へとサトルは引き寄せた。


「ヒメは気にしなくていいからね」


 そう言って、昨日と同じように優しく猫の小さな口に自らの唇を重ねると、ヒメはその意味をわかっているかのようにそっと目を閉じて口付けを交わした。


「さあ、今日はもう寝ようね」


 そして一人と一匹は、寄り添うようにタオルケットの中で丸くなって眠りに付いたのだった。







 何時ごろだろうか、揺れながら軋むベッドのスプリングに、サトルはぼんやりと覚醒しきらない意識の中、薄暗い微かな月明かりに照らされた自室を、薄目を開けて見る。


 誰かの影、白く浮かび上がる柔らかいシルエット。


 夢を見ているのだろうか。


 横になるサトルの上に、覆いかぶさるように迫る白い影。


 怖くは無かった。


 ゆっくりとサトルに重なり、唇に柔らかい温もりを感じた時、サトルはそれがヒメなんだと何故かわり、安堵と共に瞳を閉じたのだった…。



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