シェーラザードと初めての友達
今日のお昼は肉料理でした。薄味ですが塩で味付けされてて、大変美味しかったです。今までは味付けしていない肉ばかりでしたからね。
ところで、今は演習の時間なんですけど──
『狼、名前は?』
『シェーラです。あなたの名前は?』
『ユティ』
『ユティは猫の魔獣ですか?』
『そう』
肯定の言葉を返してきたユティは、体毛と同じ濃赤色の尻尾をしなやかに揺らしています。
ご主人様たちは今、演習の真っ最中です。大半の生徒が、初歩らしき光を出す魔法でつまづいている中で、ご主人様他数人はさっさと他の魔術を試しています。流石ですね!
ところで、その間、魔獣たちは手持ち無沙汰になるわけです。もっとも、私はご主人様をいくら見ていても飽きませんが。
悠々と寝ている子もいますし、私たちのように友達作りを始めている子もいます。
ユティは、木陰で休みつつご主人様を見ていた私に、冒頭のように話しかけてくれたわけです。
『暇。遊びたい』
『鬼ごっことかどうですか?』
『初めて聞いた。何?』
興味がありそうなユティに、一番簡単な鬼ごっこの説明をすると、彼女の瞳が輝きだした。
『楽しそう。鬼、やる』
『じゃあ、私が逃げますね。十秒後に追いかけてきてください!』
言うが早いか、早速、ユティから逃げるために走り出します。久しぶりの全力疾走です。
そろそろ数え終わっただろうかと振り返ると、木の根元にユティの姿が見えました。近くに来るまで待っていようと静止しましたが、中々来る気配がありません。
というか、動いてすらいないですね、あれ。
『(暫くしたら来るでしょうか。…まあ、近づいてきたら多分匂いで分かりますよね)』
今思いましたけど、動物同士の鬼ごっこって成り立たないのでは。
人間と違って気まぐれが多いですし、種族が違えば、体力、走る速度は当然異なりますから、足が速くて持久力のある魔獣の勝ちになります。人間なら個人差のレベルでしょうけど、魔獣だと種族差という埋められない溝がありますよね。
他の遊びも、鬼ごっこと同じく成り立たないでしょう。かくれんぼは嗅覚が鋭いので余裕で見つけられますし、伝言ゲームも聴覚が鋭い魔獣の間では成立しませんから。
そこで、一つの可能性に行き着きました。もしかして、
『(ユティは飽きたのでしょうか…?)』
猫は気まぐれだと言いますから──魔獣にも当てはまるのかは知りませんが──その可能性は有り得ます。
そうだとすると、私は戻った方がいいのでしょうか。そして、他の遊びを考えるべきでしょうか。
『……ん?』
そう思案してふと顔を上げると、目を離した間に、ユティの姿が消えていました。
…え。
『この一瞬で!?』
どこにいったのかと四方八方をぐるりと見回してみますが、見当たりません。一体どこに。
少し落ち着いて、とりあえず元の場所まで戻って嗅覚で捜索してみますが、あまり分かりませんでした。
薄々気づいていましたが、私、嗅覚が鋭くないのでしょうか。生まれてこのかた、嗅覚が役立ったことがないんですよ…魔獣なのに。せいぜい分かるのは美味しそうな食べ物の香りくらいのものです。
『いた』
彼女はどこに行ったのかと捜索する私の耳に、感情の乏しい声が降ってきました。
……降ってきた?
見上げると、わさわさと生い茂る緑葉の間から、緋色の猫が顔を覗かせていました。
『え』
その猫──ユティは、ひらりと枝から飛び降りると、半ば呆然とする私の上へと着地しました。
『捕まえた』
そういうや否や、ひらりと身を翻して逃走するユティ。
…えっと、これは、待ち伏せされていたということでしょうか。
とりあえず──
『鬼、交代』
少し遠くから投げ掛けられたその言葉に、シェーラは弾かれるようにして走り出したのだった。