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04__気の毒な側近 1

1日目の続きです。



___視点:国王の側近 - クランツ=バルトロメイ___


私は 足をめ、大臣達が 隣室から廊下へ出たのを確認した後、ソファを振りかえった。

「何故、この様な…… 」

執務室の入口にいる私の耳に、繊細かぼそい声が届いた。

「このところ、見合いのはなしが多くてな」

この一言だけで、陛下の狙いが判ったのだろう。

「 …………わたしを使って、すべて お断りになるおつもりですか」

「暫く 協力するだろう?」

「 ––––––––––––長く、陛下の おそばを、離れる訳には……… 」

異国の娘の言葉に 違和感が湧いたが、どう云う訳か 声が出ない。

いや、疑問として問える状態まで 頭が働いていない。

「大した理由にはならぬな。エスファニアは、平和だろう? それに………そなたは、断れる立場ではあるまい?」

「密入国-及び 王宮への不法侵入などは、これで 不問にす……と云う事でしょうか?」

「どうする?」

「 ………… 」

陛下の問いに、彼女は 沈黙した。

熟考しているのを邪魔したくはなかったが、こちらとしても もう黙っているのが限界だ。

「へ、陛下……?」

「ああ」

説明してほしい と促せば、陛下は 小首を傾げた。

「何からはなすか……… 」

陛下は、わずかに考え込んだ。

おそらく、長いはなしになるのだろう。

それは察しが付くし、今程の会話にも 大いに気になる単語があったのだが、この場合は 当初の疑問を打付ぶつけるべき、と 私は判断した。

「いろいろと お訊きしたい事はありますが、まずは『何故 この様な真似マネをなさったのか』を ご説明くださいますか?」

詰め寄りたい気持ちはこらえる事が出来たが、幾分 温度の低い声が出てしまった。

たぶんだが、顔も 穏やかではないだろう。

こわい顔だな」

やはり、そうだったらしい。

もっとも、私が そうである事は、割と いつもの事である。

「茶化さないでください。今 こんな事をすれば どれだけの反発が出るか、判っておいででしょう?」

「大臣達か」

鼻でわらう様に、陛下が にやと笑む。

この方の こう云った表情は見慣れているのだが、何度 見ても、背筋が ひやりとする。

それでも、慣れがある分 表面上は取り繕えるのだが。

「これまで 何度も お身内の娘達を薦めてきたと云うのに、何の前触れもなく……… 」

王が みずかえらんだとしても、彼等は納得しない筈だ。

この片鱗は、先程の大臣達の口からも呟かれていた。

「誰とも知れない女性を お迎えすると云うのは……… 」

嫌味や いやがらせなら 未だしも、暗殺を考えるバカも出るだろう。

そうなれば、狙われるのは 陛下ではない。

王の腕の中で震えている美女の生命いのちが危ないのだ。

そう気付いて、私は 何とかならないものかと思案を巡らせる。

「炙り出すには、丁度良かろう?」

あっけらかんと返された言葉に、(おも)わず 跳び上がりそうになった。

「それでは、そちらの女性がっ」

危険に曝され、あまつさころされてしまうかもしれない。

そんな懸念を、陛下は 軽く笑い飛ばした。

「このひめは、その爪にも 牙にも掛からぬ」

一体 その自信は何処どこから出てくるのか、まずは 根拠を知りたいところだ。

「これは、私がえらんだひめだぞ?」

そんな事を訊いているんじゃない、根拠をはなせ、根拠を。

そう云う(おも)いを込めて 睨むがごとを向けるが、陛下は にやりと笑っただけだった。

やはり、この人は、睨んだところで びくともしないのだ。

引き止めたのだから、自分からはなせばいいモノを。

「一体 誰なんですか? そもそも、何処から連れ込んだんです?」

この問いに、陛下は へらりと笑んだ。

あきらかに、今までとは違う笑顔だった。

瞬間、いやな予感がした。

「名前は、アシュリー。エスファニアでの呼称は、ファニーナ」

おそらく、私は 盛大に息を飲んだのではなかろうか。

前の名前は 初耳だが、後の名前には 聴き憶えがあったのだ。

この時点で、私の意識は、私の思考は、ブチ飛んだらしい。

「エスファニアの〔森の妖精イリフィ〕だよ」

遠くに、陛下の声が聴こえた。


《 あ  あ…… お  わ  っ   た………。》


それ以上の説明は、もう 聴きたくなかった。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



衝撃の瞬間から、どれ程の時間が経ったのか。

私の魂は 肉体に戻り、私の意識は ようやく稼働し始めた。

「確か、エスファニア王に 仕えているとか……… 」

「はい」

エスファニア王国は、我が国の北西にある 大国だ。

常に旱魃と冷害に悩まされるラッケンガルドとは違い、豊かな国だ。

其処には〔森の妖精イリフィ〕とばれる魔法使いがいて 国を護っている、と言われている。

恵みを司る能力スキルそなえていると云う噂で、彼女がいるだけで あらゆる恵みが約束されるらしい。

広い国土の30パーセント以上が高山であるエスファニアが、常に豊かであるのも〔森の妖精(イリフィ)〕のちからるとされている。

だからこそ、かの魔法使いは、魔法使いでありながら 王に仕えているのだと噂されていた。

その本人が、眼の前にいるのだ。

「美人だよね〜」

陛下は、うつくしい媛君ひめぎみを腕に、すっかり ふにゃふにゃな口調になっているが、今の私には それに構っている余裕などない。

陛下が人前で〔獅子王〕ではなくなっていても、ツッコミを入れる気にもならない。

「何故〔森の妖精イリフィ〕が、こんな小さな国に⁈ 」

エスファニアの魔法使いは、相当の魔力を持つと聴く。

彼女-独りでも、こんな小さな国くらい 吹き飛ばす事が可能なのかもしれない。

「まだ 決まった事ではありませんが、我が王の外遊先に こちらが挙がっておりまして……… 」

「どんな内情なのかさぐりに来て 僕につかまっちゃった、と」

「 …………はぃ」

実に愉しそうな陛下の腕の中で、彼女は 複雑な表情をしていた。

侵入経路は判らないが、彼女は 魔法使いだ。

空をんで この王宮へ忍び込む事など 朝飯前だろう。

この場合は、それをつかまえた陛下が凄いのだ。

しかし、この状況は やはり頂けない。

「逃げちゃ駄目だよ? アシュリー」

「陛下ーーーーっ⁉︎」

「なに? クランツ」

「エスファニアと戦争する気ですかーーーー⁈」

「大袈裟だなぁ」

「大袈裟なんかじゃありません!」

叫ぶ様に声をあげてしまったが、今は 冷静になれない。

意識の何処どこかに 混乱しているのだと云う自覚があっても、すぐに態度を改める事は出来そうになかった。

「エスファニア王国は、フォルモーサ王国の倍はある大国ですよ⁉︎ 其処の大事だいじな魔法使いをとらえて帰さないなんて、赦される筈ないでしょう! 隣国-サマリア王国や フォルモーサ王国の恩人でもある方だと云うのに、西側-諸国と国交を結ぶ前に 全面戦争になりますよ⁉︎」

下手をすれば エスファニア・フォルモーサ・サマリアの3国から宣戦布告をされかねない。

大袈裟ではなく、そのくらい されそうな人を、巻き込んではいけない事に巻き込もうとしているのだ。

「知られなきゃ大丈夫だよ」

「知られるでしょうが!」

怒号の様な声を出してしまったが、今は 勘弁してもらいたい。

森の妖精イリフィ〕は、これ程 眼立つ美女だ。

噂で 王妃の容姿を耳にすれば、彼女を知る国々に察知されて当然だろう。

大袈裟ではなく、国家存亡の危機なのだ。

「吹けば飛ぶ様な こんな小さな国、あっと云う間に 粉微塵にされますよ⁉︎ 」

「大丈夫だよ。そうでしょ?」

獅子と云うよりは 猫の仔の様に、陛下は、腕の中の うつくしい魔法使いを見詰めた。

「 ––––––––––––この姿を知るのは、身内だけですから」

この言葉を聴いている間に、私の思考は 外れたところに飛んだ。


《 ああ……先程『陛下』と言っていたのは、エスファニア王の事だったんですねぇ。》


エスファニア王国と このラッケンガルド王国に、国交はない。

かの国の情報は、辛うじて国交がある隣国からもたらされたモノだけと云って良い。

決して多くはない情報量だが、確かな事がある。

それは、フォルモーサ王国にとって 浅からぬ縁のある〔森の妖精イリフィ〕は、かの国の恩人であると云う事だ。

数年前、隣国-フォルモーサは、これまた隣国である サマリア王国に侵略された。

ラッケンガルドの西にある小国-サマリアに因る、かなり一方的な戦争だった。

あっと云う間に国家は占拠されたが、いろいろとって 半年前にサマリア王国はフォルモーサから撤退した。

サマリアの新しい王妃が 魔女であったのだとか、その王妃が よくをかいて、あろう事か エスファニアに手を出そうとしたのだとか、理由はある。

だが、特筆すべきは その侵略の芽を摘んだのが〔森の妖精イリフィ〕である事と、王妃に暗殺されそうになっていたサマリア王家の者達が フォルモーサを返還した事だ。

サマリア王は、おのれの後妻となった女が 魔女の1人である事を知らなかった。

見抜いたのは、おそらく 高位の魔法使いである〔森の妖精イリフィ〕だろう。

むしろ、彼女にしか成し得ない事だと(おも)っている。

サマリア王国で 次々と起きた頓死の原因も、王国の乗っ取りを企んだ魔女と その下僕達の仕業であった。

果ては、夫となったサマリア王と その息子達を毒殺する計画を練っていたと云うのだから、本当に危険だったのだ。

それを阻止したと云う功績は、国王を、いては 国家を救ったに値する。

サマリア王は、どれ程 彼女に感謝したのだろう。

それが、無条件での国土返還と、即時 撤退に繋がるのだが、これは そう出来る事ではない。

はっきり言って、不可能に近い奇蹟きせきだ。

つまりは、サマリア王国にとっても フォルモーサ王国にとっても、エスファニア王国の魔法使いは 恩人にたるのだ。

サマリアの王は、心底 感謝したからこそ、強引な方法とは云え、みずから得た領土を 無条件で手放す事にしたのだろう。

フォルモーサにしても、エスファニアに降り掛かる脅威を払い除けただけに過ぎなくとも、結果 国家奪還の立役者となってくれた彼女には、感謝の念をいだいているだろう。

その女性を、戒縛のちからもっとらえているなど、がたい蛮行だ。


《 終わった………この国は もう駄目だ。》


独り 絶望に打ちひしがれている私を他所よそに、陛下は 愉しそうな笑顔のままだ。

「ねぇ、エスファニアでの姿って どんな?」

何か、無邪気に尋ねている様な気がするが 忠告する気力が湧かない。

る知人の 幼い頃の お姿を、お借りしております」

「幼いって、幾つくらいの?」

「あの頃は、12歳くらいだったと(おも)います」

美女-ファニーナの言葉が、現実逃避をしていた私の耳に やけに鮮明に入ってきた。

「そんな小さな子供の姿で 王城にいるんですか?」

そのせいか、気が付いたら 会話に乱入していた。

「陛下と 主だった臣下の方達は、わたしが普通ではない・・・・・・事を知った上でしたので、えて いつわらせて頂きました」

「幾つだって言ってるの?」

「あの頃は、雪が降る頃には 13齢になる、とだけ 申し上げておりました」

「それは………… 」

「魔法使いの年齢だね?」

魔法使いになれるかは 当人の資質にるのだが、いつ その能力を開花させるか決まっていない。

少年期に覚醒する者もいれば、老人になって ようやく 魔法使いの序列に加わる者もいる。

実年齢とは異なる『魔法使いとしての経験年数』を示すモノが、今し方の だ。

そして、長寿である魔法使いにとって、100齢-未満は ひよっこ・・・・の部類に属するらしい。

「良く ご存知で」

「そんなに幼いんですか⁈ 」

数1000年は生きると云う魔法使いにとって、13齢など 赤子の様なモノだろう。

確かに〔森の妖精イリフィ〕は 幼い魔法使いである、と云われてきた。

強大な魔力を持っているとも聴いているが、まさか そんなに若い魔法使いとは(おも)っていなかった。

数多くの魔人や魔女をしりぞけていると聴いていたので、もっと老練の魔法使いだと(おも)っていた。

しかし、ソファに囚われている女性は 私にとっての否定の言葉を返してきた。

「はい」

今日は驚きっぱなしで 何だか疲れてきた。

「まさか、その姿って……… 」

「変幻じゃないよ」

私の疑問に 陛下が、イラッとする程 嬉しそうな笑顔で答えてくださった。

「こんな美女が実在するんですか⁉︎ 」

「眼の前にいるでしょ」

勿論『風の噂』程度の知識でしかないが、魔法使い達は 隠れ住んでいるとも言われているから、変幻で容姿を変えるなど 珍しい事ではないのだろう。

だが、これは 叫ばずにはいられなかった。

「だったら、何で その姿を隠すんですか⁉︎ 勿体無い!」

何とも主観的な意見だったが、離れた処にいる魔法使いは それを咎めはしなかった。

「いろいろと、不都合があるのです」

「どんな?」

「この姿は、母に………少し、似ている ので」

急に歯切れが悪くなった。

おそらく、この先は 訊かれたくないのだろう。

だが、そうと判っても訊いてしまうのが 我が王だ。

「母上も美人だったんだね。でも、どうして それが『かくす理由』になるの?」

案の定、質問の手を緩めはしなかった。

く云う 私も、その返答に興味があった。

何より、陛下の質問に 嘘をくなど出来る事ではない。

魔法使いなら、その効果は顕著に現れる。

嘘は おろか、かくし事も 誤魔化しも効かない。

「この姿 を……知っている方が、あの王城には、いる かも、しれなく て………… 」

「いちゃ いけないの?」

「母は………前エスファニア王の、娘……だった の、です」

「っ‼︎? 」

喫驚を飲み込みながらも、頭の何処どこかで、私は 得心していた。

溢れる気品も たおやかな容姿も 洗練された仕草も、王の血族と聴けば 納得だ。

「じゃあ、アシュリーは、本当に お姫様だったんだぁ」

「もしかして、20年前に 山賊に襲われたと云う、第二王女-アナスターシァ様の………… 」

私の問いに、エスファニアの〔幼き妖精ファニーナ〕こと アシュリー姫は 沈黙を返した。

沈黙は 肯定、そう(おも)えば 何もかもが納得である。


《 それは、歯切れも悪くなりますね。》


一体 何がったのか判らないが、第二王女であったアナスターシァ様は、公的には 死んだとされているのだ。

彼女は、現エスファニア王のそばに在りながら、自分が従妹である事を 名告なのり出てはいないのだろう。

知られたくないと(おも)ってかくしているのなら、国交がないとは云え、他国の王に それを教えたくはなかった筈だ。

その辺りを察したのか、陛下は、腕にとらえている 幻の姫に、優しいを向ける。

「大丈夫、秘密にするよ?」

安心させる様に やわらかく微笑んで、そっと髪を撫でる。

その様子を ぼんやりと見ていたのは、最早もはや 情報処理能力が追い付かなくなっていたからだ。

決して、異を唱えるつもりがあった訳ではない。

断じて、そんなつもりはない。

だが、口約とは、言葉にして 初めて効力を持つモノだ。

「クランツ、秘密にすると約束するな?」

いつまでも黙っている私に痺れを切らせたのか、陛下が 氷点下の声で問い掛けてきた。

先程までの ふにゃふにゃとした口調は 何処どこへやら、陛下は 獅子たる顔を覗かせている。

「っ–––––––もっ、勿論です!」

「ならば、良い」

一連の会話をかんがみて、アシュリー姫が 私と陛下を交互に見た。

「 …………その ご性格と天賚てんらいの事は、宮中では 内密なのですね?」

「当然です! 陛下が、実はこんな・・・だなんて、知られる訳にはいかないんです。内乱を治めたとは云え、この国には まだ いろいろとあるんです」

詳しくはなせば長くなるが、前王の代に国政が乱れた事は 各国に知れ渡っている。

同時に、現王が若い事や いまだに内政が安定していない事も 知れ渡っているだろう。

そんな諸々の事情があって、陛下には〔獅子王〕として 国の内外へ睨みを利かせていてもらわなければならないのだ。

どうやら、彼女は 大凡の事情を察してくれたらしい。

「対外的にも 対内的にも、今は 国を安定させる事が優先です。したがって 今暫くは、陛下には〔獅子王〕でってもらわなくては」

国の内外の不穏分子に対する 牽制の意味もある。

内乱を 短期間で制圧した陛下は、戦場の鬼神とうたわれる程の猛者もさだ。

…………全く知らない者には、痩身長躯の 優美なからだ付きから 想像も出来ないだろうが。

「今は まだ、弱味も 切り札も、見せる訳にはいかないからねぇ」

再び ふんにゃりとした口調に戻って、陛下は 他人事の様に呟いた。

「そんな中ですので、うっかり臣下達の身内を妃に迎えて あれやこれやがバレるなど、あっては困るんです。もっとも、貴女が 本当に正妃になってくださると云うなら、安心ですが」

この方なら、陛下の二面性を知ろうが 裏の性格を知ろうが、大した動揺はないだろう。

現に、今 そう・・なのだから。

加えて、エスファニア王国-程の大国ともなれば、こんな小国の王の弱点など 態々わざわざ 突いてくる必要もない。

或る意味、最も安全な相手と云えた。

「承諾は出来ません」

当然な返答だ。

大国であるエスファニア王国にとって、彼女を 政略結婚の道具にする必要などないし、この国には その価値もない。

それどころか、生命いのちを狙われると云う 危険な立場になるだけなのだ。

余りにも 判り切った返答で、落胆すらしなかった。

「だが、逃がさぬ」

陛下が、にんやりと笑んで 腕の中の美女を見た。

「っ」

アシュリー姫は、きくん とからだを強張らせた。

それは、そうだろう。

先程 陛下が発した『逃がさない』と云う言葉は、行動を縛るモノだ。

魔力のない私達にも あれだけ効くのだから、魔法使いである この方には、相当の戒めになっている筈だ。

私が ぼんやりとしていたのが悪かった。

「そなたは、私のつまだ」

この言葉は頂けない!

私は、反射的に叫んでいた。

「駄目です‼︎ 」

相手は、大国の王の血族だ。

婚姻は もってのほかだし、手を出されるのも困る。

いや、現状だって 既に困る事だらけなのだが。

「アシュリー姫が エスファニアの王室につらなる お方なら 尚更、このまま帰して差し上げるべきです!」

「だけど、それだと『結婚して すぐに花嫁に逃げられた王』になっちゃわない?」

「くっ!」

そうだった、出来ないのだった。 私とした事が、動転の余り 忘れていた。

「それって、クランツも困るでしょ?」

困るどころの騒ぎではない。

これまで こつこつと積み重ねてきた『陛下のイメージ作戦』が 根底からくつがえされかねない。

いや、いっその事、余りのこわさに 花嫁が逃げたと………いやいや、やはり駄目だ。

「だっ、だったら、一時的に夫婦を演じてもらうだけです! 仲睦まじいフリをするのは 兎も角、本当に手を出すなんてしないでくださいよ⁉︎ 」

「こんなに愛らしい小鳥を前に、か?」

いやそうな顔で アシュリー姫を抱き締めるのは めてください!

震えているじゃないですか!


《 やはり、おたすけせねば‼︎ 》


此処で きつく言っておかなければ、アシュリー姫が危ない。

主に、性的な方面で!

「当然です! 相手は〔森の妖精イリフィ〕で、非公認とは云え エスファニア王の従妹なんですよ? もしも、この事が先方にバレでもしたら、重大な外交問題です! 国家存亡の危機です‼︎ 」

「良いではないか。何かの時には、アシュリーを正式に私のつまにすれば、事足りる。簡単に 西側の3国と国交が結ばれるばかりか、エスファニア王家とも 縁続きになるぞ?」



  なに莫迦 言っとるんじゃーー! このエロ国王が‼︎

  普段 猫のクセにこんな時ばかり獅子になるなあっ‼︎



肉食獣のごとを向けられたアシュリー姫は、戒縛のちからのせいで逃げる事も叶わず おびえている。

「無理に決まっているでしょう⁉︎ 戦争になりますよ⁈ すくなくとも、ご本人が承諾しない限り、絶対に赦しません!」

逃がして差し上げたいのは山々だが、こうなってしまっては無理だ。

私に出来る事は、アシュリー姫の御身を護る事くらいだ。





…………ああぁ、そんな 泣きそうなで見ないでください。

力不足は痛感しております、おりますとも。

ですが、私の立場としては これが最大限の譲歩であり、これが全力です。

「いいですか⁉︎ アシュリー姫には臨時で・・・仮初かりそめの妃』になってもらうだけです! 絶対に 何かあってもらっては困りますよ⁈ 」

「 ………… 」

「不満そうな顔をしても、駄目なモノは駄目です‼︎ 」

私の言っている事は理解している筈なのに、どう云う訳か、陛下は 首を縦に振らない。

我儘な方ではあるが、此処までき分けが 悪……かった、か。

…………うん、そうだ、そんな方だった。


《 考えてみれば、知り合った頃から どれだけの我儘に振り回されてきた事か。》


(おも)わず、遠いになってしまった。

そんな隙が いけなかった。

「きゃ、っ⁉︎ 」

短い吃声が耳に届いた時には、アシュリー姫は 陛下の腕の中で真っ赤になっていた。

陛下はと云うと、姫を より深く抱き締め、その首許に 頬を寄せる様にしている。

「こんなに綺麗で、美味しいのに」

「⁈––––––– 喰ったんですかあぁああっ‼︎⁉︎ 」

「うん、ちょびっと」

そう言って、陛下は 細い首筋に唇を寄せた。

アシュリー姫のからだが、びくん とねる。

今は 薄紅色に染まっている その首筋の一部に、紅潮とは違った赤みがある。


《 こりゃ 駄目だぁ。》


どうやら、気紛きまぐれれや 興味本位ではなく、本当に アシュリー姫が気に入ったらしい。

捕食する気-満々の猛獣陛下を前に、私は 諦めた。

たぶん、何を言っても 放す気はないだろう。

こうなったら、この方は止まらない。

「は、放して……… 」

「逃がさないよ」

困り果てたアシュリー姫は、こちらを見た。

「っ––––––– たす」

「駄目だ」

おそらく、私へたすけを求めようとしたアシュリー姫だったが、その口を 陛下の手が塞いだ。

「私の腕からのがれる為の言霊を使うな」

言霊……成程なるほど、先程の あれは言霊だったのか。

道理で、あの恐怖に打ちとうと試みてしまった訳だ。


《 そうか、そうだったのか。彼女は 高位の魔法使いだ、そのくらいは出来て当然だった。》


どうやら、私の神経は 可妙おかしくなってしまったらしい。

眼の前に たすけるべき対象がいると云うのに、何だか 行動に移れない。

危機感が薄れてしまったのか、非常に冷静に 2人の様子を見ている。

「 …………(おも)い切り いやがられているんじゃないですか」

「この初々しい反応も、また 愛らしい」

「だからって、襲わないでくださいね。戒縛のちからも、その為に使ったら駄目ですよ?」

私に出来る事は、忠告だけだ。

「 ––––––––––––……… 」

嫌そうな顔で こちらを見ているが、欠片カケラも譲歩する気はない。

これは、私なりに 彼女をたすける方法だ。

「陛下」

時々だが、(おも)いのほか 冷たい声が出る時がある。

この時も、そうだった。

「努力しよう」

この言葉を引き出せたのも、底冷えのする声の お陰か。

「宜しい」

尊大に言い放っているが、内心は 自分の氷点の声・・・・に驚いていた。

声が震えなかった事にも、驚いた。

これは、秘密にしておこう。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



そんな事があって、私は執務室をあとにした。

一応、誓約は立てさせたが、心配が消えた訳ではない。

この後、宰相と打ち合わせの時間を設けて、アシュリー姫の事を 相談しなくては。

私は、足早に 廊下を歩いていた。

「 –––––––––––– あ」

呟きをこぼすと共に、私は 足早に動かしていた足をめた。

私は、やはり 動転していたのだろう。

手には、陛下からサインを貰うべき書類が握られたままだ。



  わ、わすれていたあ……。



最早もはや 脳内で漢字変換をする気力も湧かなかった。

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