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01__幼き姿の魔法使い

常用漢字ではない漢字の使用が多々あります。 僅かですが、当て字もあります。それ等は、誤字・脱字と共に、広い心で お赦しください。

また『話なげーよ、メンドクセェ』と感じた方も、不快をもよおす前に戻る事を お薦めします。



つまり、以前と変わりません。

では、どうぞ。

___視点:エスファニア王国 - 国王付き秘書官___


「ファニーナ」

エスファニア城の一郭で、秘書官は 魔法使いリーゼロッテを呼びめた。

「お時間 宜しいですか?」

振り返ったのは、12〜13歳くらいの少女だ。

渋皮色の髪は 毛先が くるくると巻いており、ふっくらとした頬の横で ふわふわと揺れている。

灰色の大きな瞳に 白い肌、薔薇色の薄い唇をしている。

「はい」

小さな村でなら 10人中5〜6人が『可愛らしい』と答えるだろう少女だが、斗出して美少女と云う印象はない。

整ってはしているが、だからと云って 美少女ではない顔立ち。

所謂いわゆる 平凡な、可愛い少女だった。

「少し、ご相談があるのですが」

丁寧な態度で、国王の秘書官は 少女を別室に招いた。

此処は、エスファニア王国の中心地-エスファニア城である。

そのの通り『国王がおわす城』だ。

そんな場所にいるには、少女は 余りにも幼い様に見える。

しかし、秘書官は 何のためらいもなく相談を持ち掛けた。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



数分ものはなしを、近場の部屋に入った処でする。

一頻ひとしきばなしを聴いた後、少女は 驚いた様に質問をした。

「それは 外交、ですか?」

「そうですね。結果的には、そう云う事になると(おも)います」

この言葉に、少女は 表情を変えずに押し黙る。

エスファニア王国の若き国王-フェイトゥーダと 王妃-フローリェンは、つい この間、外交に出たばかりだった。

西の隣国とは云え、決して親密ではない ナルシェル王国に招かれ、かなり面倒な体験おもいをしたばかりである。

戻って間もないと云うのに、またも 外交で他国へわたると云うのだ。

「 ………… 」

少女にしか見えない魔法使いは、黙していた。

少し働きぎではないだろうか、とでも考えているのかもしれない。

しかし、少女の表情から それ等を推し量る事は不可能に近かった。

其処で、秘書官は 更に説明を重ねる事にした。

「ラッケンガルドと云う国を、ご存知ですか?」

「確か、サマリアの東にある 小さな国だったと」

質問に対して、とても簡潔で適切な答えが返ってきた。

「流石は、ファニーナ。博学でたすかります」

秘書官は、(おも)わず にっこりと微笑む。

彼は、この少女-〔幼き妖精ファニーナ〕の有能さを理解していた。

もっともファニーナと云うは、通称でしかない。

名告なのる事を拒んだ 小柄な少女に、国王が付けたである。

魔法属の間で〔森の妖精イリフィ〕とばれる魔法使いである事-以外は、余り知らない。

素性をかくした少女であるが、この城の誰もが……いや、国民のすべてが 彼女を信頼していた。

この城に仕える様になって半年にたないが、どれ程 たすけられてきたか知れない。

幼い少女の姿をしているが、かなりつよい魔法使いである事は 国王-フェイトゥーダ達から伝え聴いている。

故に、秘書官は 真っ先に少女に相談を持ち掛けたのだ。

「この国の南東にありますが、あの辺りは 貴女のテリトリーではないのですか?」

魔法使い達は、其々それぞれ支配区域テリトリー』を持っている。

範囲は 様々だが、平均的に 一市町村程度の広さらしい。

しかし、〔森の妖精イリフィ〕の支配区域テリトリーは、常識を覆す広さを誇っていた。

「わたしの支配区域テリトリーは、フォルモーサとの国境-辺りが 南端になります」

エスファニア王国は云うに及ばず、北に隣接する2っの国と 南に隣接するフォルモーサ王国の一部までもが、彼女-独りの支配区域テリトリーだ。

超大国-3っ分の領域は、他の魔法属を排斥する 特殊な結界で包まれており、魔法属の侵入は 不可能に近い。

つまり、限りなく安全な場所なのだ。

「そうですか」

魔法使いは、この世界に 数10万人いる。

ちからの強弱はあれど、かなりの人数が存在している。

実際に、エスファニア王国の東に隣接する森-1っが 或る魔人の支配区域テリトリーだったり、南東の国境付近にある崖下の湿林が 別の魔人の支配区域テリトリーだったりする。

「あの国に、危険な魔法属はいるのでしょうか」

支配区域テリトリーとは、魔法使いの住処であり 工房アトリエのある場所でもある。

その性質上、支配区域テリトリーを築いている魔法使い達は、自分の領地が他者に踏み荒らされる事を 酷く嫌う。

多くの支配区域テリトリーには、防犯・索敵の役目を負った魔獣達が放されている。

一歩でも 支配区域テリトリーに踏み込めば、魔獣達に襲われる事になる。

上記-2人の魔人達も、その支配区域テリトリーに 夥しい数の魔獣を放っていた。

そうやって、おのれと 自己の支配区域テリトリーの安全を保っているのだ。

秘書官が気にしているのも、其処だった。

「そうですね……… 」

渋皮色の髪の少女は、小首を傾げる様にして 暫し考える。

魔法使いには、基本的なちからの差にって 魔力の感知能力に差異がある。

ちからつよい魔法使いは、自分よりも弱い魔法属を感知出来る。

数年間 支配区域テリトリーから出なかった彼女ではあるが、この能力にって 他の魔法属の動きは この場からでも判るのだ。

勿論、大まかな位置を把握していると云った程度だが、格上だからこそ 可能な事だった。

此処で重要なのが、ちからつよい者は、自分より弱い者達の位置を把握出来ると云う部分だ。

逆に、格下の者達は、おのれよりもつよい者が隣にいても気付けない。

これは 隠遁系のじゅつを使われているのではなく、等しく『感じ取る事が出来ない』のだ。

当然、これは 魔法使いでもない秘書官の知るところではない。

「あの国の北に拡がる湿地と 荒地には、何人か………それと、南に拡がる砂漠には………… 」

ラッケンガルド王国の南にある広大な砂漠には〔焔の騎士ウォルジン〕と呼ばれる魔人がいる。

近付く者をえらばず、容赦なく、灰燼かいじんす魔人だ。

危険と云えば、何よりも危険だろう。

そのはなしを聴いて、秘書官は 眉を寄せた。

「困りましたね、陛下の外遊先には適さないと云う事でしょうか」

「『外遊』なのですか」

少し驚いたふうで、しかし、何処か納得した様に、魔法使いが 小さく呟いた。

エスファニアに隣接している国は、5っ。

その内、南の新生フォルモーサ王国とは、少女を介して 国交らしきモノが結ばれたばかりだ。

つい最近まで サマリア王国に侵略された状態だったフォルモーサ王国は、国土の返還がなされたとは云え 未だ混乱状態だ。

外交にも 外遊にも適さない。

西のナルシェル王国にいては、以前からエスファニアへの 一方的侵攻を目論み続けている 半-敵対国家だ。

つい この間、かの王に招かれた陛下に附いて ナルシェルの王城へ参じたが、その際も 少女への無理難題?いやがらせ を吹っ掛け続ける始末だ。

西の国境を跨ぐ事は 冗談でも薦められない。

一方、北にある2っの大国とは 些細な物流はあるものの、国家としては 親密と云う関係ではない。

幼い魔法使いとは 親交がある様だが、この少女が詳しいはなしをしないので 秘書官にとっては『寒冷地の国家』と云う認識しかない。

残るは、南東にある ラッケンガルド王国である。

エスファニア王国の東を流れる大河をくだれば、かの国との国境へ辿り着く。

「このところの激務のねぎらいと 王妃-フローリェン様の気晴らしに、と(おも)ったのですが」

ラッケンガルドは、扱いが難しい大国でもなく、つい最近 関わりがあった国でもない。

外遊には、距離も 丁度良い。

もし 安全な国ならば 是非とも外遊先に推薦したい。

そう考えての候補地だった。

しかし、一般的な人間-相手ではなく 魔法族の観点から見れば、少女の支配区域テリトリーから出る事は 決して良策ではない。

「まだ 私の一存にる計画ですし、ファニーナが危険と仰有おっしゃるなら き先を再検討する必要がありますね」

そう言いながら、秘書官は 小さく溜息をこぼした。

サマリア王国とは、実に親密な関係にある。

若き王に嫁いできた王妃は サマリア王の姪に当たるし、サマリア王と かの王の2人の息子達との仲も良い。

其処だけを見れば、サマリアへけば良いと(おも)うだろう。

しかし、この国をえらべない理由もあった。


《 サマリア王国へけば、下へは置かない程の歓待を受けてしまうでしょうし。》


理由は、先の『サマリア王妃の処刑』にあった。

そもそも、サマリア王国は 内陸の小さな王国だった。

その王の後妻うわなりに 或る美女が収まった時から、異変が始まる。

後妻うわなりの王妃は 大層な浪費家で、婚姻後 早々に、一部の貴族から 批判が挙がった。

それが 急速に高まった頃、或る貴族が頓死した。

彼は、王妃批判の急先鋒であり 資産のある貴族でもあったが、結果、彼の残した資産のすべてが サマリア王家へ没収される事となった。

謎の死だった事もあり、貴族達の間に 波紋が拡がった。

誰もが王妃を疑ったのは、自然な流れだったのだろう。

その先頭に立ったのが、サマリア王の長男であり 第一王位継承者であった王子だ。

彼の指示にり、ひそかに 死因の調査が進められた。

そんな中、次なる死がもたらされる。

サマリア王が後妻うわなりを迎えた 半月後、サマリア王国の南にあるブルネア王国の王が 急死したのだ。

国交もあり 親しき隣国だったブルネア王国を、サマリア王は侵略した。

ブルネア王国としては、自国の王の急死を嘆き 次代の王を擁立せんとしていた矢先の出来事であり、宣戦布告もない 一方的な侵略だった。

あっと云う間に、サマリア王国の領土は 3倍になり、内海に接する 肥沃な地を手に入れた事になる。

これに気を良くした サマリア王は、西にある大河の向うに隣接する フォルモーサ王国に目を付けた。

宣戦布告をした直後に攻め入ると云う反則に近い手法を用いて、フォルモーサをも陥落させた。

サマリア王国の領土は、元の6倍になっていた。

エスファニア王国と同等の領土を獲得した事で 気が大きくなったのか、当然の様に、かの王の野心は エスファニアへ向けられたのだ。

闘う事は 易かったが、若き王と その側近達は、別の方法を(おも)い付いた。

サマリア王達を エスファニアへ招いて、大々的な歓待をしたのだ。

その場に、この魔法使いもいた。

彼女は、サマリア王家の3人に 妙なかげまとわり付いている事と、後妻うわなりの王妃と その近しい者達がエスファニア王国に来なかった事から、王妃の正体が魔女である事を見抜いた。

更に、その王妃にって 王と2人の王子達のからだや持ち物に毒が仕込まれている事に気付いたのである。

彼女リーゼロッテの適切な処置で 一命を取り留め、魔女の毒牙から解放されたサマリア王族-3人は いたく感謝し、旧-フォルモーサ王国の全土を 無条件で返還する決断をした程だ。

王子達に至っては、12歳の平凡な少女の姿をしている魔法使いリーゼロッテに求婚しそうな勢いだった。


《 あの国へけば、何ヶ月も解放してはもらえないでしょう。》


主に、供に附いてく〔森の妖精イリフィ〕が大変な思いをする事になるだろう。

最早もはや 外遊-どころはなしではなくなる。

そう(おも)って、サマリア王国は 候補から外していたのだ。

こうなると、北の大国へ足を向けるしかない。

だが、この2国については、肝心要の魔法使いリーゼロッテが 余り良い顔をしない印象がある。

時々 北の大国がはなしに出るのだが、少女は この2国についてはなしたがらない。

かつて 数ヶ月も滞在していたとも 故•老王と親交があったとも聴いているが、何故か 言い濁す様に返答を渋らせる事が多かった。

故に、秘書官としては 初めから除外していた国々だった。


《 どうしたものでしょうか……。》


虚空を見詰めて、考え込む。

そんな秘書官に、声が掛けられた。

「お時間は、ありますか?」

「え? –––––––ええ、まだ 当分は先の事ですから」

「今後、出掛ける時に………近くを通るついでに、視察して参りましょうか?」

「私は、たすかりますが…… 」

彼女が外出をするとなれば、王妃をはじめ 安否を気に掛ける者達は多い。

エスファニア王国は、強力な魔法使いである〔森の妖精イリフィ〕の支配区域テリトリーに包まれるが為に、彼女-以外の魔法使いを 良く知らない。

お伽噺でうたわれるくらいの情報しか持ち合わせていない、と云って良い。

魔法使いとは縁遠いエスファニア王国だが〔森の妖精イリフィ〕を欲する魔法使いが多い事は、おぼろげに理解している。

魔法属にとって、彼女は『蜂蜜』なのだ。

時間をみては 支配区域テリトリーの外へ出ているし、決して 珍しい事ではないのだが、それでも 彼女の身を案じ き先を気にする者もいる。

「勿論、陛下達には 内密に致します」

飽く迄も『ついで』として ラッケンガルド王国の様子を見てくる。

そう 体裁を整えるつもりなのだろう。

「では、お願いします」

軽い気持ちで、秘書官は頷いた。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔森の妖精イリフィ〕- リーゼロッテ=サフィール___


白い 大きな鳥に変身をして エスファニア王国を出た魔法使いリーゼロッテは、広場をみおろしている。

そして、内心 拍子抜けをしていた。

彼女がいるのは、ラッケンガルド王国の西の国境に近い 小さな街だ。

その中心地に建つ 教会らしき建物の屋根にまり、眼下へを向けている。


《 そう云えば、この国へ来るのは 何年ぶり? 》


以前、このラッケンガルドを訪問した事があった。

もっとも、何か用事があった訳ではなく 通り過ぎるついでにて廻った程度のモノだ。


《 7年……いいえ、8年? 》


ゆえに、彼女が知るのは 先王の時代のラッケンガルドだ。

国政が 大臣達の手に渡っており、政治は 混迷を極めていた頃だ。

権力を失い 飾りと化した国王はないがしろにされ、大臣に因る悪政と 賄賂わいろ蔓延はびこり、治安は悪化の一途を辿っていた。


杞憂きゆうだったかしら。》


数年前に、先王は 急死した。

当然の様に内乱が起き、先王の子息達が 其々それぞれ 次期国王に担ぎ上げられた。

大臣や高位官僚などにる 権力争いに巻き込まれるのは面倒、と判断し、彼女は ラッケンガルドへは立ち寄っていなかった。

その後、末子の王子が 新たな王に即位したとだけ耳にしていた。

新しい王の呼称あだなを知って、その後も避け続けてきた土地でもあった。


《 今度の王様は、いい方の様ね。》


内乱後の治世の安定が、賑わう街から看てとれた。

活気のある市場も う人々も、充足している様子だ。

当時の国内の混乱も 国政の混迷も、今は すっかり落ち着いている。


《 新王は『冷徹で非情な王』と聴いていたけれど、この分なら 大丈夫そう。》


活気のある市場を駆け廻る 元気な子供達をみおろして、そう判断する。

エスファニア王と王妃の外遊先に推薦しても問題はないと(おも)う一方、気懸りもあった。

この国の領土へ入った時の事を思い出して、わずかだが 首を傾げる。

当然のごとく、関所など通らず 空域から侵入した訳だが、領空内へ入った途端 妙な感覚に襲われたのだ。

感じた事のない違和感だった。

彼女は、戸惑いながら 国境を越えたのである。


《 何だったのかしら。》


考えるも、答えは出ない。

溜息をいて、一先ひとまず 思案する事を放棄した。


《 王都も見て、王宮も見て、それから……。》


やるべき事を 1っ1っ確認しながら、南東へ顔を向ける。

むかうべき方角を見据えた 大きな白い鳥は、両の翼を拡げて そらへと羽摶はばたいた。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



ラッケンガルド王国の北西から侵入して 国境に近い街を視察し、国土を斜めに横断する様に翔ぶと、ものの10数分で王都へ着く。

白い鳥に変身した彼女は、王都に入って すぐにに入った 西の市場へ来ていた。


《 王都も、賑やか。》


平和を絵に描いた様な光景に、安堵の息がこぼれる。

建築物や 人々の衣装などは違っても、活気は エスファニアの城下と変わらない。

不穏な気配を纏っている者もいるが、そう多くはない。

このくらいなら、何処どこの国にもいるだろう。

エスファニアの王侯貴族ならば、危険を感じる事もない程度の存在と云える。

早いはなしが、彼女の想定を上回る 良好な結果だった。


《 数年で、これ程 変わるモノなの? 》


人々の心までが荒廃しつつあった 先王の頃を知っている為か、信じられない光景だった。

剣呑な雰囲気であふれていた王都を思い出し、余りの違いに戸惑っている程だ。


《 あれを数年で 此処までにするなんて、今度の王様は どの様な方なのかしら。》


気になって、市場で それとなくはなしを振ってみる。

勿論、鳥の姿ではない。

そして、エスファニアで見せている『小柄な少女』の姿でもない。

今、彼女が変現しているのは 15〜16歳くらいの少年だ。

柔らかそうな白茶色の髪と 蒼いをした、おっとりとした印象の少年だった。

黒髪・黒瞳のラッケンガルド王国にはいない色彩を持つ少年の問いに、市場の者達は 怪訝な顔をするでもなく答えてくれた。

「王様?」

「ああ……そうだね。いい王様だよ、おれ等にはね」

含みを持たせた言葉に、少年に変幻した魔法使いリーゼロッテは 小首を傾げた。

「どう云う意味でしょう?」

とんでもなく こわい王様だ、ってはなしだからさ」

「巷でも〔獅子王〕なんて言われてるくらいだ」

「それは……とても、つよそうな お名前ですね」

「即位する時の内乱を治めた姿が『全てをほふる獣の王の様だ』ってんで 付いた渾名あだななんだと」

「他にも 戦場の鬼神だとか、銀断の夜叉だとか」

「まあ、他にも いろいろいわれがあって、今も そうばれてんだ」

此処へ来て ようやく、自分が耳にしていた『二ッ』が出てきた事に、彼女は 複雑な(おも)いになっていた。

街の賑わいは 喜ばしい事だ。

これだけならば、王が どうばれていようとも 関係はない。

しかし、此処へ来るのは エスファニアの王と その妃だ。

国家の代表者が 身分を偽って入国する事は、のちの禍根になりかねない。

正式に申請して入国し、おそらく 国賓として観光する事になる。

そうなれば、当然、隣接国家の代表として ラッケンガルド王とも謁見する事になる。

「現に、何人もの大臣や官吏かんり達が 辞めさせられたりころされたりしてるらしいし」

「近付くと背筋が凍るだとか、あわせると 声が出なくなるだとか」

次から次へと出てくる ラッケンガルド王の評価に、魔法使いの不安は募る。


《 噂通りなら、フェイトゥーダ様とは正反対の方だわ。》


噂は噂として、真偽の程を確かめてから 報告する事になるが、現段階の印象としては 外遊先に適さない国だと云える。

「でも、おれ達にとっちゃ いい王様だぜ」

「悪政と悪税を課してた連中だいじんを一掃してくれた、神様みたいな王様さ」

「治安は 劇的に良くなったし、税金は 安くなったし、荒れ放題だった街道の整備も 順次してくれてるし」

「お陰で おれ達は商売がし易くなったし、生活も成り立つって訳だ」

先程の様に、次から次へと ラッケンガルド王の評価が語られる。

「威張ってる役人は まだいるけど、あの王様なら、その内 何とかしてくれるさ」

「違いねえ!」

市場にいた者達は、そう言いながら 豪快に笑った。

嘘-いつわりを口にしている様子はない。


《 基本、市井しせい的には いい王様……。》


ほっとしつつ、王宮を見上げる。

彼女がいるのは、城下でも 王宮から離れた 下町にあたる場所だ。

遠くに見える 高い土台をつらねた上に造られた王宮は、天を数多あまたの剣の様にそびえている。


《 一応、会っておくべきかしら。》


何となく 進まない気分だったが『これも役目』と(おも)ったのだろう。

彼女は、王宮へもってみる事にした。

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